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もう、前のめりになって観てしまいました。
「隠された記憶(Caché)」
(ネタバレの部分もありますので、これからご覧になる方には、ごめんなさい
)
有名キャスターの夫と出版社に勤める妻、思春期に差し掛かり始めた息子の3人家族のもとに、ある日、自宅外観を隠し撮りしたビデオが、不気味なイラストとともに送り付けられてくるところから、夫と妻は、えも言われぬ恐怖を感じ始める。
ビデオは数回にわたって送り付けられ、彼らの恐怖はどんどん増していきます。
怖がらせることをテロリゼterroriserというのだね。
rが2つです、綴りに気をつけましょう。
前回観た時に途中で寝てしまったのは、この映画が難しいからではなく、ただ単に自分が眠かった、またはワインなどを飲んでいたので朦朧としてしまったためなのだ、という結論に達しました。
この映画は決して退屈ではありません。確かに、小難しくはありますが引き込まれます。
ずっとテンション保ったまま観ることができます。
ただ、誰がビデオを隠し撮りして家族のもとに送ったのかというのは最後まで分からないのです。
DVDのパッケージに「全世界震撼のラストシーン」とあったので、ラストシーンを目を皿のようにして観ていたのですが、「このどこが震撼なの?」と思いつつも、「あ、このシーンも誰かがビデオに撮っているということを言っているのか、だから”震撼”なのか」と自分なりに解釈しました。
DVD観た後に「『隠された記憶』ラストシーン」をキーワードに検索してみると、出るわ出るわ。
すると、私が気づくことのできなかったラストシーンの解説があり、それを読んだ後にもう一度ラストシーンを観てみたら「確かにそうだわ」と。私の目は節穴でした。
でも、それが「誰がビデオを撮ったのか」ということの決定的な答えにはなっていないように思います。
この映画は、ビデオ撮った人を最後に出してきて、その人と主人公との関係を説明して「はい、そういうわけです。いいですね」という終わり方をするのではなく、誰がどういう目的でビデオを撮るのか、誰もがその可能性があるけれど、でも、誰?・・・ということを、観た人に考えさせるのです。
ええ、この映画のラストシーンは、同じ映画を観た人と「誰がビデオを撮ったのだと思う?それはなぜ?」と話し合う、それが本当のラストシーンなのかもしれません。
「隠された記憶(Caché)」
(ネタバレの部分もありますので、これからご覧になる方には、ごめんなさい
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有名キャスターの夫と出版社に勤める妻、思春期に差し掛かり始めた息子の3人家族のもとに、ある日、自宅外観を隠し撮りしたビデオが、不気味なイラストとともに送り付けられてくるところから、夫と妻は、えも言われぬ恐怖を感じ始める。
ビデオは数回にわたって送り付けられ、彼らの恐怖はどんどん増していきます。
怖がらせることをテロリゼterroriserというのだね。
rが2つです、綴りに気をつけましょう。
前回観た時に途中で寝てしまったのは、この映画が難しいからではなく、ただ単に自分が眠かった、またはワインなどを飲んでいたので朦朧としてしまったためなのだ、という結論に達しました。
この映画は決して退屈ではありません。確かに、小難しくはありますが引き込まれます。
ずっとテンション保ったまま観ることができます。
ただ、誰がビデオを隠し撮りして家族のもとに送ったのかというのは最後まで分からないのです。
DVDのパッケージに「全世界震撼のラストシーン」とあったので、ラストシーンを目を皿のようにして観ていたのですが、「このどこが震撼なの?」と思いつつも、「あ、このシーンも誰かがビデオに撮っているということを言っているのか、だから”震撼”なのか」と自分なりに解釈しました。
DVD観た後に「『隠された記憶』ラストシーン」をキーワードに検索してみると、出るわ出るわ。
すると、私が気づくことのできなかったラストシーンの解説があり、それを読んだ後にもう一度ラストシーンを観てみたら「確かにそうだわ」と。私の目は節穴でした。
でも、それが「誰がビデオを撮ったのか」ということの決定的な答えにはなっていないように思います。
この映画は、ビデオ撮った人を最後に出してきて、その人と主人公との関係を説明して「はい、そういうわけです。いいですね」という終わり方をするのではなく、誰がどういう目的でビデオを撮るのか、誰もがその可能性があるけれど、でも、誰?・・・ということを、観た人に考えさせるのです。
ええ、この映画のラストシーンは、同じ映画を観た人と「誰がビデオを撮ったのだと思う?それはなぜ?」と話し合う、それが本当のラストシーンなのかもしれません。
レンタルビデオ店で探したところ、
在庫がありましたので、観ることができました。
このコメントもネタバレになりますので注意を。
この映画は、ビデオテープの送り主が誰かを問題にしているうちはサスペンス映画なのですが、人の代わりに抽象的な何ものかを入れると、とたんに社会派の映画になりますね。
政治家の発言、マスコミの大衆操作、ある民族が歴史的に抱え込んでいる記憶。
人々が潜在的に持っている不安を顕在化させ、煽り、さらには憎悪を抱かせ、それをある方向に仕向けるものであるなら、何でも入れることができます。
この映画の主人公、ジョルジュの憎悪は、最後には子供のころに知り合いだったアルジェリア人に向けられます。それもきわめて移民差別的、人種差別的にです。
テレビで本の批評を行い、インテリであるはずのジョルジュが、社会の片隅でつましく生きてきたであろうこのアルジェリア人やその息子にぶつける言葉は、字幕を見ているだけでも、あまりに汚いこと。
こうしたジョルジュの心理過程は、例えば第二次大戦中のドイツ人がユダヤ人に向けた憎悪を挙げるまでもなく、誰の心の内にも簡単に起こりうるものであると、この映画は説いているように思われます。
ところで、この映画の中に出てくる、アルジェリア人の溺死事件、実際にフランスで起った事件なのでしょうか?また、フランスとアルジェリアの歴史的関係も、詳しく調べてみると面白いかもしれませんね。
DVDに特典映像としてついていたハネケ監督のインタビューをご覧になりましたか?
監督は人間の不安をなるべくシンプルな形で表現し「ああ、こういうことならわたしにもあるわ」と思えるような映像を作っているとのことでした。
だからこの映画の主人公の不安の先にあるものは、相似形として、かずゆきさんがおっしゃるように社会不安や差別意識なのでしょう。インテリも一皮むけば不安と欺瞞と矛盾に満ちている。
同じ監督の作品の「白いリボン」、以前このブログにもちらっと書きましたけれど、この映画の中では、力あるものに憧れて、服従する気持ちの先に、ナチスに傾倒していく若者のメンタリティを描かれているとか。
まだ観ていませんが、機会があったら観てみたいと、「隠された記憶」を観てさらに思いました。
しかし、ジュリエット・ビノシュきれいでしたね。家庭でも仕事でも充足している中年のインテリ女性、その彼女が得体のしれない誰かに脅かされて、だんだんと精神的に壊れていく演技はさすがでした。役者さんってすごいなと思います。
かずゆきさん、これからも映画の感想コメントください、お願いします。