あの青森の牧師さんの最後の手紙、ある年の11月、
「これから ブリザードの吹き荒れる冬がやってきます
あの時の楽しいお話しを思いだしております どうぞよいお正月をお迎えください」
私はプロテスタントは嫌いだが例外もある、仏教いや仏教教団は不毛、キリスト教にだって、すばらしい人がいる、カトリックの愛宮神父、どうしてあんなに親切にしてくれたんだろう、それにシスターたち・・・
こちらはナマグサイお話し、ジャクチョウさん、スマホの奴隷になっているニッポンの若者が、
「なにを目標に 生きたらいいんですか」
ジャクチョウというおしゃべり鳥、
「それは」
「・・・」
「恋と革命です」
「ワアー」
まあー、なんてソツがないいんでしょう、ツボをこころえている、あまったれた現代の若者には、ちょと魅力的なのか、しかし、こういうのは、
「邪知分別知(じゃちふんべっち)」
今の日本人は、二極分化、すぐれているものはすぐれている、そうでないのは時代に振り回されている、両者に通じるものは、なんだろうか、戦前の日本には「おごそかな生活があった」、台湾の老人の話しに、
「かつての日本人には 香りと品がありました」
「下町には下町の 山の手には山の手の風格がありました」
両国の寺で関東大震災で亡くなった少年・少女の写真を見た、鉄の灯篭がとける猛火に包まれたのだ、東京の下町、正義感の強そうな少年、すぐなみだぐんでしまいそうな少女、これがニッポンの子供たちだった、どうして、こんなに変わってしまったんだろう。