臆病者は生き残る。
岸田首相が事実上の退陣を宣した。すなわち次の総裁選には立候補しないということだ。その判断に過ちはない。正直次の衆院選挙で岸田を顔にしては勝てない。
思えば初手をしくじったと思う。本来、自民党総裁の座を狙えるような大派閥の親分ではない。あくまで与党内の少数派に過ぎなかった。ただ暗殺された安倍・元首相の存在が大きすぎた。後継の菅首相も安倍派を背景にしているからこそであり、本来は党内の大物ではなかった。
まして岸田は小規模な派閥の長に過ぎず、党内の人望は薄かった。だが正統派の政治家として、首相になれるチャンスを逃すほど間抜けではなかった。ただ余裕がなかったと思う。旧安倍派などの大派閥の支持は不確定であり、党内の少数派との連携にも自信がない。良くも悪くも宗教団体との繋がりが浅く、連立相手の公明党とも親しくはない。
妙な言い方だが、小物ではないが大物でもない中途半端感が、他の派閥から期待されてしまった。岸田氏当人にとっては綱渡りで首相の座へたどり着いたようなものだったのだろう。だから不安で仕方なかった。それ故に禁じ手にも手を出してしまった。
「聞く力」をアピールするのは良い。これこそ野党にはない姿勢なのだから。ただ話を聞く相手を間違えた。よりにもよって穏健で保守本流を強く自覚している自民党の根強い支持者たちがもっとも嫌う意見に耳を傾けただけでなく、それにお墨付きを与えてしまったのが岸田首相だった。
少しでも支持者を増加させたい岸田首相の必死さがうかがわれるが、自民党内でも少数意見に過ぎないLGBTの推進を望む人たちに媚び売ったことは、ある意味致命的な失策であった。いや、少数派だからこそ安直に扱えるとでも考えたのだろうか。
おかげで岸田政権は、公明党からも与党内部からも強い支持を得られぬ弱体政権となった。焦りに焦った岸田首相はよりにもよって最大派閥である安倍派の切り崩しにかかった。これは戦略としては正しかった。でもやり方が稚拙だった。
長年自民党内で少数派の悲哀を味わっていた小泉・元首相はその点狡猾だった。政治の浄化を訴え「自民党をぶっ壊す」と叫びながら、実際には当時自民党を仕切っていた竹下派を公共事業削減、郵政民営化により兵糧攻めにした。自分は表面には出ても、決して自らの手を汚さず、不満を抱えていた霞が関の官僚たちにやらせる卑劣さを、さわやかな笑顔で誤魔化した。
残念ながら実直に過ぎた岸田首相には小泉氏が持っていた卑劣さ、厚かましさ、狡猾さが全く足りなかった。だから次期総裁選に出馬して二期目を目指そうとしても、党内主流派からの支持はなく、退陣を選択せざるを得なかった。
だが煮ても焼いても首相は首相である。自ら傷つくことなく身を引き、今後の政局に関与する気は満々だと思う。麻生も菅もいずれ消えるし、対抗馬はいない。岸田首相は勇敢でもなく、賢明でもないが、臆病者の狡さは持っているようだ。
馬鹿にする向きは多いと思うが、侮らないほうが良いと思います。可能性は低いですが、屈辱と共に退陣した第一次安倍内閣の復活を誰が予想したでしょう。お坊ちゃまの麻生にそこまで執念はないし、どこか淡々として汚れた場所に踏み込まない菅には情熱が欠ける。
まだまだ若い岸田には、まだ心の奥底に執念が熾火のように残っていると思いますよ。