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「有田くぅん、スマイルぅ」
と困ったような声で、大げさに泣きそうな顔をした社長が小走りで寄ってきた。いけね、と思う。この小さな観光物産館では、社長が店長を兼務していて、率先してお客さんに笑顔をふりまき、そして部下である店員たちにまであり余った笑顔をみせる。
こんなことを言えば怒られるかもしれないが、社長の笑顔はどことなく面白い。何が彼の笑顔の面白さを作っているのかは、はっきりとはわからないのだけれど、たぶん、その一つの理由として、自分の笑顔に確固たる自信を持っていることがあるだろう。その笑顔で、相手は胸がキュンとはしないだろうし、社長の歯がキラリと光るわけでもない。そうであっても、人を惹きつけるような、弱い磁力を発するかのような笑顔というものは存在するのだ。顔の作りのせいだろうか、あと笑い皺の顔とのバランスだとか。ぼくは、社長のそんな人間臭くて人の好さを感じさせる笑顔は嫌いじゃない。
そのとき、十一月までに貯められるお金を考えてぼうっとしていた。それでお客さんが自分の真ん前にやってきてなんとなしに商品のことを訊いているのにも気付かずに、つまらない表情で――真剣な表情が他人からはつまらないと言われるその顔で――棒立ちしてしまったのだ。
「あ、すいません、スマイル、スマイル」
と、あまり得意ではないのだけれど、無理やり口角を持ち上げて笑顔を作ると、社長は
「そうだよぉ、それね」
と満足そうに微笑み、自分の持ち場へとサササと去って行った。ぼくは気を引き締め、お金の考えごとは頭の隅へと追いやって、お客さんの対応に集中することにした。そうすると、時間は見上げた飛行機のようにいつの間にか過ぎ去っていくのだった、飛行機雲すら残さないくらい見事に。
今日の勤務時間である六時間が過ぎ、お先に失礼します、と物産館を出て自転車に乗り、五月下旬のまだ陽が高い時間帯のさわやかな空気をたくさん胸に吸い込みながら下り坂の多い帰り道を走って、自宅へ続く交差点を通りすぎてもなおペダルを漕ぎ、カズの自宅まで自転車を飛ばした。カズは午前中に隣町の缶詰工場にアルバイト勤務をしたいがために面接を受けに行ったはずで、その手ごたえはいかほどだったかを聞きたかったのだ。
到着し、部屋に入れてもらったぼくに、麦茶の入ったコップを差し出しながら、カズは困り顔の中からほのかな照れた微笑みのような表情をみせる。彼は
「どうだった、うまくしゃべれたかい」
と問うぼくを一瞥すると、ううんと唸ってパソコンと向き合ってしまった。感触はかんばしくなかったのかな、と心配になった気持ちのまま、イスに座りマウスを握ったままディスプレイを見つめる巨体の幼馴染を見やる。彼のイスはぎいぎい音を立てていて、彼がひとつところに体重を預けて座っているのではなく、もじもじと軽く体をよじりながら座っていることがわかった。パソコンの画面を見ているようでも、心はそこにはないのだろう、あれこれ思案をしているのだろうと思えた。そんなわけで、パソコンの動作音とイスのきしむ音は響いてはいるものの、お互いの間にはしばしの沈黙が訪れ、ぼくはカズが出してくれたよく冷えた麦茶を持ちあげ、ホースで水を与えられる夏の動物園のカバよろしく一気にごくごくと喉を鳴らした。ああ、おいしい。自転車の長時間運転によって喉が渇いていたから、胃袋だけではなく内臓にまで沁みていくような冷たい感覚を気持ちよく感じながら飲みほした。すると、
「まあ、わかんないよね、どうだったかってさ。今まで面接を受けたことがないんだから。
面接官が笑ったり、饒舌になったりしたら受かる可能性が増えるのかとか、全然わかんないよ。淡々としてたさ」
とようやく答えてくれた。そうか、そうだよな、と思って、自分がひと月ほど前に面接を受けたときのことを思い返してみた。
社長はやっぱり笑顔で――といってもその日初めてその笑顔を見たのだけれど――ぼくの職歴の無さについてまず質問をした。脚がわななきそうなくらい緊張していたのだけれど、これは訊かれるだろうなと前もってその返答を考えてきていたので、黙りこくってしまうことなく話しだすことができたのだった。それは、自分のやる気の無さ、生きていく力の弱さを認めた上で、そこから抜け出したいんです、というようなことだった。ぼくは今まったくのゼロですが、だからこそ、なんにも吸いこんでいないスポンジのようなもので、もしもここで働くことができれば、どんどん、こなしていく仕事のやり方だとかを吸収していけると思います、それに他の仕事のクセがついていないから、素直に覚えていけると思います、そう言いのけたのだった。ウソではない。ウソではないのだが、最後のほうなんて勢いがついたのか、自分でも意外に思ったほど、ずいぶんと主張することができた。たまに、こう、想定している以上のことができる自分がふと表に出てくることがあって、そんなときは、助けられたな、とまるで他人事のように自分のそういうところに感謝することがある。そういうこともあるなぁと思いながら、カズにも
「職歴がないことは訊かれたろ。そこは返せたかい」
と大事なところに的を絞って訊いてみた。すると
「人の役に立ちたいって言ってきた。ほんとはお金が欲しいのが一番だって正直に言おうかと思ったんだけどさあ、直前で勝手に口がそう言ったんだ」
と、カズはえへへと笑った。カズにも自分の想定を超えて現実的にうまくやってのける自分がいるのだな、と共感を覚えて、そうか、受かるといいよな、いや受かってほしいわ、そう心から願いながら呟き、それから
「茜はどうなんだろ」
と茜の職探しのほうに話を振った。茜のほうもずいぶん気になる。
新聞のチラシによさそうなアルバイトの求人があった、という報告をつい先日、ぼくらはそれぞれスマホではなく金銭的な理由でガラケーを使っているのだけれど、その携帯のメールで受けていた。それ以来、なにも音沙汰はないし、こちらからも連絡をしていなかったのだ。
「そうだ、カズ、古新聞はあるかい」
と訊くと、彼はすぐさま察して立ちあがり、別の部屋へ消えていったかと思うと、そのチラシを手にしてあっという間に戻ってきた。
「グッジョブ」
と言葉短くその行動の素早さを褒めると、
「機を見て敏なり、かな。ちょっと違うかな」
と言いながら、まあそれよりもとばかりに、テーブルの上にチラシを広げてこちらに見せてくれた。すぐさま覗きこんでみる。そこには「未経験者歓迎」の大きな文字と、それに次ぐ大きさで、「遺跡発掘調査員募集」の文字が躍っていた。
「このへんに遺跡なんかあったっけ」
と訝しむと、カズは目ざとくチラシに書かれている勤務地の箇所を見つけ出して指差した。それはこの街から車で四十分ほどかかる、隣町との境目付近の、道路の周りは草木が鬱蒼としていたり、山への入り口だったり崖になったりしている区域だった。もちろん、バスが送迎をしてくれて、装備品も向こうが用意してくれると書かれていた。
「虫除けスプレーはこっち持ちで必要だろうな」
とカズは一升瓶のような丸くて太い腕を組みながら、またたく間に想像力を働かせる。チラシの下の方には札幌の北郷大学が行う調査だと記載されていた。
「土器が出るのかな。石器かな。面白そうじゃないか、これ。なんか、いいなあ」
と、ぼくは畳に寝転んで天井を見上げながらそう言ってしまうと、ぼくら三人が考えている計画が、ちゃんと軌道に乗って目標を達成しそうな気がしてくるのだった。計画にはお金が必要だった。というか、お金を貯めることそのものが、とりあえずの目標なのである。
前にも言ったように、そもそものきっかけはカズだった。そして、今考えても単純としか思えないのだけれど、そのきっかけに触発されて思い浮かんだ計画を二人に持ちあげたのがぼくだ。そのぼくが考えた計画は、発想が練られてもいないしひねられてもいないようなものだったのだが、それでも、二人は、
「いいじゃん、やってみよっか」
と、これから遊びを楽しむんだ、といったノリで、二つ返事でこの《運命をともにする計画》を受けてくれた。そうやって、それまでの生活とは百八十度方向が違うような、ぼくたちの、目標へ向けた攻撃的で行動的な日々への転換が始まったのだ。
では、その計画とは何なのか、これから手短に語ってみる。どうか、馬鹿にしないでついてきて欲しい。昨年の晩秋のとある日、カズはいつものようにネットの中をあてもなくぶらぶらしながら偶然見つけたブログ記事の話を、たぶん興奮によって長めになったのであろうEメールで送ってよこした。それには、そのブログの書き手が、約一七〇倍になる馬券を当てて、およそ一七〇万円を手にしたことを、その証拠となる本物の馬券の画像とともに記事にしてひけらかしていた話だった。詳しく説明すると、その書き手は、競馬のレースの一着と二着に、選んだ二頭の馬が入れば当たりとなる馬番連勝(通称は「馬連」という)の馬券を、一つの組み合わせ当たり一万円で三つの組み合わせ、つまり三通りを購入し、その一つが万馬券と呼ばれる一〇〇倍超えの大穴馬券で、それを的中させたとのことだった。カズは、そんなのは希有な例だとはわかるけど、実際に当てた人がいるのを知ると、すごく羨ましいよね、とメールを締めくくっていた。たしかに、一七〇倍の馬券を三通りの組み合わせだけで当てるなんて、よっぽど競馬に詳しい上に、極めてツイている人にしかできない芸当だと思った。そうして、ふと、競馬のテレビ番組を欠かさず見るようにしていた競馬好きの大学時代の同じ学部の知人の存在を思い出したのだった。そういえば、あいつ、卒業したら馬券を買いまくるって、勉強そっちのけで競馬の研究してたよな。彼は機嫌の好い時にこう言いふらしたものだ。
「いいか、大穴を狙って儲けたいなら、少額でもたくさんの組み合わせで攻めろ。低配当で稼ぎたいなら、一つの組み合わせに絞って大きく賭けろ。それで負けたのなら仕方がないさ。中途半端なのが一番よくねえんだ」
また、こう教え諭すような口調で言ったこともある。
「初心者は単勝馬券を買うべきだね。そのほうが配当は低いことが多いけどさ、当たりやすいんだよ。それに遊べるし、わかりやすいのよ、一頭の馬を見てりゃ良いからな。好きな名前の馬だとか、栗毛の綺麗な目立つ馬だとか、そういう理由で単勝馬券を買って儲けちゃうことだってあるんだよ」
当時、競馬とはそういうものなのかどうか、ぼくには少し計りかねたのだけれど、カズからのメールを読んで、じゃあ、買いたい馬を一頭に絞って、大金をかけてみたらどうなんだろう、それならば馬連よりもわかりやすいし、まるで儲けやすいんじゃないだろうか、という考えが、雨後の水たまりを滑りに来るあめんぼのように、当然、といった体で頭の中に登場したのだった。
こうしてみるみる近づいてきた一獲千金への道筋。それは論理的な思考によらない単なる思いつきの夢想だったとしても、ぼくには妙に現実感を帯びたもののように感じられたのだ。幸運が、なんだか目に見えてくるようだった。幸運の形は馬券の形をしていて、それはレース後ほぼ必ず、誰かが獲得することができる。楽観的すぎるかもしれなかった。でも、その夢想に心を浸らせることによるとろけるような感覚は、ついぞ最近は味わったことのない、全身の筋肉がリラックスしてほぐれでもするかのような気分の良さだった。そうだ、来年の今頃までに、三人で五十万円貯めるのはどうだろうか。そして、その五十万円を一気に、一つのレースで何倍にも増やそう。それが、ぼくら三人が、時間がかかりながらも働き出した理由。それが、ぼくらの計画。カズはそれで自動車免許を取って車を買うその購入費の足しにするのが目的。茜は福島に少しの間里帰りする旅費代と苦しい生活費の大きな足しに。ぼくは家の改修の足しとして。近頃足腰が弱ってきた母のためにバリアフリー化を考えていた。
それまで家に引きこもって失ってしまっていた自分たちの時間を、一挙にお金に変えて取り戻そう、そんな、ついぞ思い浮かびもしなかった、てごわい現実から逆転勝ちしようという気持ちが、ぼくらに結束感をもたらしたような気もしている。
遺跡発掘調査の仕事に応募したのかどうか気になって茜にメールを入れるとすぐに返信が着て、夕方、三人で神社で会うことになった。
去年、この計画をスタートさせてから約半年、計画とは裏腹に、ぼくらはやはり腰が重たくどっしりとしてしまって、それにだらだらどろどろもしていて、それぞれの家に引きこもりがちで動きがなかった。言いだしっぺのぼくにしたって、それまでよりも求人のちらしをちょっと多く見るようになったり、ハローワークに通う機会を少しの気持ち分くらい増やしたりしたのだけれど、これといった求人に出会うことがなく、もう頓挫するかな、と思えた春先、それは雪融けの季節で、きっと巡り合わせの悪さみたいなアンラッキーな部分も雪とともに溶けて消えてしまったかのようで、そう思えるくらい、ぼくにとっては観光物産館の仕事は、好都合というか、願ってもない良い話だったのである。そして、今年の雪融けは、たぶんにカズや茜にとっても気分の上での雪融けでもあり、こうやって、三人で仕事の話をすることになろうとは、向いている方向が大きく様変わりしたのがやっと現実に影響を及ぼし始めていて、感慨深さもあったりする。
神社にはぼくとカズが先に着き、あとから茜が時間通りにやってきた。茜はグレーと黒のボーダーのパーカーにジーンズといった格好で、いつもながらにボーイッシュなのだけれど、そんな格好でも性的な魅力は抑え切れていなくて、久々に会えたということもあったが、ぼくの心臓の鼓動は少し速く深くなる。そんなぼくとは反対に、
「よお」
とリラックスした笑顔で片手を振るカズが横にいる。茜は大好きな仲間だ、それ以上でも以下でもない、そんな宣言がいつか近いうちにぼくの内面を察したカズから飛び出すんじゃないだろうかとちょっと心配になったりもしながら、ぼくも、カズにあわせて、
「よお」
と手を挙げた。すると、茜も肩のあたりで小さく手を振って、嬉しそうに返してくれた。
「ニジ、仕事は終わったんだね、おつかれ様。カズは面接だったんだってね、おつかれ様」
ぼくらは茜の仕事探しのことが気になってしまう。
「茜はどうなの、遺跡の話は」
たまらず口火を切ったのはカズだった。
「実はね・・・」
そう、声のトーンを落として茜はたっぷりと間を取った。ぼくらはそれからどうしたかを早く知りたくて、二人とも、口を半開きにしてしまった状態でいまかいまかと待った。茜はぼくらの注意を一身に受けていることをしっかり確認するように、一度深く瞼を閉じて、そして開くのと同時に
「もう受かっちゃったんだよ、ごめんね、言わなくて」
と笑った。
「なぁんだ、よかったじゃん、なんで言わないのさ」
緊張の抜けた吐息とともに一気にカズは言った。ぼくも、よかったよね、とお祝いの気持ちを伝えながら、いつから勤務なのかを訊いてみると、六月の第二月曜から、ということだった。
「じゃ、あとはカズかあ」
そう言いながら、ポンポンと彼の肩を叩いて励ます。途端に、
「プレッシャーだなあ」
と夕焼け空を仰いで困った顔になったので、
「おい」
と気合をつけるかのように言葉をかけて、それから茜のほうを振り向くと、茜も夕焼け空に心を奪われている様子だった。見事な夕焼けだね、と声をかけると、
「あの日の次の日の朝も、こんな夕焼けみたいな朝焼けだったんだよなぁ。あの日から全てが変わってしまったな」
と震災の事を思い出しているのがうかがえた。
その二日後、当人も含めた三人の心配をよそに、カズは見事に缶詰工場からアルバイトの面接の合格通知をもらった。これで、三人とも、なんとか職について、目標に向かってお金を稼ぎだす段になる。五月の最終週からカズは工場に通い出し、六月の第二週から茜は発掘現場へ向かうようになった。ぼくは相変わらず自転車で観光物産館へ通っている。それぞれに、仕事に対する不安な気持ちとやる気を併せ持ち、さらに三人の夢を思い浮かべながら、道端に自信たっぷりに咲き誇るたくさんのルピナスに――それは天に向かって真っすぐ姿勢よく咲いていて、そのあり様に――自分を重ね合わせるようだったかもしれない。少なくとも、ぼくにはルピナスから得る心象的な感覚に、近しく感じるものがあった。あるいは、ちらほら咲き始めたアジサイにもだった。あの丸く青紫色の花冠たちが、ぼくらの労働を祝福しつつ、冷静であれ、と職場で空回りしないように出してはいけない足を制してくれるかのように感じられた。そう、だから、ルピナスとアジサイ、いずれも、自分たちの応援団みたいだ、とぼくはこっそりと彼らに仲間意識を感じていて、妖精視するかのように、大事に思う気持ちでときどき目をやったりしていたのだった。
そしてその頃、競馬界では今年のダービー馬が決定していた。日本一のレース、映えある日本ダービーを制したのは、三番人気だったレインボウアローという馬だった。父はキングカメハメハ、母はアフターザレインで、母の父はレインボウクエスト。レインボウクエストは世界一のレースである凱旋門賞で二着でゴールインした馬だったのだが、そのとき一着に入った馬がレインボウクエストの進路妨害のために降着となり繰り上げ優勝している。まさに、一度雨が降った後に輝いた、名前の通り虹のような馬である。そして、引退後、種馬となって大成した。レインボウアローは祖父であるレインボウクエストからその「虹」の名前を受け継ぎ、今年のダービーを制したのだった。
ぼくはこのレースを、仕事から帰ってきてから妙な緊張感を持ってインターネットの動画で見たのだった。先行と呼ばれる、集団の前目につけて直線で抜け出して逃げ切る戦法を得意としていたことも実は事前に知っていた。なにせ、名前が名前だ。ぼくの虹矢という名前を英語にしただけじゃないか。四月にこの馬の名前を知った時には、ひっくり返りそうなくらい驚き、それとともに、レインボウアローは現れるべくして現れた馬で、これは神がかり的な大きな運命を示している、と信じこむ寸前の心理になったほどだった。
それはそれとして、このダービーのニュースと、レインボウアローという馬についてのことを、さっそくその夜ツイッターで二人に話したのだが、二人ともやはり大きなギャンブルをすると決めた後なので興味を持ってこのレースを見ていたようで、勝ち馬の名前についても、奇遇だよね、とか、もうジャパンカップで買う馬は決まったね、とか書いていて、好意的に受けとめていたようだ。そうなのだ、ぼくらの勝負レースは十一月のジャパンカップに決まっていた。世界から強豪が集うレースなので、どの馬が勝ってもおかしくないし、きっとオッズも割れるのではないかと踏んだのだ。ぼくとしては、出来ればジャパンカップにレインボウアローが出走してほしかったし、もしも出ることになったら二人にはこの馬を推そうと思っていた。
魅力的なその鹿毛の馬は、この瞬間からすでにぼくらの夢を、その背に乗せていたのかもしれない。
「有田くぅん、スマイルぅ」
と困ったような声で、大げさに泣きそうな顔をした社長が小走りで寄ってきた。いけね、と思う。この小さな観光物産館では、社長が店長を兼務していて、率先してお客さんに笑顔をふりまき、そして部下である店員たちにまであり余った笑顔をみせる。
こんなことを言えば怒られるかもしれないが、社長の笑顔はどことなく面白い。何が彼の笑顔の面白さを作っているのかは、はっきりとはわからないのだけれど、たぶん、その一つの理由として、自分の笑顔に確固たる自信を持っていることがあるだろう。その笑顔で、相手は胸がキュンとはしないだろうし、社長の歯がキラリと光るわけでもない。そうであっても、人を惹きつけるような、弱い磁力を発するかのような笑顔というものは存在するのだ。顔の作りのせいだろうか、あと笑い皺の顔とのバランスだとか。ぼくは、社長のそんな人間臭くて人の好さを感じさせる笑顔は嫌いじゃない。
そのとき、十一月までに貯められるお金を考えてぼうっとしていた。それでお客さんが自分の真ん前にやってきてなんとなしに商品のことを訊いているのにも気付かずに、つまらない表情で――真剣な表情が他人からはつまらないと言われるその顔で――棒立ちしてしまったのだ。
「あ、すいません、スマイル、スマイル」
と、あまり得意ではないのだけれど、無理やり口角を持ち上げて笑顔を作ると、社長は
「そうだよぉ、それね」
と満足そうに微笑み、自分の持ち場へとサササと去って行った。ぼくは気を引き締め、お金の考えごとは頭の隅へと追いやって、お客さんの対応に集中することにした。そうすると、時間は見上げた飛行機のようにいつの間にか過ぎ去っていくのだった、飛行機雲すら残さないくらい見事に。
今日の勤務時間である六時間が過ぎ、お先に失礼します、と物産館を出て自転車に乗り、五月下旬のまだ陽が高い時間帯のさわやかな空気をたくさん胸に吸い込みながら下り坂の多い帰り道を走って、自宅へ続く交差点を通りすぎてもなおペダルを漕ぎ、カズの自宅まで自転車を飛ばした。カズは午前中に隣町の缶詰工場にアルバイト勤務をしたいがために面接を受けに行ったはずで、その手ごたえはいかほどだったかを聞きたかったのだ。
到着し、部屋に入れてもらったぼくに、麦茶の入ったコップを差し出しながら、カズは困り顔の中からほのかな照れた微笑みのような表情をみせる。彼は
「どうだった、うまくしゃべれたかい」
と問うぼくを一瞥すると、ううんと唸ってパソコンと向き合ってしまった。感触はかんばしくなかったのかな、と心配になった気持ちのまま、イスに座りマウスを握ったままディスプレイを見つめる巨体の幼馴染を見やる。彼のイスはぎいぎい音を立てていて、彼がひとつところに体重を預けて座っているのではなく、もじもじと軽く体をよじりながら座っていることがわかった。パソコンの画面を見ているようでも、心はそこにはないのだろう、あれこれ思案をしているのだろうと思えた。そんなわけで、パソコンの動作音とイスのきしむ音は響いてはいるものの、お互いの間にはしばしの沈黙が訪れ、ぼくはカズが出してくれたよく冷えた麦茶を持ちあげ、ホースで水を与えられる夏の動物園のカバよろしく一気にごくごくと喉を鳴らした。ああ、おいしい。自転車の長時間運転によって喉が渇いていたから、胃袋だけではなく内臓にまで沁みていくような冷たい感覚を気持ちよく感じながら飲みほした。すると、
「まあ、わかんないよね、どうだったかってさ。今まで面接を受けたことがないんだから。
面接官が笑ったり、饒舌になったりしたら受かる可能性が増えるのかとか、全然わかんないよ。淡々としてたさ」
とようやく答えてくれた。そうか、そうだよな、と思って、自分がひと月ほど前に面接を受けたときのことを思い返してみた。
社長はやっぱり笑顔で――といってもその日初めてその笑顔を見たのだけれど――ぼくの職歴の無さについてまず質問をした。脚がわななきそうなくらい緊張していたのだけれど、これは訊かれるだろうなと前もってその返答を考えてきていたので、黙りこくってしまうことなく話しだすことができたのだった。それは、自分のやる気の無さ、生きていく力の弱さを認めた上で、そこから抜け出したいんです、というようなことだった。ぼくは今まったくのゼロですが、だからこそ、なんにも吸いこんでいないスポンジのようなもので、もしもここで働くことができれば、どんどん、こなしていく仕事のやり方だとかを吸収していけると思います、それに他の仕事のクセがついていないから、素直に覚えていけると思います、そう言いのけたのだった。ウソではない。ウソではないのだが、最後のほうなんて勢いがついたのか、自分でも意外に思ったほど、ずいぶんと主張することができた。たまに、こう、想定している以上のことができる自分がふと表に出てくることがあって、そんなときは、助けられたな、とまるで他人事のように自分のそういうところに感謝することがある。そういうこともあるなぁと思いながら、カズにも
「職歴がないことは訊かれたろ。そこは返せたかい」
と大事なところに的を絞って訊いてみた。すると
「人の役に立ちたいって言ってきた。ほんとはお金が欲しいのが一番だって正直に言おうかと思ったんだけどさあ、直前で勝手に口がそう言ったんだ」
と、カズはえへへと笑った。カズにも自分の想定を超えて現実的にうまくやってのける自分がいるのだな、と共感を覚えて、そうか、受かるといいよな、いや受かってほしいわ、そう心から願いながら呟き、それから
「茜はどうなんだろ」
と茜の職探しのほうに話を振った。茜のほうもずいぶん気になる。
新聞のチラシによさそうなアルバイトの求人があった、という報告をつい先日、ぼくらはそれぞれスマホではなく金銭的な理由でガラケーを使っているのだけれど、その携帯のメールで受けていた。それ以来、なにも音沙汰はないし、こちらからも連絡をしていなかったのだ。
「そうだ、カズ、古新聞はあるかい」
と訊くと、彼はすぐさま察して立ちあがり、別の部屋へ消えていったかと思うと、そのチラシを手にしてあっという間に戻ってきた。
「グッジョブ」
と言葉短くその行動の素早さを褒めると、
「機を見て敏なり、かな。ちょっと違うかな」
と言いながら、まあそれよりもとばかりに、テーブルの上にチラシを広げてこちらに見せてくれた。すぐさま覗きこんでみる。そこには「未経験者歓迎」の大きな文字と、それに次ぐ大きさで、「遺跡発掘調査員募集」の文字が躍っていた。
「このへんに遺跡なんかあったっけ」
と訝しむと、カズは目ざとくチラシに書かれている勤務地の箇所を見つけ出して指差した。それはこの街から車で四十分ほどかかる、隣町との境目付近の、道路の周りは草木が鬱蒼としていたり、山への入り口だったり崖になったりしている区域だった。もちろん、バスが送迎をしてくれて、装備品も向こうが用意してくれると書かれていた。
「虫除けスプレーはこっち持ちで必要だろうな」
とカズは一升瓶のような丸くて太い腕を組みながら、またたく間に想像力を働かせる。チラシの下の方には札幌の北郷大学が行う調査だと記載されていた。
「土器が出るのかな。石器かな。面白そうじゃないか、これ。なんか、いいなあ」
と、ぼくは畳に寝転んで天井を見上げながらそう言ってしまうと、ぼくら三人が考えている計画が、ちゃんと軌道に乗って目標を達成しそうな気がしてくるのだった。計画にはお金が必要だった。というか、お金を貯めることそのものが、とりあえずの目標なのである。
前にも言ったように、そもそものきっかけはカズだった。そして、今考えても単純としか思えないのだけれど、そのきっかけに触発されて思い浮かんだ計画を二人に持ちあげたのがぼくだ。そのぼくが考えた計画は、発想が練られてもいないしひねられてもいないようなものだったのだが、それでも、二人は、
「いいじゃん、やってみよっか」
と、これから遊びを楽しむんだ、といったノリで、二つ返事でこの《運命をともにする計画》を受けてくれた。そうやって、それまでの生活とは百八十度方向が違うような、ぼくたちの、目標へ向けた攻撃的で行動的な日々への転換が始まったのだ。
では、その計画とは何なのか、これから手短に語ってみる。どうか、馬鹿にしないでついてきて欲しい。昨年の晩秋のとある日、カズはいつものようにネットの中をあてもなくぶらぶらしながら偶然見つけたブログ記事の話を、たぶん興奮によって長めになったのであろうEメールで送ってよこした。それには、そのブログの書き手が、約一七〇倍になる馬券を当てて、およそ一七〇万円を手にしたことを、その証拠となる本物の馬券の画像とともに記事にしてひけらかしていた話だった。詳しく説明すると、その書き手は、競馬のレースの一着と二着に、選んだ二頭の馬が入れば当たりとなる馬番連勝(通称は「馬連」という)の馬券を、一つの組み合わせ当たり一万円で三つの組み合わせ、つまり三通りを購入し、その一つが万馬券と呼ばれる一〇〇倍超えの大穴馬券で、それを的中させたとのことだった。カズは、そんなのは希有な例だとはわかるけど、実際に当てた人がいるのを知ると、すごく羨ましいよね、とメールを締めくくっていた。たしかに、一七〇倍の馬券を三通りの組み合わせだけで当てるなんて、よっぽど競馬に詳しい上に、極めてツイている人にしかできない芸当だと思った。そうして、ふと、競馬のテレビ番組を欠かさず見るようにしていた競馬好きの大学時代の同じ学部の知人の存在を思い出したのだった。そういえば、あいつ、卒業したら馬券を買いまくるって、勉強そっちのけで競馬の研究してたよな。彼は機嫌の好い時にこう言いふらしたものだ。
「いいか、大穴を狙って儲けたいなら、少額でもたくさんの組み合わせで攻めろ。低配当で稼ぎたいなら、一つの組み合わせに絞って大きく賭けろ。それで負けたのなら仕方がないさ。中途半端なのが一番よくねえんだ」
また、こう教え諭すような口調で言ったこともある。
「初心者は単勝馬券を買うべきだね。そのほうが配当は低いことが多いけどさ、当たりやすいんだよ。それに遊べるし、わかりやすいのよ、一頭の馬を見てりゃ良いからな。好きな名前の馬だとか、栗毛の綺麗な目立つ馬だとか、そういう理由で単勝馬券を買って儲けちゃうことだってあるんだよ」
当時、競馬とはそういうものなのかどうか、ぼくには少し計りかねたのだけれど、カズからのメールを読んで、じゃあ、買いたい馬を一頭に絞って、大金をかけてみたらどうなんだろう、それならば馬連よりもわかりやすいし、まるで儲けやすいんじゃないだろうか、という考えが、雨後の水たまりを滑りに来るあめんぼのように、当然、といった体で頭の中に登場したのだった。
こうしてみるみる近づいてきた一獲千金への道筋。それは論理的な思考によらない単なる思いつきの夢想だったとしても、ぼくには妙に現実感を帯びたもののように感じられたのだ。幸運が、なんだか目に見えてくるようだった。幸運の形は馬券の形をしていて、それはレース後ほぼ必ず、誰かが獲得することができる。楽観的すぎるかもしれなかった。でも、その夢想に心を浸らせることによるとろけるような感覚は、ついぞ最近は味わったことのない、全身の筋肉がリラックスしてほぐれでもするかのような気分の良さだった。そうだ、来年の今頃までに、三人で五十万円貯めるのはどうだろうか。そして、その五十万円を一気に、一つのレースで何倍にも増やそう。それが、ぼくら三人が、時間がかかりながらも働き出した理由。それが、ぼくらの計画。カズはそれで自動車免許を取って車を買うその購入費の足しにするのが目的。茜は福島に少しの間里帰りする旅費代と苦しい生活費の大きな足しに。ぼくは家の改修の足しとして。近頃足腰が弱ってきた母のためにバリアフリー化を考えていた。
それまで家に引きこもって失ってしまっていた自分たちの時間を、一挙にお金に変えて取り戻そう、そんな、ついぞ思い浮かびもしなかった、てごわい現実から逆転勝ちしようという気持ちが、ぼくらに結束感をもたらしたような気もしている。
遺跡発掘調査の仕事に応募したのかどうか気になって茜にメールを入れるとすぐに返信が着て、夕方、三人で神社で会うことになった。
去年、この計画をスタートさせてから約半年、計画とは裏腹に、ぼくらはやはり腰が重たくどっしりとしてしまって、それにだらだらどろどろもしていて、それぞれの家に引きこもりがちで動きがなかった。言いだしっぺのぼくにしたって、それまでよりも求人のちらしをちょっと多く見るようになったり、ハローワークに通う機会を少しの気持ち分くらい増やしたりしたのだけれど、これといった求人に出会うことがなく、もう頓挫するかな、と思えた春先、それは雪融けの季節で、きっと巡り合わせの悪さみたいなアンラッキーな部分も雪とともに溶けて消えてしまったかのようで、そう思えるくらい、ぼくにとっては観光物産館の仕事は、好都合というか、願ってもない良い話だったのである。そして、今年の雪融けは、たぶんにカズや茜にとっても気分の上での雪融けでもあり、こうやって、三人で仕事の話をすることになろうとは、向いている方向が大きく様変わりしたのがやっと現実に影響を及ぼし始めていて、感慨深さもあったりする。
神社にはぼくとカズが先に着き、あとから茜が時間通りにやってきた。茜はグレーと黒のボーダーのパーカーにジーンズといった格好で、いつもながらにボーイッシュなのだけれど、そんな格好でも性的な魅力は抑え切れていなくて、久々に会えたということもあったが、ぼくの心臓の鼓動は少し速く深くなる。そんなぼくとは反対に、
「よお」
とリラックスした笑顔で片手を振るカズが横にいる。茜は大好きな仲間だ、それ以上でも以下でもない、そんな宣言がいつか近いうちにぼくの内面を察したカズから飛び出すんじゃないだろうかとちょっと心配になったりもしながら、ぼくも、カズにあわせて、
「よお」
と手を挙げた。すると、茜も肩のあたりで小さく手を振って、嬉しそうに返してくれた。
「ニジ、仕事は終わったんだね、おつかれ様。カズは面接だったんだってね、おつかれ様」
ぼくらは茜の仕事探しのことが気になってしまう。
「茜はどうなの、遺跡の話は」
たまらず口火を切ったのはカズだった。
「実はね・・・」
そう、声のトーンを落として茜はたっぷりと間を取った。ぼくらはそれからどうしたかを早く知りたくて、二人とも、口を半開きにしてしまった状態でいまかいまかと待った。茜はぼくらの注意を一身に受けていることをしっかり確認するように、一度深く瞼を閉じて、そして開くのと同時に
「もう受かっちゃったんだよ、ごめんね、言わなくて」
と笑った。
「なぁんだ、よかったじゃん、なんで言わないのさ」
緊張の抜けた吐息とともに一気にカズは言った。ぼくも、よかったよね、とお祝いの気持ちを伝えながら、いつから勤務なのかを訊いてみると、六月の第二月曜から、ということだった。
「じゃ、あとはカズかあ」
そう言いながら、ポンポンと彼の肩を叩いて励ます。途端に、
「プレッシャーだなあ」
と夕焼け空を仰いで困った顔になったので、
「おい」
と気合をつけるかのように言葉をかけて、それから茜のほうを振り向くと、茜も夕焼け空に心を奪われている様子だった。見事な夕焼けだね、と声をかけると、
「あの日の次の日の朝も、こんな夕焼けみたいな朝焼けだったんだよなぁ。あの日から全てが変わってしまったな」
と震災の事を思い出しているのがうかがえた。
その二日後、当人も含めた三人の心配をよそに、カズは見事に缶詰工場からアルバイトの面接の合格通知をもらった。これで、三人とも、なんとか職について、目標に向かってお金を稼ぎだす段になる。五月の最終週からカズは工場に通い出し、六月の第二週から茜は発掘現場へ向かうようになった。ぼくは相変わらず自転車で観光物産館へ通っている。それぞれに、仕事に対する不安な気持ちとやる気を併せ持ち、さらに三人の夢を思い浮かべながら、道端に自信たっぷりに咲き誇るたくさんのルピナスに――それは天に向かって真っすぐ姿勢よく咲いていて、そのあり様に――自分を重ね合わせるようだったかもしれない。少なくとも、ぼくにはルピナスから得る心象的な感覚に、近しく感じるものがあった。あるいは、ちらほら咲き始めたアジサイにもだった。あの丸く青紫色の花冠たちが、ぼくらの労働を祝福しつつ、冷静であれ、と職場で空回りしないように出してはいけない足を制してくれるかのように感じられた。そう、だから、ルピナスとアジサイ、いずれも、自分たちの応援団みたいだ、とぼくはこっそりと彼らに仲間意識を感じていて、妖精視するかのように、大事に思う気持ちでときどき目をやったりしていたのだった。
そしてその頃、競馬界では今年のダービー馬が決定していた。日本一のレース、映えある日本ダービーを制したのは、三番人気だったレインボウアローという馬だった。父はキングカメハメハ、母はアフターザレインで、母の父はレインボウクエスト。レインボウクエストは世界一のレースである凱旋門賞で二着でゴールインした馬だったのだが、そのとき一着に入った馬がレインボウクエストの進路妨害のために降着となり繰り上げ優勝している。まさに、一度雨が降った後に輝いた、名前の通り虹のような馬である。そして、引退後、種馬となって大成した。レインボウアローは祖父であるレインボウクエストからその「虹」の名前を受け継ぎ、今年のダービーを制したのだった。
ぼくはこのレースを、仕事から帰ってきてから妙な緊張感を持ってインターネットの動画で見たのだった。先行と呼ばれる、集団の前目につけて直線で抜け出して逃げ切る戦法を得意としていたことも実は事前に知っていた。なにせ、名前が名前だ。ぼくの虹矢という名前を英語にしただけじゃないか。四月にこの馬の名前を知った時には、ひっくり返りそうなくらい驚き、それとともに、レインボウアローは現れるべくして現れた馬で、これは神がかり的な大きな運命を示している、と信じこむ寸前の心理になったほどだった。
それはそれとして、このダービーのニュースと、レインボウアローという馬についてのことを、さっそくその夜ツイッターで二人に話したのだが、二人ともやはり大きなギャンブルをすると決めた後なので興味を持ってこのレースを見ていたようで、勝ち馬の名前についても、奇遇だよね、とか、もうジャパンカップで買う馬は決まったね、とか書いていて、好意的に受けとめていたようだ。そうなのだ、ぼくらの勝負レースは十一月のジャパンカップに決まっていた。世界から強豪が集うレースなので、どの馬が勝ってもおかしくないし、きっとオッズも割れるのではないかと踏んだのだ。ぼくとしては、出来ればジャパンカップにレインボウアローが出走してほしかったし、もしも出ることになったら二人にはこの馬を推そうと思っていた。
魅力的なその鹿毛の馬は、この瞬間からすでにぼくらの夢を、その背に乗せていたのかもしれない。