ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

バター不足に思うこと

2015-08-04 12:04:00 | 経済・金融・税制

バターは何故に足らない。

数年前から、時折発生するのがバター不足である。スーパーなどにいっても、バターの在庫はなく、入荷しても一人一個限りとされてしまう。

たかがバター、されどバターである。料理をする方には自明のことなのだが、マーガリンはバターの替わりとはならない。パンに塗るだけならマーガリンでも良いが、バターは様々な料理に使われる。ケーキ作りだけと思ったら大間違い。

このバターがないと美味しく作れない料理は沢山ある。私のような無精者の場合、バターがあるとないでは料理のレパートリーがだいぶ違う。特に短時間で作れる料理には、バターは必需品である。

そのバターが品薄だ。これは困る。困るのだが、政府の対応は緩慢だ。

政府?

そう、実はバターの供給には、政府が深く関わっている。乳牛から採取されたミルクの大半は飲料用として出荷される。その残りが乳製品の原材料として活用される。しかし、乳牛の生産と育成は、慢性的な赤字事業。そのため政府からの補助金が欠かせない。

その一環として、バターなどの乳製品の出荷は、指定牛乳生産者団体制度の下で行われている。この指定を受けた業者を通じて、バターの原材料は供給される。つまり、事実上政府、農林水産省に流通過程を握られ、価格調整されて出荷は計画的に行われている。

はっきり言えば、バターの供給不足は、農水省の管理の失敗である。農水省の退職官僚たちの指定天下り先である業者で行われている出荷の調整が、市場の動向を読み違えたことからバターの不足は生じている。つまり政府の失政である。

失政の原因はいろいろあるが、やはり価格統制は市場経済の下では難しいのだろう。日本人は次第に牛乳を飲まなくなってきているが、反面乳製品はとるようになった。しかし、この乳牛の生産農家を保護する仕組みは、その飲む牛乳を中心に考えられたものだ。

しかし、ご存じのとおり、日本人は牛乳を飲まなくなりつつある。いや、正確に云えば、美味しい牛乳は売れている。しかし、指定牛乳生産者へ出荷した牛乳に関しては、毎年売り上げは落ちるばかりである。

これはお米と同じ構造で、どんなに美味しく牛乳を作っても、他の牛乳と混ぜられてしまうので、その努力は無駄となる。なにせ、政府が価格を保証しているので、美味しく作るよりも、量さえ確保できればいい。

しかし、牛の食用穀物は円安により高騰し、小規模畜産農家には経営は厳しくなる一方だ。それなのに価格保証制度により畜産農家を保護する政府としては、出荷量を抑制して、税金の投入を減らす方向にもっていく。

その結果として、牛乳の出荷後の残りを乳製品にまわす今の仕組みでは、バターなどの供給不足になるのは必然でしかない。これを農政の失敗と云わずしてなんという。

おかしいのはマスコミの報道だ。仕組みが分かりづらいせいもあるが、呆れるほど政府の失政に対する批判は鈍い。まるで他人事のような紙面を幾つも読んでいる。特に農水省に番記者を置いている新聞、TVがひどい。

さすがに週刊誌などは頑張っている。だが、如何せん雑誌の購買部数は減少傾向にあり、世論を動かすほどの力はない。ネットの世界は、情報が読み手の嗜好に左右されがちであり、このような複雑な構造を持つ事件を報じる記事は、敬遠されがちとなる。

私のみたところ、新聞やTVの記者は、自分で料理するような生活とは無縁の人が多く、それゆえバター不足の影響をたいして評価していないのだと思う。多忙で勉強不足なのは分かるが、これではダメだ。

規模の小さな畜産農家の保護、育成は、どこの国でも難しい問題だ。日本のような価格保証制度を採用した国は、変動する市場動向に対応できずにいるケースが多い。今のところ、所得補償制度に切り替えているようだが、これも万全とはいえない。

私は食料の安全保障の面からも、小規模農家の保護は必要だと考えているが、現時点ではどのようにしたらいいのか模索中だ。ただ、一つの在り方として、国の保護ではなく、農家自身の創意工夫をより高く評価するべきではないかと考えている。

指定牛乳生産者団体へ出荷せずに、エンドユーザーに直接販売する方式を採用している畜産農家もあり、美味しい牛乳、乳製品を少数ながら高額で販売して成功している。

このような創業者精神に溢れた小規模事業者を免税や、投資減税の対象とするなどして保護育成することも考えてもいいのではないか。

ただし、農水省はあまり好意的ではない。自分たちの価格保証制度に反対するものと考えているのか、あるいは役所の保護下におけないことが不満なのかは知らないが、積極的に推し進める気はないらしい。偏見かもしれないが、役所の天下り先への批難を非常に厭う傾向が強い。

政治の動きも鈍いが、このようなアイディアとやる気に溢れる小規模農家などをマスコミが取り上げれば、政治も動くのではないか。そう考えると、やはりマスコミの役割は大きい。

それだけに、私は今のマスコミ、とりわけ記者クラブに代表される大メディアの報道の在り方に、どうしても好意的にはなれない。日本の政治、とりわけ野党がダメなのは、マスコミがダメなことの証左でもあると思いますね。

コメント
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