CubとSRと

ただの日記

首相の靖國参拝

2022年06月15日 | 心の持ち様
 社報「靖國」令和4年3月号に掲載された文です。
 数回に分けて転載しようと思います。

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 「靖國神社と父」 
      織田邦男(航空自衛隊 元空将)

  父が百二歳で天寿を全うしてから、早や五年が経つ。父は律儀で真面目な大正人だった。彼は我々子供達にも戦前の事をあまり語りたがらなかった。
 九十歳の誕生日のことだ。筆者を前にして「もうそろそろ、えいじゃろう」と切り出した。何事かと思っていると、「わしは戦艦大和を造っていたんじゃ・・・」と語り始めたのだ。
 どうやら呉工廠で戦艦大和の第二砲塔の油圧を担当していたらしい。筆者にとっても初耳だった。大和建造について語り終えたあと、「戦艦大和については、家族にも話してはならぬと命ぜられていたんじゃ」と述べた。

 筆者は大変驚いた。海軍からの御達しを、戦後六十年経っても律儀に守り通す。もう帝国海軍は消滅しているにも関わらず、しかも戦前を知らない筆者に対しても箝(かん)口令を守り通すとは。最後に「わしももう長くはないからな・・・」とポツリと述べた。禁を破った罪悪感からか、すこし寂しそうに見えた。
 筆者は、ここに実直な「大正人」を見た思いがした。先の大戦での戦歿者は圧倒的に大正人が多い。大正人の七人に一人が戦歿している。しかも戦後復興の原動力も大正人が主力だった。

 父には九歳年下の弟がいた。筆者には叔父にあたる。彼は海軍パイロットになり、昭和十八年十一月二十日ギルバート諸島上空にて散華された。父は弟についてもほとんど語らなかった。戦死がよほど辛かったのだろう。靖國神社には上京する度に必ず参拝していた。
 筆者は叔父の飛行服姿の遺影を見て育った。これが航空自衛隊パイロットを天職に選んだ切っ掛けだった。叔父に守られ無事天職を全うできたことを心から感謝している。

 父が最後に靖國参拝したのは、九十歳後半だったと思う。姉が神戸から付き添い、東京駅から筆者が案内した。もう足腰は弱っていたが、杖を突きながら気丈に昇殿参拝を果した。本人もこれが最後だと覚悟していたのだろう。参拝が終わった後、清々しい喜びの笑顔が印象的だった。
 杖を突きながら境内を歩いている時、父はポツリといった。「何で靖國参拝に反対するんじゃろうのお」と。筆者はとっさには答えられなかった。
 
 国に殉じた先人に対し、国民が尊崇の念を表し、感謝し、平和を誓うのは世界の常識である。米国ではアーリントン国立墓地に、韓国ではソウル国立墓地(国立ソウル顕忠院)に、フランスでは凱旋門の無名戦士の墓に、国家のリーダーが国民を代表して参拝する。だが日本だけが違う。
 平成二十五年十二月二十六日、安倍晋三首相が靖國参拝して以来、現職首相は参拝していない。日本は何故、国際常識に沿ったことができないのか。父の素朴な問いかけである。

  (以下次回)

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福田恆存、西部邁、三島由紀夫、石原慎太郎

2022年06月14日 | 心の持ち様
書評 BOOKREVIEW 
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 中立国のスイスもロシア制裁に加わり、オルガルヒの資産を凍結した
  この措置に震えたのはスイスに隠し預金をもつ中国人富裕層だった

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西村幸祐『九条という病』(ワニブックスPLUS新書)
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 平和憲法を「こんなもの」と言ったのは福田恆存、『踏みにじれ』と言ったのは西部邁。憲法改正を訴えて三島由紀夫は自刃し、三島の改憲遺志を継いで政治生命をかけると言ったのが石原慎太郎だった。「改憲四人組」は不在となった。
しかし、国民の多くが改憲を当然と思っている。したがって九条論は格別に新しいことでもないが、この西村氏の新作における論考は、ウクライナがロシアに侵攻され戦争となったことに結びつけて,憲法と平和を現代の視点から考え直しているポイントにある。
 ウクライナ侵攻は日本人に防衛問題、憲法改正論議に深刻な思考を強いる機会ともなった。
 また本書の最後に聖徳太子の十七条憲法、明治憲法、そして現行憲法が資料として掲載され総合的な判断ができる編集上の工夫がされている。
 「こんなもの」があるから独立主権国家である筈の日本に外国軍が居座っている。平和憲法の所為であると冒頭から西村氏は疑問を投げかける。
 ウクライナ国民は侵略者に果敢に立ち向かった。日本では『降伏しろ』と暴言を吐いた有名人がいたが、あいかわらずテレビで世迷い言を言い続けている。
本当に日本はおかしな国になった。
 戦争になったら逃げるという若者が多数派、じつに『若者の怯懦が国を滅ぼす』(チャーチル)のだ。
 プーチンは核兵器使用を仄めかしているが、ウクライナの地下鉄の駅が核シェルターになっている周到さには驚かされた。ソ連時代の名残だろう。
核シェルター普及率となると人口比で、スイスとイスラエルが100%、米国が82%、ロシアが72%だというのに、日本の核シェルター普及率は、0・02%である。平和ぼけ、病膏肓に至る。ついに脳幹が冒されたらしいなぁ。
 恐るべき現実とは、中国が核ミサイルを実戦配備しているが、そのなかで日本を標的としている弾頭数は200にも及ぶ。
 ながく中立を保ってきたフィンランドとスウェーデンがNATOに正式に加盟を申請した。中立国のスイスもロシア制裁に加わり、オルガルヒの資産を凍結した。プーチンのみか、わかれた前夫人と娘たち、そしてプーチンの愛人の隠匿口座も凍結した。
 この措置に震えたのはスイスに隠し預金をもつ中国人富裕層だった。中国の富裕層とは共産党幹部のことであり、中国はロシアへなした西側の制裁、その迅速な結束ぶりに,肝を冷やした筈である。
 北京の奥の院では,強硬路線を走ってきた習近平への批判が起きており、李克強首相が最近元気なのも、その後ろ盾に長老たちが控え、とくに朱容基元首相が李を支援しているとされる。
 ドミノで次に波乱があるのは、たぶんに北京ではないか。


「宮崎正弘の国際情勢解題」 
     令和四年(2022)6月13日(月曜日)
         通巻第7365号  より
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犯人探しとか決めつけとか

2022年06月13日 | 心の持ち様
 武力を振るうロシア・中国の現実に適応せよ
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            加瀬英明
 

 ウクライナのプチン戦争が始まってから、3ヶ月目に入ったが、高齢 者、女性、児童の虐殺が続いている。

 私は全世界が21世紀にあると思うと、誤っていると説いてきた。2022年 の常識は通用しない。

 ロシアは15世紀にイワン3世(在位1440〜1505年)が周辺を 蚕食(さん しょく)して、ツァーリ(皇帝)、全ロシアの君主であるゴスダリを名 乗ってから変わっていない。イワン3世は、「イワン大帝」と呼ばれる。

 中国も体質が秦の始皇帝が紀元前221年に、はじめて武力によって中 国全土を統一して中華帝国が生まれてから、まったく変わっていない。

 プチン大統領はかつてのロシア帝国の再興をはかっており、習近平主席 もことあるごとに国家目標として「5000年の偉大な中華文明の復興」を呼 号している。

 プチン大統領も、習近平主席も、平和を唱えるものの、「ロシアの平 和」「中国の平和」であって、武力しか理解できない。

 プチン大統領は2008年に隣国で、関取栃ノ心の母国であるジョージ ア に侵攻して5日間で奪うことに成功し、2014年に4日間でウクライナからク リミ ア半島を?(も)ぎ取ることができたために、今回も電撃戦によって ウクライナの首都 キーウを数日で占領して、傀儡政権を樹立することが できると誤算した。そのために、 ウクライナ東部と南部を削り取ること を目標としている。

 プチン大統領のウクライナ戦争は、日本の憲法改正の動きにとって強い 追い風となった。それでも護憲派の人々は、なぜか、目を覚まさない。

 『月刊日本』という勝(すぐ)れ者(もの)の雑誌がある。右から左までの 論客が登場するので、よい勉強となる。発行人は南丘喜八郎主幹で好漢 だ。私が30代 でラジオ日本のトーク番組を持っていた時の担当者だった。

 同誌の5月号に、神戸女学院大学名誉教授のU氏が寄稿している。
 「憲法の理想にあわせて現実を作り変えよ」という見出しがあって、ロ シアが「力は正義だ」と振舞っているのに対して、「自民党周辺で憲法改 正や核共有の 議論が勢いづいています。(中略)ウクライナが激しく抵 抗すると、(注・自民党周辺 が)『武力より愛国心が大切だ』と言い立 てた。現実が変わるごとにころころと態度を 変える。(中略)」
 「しかし、真のリアリストは現実に適応することよりも、現実を作り変 えることを重んじる人です。(中略)その理想はすでに日本国憲法に書か れていると思 います(後略)」

 きっとU氏はプチン大統領や、習主席を説得して、日本国憲法の信者に 改宗させることができると信じておられるのだろう。

 しかし羆(ひぐま)が町に現われた時に、日本国憲法を護符のように翳 (かざ)してみても、羆には文字が読めまい

 昭和天皇は占領下で何回もアメリカ大使館に行幸されて、マッカーサー 元帥と会談されておられる。
 新憲法が公布された後に、天皇は憲法が日本に軍を保有することを禁じ ているのについて、「アメリカはずっと日本を守ってくれるか」と御下問 になられた。 マッカーサー元帥は「そうさせていただきます」と奉答した。

 アメリカは日本に防衛力を強めることを求めている。現実に適応すべき ではないのか。
  

 わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
               頂門の一針 6165号
       
 2022(令和4年)年 6月11日(土)より

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 《全世界が21世紀にあると思うと、誤っていると説いてきた。2022年 の常識は通用しない。》
 時は平等に流れるけれど、楽しい時は流れるのが早く、苦しい時は止まっているかのごとくに感じる。時の流れでさえ、飽く迄も主観でしか把握することは出来ない。
 そしてその主観は、個々人は言うまでもなく個々人の思念を基に形成される社会だって同じだ。
 だから「21世紀とは」という思いもまた、共通理解なんかできるわけがない。
 そして、「できるわけがない」、と「覚悟」して、それでも話をしようとするのが「仁」なのかもしれない。
 結果「アーニャを知れば世界が平和に!」・・・ならない。焦点がずれている。
 「人は己の理解能力の範囲内でしか物事を理解できない」のだから、或る意味、シナもロシアも九条教信者も同じ・・・かも。
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今日の仕事

2022年06月12日 | 日々の暮らし
 6月6日(月)

 気が向いたらコペンで出るつもりでいた。天候次第だ、とも思っていた。勿論、良ければ「出る」、悪ければ「出ない」。
 その「天候次第」の悪い方で、一日、良い天気とはいえず、昼過ぎと夕方、雨。
 もう本当に約束通りの「雨」。どこにも行けず、燻っているうちに日が暮れた。
 予想通り、SRの任意保険の払い込み用紙が届いたので明日の予定は早々とできたが。


 ここからは昨日のこと。
 日曜の朝、珍しく鎌を持って外に出る。裏口周辺の雑草の繁茂ぶりがあまりにも酷かったため。
 勝手口を開けることなど年に一回もあれば良い方で、草刈りは一年に一回以下だから当たり前のことなんだけど、見に行かないんだから目に入らない、目に入らないんだから気にならない。
 で、何かの拍子にあまりの酷さにびっくりする、と。

 先日の夜、台所の灯りを消して、二階に上がろうと思った時、裏道の街灯に照らし出された街路樹の陰が窓に映った。
 当然ながら鬱蒼とした樹影で、それを見た時の記憶があったのだろう、翌日、何気なく洗面所横の窓から樹のある方角を見た。そして樹影よりも丈高く生い茂っている雑草の方が気になった。

 出てみると、裏口に行く前にやらねばならないことがあった。
 玄関から勝手口まで家の外周を半分することになるんだけど、通路に敷き詰められてあるレンガの間から雑草が好き勝手に伸びている。そいつらを処分しなければ行き来が不自由だ。
 
 とにかく腰くらいの高さになった雑草を片っ端から引っこ抜いていく。
 続けて、カズラの枝を折り、千切り、変異して棘だらけになった木の枝を用心しながら切り取り、やっとの思いで勝手口に辿り着いた。三十分くらいかかったかもしれない。

 これですっかり「今日の仕事」をした気になって休憩。
 そうこうするうちに天気が崩れて行く。

 今日(日)は予定通り、家にあるもので酒を飲むつもりでいたから、前の日(土)に作って置いた「切り干し大根と油揚げの炒め煮」、残っていた「モツ煮(に厚揚げを追加投入した物)」、麻婆豆腐。
 十分過ぎる肴で焼酎一合とジン・フィズ2杯。勿論「あの」ゾンビグラスで。
 
 
 
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カブ不調

2022年06月11日 | 日々の暮らし
 6月4日(土)

 昨晩は12時前に寝た。散歩にも行ったし素振りもしたし、だったが宿酔いの後だったからか「身体がほど良く疲れて」とはいかなかったようで、1時、2時、と一時間毎に目が覚めた。次は三時間後の5時だったが。

 そのまま起きる。
 睡眠不足のような、それほど疲れてはいないような、妙な感じ。
 血圧は130台に戻っている。が、まだボンヤリしている。眠くてそうなのか、それとも疲れでそうなのか、は分からない。
 8時過ぎにバゲットを半分食べることにして、玉葱、トマトを炒めはじめ9時前には朝食終了。

 カブのオイル交換をしてもらって一夜明けたところなので初走行を、と思っていた。
 まず給油に行く、それから二日前に行ったばかりの珈琲店まで行ってみる。そういう予定にした。
 今日はコーヒーを一杯飲むだけで、どこにも寄らず帰るつもり。

 エンジンを掛けると、初動時の高回転がなかなか納まらない。アクセルを少し煽ってみても回転は高いままだ。かといってアクセルワイヤーが引っ掛かっているような感触はない。おかしい。
 気温が上がったからか、と前かごに入れたままにしているドライバーでアイドリング調整をしてみる。
 二、三度スクリューを締めたり緩めたりしたら、やっと回転が落ち着きそうな音になって・・・・エンジンが止まった。

 ありゃ、これはいけない。
 改めてエンジンを掛けてはスクリューをいじり、を数回繰り返すが、どうもいけない。とうとう全く掛からなくなってしまった。
 そんな変わったことをしたわけでもなし、何よりもオイル交換してもらって一夜明けたばかりだぞ?? 全く何てことだ。

 で、思いついた。「スーパーカブ」の小熊じゃないけど、ガソリンはあるのか?
 シートを上げてみると、まだレッドゾーンには入ってない。余裕をもってセーフのライン。
 でも、これまでにも何度か経験している。レッドゾーンに入ってなくとも、上り坂のガソリン残量チェックは信用しない方が良い。

 早速リザーブに切り替え、一呼吸おいてエンジンを掛けてみる。
 呆気なく掛かった。
 当然、後は「ん?何かあった?」みたいな淡々としたエンジン音が響いている。

 151円になったレギュラーガソリンを入れ、有馬街道を下り、コーヒーを一杯飲んで帰宅。当たり前だけどあのエンジン内の音以外全く問題なし。あの音すら少し控えめになっている。
 
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