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CubとSRと

ただの日記

これも読んでみたいな

2020年08月11日 | 心の持ち様
 
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和2年(2020)8月11日(火曜日)弐   通巻第6614号  
からです。

  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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 ドルペッグ体制にどっぷり浸かったから中国は成長できた
  香港の金融機能がなくなれば中国経済は自滅するが、習近平はそれを理解できない

  ♪
田村秀男 v 石平『習近平敗北前夜 脱中国で繁栄する世界経済』(ビジネス社)
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 じつに面白い。中国経済の先行きに興味の向きは必読である。期待を裏切らない内容で、有益かつ深刻な状況を了解できるのに、結論は朗らかでもある。
 二人の取り合わせも妙である。
 田村氏は早稲田大学で経済学を講じる学者タイプの経済記者だが、日本経済新聞時代には香港支局長の経験があると同時に米国特派員を閲し、ウォール街に通暁し、FEDウォッチャーとしても知られる。
 かたや石平氏は、辛辣な中国批判で有名だが、本来は哲学を講じる学者であり、中国の思想史に明るく、孔子孟子老子を語り出せば一晩中、しかも大声でお喋りしているほど歴史に造詣が深い。
そして元中国人であるがゆえに、中国共産党トップの性格、打ち出す手口の心理、その中国人の特性がわかるから、中国の政治権力闘争の舞台裏の状況説明には迫力があり、説得力がこもる。
 たとえば、江沢民は習近平の恩人であるがゆえに、冷遇し、つぶしにかかるのだと石平氏は分析するが、その背景説明は、恩人を大切にする日本人には思いつかない発想だ。

 前置きはこのくらいにして本書でふたりは何を言っているのか。
 結論を先に書けば「暴走する習近平に諫言できる側近が不在、この独裁者の壮絶な賭けは哀れな失敗しかない」のであり、なぜ愚かかといえば、コロナと香港安全法で、世界中を敵に廻しているのに、その自覚がまるっきりないという錯綜、夢想、だからまだまだ暴走する。
いまや中国のお友達は二階某と、フンセンとテドロスだけ。中国と友好関係だった筈のプーチンもジブチもパキスタンもスリランカも、横を向いてしまった。そろそろメルケルも中国への態度を変えそうだ。
 田村「人民元にはドルの裏付けがある」
 石 「中国経済はじつはドル本位制だった」
 田村 「(リーマンショック以後)中国は100%米ドルの裏付けのある人民元をずっと刷り続けてきたからこそ、胡錦涛から今の習近平に到るまで、国家としてたいへんな膨張が出来た」
 その状態がコロナ、米中激突、対米貿易黒字激減で、激変した。
 ドルが払底したのだ。
田村氏は、ドルとの比率が100%から60%になっている現実をグラフを駆使して明示する。そして、50%から30%台になると、中国経済がどうなるかを理論的に説明している。
 高級幹部の資産逃避、海外への隠匿があり、また海外債権が不良債権となったこともあるが、手元資金不如意となったため、せっかく買った海外不動産、企業、映画スタジオを売却し、さらにファンビンビンを「犠牲の山羊」にして、海外に隠したドル資産を強制的に中国に戻させた。さらに年間五万ドルの個人の海外旅行もパスポートを取り上げて、外貨節約に移行するだろうと、石平氏が大胆な予測をする。
このことは評者(宮崎)も一貫して主張してきた。爆買いが唐突になくなったように、中国人の蝗の大群のごとき日本旅行はいずれ「突然死」する。コロナ災禍が明けても、もう戻ってくることはない。
ドルが、それでも足りないとなると、次に何をするか。
 財閥から資産を剥奪し、国内の資金を徹底して集めるだろう、と石平は予測する。
 「共産党は本能を剥き出しにして、ありとあらゆる方法で金持ちから富を奪う(中略)。これは中国の歴史と伝統であり、国家財政が苦しくなると、金持ちを冤罪で捕まえて殺して、財産を没収する」。
 田村「中国は、自爆装置のスイッチに手を掛けてしまっています。それが暴発しかけたときにアメリカとの全面的な対立に発展して、台湾問題が爆発する。日本はそのときに『当事国』になります」
 最悪のシナリオへ、あの愚昧の独裁者は舵を切ったようだ。
       ○○○○○
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 から

2020年08月10日 | 心の持ち様
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和2年(2020)8月7日(金曜日)
       通巻第6612号  
  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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 戦後の歴史教育を根底からひっくり返す落合史観
  「嘘の博物館」が中国の近現代史講義、騙しのテクニックの仕組み

  ♪
落合道夫『日本と世界を騙しに騙した中共の正体』(ハート出版)
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 「シナ事変」から「武漢肺炎」まで、嘘、嘘、嘘のオンパレードである。
 中国共産党は政治プロパガンダの天才。歴史をねじ曲げることなんぞ、屁でもない。
 自分が犯した兇悪犯罪、虐殺など暗い出来事はすべて頬被りするか、他人がやったことにすり替える。南京大虐殺然り、上海事件しかり。しかも悪質なるは、こうした嘘の上塗りを日本のメディアが臆面もなく続けて、利敵行為を展開していることだ。後者はもっと悪質かつ犯罪的な行為ではないのか。
 武漢ウィルスでも私たちは中国の吐く嘘の数々を目撃した。
「中国も被害者である。アメリカ軍が仕掛けたのだ。中国は医療チームを各国におくり、世界から感謝されなければいけない」と白々しくのたまわった。
 欧米の賠償請求に対しては「中国に責任はない」と高飛車な「戦狼外交」を展開する。凄いなぁ。
 かの「731部隊」はあまりの不衛生な中国から疫病を少しでも減らそうとした専門家ぞろいの医療チームだった。ところが、いつのまにか人体実験とかにすり替えられ、共産党の宣伝にうっかりのった森村誠一は『悪魔の飽食』で赤恥をかかされた。
中国の共産革命とは、毛沢東の天下取りのための易姓革命であり、革命の功労者は、邪魔になれば全員を粛清した。共産革命で中国は良くなると信じた多くは騙された。
劉少奇に人気を奪われそうになると、毛沢東はあらゆる手を使って文化大革命をおこさせ、さんざん利用した紅衛兵も、用が済めば、さっさと下放させて、用済みとした。中国の学生、インテリ、民衆もまた毛沢東に騙された。
一番騙された被害者は誰か、日本である。
それにも拘わらず、多くの日本人はまだ洗脳されて、まるで日本が悪いことをしたような錯覚、つまり催眠術に引っかかっている。それほど中国共産党が繰り出すプロパガンダが巧妙、秀逸ということになる。
 以下、本書はシナ事変、上海事変の正体、西安事件の裏側、スターリンの大謀略、国共合作の失敗、革命の裏側と戦後の毛沢東の陰謀等々、これまでの歴史書がスルーしがちだった謀略工作に重点を置いて、近代史を整理整頓したもの、通読すると頭がすっきりする。
          ○○○○○

 (転載了)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 日清戦争開戦前の「長崎事件」は言うに及ばず、どう考えたって国民党にしかできなかった筈の南京事件(大事件)を日本がやったと、(その場にいなかったのに)主張し続け、断罪しようとするシナ。尖閣諸島の周辺に「釣魚島は中国の物」と彫り付けた碑を何本も放り込んだシナ。これなんか、つい最近のことですけど、火器管制レーダー照射、ってのもありました。
 
 「人の噂も七十五日」、と言いますが、彼の国は、そのことの起こった理由(事情)を世間が忘れたころを見計らって、行動を開始します。「正しいのはオレだ」、と。
 情報が瞬時に世界を駆け巡る現代社会では「どの口が言うか」と速攻で反撃されますが、恬として恥じない鉄面皮。
 そして、数十年後(数年後)には、「ずっとそうだった。正しいという記録(?)がある」と言い張る。
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社報「靖國」8月号から ③ 松平宮司の心持

2020年08月09日 | 心の持ち様
 中曽根総理のこと。

 これは以前に西村慎吾氏のブログで拝見したものからです。
 まずは西村氏のブログの転載から。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 今日、西村眞悟氏のブログを見ていたら、今夏の安倍総理、稲田防衛相の行動を叱責した後で、こんなことを書かれている。
 ・・・・・・・・・・・・・
            (略)
 「かつて、ボディーガードを伴って昇殿参拝した総理大臣がいた。
 靖国神社の時の松平宮司は激怒した。
 祀られる英霊は、戦場で五体裂けて戦死された方々である。
 にもかかわらず、
 平時に自分の身を守るボディーガードを拝殿まで伴うとは何事か、と。
 彼は、明らかに参拝しないほうがよかったのだ。」
           (以下略)

   ~「英霊と西郷さんに会った」  平成28年8月19日(金)より~
               http://www.n-shingo.com/jiji/?page=1233

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 何だそれは。そんな総理大臣がいたのか、と思って調べてみたら、松平宮司(松平春嶽公の末裔)が講演されたものを見つけることができた。

 「神道の作法は執らない。玉串は捧げない。お祓いは受けない」。
 この時点で「何だ、それは!」だが、小泉総理も「一礼しただけで、ポケットマネー」だったな、と思い出した。
 講演記録なので、部分転載でも結構分量がある。しかし、是非読んでいただきたい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                        (略)
 ・あの総埋大臣の無礼な公式参拝は忘れられない。

 政治の渦中に巻き込まない
 私の在任中に、もう一件世間を騒がせたのは、中曾根康弘総理の参拝でしょう。昭和六十年八月十五日。「おれが初めて公式参拝した」と自負したいからか、藤波官房長官の私的諮問機関として「靖國懇」なるものをつくって、一年間、井戸端会議的会合をやりました。そして手水は使わない、祓いは受けない、正式の二礼二拍手はやらない、玉串は捧げない、それなら「政教分離の原則」に反しないという結論を出したのです。
 しかし、これは私に言わせれば、「越中褌姿で参拝させろ」というのと同じで、神様に対し、非礼きわまりない、私は認めないと言ったんです。
 そしたら遺族会やら英霊にこたえる会の方々に呼ばれまして、「折角、ここまできたんだから、宮司はゴタゴタいわないで、目をつぶってくれ」と、相当強く迫られたのです。

                         (略)
 話を中曾根参拝に戻します。遺族会などに「靖國懇」の結論を呑めといわれて、私が反論したのは、手水を使わないのはまあ宜しい。それは前もって潔斎してくるなら、中曾根さんの心がけ次第だ。玉串をあげない、二礼二拍手もしないでお辞儀だけ。これも心の間題で、恰好だけでなく、心から参拝するなら、こちらからとやかくいうことではない。それは譲ってもいい。
 けれども、お祓いだけは神社側の行うことだから受けてもらわなきゃ困る。火や塩や水で清め、お祓いするのは、日本古来の伝統習俗であって、これを崩されると、一靖國神社のみの間題でなく、地方でも中曾根方式を真似て、お祓いを受けないのなら知事は参拝しよう、そう言いだしかねない。それは神社参拝の本質を根底からくつがえす大きな問題だから、と反論したんですがダメなんですね。それで「分った」と。
 しかし、いずれにしろ、こういう形の参拝をさせていただきたいと総理サイドから頼みに来られるのが神に対する礼儀ではないか、と主張しました。
 すると前日の十四日、藤波官房長官が見えたので、目立たないよう、奥の小さい応接間にお通しして、私は言いたいだけのことを言いました。
 天皇様のご親拝のご作法−−手水をお使いになり、祓いをお受けになり、それから本殿にお進みになって、大きな玉串をおもちになって、敬虔な祈りをお捧げになる−−それを全部やらないというのは、弓削道鏡にも等しい。そう靖國の宮司が言っていたとおっしやっていただきたいと、しかし、これは恐らく言われなかったでしょうね(笑)。
 それから、私は明日は総理の応接には出ない、泥靴のまま人の家に上がるような参拝は、御祭神方のお気持に反することで、「ようこそいらっしやった」とは口が裂けても言えないから、社務所に居て顔を出しません、それも伝えてほしいと。

 念のために申し添えますと、靖國神社の例大祭などへの総理参拝は、吉田首相以来あったことです。
 サンフランシスコ調印帰国直後の秋季例大祭に、占領行政下であるにもかかわらず、堂々と「内閣総理大臣吉田茂」と署名し、榊を供えておられます。
 その後、岸、池田、佐藤、田中と、歴代の総理が参拝しておられますが、吉田首相と同様の形式でした。
 八月十五日の終戦の日に参拝するようになったのは、昭和五十年の三木首相からで、肩書なしの「私人」として参拝した、などと言ったものですから、それ以来、参拝する閣僚などに「公人としてか、私人としてか」などと新聞記者が愚にもつかぬ質問をするようになりました。

 私は、お偉い方でも心なき参拝者には、離れた社務所からスッ飛んで行くようなことはいたしません。しかし、年老いたご遺族が、特に地方から見えたら必ず知らせてくれよと奥の方の神職には言ってありました。
 それに、八月十五日だからといって、神社は特別なことをするわけではないのです。
 靖國神社には、新年祭や建国記念日祭といった他の神社と共通の、我が国の安泰を祈願するお祭り、そして春秋の例大祭、月に三回の月次(つきなみ)祭(一日、十一日、二十一日)といった、御霊をお慰めするお祭りと、いわば二通りございますが、八月十五日はいずれにも属さず、特別なお祭りはないのです。
 朝夕に神饌をお供えする朝御饌祭、夕御饌祭が厳粛にとり行われておりますが、これは三百六十五日、毎日行われていることです。ただ、八月十五日には武道館で全国戦没者追悼式が行われ、全国からご遺族の方が見えますので、参拝者の数が多くなります。マスコミも注目する。それで政治家も地元のご遺族方の参拝に合わせて来られるのでしょう。

 私は例年、八月十五日は、武道館のほうへ靖國神社の代表として招かれておりますので、モーニングを着て出席いたします。式が終って、出ようとしても出口が混雑するので待っている。
 その間に首相は、さっさと靖國神社へ回って参拝を終えるので、従来から八月十五日には全然首相とは対面していません。

 ところが、昭和六十年の鳴物入りの「公式参拝」、私に言わせれば「非礼参拝」ですが−−そのときは、武道館での追悼式のあと、総理は、時間調整のため昼食をとられ、その間に武道館から退場したご遺族さんたちを神門から拝殿まで並ばせたんですね。その中を中曾根首相一行が参拝するという、ショー的な手配をしたのです。
 しかし善良なご遺族たちは「公式参拝してくれてありがとう」と喜んで拍手で迎えていました。私はすでに武道館から神社に戻っていたのですが、藤波さんにも職員たちにも宮司は出ていかないと言ってあったので、出ていかない。社務所の窓からご社頭の状況を眺めておりました。ちょっと子どもじみておりますかね(笑)。

 ところが夕刊を見てびっくり仰天。これはしまったと思いました。参拝が終ったあとの写真が出ているんですが、中曾根総理、藤波官房長官、厚生大臣、それとボディガードが写っている。写真では二人しか写ってませんが、四人ついていた。
 拝殿から中は、綺麗に玉砂利を掃き、清浄な聖域になっているんです。天皇様も拝殿で祓いをお受けになって、あとは待従長などをお連れになって参進される。警護はなしです。
 だから、中曾根総理が、厚生大臣と官房長官を連れていくのは、幕僚だからそれは結構だ。しかしボディガードを四人も、自分を守るために連れていくのは、何たることだと思うわけです。
 靖國の御祭神は手足四散して亡くなられた方が大部分です。その聖域で、御身大切、後生大事と、天皇様でもなさらない警備つきとは何事かと、七年経った今でも無念の感情が消え去りません。

 先ほどの祓いの件は、拝殿に仮設した記帳台のまわりに幕をコの字型に張り、外から見えないようにして、署名のときに陰祓(かげばら)いをいたしました。神社としては祓いをした、内閣側では祓いを受けなかった。それで結構です、ということで決着をつけたんです。この程度ですね。
 そしたら、その直後に韓国と中国からいちゃもんがついたんで、しっぽを巻いて、以来、今日まで総埋の参拝は八年間なし、という情けない状態でございます。

 心すべきは権力への迎合
 それでも、その翌年も中曾根さんは公式参拝したいと思ったけれど、取り止めたんだという。
 そうしたら、中曾根さんに近い読売新間から出ている『THIS IS』誌に「靖國神社宮司に警告す」という一文がのった。それも巻頭言としてです。光栄の至りというべきでしょう(笑)。
 読んでみます。「靖國神社当局は政府も知らぬあいだに勝手に合祀し、国の内外の反発を呼んだ」−−先ほど申しましたように、勝手にではなく、国会で決めた援護法の改正にしたがって合祀をした。しかも、そのとき、中曾根さんはちやんと議員になっているんです。続いて、「外交的配慮と靖國の合法的参拝の道を開くため、首相の意を受けた財界の有力者が松平宮司に対し、A級戦犯の移転を説得したが、頑迷な宮司は、これを間き入れなかったので、首相は参拝中止を選択した」
 頑迷固陋は自認しております(笑)。が、A級戦犯という東京裁判史観をそのまま認めたうえ、邪魔だから合祀された御祭神を移せという。とても容認できることではありません。参拝をやめたのも宮司が悪いからだと、ひとのせいにする。

 「靖國神社は国家機関ではなく、一宗教法人であって、政府の干渉を排除できるというのも一理ある。だが、それなら、首相や閣僚に公式参拝を求めるのは越権、不遜である」
 そんな人々には案内出してませんよ(笑)。昔は権宮司が敬意を表して総理に案内状をもっていった。しかしある時期から、止めさせたんです。だからこの時点では、そんな案内を出していません。
 同誌の結論はこうです。
 「頑迷な一人の宮司のために、靖國間題で国論を分裂させたのは許しがたい。こうした不合理を正せないなら、早急に適当な土地に戦没者と公共の殉職者を祀る公的施設を建設し、靖國神社による戦没者独占をやめさせるべきだ。その建設費のための国債の発行には賛成する」
 「戦没者独占」なんて、御霊を何だと考えているのか、まるでモノのように思っているんでしょうか。
  
                (以下略)

  靖國神社元宮司 松平 永芳  講演   「 誰が御霊を汚したのか 」より
 http://nonbei.hatenablog.jp/entry/20090511/1242007721
 (「nonbeiのIT日記」ブログ 2009-05-11 から転載させていただいた。)
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ここには転載していないが、「国家護持」という、世間が未だに誤解しているのではないかと思われる事柄についても書いてある。
 「国家護持」という字面だけを見ると、靖國神社が「国を護るための祈りをする場」と早合点する人もいるかもしれない。「在特会」を「在日特権を守る会」と思い違いしている慌て者のように。
 勿論、後者は「在日特権を許さない会」であり、前者は「国が靖國神社を護り、運営する」、という意味だ。が、「信教の自由」を憲法に謳ってある限りは、神道の作法による参拝も祭祀も、勿論のこと神社としての建物も神職の服装もみんな廃止せざるを得ない。それでは「靖國で会おう」と言って散って行かれた英霊達に対する裏切りになる。こんなもののどこが「国家護持」になるのか。
 それを分かったうえで「国家護持」と言っているのなら、それは日本人ではない。 
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社報「靖國」8月号から ②

2020年08月08日 | 重箱の隅
 産経新聞記者阿比留瑠偉氏の寄稿文「靖國参拝反対論の迷妄と矛盾」 の前半を転載しました。
 前半では日本の外交官が「日本は韓国とは戦争していないのに、なぜ反対するのか」と聞いたところ、韓国当局がこんなあやふやな返答をした、とあります。
 「だって、中国が反発しているからわが国もなにか言わないといけないと思って・・・・」。
 そして朝日新聞に至っては、昭和二十六年の記事では米国青年の参拝をほめたたえながら、以降は首相の参拝はけしからんとアジア諸国に「ご注進」。支離滅裂としか言いようがない。

 今回は後半です。外務省も問題なのではないか、と。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ~外務省もまた、たびたび首相の靖國参拝の邪魔をしてきたことも指摘しておきたい。
 同省が昨年十二月に公開した外交文書は、昭和六十三年の竹下登首相の中国訪問の際、同省が事前の靖國「不参拝」を求めていたことが赤裸々に記されていた。
 昭和六十三年二月にアジア局中国課が作成した「極秘」の資料「竹下総理訪中 検討事項とり進め方」には「靖國神社公式参拝問題」の項がある。そこにはこうある。

 「昭和六十年の中曽根(康弘)前総理による本件(参拝)実施を契機として中国側より激しい批判が寄せられたため、昭和六十一年及び六十二年には、総理参拝は実施されなかった。(中略)総理の靖國参拝が行われれば、総理訪中自体も危うくなる可能性があるところ、右につき予め、内々官邸と連絡を密にしていく要あり」
 「靖國参拝が実施されれば、総理訪中自体が困難になる可能性がある旨を前広に官邸にインプットしていく」

 さらに同年三月二日付の中国課の記録によると、中島敏次郎駐中国大使はその前日、竹下氏に日中関係について説明を行った際にこう説いていた。
 「国内的に種々困難な事情があることは十分理解しているが、訪中直前ということもあり、靖國参拝は絶対に避けていただきたい。『皆で渡ろう方式』も不可」
 皆で渡ろう方式とは、春の例大祭での集団参拝を指すとみられる。

 これは昨年明らかになった事例だが、それ以前にもこんなことがあった。
 平成十二年四月の国会では、中江要介元中国大使が、昭和六十年に中国の胡耀邦総書記と靖國問題を協議した際のエピソードを証言している。同年八月十五日に中曽根首相が靖國に公式参拝したことをうけてのやりとりである。
 胡氏「もう靖國神社の問題は両方とも言わないことにしよう。黙って八十五年でも百年でも騒がずに静かにして、自然消滅を待つのが一番いいじゃないか」
 中江氏「もし今黙っちゃったら、日本では『ああ、もうあれでよかったんだ』と思ってしまう人が出るかもしれない」
 
 まるで手柄話をしているかのように聞こえるが、中江氏が少なくとも日本側に立っていないことが分かる。冷静になろうと努めた中国を、逆に騒げとたきつけており、問題を長期化・複雑化させたにすぎない。
 国のために戦い亡くなった英霊に哀悼の誠を捧げるという当たり前のことを、天皇陛下や国の指導者たる首相が思うように実行できないという現実を生んだのは、日本人自身なのである。
 靖国参拝問題(本来、問題になる方がおかしいのだが)だけではない。戦時の公娼にすぎなかった慰安婦について、強制連行しただの性奴隷だのと嘘をついて国際問題化したのも日本人である。
 
 先日、拉致被害者の横田めぐみさんの父、滋さんが再開を果せないまま無念の死を迎えられたが、北朝鮮による拉致問題を認めず、否定し、嘲笑すらして解決を遠のけたのも日本人である。連合国軍総司令部(GHQ)が一週間かそこらで作文した憲法の改正を、必死に阻んできたのも日本人である。
 かつて前野徹氏が『日本人の敵は日本人』という本を著したが、日本社会が抱える諸問題、病理のほとんどは日本人が自ら招き、種を植え育てたものだといえよう。

 ただ、いたずらに悲観的になることはないと考える。こうした日本社会に停滞をもたらしてきた左派勢力は、依然、協力ではあるものの徐々に力を失いつつある。
 彼らが彼らのネットワークである新聞やテレビを用い、いかに倒錯し、逆立ちした論理を押し付けようとしても、現在では一時的に成功しても長続きはしない。
 コロナ禍を奇貨として、さらに普及したSNSを中心に「日本人が靖國神社に参拝して英霊に感謝して何が悪い」といった健全な常識が、左派勢力の不健全で自虐的な論調を駆逐していく。彼らに騙されず、引きずられない人は確実に増えている。

 筆者は、安倍首相が在任中にもう一度参拝することは間違いないとみている。
 天皇陛下のご親拝も、そう遠くない将来に復活するのではないかと期待している。

  (転載了)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 「公式参拝」云々を言って火種を作ったのは、中曽根総理であることは明らかになっていますが、その内実・評価についてはあまり世間に広まっていないようです。
 それで、次回、以前に書いた日記を少し再掲しようと思います。
 

 
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社報「靖國」8月号から ①

2020年08月07日 | 心の持ち様
 産経新聞の阿比留記者が、寄稿されていました。
 社報二頁分の記事だから、ここには二、三回に分けて転載しようと思います。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「靖國参拝反対論の迷妄と矛盾」  阿比留瑠偉(産経新聞社政治部編集委員)

 今春の靖國神社例大祭は、コロナ禍のため参列がかなわなかったが、先日届いた山口健史宮司の挨拶文には、次のように記されていた。

 「四月二十二日の当日祭には畏くも天皇陛下より勅使の御参向を賜り、また各宮家より御玉串料の御献進を賜りました。皇室の当神社にお寄せくださいます格別の御崇敬は誠に有難く、御祭神のお慶びはいかばかりかと感に堪えぬ次第でございます」
 
 皇室の「格別の御崇敬」があるにもかかわらず、天皇陛下のご親拝がなかなか実現しないのはなぜか。また、安倍晋三首相の参拝も平成二十五年十二月に行った後、途絶えているのはなぜか。
 一つの理由は、先の大戦での被害を理由に中国や韓国が反発し、国際問題化するのを避けるためだろう。

 もっとも韓国が首相や閣僚の靖國参拝に正面から反発し始めたのは比較的に遅く、現在の文在寅大統領の師匠に当たる廬武鉉政権の頃からである。
 当時、知人の外交官が韓国当局に「日本は韓国とは戦争していないのに、なぜ反対するのか」と聞いたところ、こんなあやふやな返答があったと聞く。
 「だって、中国が反発しているからわが国もなにか言わないといけないと思って・・・・」

 それならば、中韓を黙らせるにはどうしたらいいか。あるとき安倍首相に、日本と戦った当事国である米国のトランプ大統領の来日時に、一緒に靖国神社に参拝したら、中韓も強いことは言えなくなるのではないかと提案したことがある。
 安倍首相はこう答えた。
 「それができたら一番いいが、相手にもいろいろ事情があるからね」

 この案については検討を続けてほしいが、ともあれ、仮に海外からの雑音が聞こえない状況になっても、国内ではヒステリックな批判が収まらないことも予想される。
 それは朝日新聞など左派マスコミもそうだし、学者や文化人と呼ばれる左派勢力も感情的な否定的意見を唱えることだろう。また、それだけでなく政府・与党内からも慎重論・反対論が出るのは残念ながら間違いない。

 朝日新聞は支離滅裂で、戦後しばらくは天皇陛下や首相らの靖國参拝に何ら異を唱えていなかった。
 それどころか、昭和二十六年十月七日付朝刊では靖國神社に祈る米国の青年を称える記事も掲載している。
 記事は「靖國に祈る米国青年」「身代わり立てて参拝」「帰国後も真心ささぐ五年」と三本も見出しを立て、写真も二枚使用している。東京裁判の国際検事団付として来日していた米国の青年が、帰国して警察官になった後も、日本の友人に身代わり参拝してもらい、奉納金も送っているーーとの内容である。
 朝日新聞は、青年が靖國神社に寄せた次のような手紙も紹介している。
 
 「靖國神社にねむる”みたま”たちの大きな犠牲が忘れられるなら、それは日本の悲劇だ。なんとなれば、独立してゆく日本の将来は、悲しみと栄光を持つ過去の上に打ち立てざるを得ないからだ。日本のみなさん、どうか”みたま”へ祈りを」

 現在の朝日新聞記者に、自社の過去記事だとは知らせずに読ませたら「右翼的だ」と罵るのではないか。
 こんな立派な記事を載せていた朝日新聞が後に、アジア諸国に首相の靖國参拝はけしからんと「ご注進」し、それにまず中国が、やがて韓国が飛びつき政治問題化させたのだからグロテスクな話である。

    (以降、次回)
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 今回は記事の半分を転載しました。
 「靖國参拝反対論」は大きく国内と国外の二つに分けられるのだけど、能々みると国内からのものが大半で、国外の中心である中韓だって日本国内からの焚き付けが主因になっているようです。
 前半の転載分である今回は、アサヒの非道(阿比留記者からすれば『支離滅裂』)が際立っていましたが、次回分にはまさかの外務省(まさか、じゃない?)の非道さが書かれています。
 
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