リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

秀吉と西洋音楽

2024年06月20日 08時45分01秒 | 音楽系

秀吉と西洋音楽の出会いはすでに当ブログで何回も書いていますが、1582年の本能寺の変から8年後の1590年に天下統一を成し遂げた秀吉は、1591年に聚楽第で少年使節らを招き御前演奏を求めました。もう戦乱の時代ではなくなりつつあるので、こうしたことが行われたわけです。

こういった事象の記録は、日本人の手によった場合は簡潔に事実だけを1、2行しか書かないでしょうが、当時来日していたポルトガル人宣教師のルイス・フロイスは現代のジャーナリストのようにその様子を詳細に記述しています。(完訳日本史4、ルイス・フロイス著、松田毅一、川崎桃太訳、中公文庫)

楽器についてはハープ、キーボード、リュート、レベッカで演奏されたとあります。フロイスはこの御前演奏に同席したのかどうかは分かりませんが、仮に同席していなかったとしても同席した人から直接話をを聞いたことでしょうから、信憑性、具体性は極めて高いと思います。この時代の歴史的記述はこうした文体では書かれないのが普通ですので、このようなまるで433年前に現代のジャーナリストが行って書いたような記述は極めて貴重です。まるでタイムマシンを使ったかのようです。

ただ残念なことに曲目については一切書かれていません。フロイスはあまり音楽的な素養がなかったのか、あるいはフロイスの記述はそもそもキリスト教の日本における布教について書くものだから不要と判断したのか、それはわかりません。もし曲目についての記述が少しでもあれば、あの■ホらしい皆川説が広まってしまい、それが我が家の庭の雑草のごとく引き抜いても引き抜いてもしぶとく生えてくるような状況を招かずにすんだわけで、返す返すも残念です。