上の書は、空海のもの、上野の博物館で実物を見る、
「意外と手堅いヒトなんだな」
写真とは、ビミョウに印象が違う、どちらが本当なのか、緻密な頭脳で現実的それに政治的でもある、宗教者としては、ちょっとやり過ぎたかもしれない、一度、高野山を訪ねたことがある、
「むかしの高野山は それはそれは荘厳だったんですよ」
あの大唐帝国の栄華を移築する、格調ある建物、優美な家具、洒落た調度品、魂の奥底まで酔わせてくれる、
「ヨーロッパ人の文明とは なんというちがいだろう」
「あちらは サルの文明でサルの都会 サルの営みだ」
ああ 人生 ただ将に長安で死すべし
死んで悔いなし 晩秋の午後 幻の夢
だから、最澄とは気が合わない、いや、あの時代の誰とも気が合わない、レベルが違うのだ、空海は孤独、当時のちんまりとした貴族社会、なんと卑小な仏教解釈・仏教理解、だから、空海は大犯罪人になるしかない、
「ばかばかしくって やってられるか」
「びんぼうくさい仏教社会は まっぴらゴメン」
「おれは おれの仏教世界を 打ち立てるんだ」
さっさと生き、さっさと死ぬ、56億7000万年後まで、
”See Again ‼"