リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

BWV995の続き

2013年03月29日 13時50分08秒 | 音楽系
ト短調の曲なのになぜイ短調の指使いがしっくりくるのか?リュートの弦はガット製で、細い1コースは当時でも4週間もてば特筆されるくらいでした。(E.G.バロンの著書による)まぁ平均的には2週間くらいで交換と言ったところでしょうか。場合によっては2,3日でということもあったかも知れません。

こういった現状がありましたから、一音下げてより太い弦を張り、ハ短調調弦にするというのはすぐ考えつくことでしょう。特にソロ中心に演奏している人であれば問題は出てきませんし、アンサンブルをよくする人でもハ短調調弦として五線譜を読む練習をすれば演奏可能です。ただ「ハ短調調弦」バロック・リュートは♭系の調には強いですが、♯系はちょっとという感じになりますが。



バッハのリュート組曲ト短調BWV995はこういった楽器のために作曲されたのではないでしょうか。指的にはイ短調の指使いになりますが、それはト短調に聞こえる、したがって五線譜ではト短調で書いた、ということです。今回のリサイタルではこの仮説に基づいた版を起こしそれを使用しますが、楽器は415なので響きはイ短調で鳴っています。イ短調にするとバッハが書いた音全てをそのまま演奏することができます。ト短調版だと出すことができないバスがあったり、非常に不自然な形でしか出せない和音があったりします。原調でしかも指定された楽器で演奏しているというのにこれは明らかに変ですね。(何度となく出てくるコントラGとかプレリュードの115小節目冒頭のバス、アルマンドの25小節目冒頭の和音などです。これらはイ短調版では全て「あっさり」と弾けてしまいます)

この仮説がなんとなく存在しづらかったのは、実は18世紀の中頃に成立した995番のタブラチュアがあるからなのかも知れません。これはバイロイトのA.ファルケンハーゲンがタブラチュアにしたと言われています。このタブはト短調で書かれていて楽器は13コースの楽器です。ですからコントラGは何のためらいもなく捨てられています。ま、実際には思い悩んだ末かも知れませんが。(笑)このタブラチュアは音の省略、変更が多すぎ、あまり原曲に忠実であるとは言えないと思います。歴史的な意義は大きいでしょうが。

ただイ短調版の泣き所は、先にもいいましたが、属調に転調したときの和音ですね。大変押弦が難しいですが、でもバレを工夫して指使いを考えれば、(もちろんよく練習しないといけませんが)ギリギリ実用的な範囲ではあります。

BWV995つづき

2013年03月28日 20時58分45秒 | 音楽系
バッハが995番のタブを自身で書いてくれていたなら、ややこしい問題はなにも起こらなかったんですが、このト短調で書かれた995番の自筆譜、いろいろ大変です。まずプレリュードの冒頭、三小節目にして13コースのバロックリュートでは出ない音がいきなり出ています。この音、低い低いソの音、コントラGというんですが、ここだけならいざしらず、五小節目も六小節目も七小節目にも出てきます。そして他の楽章にも出てきます。

バロックリュートは13コースで最低音は低い低いAの音です。ではもう1コース弦を増やして14コースにするという手もないことはないですが(実際にそういう楽器で演奏している人もいます)当時のタブラチュアで14コースを要求しているものはないところから、14コースのバロック・リュートは存在していなかったということが推測されます。
では、どういうことなのか。この点に関して一つの提起がありました。原調のト短調から一音あげてイ短調で弾くという方法です。ホプキンソン・スミスが提起したのが最初だと思いますが、もう随分前に録音したバッハのリュート曲全集の録音ではこの方法をとっています。最近のポール・オデットもイ短調で演奏しています。



イ短調で演奏すると、プレリュードなどの低い音は全て音が出ます。さらにいくつかの箇所で、ト短調ではとても押さえにくいところがとても簡単にかつ素直に押さえることができるようになります。ただ、イ短調という調性から属調のホ短調への転調が頻繁に出てきますが、その部分のいくつかはとても演奏が難しくなります。

ホプキンソン・スミスはイ短調版の楽譜の出版もしております。スイスにいたときに、「最近出版したんだけど、現在生徒でバロック・リュートを弾いている人はいないので、これキミにあげるよ」ということでいただきました。リサイタルでは彼に敬意を表してあえて彼の版を使って演奏しようかと思いましたが、曲の捉まえ方も異なるし、指癖も違うので、やはり自分で自筆譜から書き起こしました。ト短調版も以前作ったことがありましたが、イ短調版を作っていて感じたのは、バッハが楽器を傍らに置きながら編曲をしていた様子です。時々リュートを手にして「この音型にこのバスはいけるかな?」なんて吟味しながら書いていた様子が目に見えてきました。ト短調版を作っていたときはあまりそういう風には感じませんでした。

BWV995(1)

2013年03月26日 14時17分02秒 | 音楽系
BWV995はバッハが間違いなくリュートのために書いた作品です。彼自身の手でリュートのために無伴奏チェロの曲を編曲したと言った方が多分正確でしょう。とういうようなことはこの前の投稿で書きました。

リュートのために書かれているのは間違いないんですが、問題はどうやって弾くかなんです。どうしてこんなことがおこるのかリュートの事情をご存じない方にはちょっとわかりにくいかも知れませんが、どの音をどの弦で弾くのかと言うことがきちんと明示(または暗示)されてないと演奏可能かどうかは判断できません。

リュートのソロ曲はタブラチュアという文字譜で書かれています。これは音の高さや長さは表さず、どこを押さえるかをリズムサインとともに書かれています。五線譜に書き表された、例えばミの音はリュートではいくつかの弦で音を出すことができます。ですから五線譜で書かれている音はどの弦で弾くのかはいくつかの可能性が出てきます。タブラチュア表記ではこのようなことはないのです。

ヴァイスのソロ作品は全てタブラチュアで書かれていて、彼が演奏していた弦の使い方が全て指定されています。従ってそれを守って演奏するというのが彼の意図に忠実に演奏するということになりますし、必ず効果的に演奏が可能です。もし弾けないということがある場合は、奏者の力不足ということですね。

もっともタブラチュアで書かれていたら全て演奏可能かというと必ずしもそうではありません。演奏不可能な机上の空論タブラチュアももちろん存在しえます。ずっと前にあるお方から出版したのでということでバッハのタブを送られてきましたが、これがまさしくそれでした。(笑)

ラウテンヴェルク

2013年03月19日 14時57分32秒 | 音楽系
リサイタルで演奏するバッハのリュートのための組曲BWV995。以前ト短調版で何度か演奏したことがあり、前回のリサイタルでも取り上げようかなと思っていた曲です。結局前回では演奏を見送り、組曲4番変ロ長調(無伴奏チェロ組曲第4番のリュート編曲)を演奏しました。その流れでCD第1集に入ってしまいました。

今回はいままで使っていた版を全て破棄して新たに書き直しました。この曲はバッハの「公式」リュート曲の中で唯一の間違いなくリュートを前提として書かれた曲です。なにせ自筆で「リュートのための組曲」ってちゃんと書いてありますから。他の独奏曲は実はどこにもリュートのためのということばはありません。BWV996から999まではリュート曲のような感じではありますが、リュートを演奏する人間から見るとものすごく鍵盤楽器的です。でも鍵盤楽器奏者から見るとものすごくリュート的のようです。

音の数が少ないし、音域も低いし。音型も独特。実はこれらの曲はバッハが好んで演奏していたという「ラウテンヴェルク(ラウテンクラヴィーアとかリュートチェンバロとも)」という楽器のために書かれたというのが定説です。ラウテンベクというのはチェンバロにガット弦を張ってあたかもリュートのような感じの演奏ができるという楽器のようですが、現物が残っていないので実際にはどのようなものだったははっきりしていないと言われていました。でも後述するように最近現物が発見されて修復されたそうです。

ラウテンヴェルクの研究をされている方でよく知られているのはチェンバロ奏者の山田貢氏です。ラウテンヴェルク研究の著書もおありです。(バッハとラウテンクラヴィーア(シンフォニア))CDの録音もあります。最近出たラウテンヴェルク(ラウテンクラヴィーア)のCDでは渡邉順生のものがあります。氏のCDに最近発見されたラウテンヴェルクのことが書いてありました。それによりますと、実はラウテンヴェルクは以前はバッハとの関連だけで語られていたのが、実際はそれ以前から他の地域でも使われていたようで、「リュートチェンバロと言えば、バッハとのみ関連づけてきた時代は、もやは完全に過去のものとなった」そうです。



渡邉氏のCD解説で、組曲ホ短調BWV996について次のようなくだりがあります。「・・・テクスチャーの単純さや演奏技術の容易さから来るのであろう、いぶし銀のような渋い輝きを持った作品に仕上がっている・・・」うーむ、やっぱりねぇ、この曲は演奏技術的には容易なんですねぇ。想像はつきますけど。でもリュートで弾こうとするととてつもなく難しい部分があります。ホ短調というのがそもそもリュートには鬼門ともいうべき調で、鬼門を避けるべく移調してヘ短調やト短調に移調して演奏するわけですが、どの調に移調してもめちゃくちゃ弾きにくいところが出てきます。あと可能性がある方法としては、まだだれもやってないと思うんですけど、ロイスナーが使っているホ短調用のスコルダトゥーラを使うという手があります。試しに「難所」をこの調弦で弾いてみましたが、なかなか見込みがありそうです。このスコルダトゥーラは1コースをミに、2コースをドに下げます。全曲さらってみないとなんともわかりませんが、この勢いで1006aも原調のホ長調で行けるのではという感じがします。一杯調弦をし直さなければならないので面倒ですがやってみる価値はありそうです。でもまぁそれはリサイタルが終わってからですね。(笑)

さてこの996番の組曲の第5曲目ブーレという曲は、ポール・マッカートニーの「ブラック・バード」のインスピレーションを得るきっかけになった曲だということはご存じですか?以前このブログでも書いたような気がしますが。何かのライブDVDでポールが自分で語っていました。別の映像でも同じ事を言っていました。これって一般に知られていることなんでしょうかね?

話が飛びまくってきましたが、新たに書き直した995番についてはまた次回。

スペインのヴィウエラ

2013年03月18日 13時13分49秒 | 音楽系
先日アメリカ人製作家のCezar Mateus氏にヴィウエラを注文しました。完成は20ヶ月先とのこと。スペインのヴィウエラ曲を弾くことは最近はあまりありませんが、それでもルイス・ミランやナルバエスの作品をルネサンス・リュートで弾くときがときどきあります。昔は結構プログラムに入れてた時期もありました。

前から楽器を欲しいとは思っていましたが、なんとなく優先順位が低くて・・・でも最近某ギター専門誌でヴィウエラ特集をやってたり、西川和子さんの「ギター前史 ビウエラ七人衆: スペイン宮廷楽士物語」という本を買ったりして優先順位が上がってきました。(笑)

大昔オランダ・デンハーグのヘメーンテ博物館でルイス・ミランの「エル・マエストロ」の現物!を手に取って見たことがありました。博物館に行って、興味があるので見たいと告げましたら、ドンと現物を机上に持ってきてくれました。ちょっと驚きでした。手稿本の現物はだめだけど、印刷本ならいいということでしたが、当時ですら発行されて440年経っていた本です。(1536年出版、ヘメーンテで見たのは1976年です)今は多分だめでしょうけど、ほんとよく見せてくれたものです。羊皮紙に印刷された「エル・マエストロ」は440年の歳月を感じさせないくらい色白で、黒と赤の文字も大変鮮明だったことを覚えています。

今エル・マエストロのモノクロコピーを持っていますが、それはヘメーンテにコピーを依頼したモノではなく、ヘメーンテで見るより前に大英博物館に依頼したものだと記憶しています。当時、フェンリャーナもコピーを依頼しまして持ってます。その後、ナルバエスはバーゼルにいた頃楽譜屋さんで購入、その少し前に神田の古賀書店でピサドールのミンコフ版を格安で購入。残りの三人分は、Tree EditionのCDロム版を昨年の6月頃に購入しまして、これでめでたく7人衆全てそろったわけです。



Tree Editionの版は、全員分入っているので、まぁ4人分はかぶってしまいましたが、カラー版なのでいいかと思い購入しました。価格がとても安いかったし。で、そのCDロムを見てみようと本棚を探しましたが、あると思っていたところにありません。

あれれれ、これは一大事。本棚以外のところに持っていくことはないはずなので、本棚を徹底的に調べましたがありません。注文したこと自体が勘違いだったのかなと、昨年のメイルを見ましたら、やはり確かに注文しています。

むむむむ、かくなる上は、値段も安かったことだし、もうイッチョウ買うかということで購入したサイトを見ましたら、もう販売されてません。残り3人分はまた別に買うしかないかと、2時間くらい捜索した後がっくりとうなだれて、その日の捜索をあきらめました。

翌日、ふと思い当たる場所がありまして、そこを見ると当然のように本棚の一角に収まっていました。実はその場所、二番目に見たところでした。なぜ見つからなかったかというと、そのCDロムはCDが袋に入っているという形状だと思い込んでいたので、そういうものばかりを探していたのです。実際のものは組み物のCDみたいな立派なケースに入っていました。本棚のそのあたりは指でさわってもいたくらいでしたが、思い込みというのは恐ろしいものです。ま、無事見つかってめでたしめでたし。

モーツアルト

2013年03月01日 11時36分34秒 | 音楽系
たまにモーツアルトが妙に聴きたくなることがあります。リュートのCDはめったに聴きません。聴き出すと妙な聴き方をしてしまいますからねぇ。バッハはもっともよく聴きます。いわゆる現代音楽もよく聴きます。最近では松平則さんのCDをよく聴いていました。

でも久しぶりにモーツアルト感が出てきまして、ピアノソナタ全集を家や車の中で聴いています。高校生の頃に、K310番のイ短調のソナタをどっかで生で聴き、いたく感動いたしました。そこでレコードを買ってみたんですが、なんか清楚すぎる。イングリッド・ヘブラーの演奏です。モーツアルトとはこういうのとはちょっと違うのではとずっと感じていました。
10年ちょっと前にトゥイヤ・ハッキラというフィンランドの人の演奏で、フォルテピアノによる全集を買いましたが、これはよかったです。うまいですね。で、そのCDを引っ張り出してきたんですが、なぜか全6枚組のうち1枚目だけがありません。これはどうしたことでしょう。かくなる上はなんとかして1枚目を入手しなければなりません。

ネットで中古を探しましたが、あまりないうえにあってもえらく値段が高い。ドイツのアマゾンで全集にする前のばら売りのものを見つけゲットしました。1枚目の分だけでしたが、送料込みで5000円くらいしました。高くつきましたが、これで全集が全部そろいました。

6枚通して聴いてみると録音のセッティングが結構異なるのに気がつきました。CDを買ったときは気がつきませんでしたが・・・全集の最初の方はちょっと音がデッドな感じですがあとの方はとても芳醇な響きです。途中で楽器も替えているし。