どっちにする?

人生って「どっちにする?」そんな選択の連続。あまたあるはずの選択肢。決めるのは自分\(^o^)/

広瀬通りで

2009-09-11 16:29:25 | かたまった

プロローグ

韓国へ帰国する生徒のお別れランチをするために、アーケードの中を歩いていた。

一人の若者が道路に座り込み、その傍にはひざをついたご婦人が何かを話しかけている。一種異様な雰囲気に、何人かの人が振り返っている。

私も、思わず振り向いてしまった。同行の生徒たちも、何があったの?と、ざわついている。若者の前には手書きのプラカードが置いてある。

生きる意味が見つかりません。誰か助言して下さい と、書いてある。

それで、助言?道路の上で見ず知らずの人に助言を求める人、見ず知らずの人に助言する人。なにか、わからないまま、そのまま、私たちは進んだ。

私に起こったこと  広瀬通りで

ランチも終わり、いよいよ生徒とお別れの時が来た。(明日、空港に見送りに行くのだけど、彼女には内緒にしていている)

彼女とは、今まで何人かのクラスの生徒を空港に見送った。その度に、泣いてしまう私のそばに、彼女はいつもいてくれた。

クラスのはじめ、こちらも、生徒たちも緊張して、お互いを探り合っているようなとき、彼女はいつも同じ笑顔で座っていた。いつも同じ穏やかな笑顔・・・それだけで、私がどんなに救われたか。

だんだん打ち解け、信頼関係が増しても、彼女はいつもの笑顔でいる。

春になり、クラスが進級して、彼女だけが上のクラスに上がった。彼女は強固な韓国人グループから離れて不安そうだった。私も目では様子を追っているが、声を掛けなかった。彼女も泣き言は言わなかった。

夜になると、どうだった? とメールのやり取りをした。バイトも決まり、その誠実な人柄で、だんだん周りの人から信頼されるようになり、かわいがってもらえた。

私は苦手な牛タンだけど、何度か彼女バイト先に様子をみに、出かけた。私が飲み過ぎないように、心配しているのは彼女のほうだった。

思いでは、書きつくせず、もう、何日も前からぼろぼろと泣いていた。でも、絶対に彼女の前では泣かないと、誓いをたてていた。韓国人は泣かれるのはあまりスキではないらしい。心が痛いのだそうだ。

ランチの時も、先生強くなりましたね。今までは大泣きでした。と、言われるくらいニコニコしていた。

広瀬通、地下鉄の入り口でわかれることにして。じゃあね・・と、手を振った。

ハグしようね と、彼女と抱き合ったとたん、今まで押さえていたものが、堰を切ったようにでてきてしまった。私は、以前よりももっと大泣きをしてしまった。

すると、どこかのご婦人が、どうしたの?そんなに泣いて。何が悲しいの言ってご覧なさい・・と、私たちの前に現れた。お歳のころは、70代後半か・・・

彼女の話は続く。私は、目にも病気をかかえ、毎日たいへんな思いをして、それでもがんばっているのよ。どうして、あなたはそんなに若いのに(そんなでもない・・・・昨日誕生日でひとつ歳が増えました・・・)、悲しくて泣いてるの?

ええ・・・・・なんだこの人。親切なのはわかるけど、あなたのおかげで、道行く人がもっとこっちを見てるじゃない。

私は顔をあげ、生徒と別れるからと言うと、先生がそんなに泣いてどうするの?と違った角度からの、お諭しが始まった。

周りの生徒たちも、先生私たちがんばりますから、もう泣かないでください。

ははは・・・・いったい何なんだ。生徒たちと泣き笑いのドラマになった。

広瀬通で最後まで生徒たちを見送った。 なんだかあり得ない、本当の話です。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする