現在、紙の地図の売り上げは最盛期の二十分の一だと報じられていた。
情報が紙媒体から、デジタル表示へと移行いつつある流れにそったものだとは思う。それは分かるが、なんとなく哀しい気持ちになる。
実のところ、私もロードマップなどは買わなくなって久しい。カーナビが地図を表示してくれるので、一冊2000円近くする地図帳を買わなくても、最新の地図がカーナビに表示される。しかも、現在位置を示すだけでなく、目的地検索など様々な機能があるカーナビがあるので、ロードマップを買う必要がなくなった。
だからといって紙の地図に価値がないとは思わない。現在、山登りをする人たちの間では、GPS機能を駆使したマッピング機能付のスマートフォンを携行することが、当たり前になっているようだ。たしかに便利だと思う。
でも、私は少し不安に思う。スマモにせよ、他の携帯型端末にせよ基本は電子機器だ。雨や埃、泥には弱い。基本的に野外では不向きであり、故障の危険性は常にある。また、場所によってはネットにつながらない可能性もある。
やはり紙の地図があったほうが良くないかと思う。
私が山に登っている時は、国土地理院発行の五万図と二万五千図は必携であった。ある畳み方をして、ビニールに入れて常に携帯していた。書店などで売られている防水紙を使ったカラフルな地図だと、標高差などが十分に表示されていないので、読図には物足りない。
ただ、ある程度訓練が必要となる。コンパスも必要だし、地形を読むことなど技術的なこともあるが、実はなにより大切なのは体力。疲労困憊な状態で、地図を読むのは至難の業だ。いくら知識があっても、それを活かす体力がないとどうしようもない。
そのため、今のGPS機能でデジタル表示してくれるマップが、如何に便利な代物なのか、よく分かる。もし山に登れるようになったら、私もきっと使うと思う。それでも、一応紙の地図も持参しますけどね。
でもデジタル媒体の便利さは良く分かる。だから、紙の地図が売上低迷だとの報道も無理ない。でも、地図の魅力って、それだけじゃないよ。
20代の時、難病で床に伏していた頃は、地図は愛読書の一つであった。地図をなぞりながら、私は脳裏に空想の旅行を楽しんでいた。地図は情報の宝庫だ。その紙面から、いくらでも想像の旅が出来た。
実は今でも枕もとには、地図帳が数冊、手の届くところに置いてある。眠れぬ夜なんぞに、灯りをつけて地図帳を眺めて楽しんでいる。どの道を歩こうか、この橋を渡れば、眺めは良くないだろうか?と、好き勝手想像の旅を楽しいでいる。
地図が売れなくなったのは時代の趨勢として仕方ないと思うが、やっぱり寂しいなァ。
割り出すには最低限、整地が必要ですね。
手順を知っていても、これは経験が物を言う世界で、地図と現実の地形を比べてみた経験の無い人には無理と思います。
GPSは登山者にも用いられており、これも実際にはテクがいるのですが、そんな事は山野での活動経験の無い人には解らないでしょう。
便利さに頼るのは無理もないと思います。
ただ読図がロクに出来ない人に、GPSの有向な活用は出来ないと思いますけれども。
私がかつて参加していた狩猟の世界でも、サーモビジョンを利用した温熱差映像を利用して鳥獣を探すのが流行してます。
獲物の生態や、糞や足跡の痕跡から、水場や餌場、寝場所をつきとめる苦労を厭うハイテク・ハンターが出現してます。
結局、手を抜きたい人ばかりなのでしょう。
でも、登山者でもハンターでも、そういう人は一朝有事ある時には死ぬと思います。確かに我々の国の自然は、森林限界以下の里山では。大陸より緩やかな側面を持ちます。
でも、牙を剥くときは半端ない驚異にさらされます。そういう時に役立つのはローテクなテクニックです。
道をロストした時に優先するべきは、正しいコースに戻る事です。次いで早い段階でのビバークの決断。でも、どちらも読図のような地味でローテクな事を端折るようなアウトドアマンは、不慮の事態に接した時に、真っ先に死ぬと思いますね。
その点、IT技術は素人でもある程度(やはり訓練は必要ですが)使えてしまいます。これはある意味便利ですが、緊急時には浮「と思います。やはり、バックアップは必要なのです。こればかりは、実地で覚えてもらうしかないですね。