ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

怪人ソリティアの神仙偽術 成田良悟

2024-02-14 11:57:53 | 

まるでミステリーを紐解くような楽しみがある。

表題の書は、漫画「デッドマウンドディスプレイ」からスピンアウトしたものだ。本編のなかでも、謎の奇術師であるソリティアの存在感はずば抜けている。にもかかわらず本編の本筋には無関係な人物ゆえに、その存在価値がよく分からない、なんとも謎多き存在である。

本編である「デッドマウンドディスプレイ」は隔週発刊の漫画雑誌に連載されているが、その真価は単行本にこそある。現在まで11巻が刊行されているが、その各巻末には原作者の成田良悟による短編小説が掲載されている。

この巻末の小説と、本編の漫画は裏表の関係になっているから面白い。ちなみに短編小説では主人公の師匠である死霊魔術師がメインとなり、本編の漫画だけでは分からなかった部分を補足する形になっている。それ故に私は単行本を買うと、真っ先にこの巻末の短編小説を読んでいる始末である。

だが物足りさなが残っていた。謎の奇術師ソリティアがその典型で、お調子者の手品師に思えるが、とんでもない深い闇をその笑顔の奥に隠している気配もする。その彼を主人公に迎えてのスピンアウト作品なのだから、これを読まずにいられようか。

たかがライトノベルなのだが、読んで後悔なし。いや、実に嬉しい。本編では名前しか出てこない謎のキャラクターたちが、ちょこっと、ちらっと出てくる。この出し惜しみ~!と憤慨したくなるが、本心ではワクワクしている。ワニ姉妹や誕毒犯、ジョアッキーノと出てくる、出てくる。もう楽しくて仕方ない。

すこしずつ謎が解けていく楽しみが、この作品にはある。本編の作画者である藤本新太の描くイラストも絶妙だ。二巻目以降が今から楽しみである。

なお本編の漫画を読んでいない方には、この作品はまったく無意味、無価値、無駄であることはご了承いただきたい。

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スターシップトゥルーパーズ

2024-02-13 09:16:31 | 映画

目に強い光が入ると涙がポロポロと出てしまうようになったのは5年前。

医者に相談すると、20代の頃に大量服用したステロイド剤の副作用とのこと。白状すると目の手術は怖い。だから時間がかかっても薬物療法をお願いした。そしてようやく回復したのだが、忙しくって映画館に足を運ぶ余裕がないのが辛い。

それはともかく、映画館に行けなかった期間はCS放送のシネマ専門チャンネルにはずいぶんとお世話になった。ほとんどが以前、観たことがある映画ばかりであったが、本の再読と同じで認識を新たにした作品がけっこうあった。

その一つが表題の映画だ。公開されたときには、映画館のスクリーン狭しと暴れまわるエイリアンに歓喜したものだ。SF好きで怪獣大好きな私としては、エイリアンが暴れまわり、人間をばったばったとなぎ倒す場面に夢中になった。

ただ原作の「宇宙の戦士」R・A・ハイラインを読んでいたので、パワードスーツが出てこないことだけが不満であった。でもハリウッド映画である以上、俳優の顔を出さない映画はありえない事情は分かるので、仕方ないと納得していた。

ところが今回、TVで再度観ているうちに気が付いたのだけど、この映画、よくよく考えると原作の反対方向のベクトルで作られている。原作の「宇宙の戦士」は第二次世界大戦で兵士として戦った経験のあるハイラインの戦争賛美が根底にある。だからこそハイラインの原作はヴェトナム戦争の真っ最中にあって賛否両論の騒ぎを引き起こした。

一方、監督を務めたポール・バーホーベンは強烈な反軍国主義者であり、どうもこの作品に込められたメッセージは、過剰な戦闘場面を通じて戦争の愚かさをアピールしていると思われる。そう捉えて改めて見直すと、原作者のハイラインと思いとは異なる作品となっている。

ただ分かりずらいメッセージだとも思った。最後までしっかり見ないと、確かに分かりずらい。多分、これは作為的なものなのだろう。ちなみにバーホーベンは第二次世界大戦中はオランダにいて、連合軍の空爆で死んでいく無辜の市民の死体を見たことが反軍国主義の原点になっている。

現在、日本では原作者の原作を大事にしないTV業界及び出版社が問題になっている。私は原作と映像化作品は別物だと割り切っているが、それでも原作者あっての原作であり、原作者の思いを粗雑に扱う日本のメディアの基本姿勢を腹立たしく思っている。

果たしてハイラインとバーホーベンは、そのあたりどう考えていたのだろうか。契約社会であるアメリカで作られたのだから、それなりに契約も考えられているはず。少なくとも日本のように原作者には雀の涙的なはした金で済ませるようなことはしてないと思いますけどね。

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絶望は暴走する

2024-02-09 09:29:22 | 社会・政治・一般

希望をなくした正義は暴走しやすい。

数十年、警察の捜査を逃れていた過激派の残党の一人、桐島聡が先日死亡した。偽名で生きてきたが、最後は本名で死にたいとの覚悟の告白であったようだ。

いったい、どのような気持ちで40年近い逃亡生活を送っていたのだろうか。事件の真相を明かすことなく、彼はこの世を去った。せめて手記でも残してあれば、多少は分かるかもしれない。でも可能性は非常に低いと思う。

また支援者はいなかったと云っているが、これも疑わしい。もし居ても、これまでの義理から隠し通すほうが自然だからだ。ただ私見ですが、多分ほとんどいなかったと予測しています。

彼らは遅れてきた武闘派でした。海外の日本連合赤軍と連帯するだけの覚悟もなく、ただ煮え切らぬ想いだけが動機となって企業テロに走った青年であったと思います。

70年安保闘争に敗れただけなら良かった。しかしその後のあさま山荘事件と連合赤軍のリンチ事件、中核派と革マル派の間で繰り広げられた内ゲバにより、左派の学生運動は急激に衰退した。

信じていた社会主義に基づく革命と平等な社会の実現は遠のいたと嘆く若者たちの絶望感は深かった。多くの若者たちは理想を失った後の空虚感に耐えきれず、髪を切り、スーツにネクタイを締めて企業戦士に転向した。

まだ夢を諦めきれない若者は、学生運動から労働組合に移ってストライキとサボタージュを繰り返して、消え細る情熱を燃やし続けた。マスコミや教職に就いて、次世代の社会主義の闘士を生み出そうと、新たな一歩を刻んだものたちもいた。

しかし、そんな現実に耐えきれずに革命の炎に再び点火しようと焦った若者たちが企業テロに走った。既に大衆の支援もなく、左派政党も眉を顰める破壊活動はすぐに摘発された。そのなかで最後まで逃げ切ったと云えるのが、今回見つかったとされる桐島聡であった。

希望を失い、絶望感からの衝動的な企業テロであったが、大衆から支持されることはなく、革命の炎が再び燃え盛ることはなかった。そんの冷酷な現実の中で、偽名を名乗り密かに生き延びてきた桐島は、何を思い、何を求めて屈辱の半生を過ごしたのだろうか。

私が政治活動に見切りをつけて身を引いた1970年代後半でさえ、既に忘れ去られた過去の人であった。彼は過去の過ちを直視できなかったのか。過ちから立ち直ることは出来なかったのだろうか。

おそらく本質的には善人なのだと思う。裏社会に潜ることもなく、貧困に甘んじながら残りの人生を送ってきたのだろう。ただ、彼には間違いを認める勇気はなく、過ちを反省する真摯さにも欠けていた。

隠れて逃げ惑うのではなく、自首して犯罪者からの更正を目指す生き方もあったはずだ。でも、それを選択することが出来ない気の弱い犯罪者。だからこそ惨めな人生で終わってしまったのだと思う。

でも・・・私は軽蔑はするけど嫌いではない。

過去を真摯に反省することなく、今も政治屋として、あるいはジャーナリストとして、はたまた教職として日本を卑下し、日本を貶めて自己満足に浸る面の皮の厚すぎる卑劣な奴らに比べれば、桐島は遥かに善人だと思うので。

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アジア大会での敗退

2024-02-08 09:14:42 | スポーツ

最初から歯車が噛み合っていなかったのだと思う。

カタールW杯での快進撃を受けて、その後も親善試合で連勝、それも大量得点が続いたことで監督だけでなく、選手もマスコミも勘違いしてしまった。

しかも全く厄介なことに、まったくの勘違いではないから嫌らしい。イランに負けて大会を後にした日本代表ではあるが、中盤のゲーム作りは全チーム中No1であったと思う。シュートと見間違えるほどの高速パスをワンタッチで受けてすぐに次の高速パスを出して相手ゴール前に迫る光景は、唖然とするほどの高レベルであった。

たしかにあの高速バスを連続されたらドイツやスペインにも勝ちうると思う。しかし、今回はアジアである。がっちりとゴール前に選手を並べて、日本の攻勢を予期して対応されると、そうそう得点なんて出来ない。

おまけに森保監督はアホなのか、そんな相手の戦術に対して、スペースに走りこんで得点機を作る伊東や浅野を重用しているのだから、守る方は楽だと思う。最初っから上田や三笘を使っていればだいぶ違ったと思うが、俊足でガタイの良い伊東や浅野に拘り過ぎた監督のミスだと思う。

それと、これは監督だけでなく、選手もマスコミも勘違いしていたが、サッカーという競技は本質的に大量得点の試合が生じにくい。にもかかわらず、攻撃に夢中になって、守備を疎かにしてしまった。本来、サッカーとはしっかりと守ったうえで攻勢に出るべき競技であるのに関わらずである。

しかもカタールW杯大会ではサイドで活躍した長友も酒井も今大会ではいない。二人とも攻撃よりも守備に重点を置いて、隙を見て攻勢に出るサイドバックである。ところが今回の若いサイドバックの選手は攻撃に偏りがちであった。菅原がその典型であり、攻撃的なサイドバックとしてプレーする一方、守備はザルで抜かれっぱなし。それでも使い続ける森保監督もどうかと思うが、あれだけサイドを抜かれたらDFの選手はたまったものじゃない。

たしかに若いGKである鈴木にミスは多かったが、守備は全体でやるもの。あれは酷だと思う。正直、権田やシュミットを何故に代表に入れなかったのか不思議だ。おかげで守備が得意なはずの遠藤や富安の負担が多すぎて、全然守備に安定感を欠いてしまった。

おまけに今、チームをけん引している南野や久保、堂安は守備が好きではなく、攻撃に偏りがち。あれではボランチはたまったものではない。結果的に日本は負けるべくして負けた。

さて、日本サッカー協会はこの敗退をどうするのか。弱点は監督だと分かっているはず。でも日本人監督を本気で育てる気なら、この敗北を糧に更なる向上を目指すほかはない。今後の日本のサッカーを考えるなら、1-0で勝てるチームを作るべきですが、おバカなマスコミも含めて我慢できますかね?

守備を安定させない限り、日本が更に強くなることはあり得ないと思いますよ。

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フロイスのみた戦国日本 川崎桃太

2024-02-07 09:16:40 | 

日本における学校教育の欠点の一つは、宗教の存在価値とその恐ろしさを教えないことだと思う。

予め断っておくと私は宗教を否定しない。両親の離婚と引っ越しと無理解な教師に出くわし精神的に不安定になっていた私を救ってくれたのは某宗教団体だ。ここで神の前での謙虚になることを知り、神に見守られていることの幸せを知ったが故に、私は相当に救われた。

世の中には人の力ではどうしようもない理不尽さがあるが、神への帰依により揺るがぬ心を持てることは幸せだと痛感している。道理や理屈、論理的説明、科学的解析では心は救われないが故に、神は必要とされる。

だが神の教えを正しいと規定すると、それに対する間違った教えも存在することになる。神の正しさを立証するためには、悪魔の邪悪さが必要となる。神の正しさを世の中に実現するためには、それに反対する悪を滅ぼさねばならない。

この戦いには妥協は許されない。だからこそ異なる宗教勢力同士の戦いは苛烈であり残忍であり無慈悲なものとなる。その宗教戦争のなかでも最も苛烈であったのが、15世紀にイベリア半島で繰広げされたキリスト教によるイスラム帝国への戦いであった。通称レコンキスタとして知られている。

この凄惨な戦いを勝ち抜いたのがイスパニア(スペイン)であった。当時世界で最も獰猛な国家であったと思う。彼らはイスラム教徒を追い出しただけでは物足らず、当時未知の地として知られてた中米及び南米に宗教的な情熱をもって襲い掛かった。

その結果、カリブ海の島々に住む原住民を根絶され、イスパニアがアフリカから連れてきた黒人奴隷たちと住民が入れ替わる悲劇が生まれた。南米大陸も同様であったが、ジャングルの奥深くに住む原住民は大幅に人口を減らし、黒人奴隷とその混血児、そして新たに移住してきたヨーロッパの白人たちが支配階級として君臨する地と化した。

ただ当時のイスパニアの力では、イスラムの本拠地である中東には手が出せなかった。代わりにインドやシナに向かったが、そこにはイスパニアをはるかに超える文明の地であり、彼らに支配できたのは、インドネシアやフィリピンの島々だけであった。

だからこそ黄金の国として知られていたジパングは是非とも欲しかった。しかし、当時の日本は戦国時代。戦慣れした戦士たちが群雄割拠して相争う地であり、火縄銃でさえ自分たちで勝手にコピーしたうえに改良して大量生産する国を武力支配することは不可能であった。

そこでイエズス会の出番であった。日本の歴史教科書は端折っているが、イエズス会は宗教改革による従来のキリスト教会(いわゆるカトリック)側からの反撃の尖兵役を担っていた。新教(プロテスタント)との直接的な対決を避ける一方で、まだキリスト教未開の地へ赴き、そこでカトリックによる宗教覇権を狙っていた。

日本やシナのように武力による植民地化が難しいところへ、宗教面からの侵略を行い、後々の支配への前進基地の役割を目指していた。ある程度は成功したと思うが、猜疑心の強い秀吉の目は誤魔化せなかった。当初は信長同様にキリスト教に対して寛容な姿勢であった。

しかし九州で見かけたある光景が秀吉に大きな影響を与えた。それは日本人の男女を奴隷として輸出するイスパニア商人による商売の姿であった。アフリカの黒人奴隷が有名だが、当時の世界常識(ヨーロッパ中心)では、奴隷は貿易商品として普通の存在であった。だが、日本では異端の風習であるがゆえに秀吉は疑い出した。

秀吉の死後に事実上日本の統治者となった家康は、海外からの影響は日本に混乱を招くとして、遂には鎖国政策を導入した。ただ狡猾にもネーデルランド(オランダ)と朝鮮には交易を認めていたから、厳密な鎖国ではない。ここから世界情勢を多少でも知ることが出来たことが、後々の欧米の侵略に対してある程度対応が出来たと私は考えている。

表題の書は、ザビエルの後を受けて長く日本に滞在し、キリスト教の宣教師としての立場から当時の日本の情勢を「日本史」として書き残したフロイスを分かりやすく解説している。私のような単なる歴史好きの素人向けには良い手引きとなると思いました。

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