リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

2002年春,手紙 (7)

2004年12月31日 23時34分36秒 | 随想
 車で20分少々かかったコンサート会場はこぢんまりとした古い教会だ。小さな集落の中にあるその教会に人か集まりかけているところだった。受付で予約したチケットを受け取り中に入る。外観と同じようにその教会の中もほとんど昔のまま手を加えられていない感じで、暖房もなく寒い。後日彼とのレッスンの最中にこのときのコンサートの話が何回か出てくるところを見ると、彼にとって寒くて大変な演奏会だったようだ。しばらくすると、スミス氏が後方より登場した。20数年ぶりに見る彼の姿は昔の面影を残しているものの、年月の隔たりを感じさせるのに充分なものを漂わせていた。彼のライブを聴くのはこれが初めてで、懐かしさと新鮮さが相混じった不思議な感じだ。彼は肩に薄いセーターをかけてバロック・ギターを構え、ガスパール・サンスのパバーナを弾き始めた。教会の古い多孔質の壁面は、彼の指先から紡ぎ出される音を甘くやさしく包んでくれた。コンサートの後半は10コースのルネサンス・リュートによるイタリア初期バロック音楽だ。これらは彼がもっとも古くからレパートリーにしているもので、手慣れたタッチで曲を弾き終えた。

ヴァイス墓参団 (2)

2004年12月30日 05時15分04秒 | 日記
ドイツ旅行2日目はドレスデンです。ライプチヒから特急で1時間くらいのところです。ここはバッハの同時代人のリュートの名人,S. L. Weissの職場があったところです。職場といっても事務机があったりしたところではなくて,ツヴィンガー宮殿というところですけどね。Nさんと昨夜の話のつづきなどをしているうちに,到着。駅から少し歩かなくてはいけないので,Nさんについていきました。駅のすぐ前はなんか大規模開発中って感じで工事現場そのものでした。しばらく歩いていくと,左の方になんか日本の一昔前の高層マンションがありましたが,旧共産党政権が作った集合住宅とのこと。その向かいには,超奇抜な壁面のショッピングセンターみたいなのがあって,これも東ドイツ時代のものらしいです。さらに歩いていくと,やっと古い建物が目に入るようになってきましたが,いくつかはまだ修復中,また戦争で破壊されたときのままのものも少し残っていました。でも何か急に昔の街って感じになってきました。さらに少し行くといよいよツヴィンガー宮殿です。ここも2年前の洪水でダメージを受けて,その関係かどうかわかりませんが,何カ所で工事をしていました。中庭に入ると,目の前がヴァイスの職場です。いやあ立派なものです。こんなすごいところで彼は働いていたんだ,ってしばし感嘆。建物の中の古典絵画のコレクションもすばらしく,堪能しました。宮殿をあとにして,いよいよ墓参り。実はどこに墓があるかははっきりわかっていないまま,ここに来たりしています。(笑)でもNさんに調べていただき,近くのカトリック教会の墓地らしいというところまではわかっていましたので,さっそくその教会に。中の売店のおばさんに聞いたら,2時までしかお墓のところにいけないそうで・・・うーん,残念!また今度来たときですね。もしここにないとすると,もうあとは探しようがないでしょうけど。教会をあとにして,そのあたりを散歩しましたが,なんか余計な標識や看板がなく,道路も昔風の石畳なので,ふとタイムスリップしたような錯覚がおきました。本当に落ち着いた古風な街ですね。いままで訪ねたヨーロッパの街で一番気に入りました。願わくば,戦争で破壊される前のドレスデンに来たかったですね。でもあと数年もすれば現在修復中のところも完成するでしょうから,そのときはまた一層魅力的なドレスデンになっているでしょう。

ヴァイス墓参団 (1)

2004年12月29日 06時21分35秒 | 日記
ドイツ旅行に行ってきました。名付けて、ヴァイス墓参の旅(ついでにバッハ関連も)。ライプチヒ在住のNさんがこの休みの間遊んでくれるというので行くことにしました。Nさんはギターをされている方で、名古屋のギター関係のメイリングリストでよく話をする人です。彼には名古屋で1、2回実際に会ったことがあります。バッハ、ヴァイス関連ということで、行くところはライプチヒとその周辺、ドレスデンですね。ライプチヒは夏に一度訪れたことがありまして、そのときは旧東ドイツはまだ都市のインフラ整備がおくれてるなぁとまず一番最初に感じました。今回も駅に近づいて、荒れ果てた工場跡などが放置されているのを見ると、そのことを思い出しました。
駅でNさんに会いまして、そのあたりを少しぶらぶら歩きましたが、さすが土地の人、夏に来たときとは違ういいところをいろいろご存じでした。夏にもあちこち回ったつもりで、結構知っていたつもりでしたが、いいところははずしていたみたい。
時間も限られているので、まずバッハ関連のケーテンに行くことに。ケーテンはライプチヒから電車で小一時間もあればいけるところで、旧東ドイツの都市の例にもれず、なんか人気が少なく寂れた感じがするところでした。たぶん、日本からバッハツアーかなんかでここにつれてこられたら、ちょっとがっかりするひもいるかもしれません。でも私はこういう滅びの美みたいな(ケーテンには失礼かな)ものを見るのが実は大好きなんですよ。道に迷いながら、歩いて30分ほどでケーテンのお城に到着。おー、ここがバッハのケーテン時代の職場かぁ、としばし感嘆。でも本来長方形だったはずのお堀もなんか不規則なラインになっているし、いかにも整備費用がなくさびれているのは否めません。中は博物館みたいになっていて入場料を払って中に。コンサートができるようになっている広間を見て、たぶんここでブランデンブルク協奏曲なんかを演奏していたんだろうなと感慨にふけっていました。でもお城はこじんまりしていて、こんな小さなところで6年間バッハはがんばっていたんだなとまたまた感慨。そういやライプチヒのトマス教会もそんなにどっちかというとこじんまりしていたし、やはりバッハはよく言われるように、実力はあったけどそんなに売れていた訳ではなかったということを、職場を見て実感。
ライプチヒの日暮れは早く、4時過ぎにももう暗くなり始めました。ケーテン城をあとにして市内の名所をいくつか歩いて回りました。そのあとライプチヒに戻り、ニコライ教会、オペラハウス、ゲヴァントハウスを見て、ニコライ教会の前のレストランで夕食です。Nさんとはしばし音楽談義に花が咲きました。

2002年春,手紙 (6)

2004年12月28日 00時19分47秒 | 随想
あとになって分かったことだが,バゼリアのいう地名は,日本で言うと○○市□□町△△の△△くらいにあたる,ごく狭い地域を表す地名で,観光案内書に出ていないのも道理だった。そのバゼリアから少し行った自動車道の傍らで私たち家族は,スミス氏のコンサート会場まで連れて行ってくれるという車を待った。夏なのに少し小寒い雨がふる夕方の7時すぎだった。コンサートの主催者に連絡を取ったら,バゼリアの教会は古すぎてコンサートに適さないので別の場所にした。ついては,車で送り迎えをするから7時15分にバゼリアの教会を過ぎたところの自動車道で待つようにと言われたからだ。7時10分を過ぎてもまだ車は来ない。もし来なかったら,公共交通機関を乗り継いで行くにはもう遅すぎる。これでコンサートに行けなかったら,悔やんでも悔やみきれないとある種悲壮な想いで待っていたが,まるで定められていたかのように,そうBack to the Futureの一シーンで郵便局の職員が主人公に長年保管しておいた手紙を指定の日時に主人公に届けるシーンがあったが,それと同じようなタイミングでジャスト15分に迎えの車が私たちの前に現れた。

祭りのあと

2004年12月27日 00時51分24秒 | 日記
クリスマスから一夜あけるともう祭りは終わりって感じのバーゼル市内です。日本でいうと1月5日くらいの雰囲気かな。24日のイブの夕方には屋台はかたづけ始めていましたからね。もっとも電飾はかたづけると時間がかかって,大切なイブの時間が減るのでそのままです。今日26日は本来はもっと活気があるんでしょうが,日曜日ということもあって街中の店の多くはお休みでひっそりしています。日本から持ってきてもらった新しいパソコンのメモリ増設をしようと思ったら,細いプラスドライバが必要だったので,近所に買いに行きましたが,どの店もしまっているので,増設はあきらめました。アパートの中も自分ひとりしかいないし,(本当は大家さんはいるはずだけど,買い物かな?)スコラの友達も大半が里帰りでいないし,なんか取り残された感じですねぇ。こういうときこそじっくりとバッハの作品のアレンジでもしましょう。

スイスローカルツアー

2004年12月26日 04時44分21秒 | 日記
スイスローカルツアーから戻ってきました。やっぱりローザンヌやルツェルンはバーゼルよりは観光地なんですねぇ。(笑)バーゼルでも充分美しいと思うんですけど,名の通った観光地はやっぱり違いましたね。スイス的な山もしっかりと見てきました。スイスに住んでますというと,毎日山が見えていい景色のところにお住まいですね,なんてよく言われますが,バーゼルからは山は全く見えません。でもローザンヌやルツェルンに行くといかにもスイスって感じの山々が大変美しいですね。製作家のモーリスが住んでいる,ル・パコってところなんか山そのものですから,ツアーのみなさん感激していました。足かけ5日と短かったですけど,いとこ一家と娘はフランクフルト経由で帰途につきました。

2002年春,手紙 (5)

2004年12月25日 10時06分39秒 | 随想
 「演奏旅行に行っていたので、手紙の返事が送れて申し訳ない。私はあなたの希望がかなうようできるかぎり努力したいと思います。・・・」返事を呼んだ私は信じられない思いで何度もそのくせのある文字を繰り返し読んだ。そもそも返事自体が私ごときものに来るとは思っていなかったのだ。そこに何か大きな運命の歯車が回転するのを私は感じた。それまで,私はいろんな人に相談をしたりしたが,誰も私の都合のいいように背中を押してくれる人などいなかった。答えは決まって,「いい夢をお持ちですね。がんばってください。」というもので,もちろん彼らには全く悪気はないが,私の逡巡はさらに深まっていくばかりだった。都合よく背中を押してくれる人などいないのだ。私は彼に,その次の年,2003年秋からバーゼルに行くことを決意しそのことを彼宛の手紙に書いた。
 その年の夏,私は家族とスイスに旅行に行くことになっていた。10年くらい前,子供がまだ小さかった頃に一度スイス旅行をしたことがあったが,その時以来だ。スイス各地の名勝を訪ねながら懐かしいスイス人や日本人の旧友に会う旅行の予定だった。日程が決まってから,ある日スミス氏のホーム・ページを見ていたら,ちょうどそのスイス旅行の最中に彼がスイスのシルス・マリーアのバゼリアというところでコンサートをするとあった。さっそく観光案内書で調べてみたが,その場所がなかなか見つからない。かろうじて詳しい観光案内にシルス・マリーアは見つけることができた。これも何かのタイミングだろうと思い,スイス各地の移動をやめて,シルス・マリーアに何日か滞在してそのコンサートを聴きに行くことにした。もちろん旧友たちに会う予定はそのままなので,旅行スケジュールはかなり過密なものになってしまった。

クリスマスモード

2004年12月23日 17時41分21秒 | 日記
昨日いとこ夫妻と長男が(私の娘も臨時ツアコンで一緒です)バーゼルに到着しました。もうひとり長女がいますが,仕事の都合でひとり寂しくお留守番のようです。秋に日本に一時帰国したとき,いとこの家へ行って,私が軽く「一度私がいる間にバーゼルに来たら?」なんていったら,即座に今回のスイス行きを決めてしまったという決断の家族です
バーゼル空港で久しぶりに再会しまして,食事のことを訪ねると,機内で食べたばかりとのことで,一応予約しておいたお城のレストランはキャンセルに。バーフュサ・プラッツの露天でグリュー・ワイン(ホット・ワイン)とブラートブルスト(焼きソーセージ)をみんなで食べました。時間も結構遅かったんですが,市内中心部を歩いてライン川の方に行こうということで,歩いて行きましたが,ライン川のあたりはえらい寒かったです。これだけ寒いと8時すぎでもさすがに外を歩く人は少なく,途中レストランに入って体を暖めてすごすごと戻ってきました。今日から,バーゼルを離れて,ローザンヌ&ルツェルンに観光です。あ,途中で製作家のモーリスの所へも寄って,楽器を修理に持っていくんですけどね。たまたま方向がいっしょなので,ついでをさせてもらいます,なんて自分の都合を優先させてしまう私です。(笑)

サポートデスク

2004年12月22日 00時04分48秒 | 日記
さあ、これから練習しようかと思ったら、電話。誰かと思ったらスイス在住のリュート奏者今村さんです。彼は古くからの友人でこちらに来てからときどきおよばれするなどいろいろ世話になっています。電話の声曰く、「ワードの文書で写真を貼り付けたんだけど、どうも思うようにいかない・・・」なまじ中途半端にコンピュータのことに詳しいものだから、ときどき彼からそのようなヘルプ電話がかかってきます。さしものリュートの名手もどうもコンピュータだけは苦手なようです。いつものようにステップ・バイ・ステップで説明をしていきました。声だけで説明するのは結構大変で、頭の中にワードの画面を思い浮かべながら説明していくわけですが、今回はどう考えてもおかしな動きを、向こうのコンピュータがしていて、どうもワードのバグかコンピュータの熱暴走じゃないかということで、今回のサポートは終了。また2,3日したら電話がかかってくるかな。

人によく会う日

2004年12月21日 03時05分31秒 | 日記
中世リュートのボブに日本製の超軽量足台を頼まれていたので,持っていきました。途中でソプラニストのエルナン(男性ですよ!)にあって,立ち話。学校に着くと、日本人学生のMさんとWさんに会いまた少し話し。ボブの部屋に入ってるとマルクもいたのでまたひとしきり日本製の軽量音楽系グッズについての話、帰るときにまた日本人学生のYさん、Iさんに会いました。ボブに足台を持っていっただけなのにやたらいろんな人に会いますね。今日は特別な日かな?
そのあと明日からいとこがこっちに来るのでとっておきのお城レストランの下見に。行ったら今日は休みらしく中へ入れませんでした。見学?に来ていた土地の人に聞いてみたら、日・月が休みだそうで、予約がいるようです。クリスマスのころは特にいっぱいになるらしく、取れんかも知れん。ま、明日一度電話してみましょう。