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小説家・有島武郎(たけお)は、「虚栄とは、未熟な人間が自分の欠点をおおい隠すための唯一の手段だ」と言いました。
美しい花々で飾られていなくてても、蓮の葉があれば、その池には風情があります。
私は子どもの頃、家のすぐ近くに池ががあり、水連の葉が広がっており、それを見て大きくなりました。
ですから、池の風情というものに共感します。
また、三中の正門(マクドナルドに面した門)を入った右側には、「弁慶の鏡水」と言われる池があります。
昔、瀬川が宿場町として栄えた当時にあった井戸を復興したもので、三中創立時に作られました。
井戸のいわれは、弁慶が戦(いくさ)に行く前に、その水面に自分の顔を映し、身支度を整えたという由緒あるものです。
その「弁慶の鏡水」は、別名で蓮池と呼ばれています。
いまは水連や蓮は無くなっていますが、三中創立からしばらくの間は、見事な蓮が水面を覆っていました。
創立当時の三中は、当時では最新の校舎であり、高度経済成長期らしく、廊下や階段の幅はかなり広く設計されました。
玄関を入ると、ゆったりとした玄関ホールが広がり、今でも市立中学の中で、これほど広いホールをもつのは三中だけです。
さらに、ホールの奥には四方が校舎に囲まれたタイル貼りの憩いの空間があり、当時は「ホテルのようだ」と、言われました。
その豪華さに対して、コントラストを醸し出した蓮池は十分にシンプルな風情を蓄えていたのです。
時々、テレビ番組で、芸能人や有名人やリッチな人の自宅を映し、みんなが「わー」とか言ってそのセレブさを賞賛していることがあります。
しかし、人間はなにも高価できらびやかな服や車を持たなくても、シンプルな服、ふつうに走る車があれば、それでいいのではないでしょうか。
質素でも、魅力的な人となりが伝わってくる人がいます。
シンプルを習慣にすることは、虚栄心に惑わされず、内面を磨くことが大切であるというメッセージです。
たとえれば、きらびやかな金閣寺を求めず、質素な銀閣寺の生活にこそ、味があるといえます。
以前、ある私立中学校の体育祭に行きました。
そのときに感じたのは、いかにもブランドの服装を身にまとい、わが子を観戦されている保護者さんが多いということでした。
その人たちが虚栄心の塊だとは言いませんが、質素で庶民的な服装でも、体育祭は十分に楽しめると、私は思いました。
"Simple is best." であるということです。