えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・やり残しのゆうべ

2018年12月29日 | コラム
 目が違うよと笑われた。昨晩一杯いただいた飲み屋の主人は寒さで赤くなった顔をほころばせ、ベランダで吹き曝しの段ボール箱から泥のついたレンコンをいくつか取り出し、あずき色のビニール袋に入れて狭いカウンターの後ろを通り、階段を下りて行った。
 意地でも明日来ますと宣言したものの、仕事納めもろもろの疲れをきれいに酒が抜き出した調子の悪さは正直だった。眠って起きると既に日は高く、行くと言い張った喫茶店はとっくに店を開けていた。喫茶店が夜になると小さな飲み屋になる店は少し角を入った見つかりやすそうで見つかりづらい場所にあり、とつとつと電車を乗り継いで店に入ると普段よりも明らかに多い客が席を占めていた。幸い空いていたカウンターへ席を占め、注文して昨晩も読んでいた本を読み続けていると飲み屋の主人がやってきていた。
 入れ替わり立ち代わりに客が喫茶店の店主に挨拶する。クリスマスをものともせず掃除を済ませたらしいマダムが、網戸を早く洗い過ぎてもう汚れちゃっているのよ、と愚痴をこぼした。左隣ではたつくりをストーブで作っていた昔の話を懐かしそうに、頭へ白いものが混ざった老婆が隣の客へ話しかけている。店のあちこちには彼女たちが置いたと思われる買い物袋が整然と積み上げられていた。さつまいもを買い忘れていたわ、と、また客が一人立ち上がり勘定を済ませる。彼女たちのいちいちは窓の下を歩く人たちよりも余裕を持って、余裕の合間にいきつけの店へ次から次へと挨拶しているらしい、と、会話からうかがえた。そんな中、そういきつけにしている客でもない自分は義務が済んだ後の気の緩みに任せて本のページを捲っている。
 帰宅する列車の網棚にはちょくちょく松の青い葉を見かけた。夕方に近づいてピークに入る直前の空いた時間、車両で響くのは「おりる、おりるの」と泣きじゃくる少女の声ばかり、うんざりして車窓へ目を向けると雲に頂点を隠された富士山が青黒い影になって過ぎ去っていった。
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