もうやすみます。四月一日が終わりました。終わってほしくないのに。でも四月二日も、来てみれば四月一日と同じくらい素晴らしいのかもしれません。明日の朝になればそれが判明します。終わる頃にはまた、終わってほしくないと思うのかもしれません。
素朴な目をしたシャガの花をみるとさぶろうも心がなごみます。人様のブログの写真には春蘭もありました。イチリンソウも。ランプシェードをなしたチューリップも。どれも美しい。美しいもののある地上を見せていただきました。この地上に生きている幸運を思いました。
見たことはあるけど花の名前は知らなかった。白い花のカランコエ。花好きの人のブログへ今日初めて渡り初めしてみた。癒された。花だけではなく二両編成のローカル電車も走っていた。線路脇には雪が見えた。もう解けかけているようだった。新潟の文字が読み取れた。
満願の日は必ず来る。それまでは待つ楽しみがある。願いはやがて満ちる。成就する。今はだからひたひたひたと満ちている時である。ひたひたひたと満ちているときは満ち終わったときと同じように力にあふれている。威力にあふれている。外的条件がさまざまに変化をするけれども、変化は満たす条件の一つでもある。否むことはない。満願の日は必ず来る。月が満ちるように。潮が満ちるように。さぶろうはさぶろうにこう言って言い聞かせる。
おはようございます。今日から4月になります。溌剌、高校1年生になった気分にひたってみます。うっふっふ、おっほっほっ、あっはっは、いっひっひ、えっへっへです。新しい教科書を買いに行かねばなりません。新入生登校日がまもなくです。それまではサクラサクラサクラ、咲いたサクラに浮かれて回ります。今度こそ真面目に勉強をしてみます。でも、スポーツもしたいな。つぶらな瞳のあの娘にも恋をしたいな。今度こそ相思相愛して魂を気球に膨らませ天空までも昇ってみたいな。とかなんとかふんわりふかふかの空想空想空想。空想は楽しい。誰にも遮られることがない。なにしろ初々しい高校1年生なのだ。見るもの聞くものすべてが美しい。真新しくきらきら輝いている。
雨模様の日。風はない。菜の花が揺れていない。10時半に家を出て孫たちを空港まで送る。爺婆には楽しい5日間であった。飛行機の中で食べられるように手作りおにぎりが背中のリュックに入っている。
暑い。布団を剥いでしまった。汗を掻いていた。雨の音がしている。軒のスレートを打つ。ゆるやかな雨垂れシンバル。ひどい降りではないらしい。今日はもう四月。一年の4分の1が過ぎ去ったことになる。人様の四月は入園式入学式に入社式入所式。大方は何処かへとにかく入ることになる。入って励むことになる。励むのはしかし、もうごめんだ。励まないでいいところはないか。だったら何処にも加入せずにいることだ。侵入しないことだ。ひとりを通せばいいだろう。そうする。