<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

睡魔に襲われる

2016年04月27日 21時03分37秒 | Weblog

今日は畑仕事もしなかった。サイクリングにも行かなかった。さぶろうの調子がいまいち上がらなかった。

雨が降っていたのでどうしようもなかったのだ。その代わり雨のドライブをした。往復80kmくらい。帰りがけに睡魔に襲われてしまって困った。43度の熱い温泉に浸かっていると身心が豆腐になった。これが誘因だったかも知れない。目が潰れてしまいそうになる。これじゃ事故を起こして仕舞いかねない。さぶろうはビンタを張った。何度も何度も。左手で左の頬を。右手で右の頬をバチバチ叩いた。それでもなかなか眠気が引かなかった。

思い切って車を止めて外に出た。小雨の中をしばらく歩いた。これで改善した。家に着く間近のところで、しかし、また同じくらい強度の睡魔が襲った。これには耐えに耐えた。帰宅したらそのまま炬燵に寝転んで熟睡することになるだろうと思っていたのに、いざ帰宅したらこの予想は外れてしまった。危うい危ういという状況が睡魔には好都合だったのであって、そうでなくなると途端にそれは不活発になってしまったようである。眠っていいときには眠気はとれてしまうもののようだ。眠ってはいけないいけないというこの緊張感が睡魔の温床だったようだ。

今日は畑仕事をしなかった。いつもしていることをしないと不満足ぎみだ。サイクリングもできなかった。明日の天気予報はどうだろう。晴れたら一番に納屋から自転車を引きだして来て、野原の春風に吹かれながらペダルを漕ぐことにしよう。たったこれだけでさぶろうは怪気炎が上げられるのだ。

 

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オオムカデを溺死させる

2016年04月27日 17時34分15秒 | Weblog

溺死させた大きなムカデを庭に投げておいた。すると翌日、朝そこへ言ってみると遺体は消えていた。生き返ったのかもしれぬ。小鳥が目敏くこれを見つけて啄んでいったかもしれぬ。このムカデは、夕方、移動させようとした牡丹の鉢の鉢底に潜んでいたのだ。一気に殺してしまえばよかった。八つ裂きにしておけばよかった。それをそうしなかったのは、地蔵菩薩がついている杖の鈴である。杖には頭に鈴がついている。歩く度に鈴が鳴るのだ。すると地を這う生き物が逃げて行く。逃げて行けば殺生をしないですむのだ。仏道は他を生かし己を生かす、この道だ。それをふっと思って八つ裂きに出来ず、水を満たした大盥に投げ込んだのである。ムカデは泳げない。しばらくしたら盥の底に沈んでしまった。そこまでを見届けて彼はそれを大地に水ごと放り投げたのである。甦生したのかもしれぬ。それならそれでいい。小鳥が啄んだのなら小鳥を生かすことになったのだ。しかし、彼は我が身の殺生罪を逃れたわけではなかった。良さまは懐の中に蚤虱を飼っておられたという。夕方になるとそれをまた己の懐の中に返されたのだ。この徹底はさぶろうにはできないことであった。彼は何事につけても中途半端な男だった。

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おれの生き方は間違いだらけだった

2016年04月27日 17時21分36秒 | Weblog

悔いるこころに日が照り小鳥来て啼くか    種田山頭火

日が照っていようと雨が降っていようと悔いるときは悔いる。おかまいなしだ。小鳥が山から来て啼いて慰めても慰まない。しんしんと悔いる。悔いによって腹の底までが冷える。五月の山の山道を辿っている男の笠に木漏れ日が降って来る。日は腹にも届く。こころにも届く。冷えた腹とこころがこれで幾分かはあたたまる。あたたまると涙がじわりじわり堰き上がってくる。おれの生き方は間違いだらけだった。改悛が湿潤の泥田を為してぬかるむ。

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羞恥の繰り返し

2016年04月27日 17時04分03秒 | Weblog

彼はこの頃やたら羞恥する。思い出し笑いというのならよくあることだが、彼の場合はそれが思いだし羞恥になっている。ひとりで顔を赤らめて首をすくめる。もうずっとずっと昔の出来事で、それはすっかり冷めてしまって凍り付いているはずのものである。これを引っ張り出して来て、わざわざ火で解かして、恥じる。おれはあんなことをしたのか。こんなことまでしたのか。何という恥知らずだったのだろう。そう言って悔やむのである。そして詫びるのである。詫びたところでもうどうしようもないことだ。彼は両手で頭を抱えて穴に入ることになる。そしてやたら何度も生き恥を掻くのだ。陶淵明は「空を仰いでは鳥に愧(は)じ、水に臨んでは魚に羞ず」と言って歎き省み、己を慎んだが、彼の羞恥は歎くばかりで終わっている。困ったことに、次の慎みにまでは進まないで、また同種の過ちを犯してしまうである。ざまはない。

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味噌仕立てちゃんこ鍋ふう豚肉うどんがおいしい

2016年04月27日 16時48分06秒 | Weblog

彼はリピーターである。そこは相撲界のちゃんこ鍋屋さんである。味噌仕立てがおいしい。ちゃんこ鍋にうどんが放り込まれている。陶磁器の丼ではなく金物の平底鍋に入ってくる。これがおいしい。ここに煮立った南瓜、でっかい大根、人参、里芋が大きな顔をしてふんぞり返っている。エノキタケかと思うくらいの帯状豚肉が4~5切れは泳いでいる。まずはうどんを救い上げて啜る。それから豚肉、人参、里芋の順で頬張る。最後におでん大根を味わう。そこまでではすまない。彼はもったいなくて、とうとう鍋底のスープまで飲み干してしまった。630円する。ちゃんこ鍋ラーメンというのを隣人がおいしそうに食べていた。これは陶磁器の椀でこれがまたでかい。お相撲取りさんが食べるにふさわしくしてあるようだ。この店はちょっと離れたところにある。車で40~50分はかかる。雨の中をわざわざ食べに行きのだから御大層だ。ここまで来たのならというので、彼はとうとう武雄まで足を伸ばして小半時、楼門の湯に寛いだ。

 

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何やらやわらかいものを手の平に掴んだ

2016年04月27日 16時32分35秒 | Weblog

きゃああ。爺(じじい)でもビックリする。叫び声を上げる。飛び上がる。柔らかいものを手の平に掴んだ感触があった。にょろりとしたのが、ごにょごにょ動いた。とっさにはそれが何なのか判断がつかない。雨降りだったので傘置き場から傘を取っていざ出掛けようとしての事件だった。黒いコウモリ傘の中をアパートにしていたのだ、青蛙が。これを開こうとした途端に逃げ出そうとする彼を掴んだのである。振り払ったら、彼はぴょこんとお辞儀をして立ち去った。蛇じゃなくてよかった。ムカデじゃなくてよかった。大ナメクジでなくてよかった。爺は安堵した。たかが青蛙ごときでそんなに慌てふためくな。愚か者めが。長々と今生を生きて来たくせに。まだそれくらいの<ひい玉>なのか。爺の体裁は丸つぶれだった。しかし、幸い、誰も他には居なかった。しめしめ。彼は羞恥隠しの照れ笑いくらいで済んだのだ。

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おれは道を求めて歩いている者だ

2016年04月27日 09時45分08秒 | Weblog

山静かなれば笠をぬぐ    種田山頭火

山は春の山。山道をずいぶんと歩いて来た。からだがほつほつして来た。剥き出しになった岩に腰を下ろして山頭火は笠を脱いだ。汗を掻いている。腰にさしている手拭いで汗を拭いた。遠くで山鳥が鳴いている。谷水の落ちる音もしている。それ以外は静かだ。雲の流れる音はしていない。喉が渇いた竹水筒をとって水を飲んだ。この水はさっき滝が落ちて来るところで汲んだ谷水である。さみしい。山が静かにしているというのに、さみしい。笠を脱ぐと光がわっと顔に降り注いで来た。静かな山だ。椎の花が咲いて山がふくらんでいる。おれは道を求めて歩いている者だ。そのおれが静かに泰然自若にしていられない。

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死後も夢を見ることがあるだろうか

2016年04月27日 09時35分49秒 | Weblog

死んでから後でも夢を見るだろうか。見るかも知れない。そう思った。夢の舞台は肉体の何処かではない、ないとしたら、肉体を返上しても夢を見ることはできるはずだ。今朝方の夢は若い頃の夢だった。若い頃に出遭った人たちがタイムスリップをして逢いに来てくれていた。出遭った場所は? それはこの地上だった。沢山の人が行く買う大通りだった。死んでから後、つまり肉体を住処としていないときにも、ひょっとしたらこうやって昔会った人たちと愉快な暮らしをしているかも知れない。4次元だか5次元だかの愉快空間で。

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「さみしいか」天の一角から声がした

2016年04月27日 07時42分52秒 | Weblog

「さみしいか」天の一角から声がした。さぶろうは、さびしいと答えた。それでもそのさびしさをどうにかして欲しいとは思わなかった。さびしいからつまらないとも思わなかった。これでいいと思った。さぶろうはうすのろである。回りから大事にされるほどのことは何もしてはいないのである。しても来なかったのである。人の中、人の中心に威張っていることはできない。そこからは遠い影の部分、はずれた隅の方に居て当然なのである。華々しく一世を風靡しどでかい活躍をした者ならその後もずっと支援の手も回るだろう。してこなかったのだから、釣果はない。今現在をひっそりとして暮らしているしかないのだ。それを承知で天が「さみしいか」と問うたのである。「さみしくない」とは言えなかった。さみしいけれど、実は、こうしているのも安息であった。

さみしいか。さみしい。さみしいが、さみしい者にも萌え立つ新緑の山があるのだ。それを眺めて、さみしさを薄めていられるのである。滔々と流れ下る大河の、勢いといったものを感じて、慰めを得られていられるのである。これは我が取り分、我が分け前分を超えているのではないか。差し引き分が胸の痛み、哀愁やさみしさであっても、それでもそれでいい。それでいいようにも思えるのである。天がまたもう一度「さみしいか、さぶろう」と問うた。声を聞くことが出来ることでさぶろうは自足をした。

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日本赤十字を創設した佐野常民記念館を訪ねる

2016年04月27日 07時14分11秒 | Weblog

今日は小雨に煙っている。若葉が濡れて色を増している。大地の渇きが潤って行くようだ。昨日は終日蒸し暑かった。午後からは天気が崩れるというので、午前8時には外に出た。牡丹を、一箇だけだが、鉢から抜いて地植えにした。花を見せてもらったお礼に牛糞をどっさり株元に施肥した。それだけでもう全身汗を掻いた。気温は26度もあった。たまらなくなって作業は一時中止して、全身を冷たい井戸水で拭き上げてシャツを交換したらさっぱりした。

11時からで遅い出発だったが、よいしょと腰を上げて川副町早津江川にあった海軍練習所跡を訪ねた。家内を伴って行った。地元に住んでいながらここへ来たのは初めてだった。ここは幕末の鍋島藩の近代化の取り組みがありありと見えるところだ。藩主鍋島直正公と陣頭指揮を執った佐野常民の活躍の舞台になったところである。理化学研究所のような組織を立ち上げ、蒸気機関車の模型を走らせたり、軍用艦を製造したりして西洋の科学文明を取り入れることに苦心したようだ。佐野は明治初年のパリ万博に参加した日本の代表を務めている。その後博愛社を立ち上げた。これが後の日本赤十字団体に発展していった。我が郷土は先見の明を誇っていたのだ。彼の生涯を物語るビデオを見終わって、日々安閑として暮らしている己の卑小さがいきなり激しくクローズアップされてきて、居所がなくなってしまった。

帰宅後は畑に出た。草藪の草を抜いた。黒雲が出てやがてぽつりぽつり雨が降り出してきた。夜中は雨の音がしていた。

 

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