それは、箱根駅伝の応援幕。
家のすぐ近くがコースになっているわけではないけれど、いつも仕事や買い物で通る道路がコースに入っているし、全行程、どこを切り取っても「ああ、あそこね」と分かるので、とても身近に感じる。
また、子供のころ、お正月に祖母の家に遊びに行くと(祖母の家は酒屋だったのだが)お店の前を選手が走り抜けて行った。叔父は駅伝のための交通整理に駆り出されていた。
というわけで、私の頭には「お正月は箱根駅伝」とインプットされている。
今日いつもの道路を走っていたら「スポーツマンシップに乾杯」と毎年おなじみの応援幕がいつもの場所に出ていた。
これを見ると、いよいよ年末なのだ、そしてお正月は本当にすぐそこまで来ているのだ、と思い知る。
と言っても、1月2日と3日、往路と復路の全行程をテレビの前で正座して観ているわけではない。
何かしながら、途中ほかのチャンネルを観ながらの「ながら応援」である。
中継を担当するアナウンサーのスタンスも毎年同じトーンであり、お決まりの感が多いにある。
選手の紹介、コースの紹介、先導の白バイを運転する警察官の紹介、観る前から全部分かっている。
でも観てしまうのは、中継地点で待っているチームメイトへ襷をつなぐことだけを思って黙々と走る、苦しくても走る選手に、素直に感動してしまうから。
こと箱根駅伝に関しては、相当シンプルな思考回路を持っている私。
きっと子供のころからの「刷り込み」のせいだ。
家のすぐ近くがコースになっているわけではないけれど、いつも仕事や買い物で通る道路がコースに入っているし、全行程、どこを切り取っても「ああ、あそこね」と分かるので、とても身近に感じる。
また、子供のころ、お正月に祖母の家に遊びに行くと(祖母の家は酒屋だったのだが)お店の前を選手が走り抜けて行った。叔父は駅伝のための交通整理に駆り出されていた。
というわけで、私の頭には「お正月は箱根駅伝」とインプットされている。
今日いつもの道路を走っていたら「スポーツマンシップに乾杯」と毎年おなじみの応援幕がいつもの場所に出ていた。
これを見ると、いよいよ年末なのだ、そしてお正月は本当にすぐそこまで来ているのだ、と思い知る。
と言っても、1月2日と3日、往路と復路の全行程をテレビの前で正座して観ているわけではない。
何かしながら、途中ほかのチャンネルを観ながらの「ながら応援」である。
中継を担当するアナウンサーのスタンスも毎年同じトーンであり、お決まりの感が多いにある。
選手の紹介、コースの紹介、先導の白バイを運転する警察官の紹介、観る前から全部分かっている。
でも観てしまうのは、中継地点で待っているチームメイトへ襷をつなぐことだけを思って黙々と走る、苦しくても走る選手に、素直に感動してしまうから。
こと箱根駅伝に関しては、相当シンプルな思考回路を持っている私。
きっと子供のころからの「刷り込み」のせいだ。