リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

BWV1006a(3)

2024年06月30日 11時16分25秒 | 音楽系

このバロック・リュートにとって不向きな調の曲がどうしてリュート曲になったのか、その理由は多分消去法でリュートになったのではないかと推測されます。自筆譜に表紙があったり、プレリュードの一番上段にタイトルが書かれていれば、この曲がどういう楽器のためのものか分かるのですが、あいにく武蔵野音大図書館に所蔵されている自筆譜にはそういったものがありません。表紙は散逸したのでしょうか。

武蔵野音大図書館所蔵のBWV1006aのコピー。40年以上前ですが、知り合いの武蔵野音大の学生に頼んでコピーしてもらったものです。

鍵盤曲としては音が少なすぎる、ハープ曲としてはこの曲の特性が生かされない、ではもうリュートしか残らない、みたいな感じでリュート曲に分類されたということでしょうか。


BWV1006a(2)

2024年06月29日 18時58分02秒 | 音楽系

このBWV1006aは旧バッハ全集でも新バッハ全集でもリュート曲として分類されていますが、ホ長調という調性はリュートには全く不向きな調です。ヴァイスの作品では単一楽章としてでさえ寡聞にして見たことがありません。イ長調なら6コース以下の変更は多いですが、レもラも開放弦で出せるのでむしろリュートにとってはよく響く都合がいい調と言えます。

イ長調の平行調である嬰ヘ短調も意外にもイケる調です。なにしろ開放弦のFが(嬰へ短調の導音である)E♯として使えるという特殊なことができる調です。

ところがホ長調/嬰ハ短調となると格段に弾きにくくなり、ソロ作品ではまず見かけない調になります。バス弦は7ソ、8ファ、10レ、11ド、12シ♭を半音あげなくてはならず、24弦あるうちの10弦も変更することになります。おまけに1~6コースのうちホ長調の曲で開放弦として使えるのは3と6コースのラだけです。バス弦は開放弦ですからまだいいですが、1~6コースは弾きにくいことはこの上ありません。


BWV1006a(1)

2024年06月28日 18時37分42秒 | 音楽系

バッハの組曲ホ長調BWV1006aは1736年から1737年頃にかけて成立した作品です。原曲となったのは1720年に完成した無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータホ長調です。1720年といえばバッハはケーテンの宮廷楽団の楽長をしていたときで、BWV1006aに編曲したときはライプチヒのトーマスカントールの時代です。

これらの作品の第1曲目のプレリュードはバッハ自身が気に入っていた作品のようで、複数のカンタータに転用しています。(BWV29とBWV120a)ただしカンタータ版はオルガンが主たるラインを演奏し、そこにトランペットも加わったオケ伴がついたとても華やかというかにぎやかな曲になっています。それもそのはず、BWV29は市参事会改選(1731年初演)のため、BWV29aは結婚式(初演は1729年頃か)に作曲されたものです。(角倉一朗「バッハ作品総目録」)

BWV1006aはBWV1006と比べるとバスや装飾音が多く書かれています。BWV1006aの記譜は2段譜で、上段は(ハ音譜表の)ソプラノです。ちなみにBWV998(プレリュード、フーガ、アレグロ)の上段もソプラノですが、タイトルに「リュートのため」とはっきり書かれているBWV995の上段はテノールです。


バロック・リュートのオクターブ弦をガットに(3)

2024年06月27日 14時51分19秒 | 音楽系

左手で押さえるのは6コース、それよりは頻度は減りますが7コース、8,9コースはさらに頻度は減ります。6コースにしても高音弦ほどは頻繁には押さえないでしょうから耐久性の問題はほとんどないと思います。でもガット弦は湿度にとても敏感なので素早く調弦できるように楽器を調整しておく必要があります。

ポイントは3つ。まずペグがどんなに速度を遅くしても完全無段階でまわるようにすること。ある程度の速度ではなめらかに動くが、スローにまわすとカクカクするペグはNG。キッキッキと鳴くようはペグは論外です。

2つ目はナットの部分の滑りをよくすること。4Bとか5Bのような鉛筆でナットの溝が黒くなるように塗りつけます。同じような処置はロバート・ダウランドの理論書にも書かれています。

3つ目はペグボックス内の弦を伸びない素材(高強力アラミド繊維など)でつなぎペグの回しがダイレクトに弦の音高変化につながるようにすること。ルネサンス・リュートのようにペグボックスがあまり長くない楽器の場合は問題にはなりませんが、バロック・リュートのように長いペグボックスを持つ楽器は、5コース~8コースあたりの弦の音高を調整しようとしたとき、ペグを回した分がどうしてもペグボックス内の弦の部分に吸収されてしまいがちです。リュートのペグはギターのようにギヤがついているペグと比べるとハイレシオなので、本来はホンの少し動かすだけで音程が変わるはずです。

以上のポイントは別にガット弦を使っていなくてもきちんとしておくべきことですが、ガット弦は合成樹脂弦と比べると表面の滑りが悪いので特に念入りに調整しておく必要があります。

参考までに私の楽器で使われている弦の素材を書いておきましょう。1~3コース→ガムート社のナイロン弦、4、5コース→サヴァレス社のカーボン弦(KF弦)、6コース以下→CD弦とガット弦。


バロック・リュートのオクターブ弦をガットに(2)

2024年06月26日 13時14分16秒 | 音楽系

バスレンジ弦の張力はバス弦が3kg前後の張力にしています。そしてオクターブ弦はその約80%になるようにしています。ただ全てを機械的に計算してその張力で弦を張っている訳ではなく、割と頻繁に下げることの多い9コース(ミ)は1割ほど強めの弦を使い、ミ♭にしてもへたり感がないようにしています。

またバスライダーに乗っかっている12,13コースはバスライダーにかかる負担を少し減らす為にバス弦、オクターブ弦とも1割ほど弱めの弦にしています。

今回張った弦は手持ちの弦を使ったので全て同じメーカーのものではありませんでしたが、多くはアクイラ社のHL弦を使いました。HL弦はメーカーの説明ではオイル処理をした表面がなめらかなビーフガット弦です。6コースと11コースには手元にいいゲージの弦がなかったので、ガムート社のビーフガットを使いました。

張ってみた感じは、なかなか落ち着いたサウンドです。カーボン弦だと6コース、7コースのオクターブ音が悪目立ちしましたがガット弦、CD弦の組み合わせだとちょうどいいバランスです。ガット弦にありがちなパワー感の喪失もなく全体的に古雅でふくよかな感じでとてもいいと思います。使う弦の素材によっては古雅には違いないけど音が前に出てこないということがありますが、この組み合わせではそういうこともありません。

 


バロック・リュートのオクターブ弦をガットに(1)

2024年06月25日 11時55分22秒 | 音楽系

バロック・リュートのバス弦は選定がなかなか難しいです。張力だけではなく、素材の選定もいろいろな選択肢があって悩ましい限りです。もうバロック・リュートを弾き始めて50年以上経っていますがいまだに弦の選定には苦労しています。

他の奏者も基本的には同じ流れで来ているみたいで、皆さんそれぞれ独自の道を歩み独自のソリューションを持っているようです。これというのも昔と違って決定打がない(=ヴァイスの時代と同性能の弦がまだ入手できない)からでしょう。

私のソリューションとしてはバス弦にはアキラのCD弦(ローデドナイルガット弦)またはカーボン弦(サヴァレスのKF弦)です。バス弦に対するオクターブ弦は始めはナイルガットを張っていましたが、思ったより悪目立ちするのでカーボンに替えました。

以前も当ブログで書いたと思いますが、カーボン弦は高音弦では妙にしゃらしゃらした音がしますが太くなるにつれて意外にもそのシャラシャラ感が減少していきます。10コース以下ではなかなかいい感じです。でも6コースのオクターブはちょっと目立ちすぎる感じがしましたが、3月のリサイタルでそのソリューションで演奏しました。

今回22日のコンサートも終わりしばらくコンサートがないので、6~13コースのオクターブ弦をガットに替えてみました。


国民教育として外国語を教えるということ

2024年06月24日 21時07分55秒 | 日々のこと

最近は日本国内に沢山の外国人が住んでいますが、彼らの中には日本語が不自由な方も。そういう方達に「おー、オレ、日本語ぺらぺらやで教えたるで!」とおっしゃる方がときどきいらっしゃいます。

簡単な日本語なら誰でも教えることができると思いがちですが、実際には単語を何語か教えることが出来たらいいところで、たとえ日本語が流暢に話せてもきちんと非日本語話者に日本語を教えることはできません。

小中高に日本語指導助手(ALT)が配属されるようになって久しいですが、彼ら彼女らの大半は言語教育の専門家ではありません。世間的には、英語ネイティブが英語を教えるのには最適だと思われているかもしれませんが、実際には英語ネイティブというだけできちんと日本人生徒に英語を教えることはできません。現状を見る限り世間の期待とは裏腹に彼らに高い給料を払っている割には成果が上がっていません。全く無意味だとは言いませんが・・・

以前小学校で英語教育が始まる前、よくこんなことをおっしゃる人がいました。「中学校3年生の英語だとちょっと難しいけど、1年生やったら簡単なので私にも教えられそう!」実はこれは全く間違っていて中学校では1年生に英語を教えるのがもっとも経験と技術がいることなのです。

小学校の低学年での英語教育は全く無駄だというのが私の考えです。費用対効果を考えるのであれば、遊びみたいな授業を低学年で実施するのは止めて、5年生からきちんと教科として導入して、中学校1年生までの3年間で現在の中学校分を行い、中学校2年生3年生は選択にするというのがずっと前から私が考えている方策です。

沢山お金をかけている割には効果が上がらないことばかりをしているのは、雑音の多い中央教育審議会の答申を受けて学習指導要領が作られるというプロセスに問題があるからではないでしょうか。

 


エコノミー席シートのリクライニング問題

2024年06月23日 21時26分10秒 | 日々のこと

コロナ以降円安も相まって海外に出かけるハードルが高くなってきました。飛行機に乗るときにいつも気になるのは前席の人のリクライニングです。私はリクライニングをするのがあまり好きでなく、背面シートをまっ縦に近い角度にしています。

昨年の秋に久しぶりに香港にいきましたが、そのとき斜め前の長い髪の人(多分女性?)が思いっきりリクライニングをしてきて、髪の毛がこちらに垂れてくるのを見ていました。隣は空席だったので別にどうということはなかったのですが。

以前同じような状況になったことがあり、そのときは自分の真ん前の人だったので本当に困りました。なにしろ垂れ下がる髪の毛が自分の顔のすぐ近くに来ているのですから。髪の毛が垂れ下がらなくても、前席のリクライニング角度が大きいとホントに窮屈な感じになり困ります。

飛行機のエコノミークラスでは前席との距離がとても短いのでこうした問題が起こりがちです。飛行機の設計の段階でリクライニングの角度が大きくならないようにはできないんでしょうかねぇ。まぁ全員がフルリクライニングすればそれはそれでいいのでしょうけど、私のようにリクライニングが好きでない人もいることだし。

新幹線の席だと飛行機と比べると前席との間隔が大きいのでその手の問題は起こりにくいと思います。新幹線こそもっとリクライニングの角度を大きくしてもいい感じはします。日本で作っている新幹線はそこのところの問題点はよく考えられていて背もたれの角度は控えめ、対して海外で設計・生産する飛行機はエコノミー席で起こりがちなリクライニングの問題は考慮されていないような作りになっています。ここ何年かアメリカやヨーロッパには行っていませんが、最近製造の飛行機ではこのことについて改良されているのでしょうか。


祈りの昇華

2024年06月22日 23時06分24秒 | 音楽系

今日は名古屋市内のヤマザキマザック美術館で「祈りの昇華」と題したコンサートをしました。共演は髙橋弘治さん(ヴィオラ・ダ・ガンバ)と森川郁子さん(ソプラノ)です。

同美術館では4月26日から6月30日まで特別展「Photograph 記憶の花 藤原更 Sarah Fujiwara」開催していますが、その期間のイベントとしてのコンサートになります。

コンサートには藤原更にもお越し頂きました。右から2人目の方です。

コンサート会場は絵画の展示室のひとつで、まるでヨーロッパの教会で演奏しているような柔らかで豊かな残響がある部屋です。

プログラムはバッハとヘンデルを中心に組んでみました。

 

コラール「わが魂の友よ、汝の愛に安らげば」BWV517

アリア「汝のそばでよろこび持て」BWV508(これは伝バッハの作品で、作曲者はシュテルツェルです。

リュートソロ ロンド風ガヴォット(BWV1006aより)

ヴィオラ・ダ・ガンバソロ ジグ(BWV1006より)

チタティーヴォ「われは満ち足れり」とアリア「疲れた瞳よ」(BWV82より)

 

ここまでがバッハで、ソロ以外はアンナ・マグダレーナ・バッハの音楽手帳からの作品です。ヘンデルは次の曲を演奏しました。

チタティーヴォ「心に愛の炎を」とアリア「私を虜にした妖精は」HWV139a

リュートソロ サラバンドと変奏(HWV437より)

アリア「涙の流れるままに」HWV7より

アリア「白い薔薇よ」HWV160c

 

アンコールは藤原更さんの本特別展展示作品 La Vie en Rose にちなんでエディト・ピアフの La Vie en Rose を演奏しました。


西洋音楽と信長・秀吉の時代

2024年06月21日 11時14分57秒 | 音楽系

アマゾンで注文していた「文庫版完訳フロイス日本史3」が届きましたので、少し目を通してみました。

第48章に、オルガンティーノ師とロレンソ修道士を多くの武将のいる前に呼びいろいろ話をした場面が出て来ます。「・・・信長は司祭がヨーロッパから日本に来るのにどのような旅をしたかを地球儀によって示すことを希望した。彼はそれを見聞した後、手をたたいて感心し、驚嘆の色を見せ・・・」とあるように信長は宣教師達の国の文化に多大な関心を抱いていたことが分かります。

それと戦乱に明け暮れていたとはいうものの信長が全て出陣していたわけではないみたいで、結構キリスト教文化に触れる機会があったようです。ということは安土のセミナリオで生徒達が演奏している音楽(もちろんルネサンス音楽です)に触れた可能性も出て来ます。ただそのようなことに関する記述はありませんので、ほとんど耳にしていなかった可能性も高いです。少なくとも秀吉の御前演奏のような公式行事ではルネサンス音楽を聴いていないことは確かなようです。

先に紹介しましたように天正少年使節の面々は秀吉の御前演奏を行った(文庫版完訳フロイス日本史4)事実がある他、九州の地でも人々の前で演奏を行っています。

「一行が彼の地からもたらした多数のさまざまな楽器を奏したり歌ったりするのを聞くと、誰しもがひとかたならず喜んで、そうした多数の楽器の協和音と、その間に保たれる相応性とには驚嘆した」(同書11)

同記述から天正少年使節の4人は弾き語りをしたというところまでは確かですが、残念ながらここでも曲目に関する記述はありません。