えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・お祭りの居所

2016年09月10日 | コラム
「あのお祭りにはどんな意味があるのですか」と、席を一つ飛ばした隣に座る青い目の女性が奥に座った白髪の老女に尋ねていた。紅茶専門の喫茶店にはアメリカ人の彼女が頼んだラプサンスーチョンの濃い香りがまだ漂っている。老女は「あのね、この近くに八幡様というね」と、たどたどしい日本語で答えながら「変ねわたし日本語がたどたどしいわ」と笑った。喫茶店の女主人が「大丈夫ですよ、この人は日本語がとても上手ですから」というと、金髪の彼女はほほえんだ。

 二階にある店の窓の外からお囃子が聞こえてきた。同時に「わっしょい、わっしょい」と甲高い声と低い声が入り混じって子供神輿が大通りの真ん中を渡ってゆく。「ほら、子供神輿。脇を通ってゆきますよ」との女主人の言葉に狭い店の客が私含めて立ち上がり、彼女の指し示したベランダの先をのぞき込む。軒先がぶつかり合う狭い路地を揃いの半纏と鉢巻を締めた子供たちが大人の男に先導されてところてんのように進んでいた。ベランダの床板の端からちらりと派手な屋根が見えた。それを押し流すように次から次へ進む人声に勝ってお囃子が近づいてきたので客たちはそれぞれ座っていた席に戻った。

「路地の向こうにお社があるんですよ。本神輿はこれから来るの」「何基もあるのですか」「ひとつだけよ。今日はお社のお神輿だけが通るけれど、明日は町内の組、そうね十二、三基はあちこちの通りを回るの」金髪の彼女は老女のことばへ慎ましやかに肯いていた。

 駅を降りてガードレールを覆っているだんだらに驚いたのも束の間で、道路の奥にたまっていた神輿の支度をして半纏を来た一団を見て合点がいった。ロータリーを動くバスも神経質そうにハンドルを切っている。歩道は狭く露店はないが、神輿の進む道を時間をかけて空けるため道路では警察官と思しき制服姿が盛んに注意を呼び掛けていた。

「お祭りはね、神様に感謝するためにするんですよ。この町は秋。浅草の……何と言ったかしら」「三社祭ですね」「そう三社祭。三社祭は春ね」肩口でカールさせた金髪の彼女は老女に向ける優しい納得を特に何かのしぐさをするでもなく表していた。
コメント
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