東北関東大震災発生から、1週間。
この1週間私はずっと観ていた、テレビを。
計画停電中は、携帯電話でワンセグ放送を観ていた。
津波の映像、避難所の映像、捜索の模様、被災地に支援物資を運ぶ様子、そして原子力発電所の事故とその後の対策。
パソコンでは海外メディア(海外と言っても、フランスのみ、実に偏っています
)での報道を観てる。
節電しましょう、とブログに書いておきながら、1日中テレビもパソコンもつけていた。
暖房を切っていたことが、せめてもの被災した方たちへの連帯の表示、わたしなりの。
母の従弟は行方不明で、母の従妹の家は流されたそうだ。
そうそう、小学生の時に一度だけ遊びに行ったことがある。
海のすぐそば、ということだけは記憶に今でも残っている。
ニュース番組の司会者が被災地への中継の中で、
「大変なところもうしわけありません」
「そちらの様子はいかがですか?」
「いま、一番必要なものはなんですか?」
皆さん「なにもかもが必要、もとの生活が必要」と言いたいはずなのに
「灯油が、お水が必要」と感情をほとんど押し殺して答えていらっしゃるように思える。
避難場所からテレビ画面を通じて、遠くに住む子供ににメッセージを送るご両親。
「お父さんお母さんは、大丈夫だから、元気だから」と。
暖房の乏しい体育館に避難してて、ちっとも大丈夫じゃないのに。
「就活、がんばるんだよ」と就活中の娘さんを励ます避難中のお母さん。
つとめて明るい表情でお話されていた。
行方不明の息子さんを探すお父さん。
自宅のあった場所に戻り1人で探そうとされているところを報道の人がインタビュー。
「がんばってください」
「はい、ありがとうございます。」
と、報道陣に吐露しても仕方ないと思うのか不安や焦りや悲しさを押し殺している。
海外のメディアが、大災害時にも規律を守りお互いを尊重する日本人の気質を賛賞しているそうだ。
今日地震以来1週間ぶりに電車に乗った。
同じ車両に乗り合わせた人たちの顔を見るともなく見て
「あ、もしかしたらこの人たちと助け合って避難することになるのかな?」などと考えてしまった。
明日避難する身にならないとも限らない。
各々ができることをできるだけやるだけだろうな。
だから今も、使わない電気は切る!
さて、1週間じっとテレビを観ていたので、明日からは活動的に。
外に向かって。
仕事も再開、ウォーキングも再開。再アクティブ化
実行。