(ロバート・フェルドマン氏。「みんなの介護」より引用。)
上のR.フェルドマン氏の意見はいつも驚異的なまでに本質を突いている。エコノミストとしての発言は私には分からないことも多いが、分かる部分にはいつも感心させられる。
現在、自殺者減少の手段として「働き方改革」を政府は言っているけれども、フェルドマン氏は「自殺者減少と働き方改革は別問題で、リンクさせるべきでない。自殺にはたんに労働時間だけではなく、もっと深い問題がひそんでいる」と喝破した。(テレビ番組WBSにて)。
「働き方改革(残業制限)」が自殺者を減らすというエビデンスを政府は示していない。日本精神神経学会もエビデンスの提示を強く求めている。(以下を参照。)
精神神経学会の「自殺総合対策大綱」の見直し素案に対する意見書(ここをクリック)
もし残業時間が強く問題となるなら、月200時間以上残業した群とそれ以下の群で自殺率がどれだけ違うか統計学的に示す必要があるだろう。(200時間で区切ると、多くの大学受験生の勉強時間は学校以外に200時間を超えるので、受験勉強も駄目ということになってしまう)。
もうひとつ、統計学に不慣れな人は因果関係の逆転を起こしやすい。精神疾患の中でもっとも自殺が起きやすいのは「うつ病」である。「うつ病」の原因はほんとうは未知である。(幸せいっぱいの人でも「うつ病」にはかかる)。けっして過労やイヤなことがあったから「うつ病」になるわけではない。現在のところ「原因不明」とするのが正しい。
電通の若い女性社員の自殺がきっかけで電通の企業風土がやり玉に挙がっている。そこで「働かせる企業風土」→「自殺」という単純な図式が作られた。だが、じつは若い女性は前から(原因不明の)「うつ病」を発症していたのかもしれない。つまり「うつ病」の人は休ませなくてはならないのに「働け」と命じたのがいけなかった。すなわち電通の件は「うつ病」→「(病人さえ働かせる)企業風土」→「もうダメという書き遺し」というまったく順番が逆のストーリーも考えうるのだ。(若い女性社員は「うつ病」にさえかかっていなければ、電通の企業風土にけっこう耐ええた可能性もあり得ない話ではない)。
だからフェルドマン氏の「働き方改革」と「自殺者減少」はそんなに単純には結び付かないという指摘は、私を唸らせたのである。
※私の俳句(夏)
夏の夜のバナナ小腹を慰めし
全生庵
言霊百神
お話でしょうか?