今日は書展、「明日展」のオープニングでした。
「母」と「創」を出しましたが、まだまだです。
息子の名前を書きたい思って始めた書ですが、「創」も「母」も
難しくて、書き続けなければと思いました。
でも、習字が大嫌いだった私を「書」の世界に誘ってくれたのは
創です。
初女先生との出会いを与えてくれたのも創です。
不思議です。創は亡くなってもういないのに、私に一生ものの
大切なものを与えてくれているのです。
そして、私を支え続けてくれています。
こうしてみると、死とは一生の別れなどと考えてしまうことは
あまりに単純な気がします。
私と創との関係は、息子が生きていた時よりのずっと
深い処で繋がっている気がします。
息子が与えてくれたものに支えられ、私は幸せを感じ
生きています。
これが息子と共に生きているということなのかも
しれません。
姿かたちを追い求めると、いないという現実に
心が奪われ、悲しみに引きずられてしまいますが、
見えない事がいないことではないってこと…
書の先生が、私の「創」と「母」を見て、
「創君がお母さんを支えてくれているのね。」と
言われました。
そして、「創君が笑っているような作品ね」と…
その言葉を聞いたら、涙が出ちゃいました。
「母」と「創」は一生ものの課題です。
でも、こうやって書きながら息子を身近に感じて
それもまた幸せの時間です。
ボクネンさんが「幸せの方が一杯あるんだよ。」と
言っていたことが、本当だと心から思えました。
「母」と「創」を出しましたが、まだまだです。
息子の名前を書きたい思って始めた書ですが、「創」も「母」も
難しくて、書き続けなければと思いました。
でも、習字が大嫌いだった私を「書」の世界に誘ってくれたのは
創です。
初女先生との出会いを与えてくれたのも創です。
不思議です。創は亡くなってもういないのに、私に一生ものの
大切なものを与えてくれているのです。
そして、私を支え続けてくれています。
こうしてみると、死とは一生の別れなどと考えてしまうことは
あまりに単純な気がします。
私と創との関係は、息子が生きていた時よりのずっと
深い処で繋がっている気がします。
息子が与えてくれたものに支えられ、私は幸せを感じ
生きています。
これが息子と共に生きているということなのかも
しれません。
姿かたちを追い求めると、いないという現実に
心が奪われ、悲しみに引きずられてしまいますが、
見えない事がいないことではないってこと…
書の先生が、私の「創」と「母」を見て、
「創君がお母さんを支えてくれているのね。」と
言われました。
そして、「創君が笑っているような作品ね」と…
その言葉を聞いたら、涙が出ちゃいました。
「母」と「創」は一生ものの課題です。
でも、こうやって書きながら息子を身近に感じて
それもまた幸せの時間です。
ボクネンさんが「幸せの方が一杯あるんだよ。」と
言っていたことが、本当だと心から思えました。