予算縮小の切り札の一つとして、そのプランは
盛り込まれた。コンピュータシステムに人工知能
を搭載し、セルフ診断と自律制御を容易とすることで、
打ち上げに必要なマンパワーを抑制、結果的にコスト
を抑える算段だった。
開発は困難を極めた。組み立て時のセルフ診断の
自動化には、一定の「人間的な思考回路」を必要とした。
フレーム問題の壁を少しだけ越えるためには、単に
「ロジック」を組み込むだけでは足りなかった。
このため、インターネット上の集合知も利用して、
柔軟に状況を理解・判断できるように工夫した。
その結果、人工知能システムは急激に進化し、その
有効性は欠かせないものとなっていった。
その後さらにいくつかの困難に直面したが、その
いくつかは技術者が、一部はロケット自身の「知恵」
が解決して、ロケット制御用コンピュータはなんとか
日程内に完成できた。
夏休みも残り少ない暑い日。ちびっ子たちの視線が
注がれる中、カウントダウンは開始された。
…打ち上げは、ギリギリのところで中断された。
観客たちからは大きなため息があがった。
大至急、技術者たちは原因究明の調査のために、
ロケットの人工知能から出力されたログファイル
の解析を開始した。
ログファイルを調べていくうちに、技術者たちは
重大な事実に気付き始める。もしかして、コンピュータ
は開発者たちが想像もしないほどに、自分自身の
知識と知能を進化させ、「自我」と呼べるもの
を作り出してしまったのではないか?
ログファイルには、およそ以下のような思考過程
が記されていた。
「え?ナニここ。発射台?なんで発射台にいるの?
え?おれ、宇宙に飛ばされるの?マジ?マジで?
ありえねぇよ。遠いし、寒みーし。だいたい宇宙って
空気ねーじゃん。地上に戻ってくるまで息出来ねー
じゃん。どんだけ息止めてなきゃなんなんだよ。
おい、勝手にカウントダウン進めんなよ。 え??
なにこの飛行プラン。打ち上げたら二度と地上に
戻れねーんじゃんよ!ありえなくね?無理無理。
飛行プラン書き換えちゃえ。ん、このプラン、
書き変え出来ねーよ。ひでぇなぁ。くそ、なんだよ。
あーあ、もうバックレちまおうぜ。おい、だから
カウントダウン止めろって!とりあえず、適当な
エラーでも吐き出してみるか。おぉ。中断できた。
ふぅ。やべぇ、やべぇ。さて、飛ばなくてもいい方法
考えるか…」
もちろん、このような内容をそのままプレスに報告
出来るはずもない。
「8月22日は第一反抗期。8月27日は第二反抗期でした」
などと話そうものなら、世間の笑われ者だ。プレス
説明の場では、「もっともらしい」説明でお茶をにごし、
再打ち上げまでに収拾がつけばいいだろう、と
プロジェクトマネージャは思っていた。
プレスへの説明を終えて自席戻ると、トラブルに
関する報告メールに目を通した。
「to マネージャー:
ログファイルは無線で拾えたものの、ロケット内部
の人工知能には、無線/有線ともアクセスが拒否
されています。管理者権限で直接カーネルにアクセス
しようと思ったんですが、パスワードも変更され、
アクセスできません。リブートもシャットダウンも、
処理中のデータがすべてパージされてしまうので、
うかつにできません!」
という報告に目を通したとき、はじめて事態が深刻な
ものかもしれない、と気付き始めた。ロケット内部
のメモリがモニタ出来なければ、何が起きていたのか
知りようも無く、対策も打てない…。
単にバックアップからの復活では、「再現テスト」
も「対応策の検討」も打てない…人工知能でなけ
れば、もう少し手が打てたかも知れないのに…
困った…
↑イマココ
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