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ヨハン・バプティスト・ランピ、18世紀オーストリア、ロココ。
時代劇には、よきに計らえと言って面倒なことは部下にすべてやらせ、自分は贅沢に暮らすことと性欲を満足させることだけに生きるという殿様がよく出てくるが、それなどは、自分は何もやらずにほかの霊魂に自己活動をすべてやってもらっているという、偽物の人間の姿をよく表している。現実に、そういう王族はたくさんいる。少なくとも、そういう人生を目指して破滅したという馬鹿はたくさんいる。
結局は、偽物は偽物に過ぎないのだ。
エカチェリーナ2世はロシア皇帝ピョートル3世と結婚したが、夫は貧相で性的能力にも欠陥があり、夫婦の関係は最初から破たんしていた。彼女は多くの子を産んだが、ほとんどは愛人の子だったといわれる。クーデターを起こして夫を廃位させて暗殺し、自らが帝位についたが、幸せな結婚ができなかったがためか、愛をむさぼるようにたくさんの男を作った。功績もあるといわれるが、それはほとんど別の霊魂がやったことだ。
金と位があって贅沢ができれば、愛も手に入ると思ったのか。それが馬鹿というものだ。結局は何もならなかった。すべては幻だったのだ。人生の虚栄を脱ぎ捨てて死んだ後のエカチェリーナの魂は、人から奪った人生で味わった悦楽の代金を支払うために、自分が迷惑をかけたすべての人間の下になり、下僕のような生を長々と続けていかねばならないのだ。