招待したロシアの子供たち、
「ニッポンには 3連のプリンがあった」
「どんなもん」
「プリンが3つ くっついているんだ」
「ワアアア・・・」
「たべたい たべたい」
「カクヘイキより 3連のプリン 3連のプリン」
こまったコトになった・・・
さて、関西を訪問して、新幹線で新横浜につくと、まるで空気がちがう、
「おなじ日本か」
「箱根の山の向こうに東胡・あずまえびす の国がある」
ずいぶん経っているが、それでもこうだ、百数十年前だったら、
「どうだったか」
百数十年前には、あのオトコがいる、この方面を牛耳っていた、彼は、
「柳田国男・やなぎだくにお」
日本民俗学の父、この男が、
「やってくれた」
それは、「半々」、
「いい面が 半分 そうでないのが半分」
おかげで、こんなに、こんがらかった。