夕暮れが1800時頃まで早くなってきたのですが、カンドー的な色にはほど遠い気候なので取り敢えず「大和が建造されたドック跡」を撮っておきました。これって実はじゃくしーブログ時代に一度ご紹介した物なんですけど、コッチでは初めてになるのかな
今では組み立て工場として使われているため、当時のドックで使われていた石材等は記念物として運び出されています。そのごく一部は、呉市海事博物資料館(大和ミュージアム)でもヒッソリと使用されています。
屋根には当時の骨材が使われている部分があると「伝え聞いておりますが
」どこまでどーなのかは良く分かんないです。しかも「大和のふるさと」の文字は、市が頼んだのかどうかコレまた良く分かんないのですが、この春先に書き加えられた物です。以前はオイラが子供の頃からずーっと「こんなもの書いてませんでしたから~」だったんだよねぇ。ま、大人の事情ってヤツでしょう。

今では組み立て工場として使われているため、当時のドックで使われていた石材等は記念物として運び出されています。そのごく一部は、呉市海事博物資料館(大和ミュージアム)でもヒッソリと使用されています。
屋根には当時の骨材が使われている部分があると「伝え聞いておりますが
