(おかかご飯。cookpad より引用。)
幼いころ病気をすると、祖母が「おかかご飯」を作ってくれた。ナマのおかかに醤油をたらしてご飯に乗せるのだ。私はこれは好きではなかった。
だいたいナマのおかかが嫌いだ。歯に挟まったりダマになって固かったりする。名古屋に住んでいるときにも「きしめん」はあまり食べなかった。ナマのおかかが山ほど乗っているからだ。
やはり、おかかはダシをとるものだ。そのまま食べるのはダシの元の煮干しやトリガラを、そのまま食べるのと同じではないか!?
(名古屋のきしめん。travel book より引用。)
※私の俳句(夏)
ヨット行くその奥を行く巨船なる
(1)
中里先生とは面識がありませんが、今日までの結論は確実に同学年世代であること。お書きになるブログの膨大な固有名詞には時間情報、時代情報が含まれていますので、同年生まれの同世代として、言っていることは痛いほど伝わってきます。同じ中学や高校に通っていたのではと錯覚するくらいなのです。(笑)
母親や祖母に「おかかご飯」を作ってもらった思い出を持つ団塊世代はごくふつうにいると思いますが、私はこんなにうまいものはないと思っていました。
(2)
炊きあがったばかりの「白ご飯」、翌日、冷めたご飯を鍋の壁からかきとって口にする「冷やご飯」も私の味覚を昇天させる御馳走でした。
一品のぜいたくとして白ご飯に追加するもの、それは海苔の佃煮(江戸むらさき)、焼いた鮭のくずし、納豆、そしてそうしたリストのトップにランクするのが「おかか」でした。
乾物屋では、削り節という名で「おかか」そのものを売っていましたし、鰹節まるごと一本を家庭の鰹節削り器で搔いて、自家製のおかかを作ることも、家庭内で普通に行われていました。
日本の秀逸な出汁文化の両輪は、鰹節出汁と昆布出汁です。おかかには、鰹節出汁のうまみが凝縮されていました。冷やごはんに醤油とともにかけて、かきまぜて食べるのは、ぜいたくな御馳走でした。
(3)
若き頃、名古屋の某学校に講義のため、毎週のように通った時期がありましたが、帰りの新幹線の東京行きホームには、全国でも評判のホーム立ち食いソバ店があり、そこのトップメニューが名古屋のきしめんだったのです。
安くて出汁がうまくて、おかかがたくさん乗っかっている。帰宅時に欠かさず、そのきしめんを食べました。これは数々の名古屋の思い出としてもトップランクに位置するものなのです。
(4)
たちまち毒舌日記の二位に躍り出た「へんちき論」はさすがです。毒舌日記でありへんちき論なのだから、これに反論しても礼を失しないだろうと思って綴っています。あしからず。
私はいわゆる「名古屋飯」をあまり食べたことがありませんが、「あんかけスパ」とか「ひつまぶし」は、私が名古屋にいたころはまだ「名古屋飯」とは言えませんでした。
ただし、むかしから名古屋でイチオシの「名古屋飯」があります。それは「味噌煮込みうどん」です。これはうまい。お薦めです。
また面白いコメントをお願いいたします。