かっ飛ばせ借金 打ち勝て倒産

 
 ‐オグチ経営研究所‐

 ☆★自分でできる経営の再生と整理★☆

  

臍を噛む

2008-01-07 | 事例
Gは後悔して居ます。6年前、一言付け加えたら今のMの危機は
免れたでしょう。あの時ならば此方の要望も通ったと確信します。
しかし今の信金と保証協会には通用しません。

山間の小さな村、更に其処から離れています。海が見え景色は
よいですが、良く電気と水道があると感心する場所です。
そんな所にMは9人の地主から借りてお菓子工場を作り主に
土産物店に卸しておりました。

8年前に工場はついに不渡りを出しました。
銀行8億と買掛3億です。どうしても続けるというMの熱意の負けて、
Gもいろいろアドバイスをしました。任意整理で仕入先は落ち着き、
協力を約束しましたが銀行はそうは行きません。

不動産さえ取られなければ良い。
まさかこの山村で40名からして働いている。借地で地主は9名も居る。
其処を簡単に地元の信金は競売をしないだろう。
虫のよい願望でもあったことは事実です。

600坪の鉄骨2階建ての建物に継ぎ足し1000坪の建物に
なって居ます。2階は消防署の指示で、手を加えないと
使えません。築から言えば20年弱の鉄骨です。普通に
計算すると時価で1億以上の数字が出てくる建物です。
裁判所で普通に計算をした価格では競落はありえない、
此れがGとの読みでした。

予想に反して競売がありました。1番は信金と保証協会です。
一寸びっくりしましたが、最初からの計画です。放って置きました。
以外に価格は安く、当時の競売最低価格で6,500万。
しかしこの価格では、読み通り、引き合いもありませんでした。

競売はそのまま続行です。
今度も今までの70%の価格だから大丈夫だよ。
二人は未だ楽観的でした。2回目の価格が出るのが
なかなか出ません。1年たって漸く出ました。驚くことに
一気に2800万になっていたのです。Gも始めての経験です。

2800万ならば場所は悪いが倉庫などで利用する人が
居るかも知れない。又、港は遠いが、干物を作っる
作業場等には向いているかもも知れない。こんな事を
考えると競落しそうな気がします。其処でGは和解策を考え、
Mにアドバイスしました。

「連中だってこんな処が売れるとは思っていないだろう。
其の気持ちに付込もう。第2会社で此処を割賦で買い取ろう。」

総額3000万で買い取る。支払いは毎月50万づつ5年間支払う。
支払ったときは本物件の抵当権は解除する。残債務はその時に
話し合う。本契約の支払い保証は第2会社でする。此れが契約の
内容でした。即決和解で信金と保証協会が承諾したとき、
Gは作戦当たれりとMと祝杯を上げたものです。この契約が甘く、
後日泣くようになるとは思いもしませんでした。

2番の抵当権者の公庫はMが全然払わないどころか、
連絡にも応対しないMに相当腹をたてていました。
不意に競売の申し立てをしたのです。無剰余になることは
最初から解かって居たでしょう。この時の競売標準価格は
696万と驚きの声すら上がらない価格です。当然無剰余に
なりましたが、直ぐに公庫は財産開示を要求して来ました。
此れが公庫の目的だったろうと思います。

財産なんかありゃしない。しかし公庫はこの時に
この不動産の和解内容も詳しく説明を求めました。後2年で
公庫は1番抵当権者になれるという事が解かったと思います。

其の2年が来てしまったのです。幾ら第2会社の名義にしても、
1番の抵当権が無くなるだけで、今度は、公庫が1番です。
競売になると今度は696万が前例となった価格がつくでしょう。

Gは考えました。
代位弁済のことは良くわからないが、今までの返済は
殆ど第2会社がして居る。これを代位弁済とはならないか。
難しければ、残債務を更に月20万で3年間払う。この時に
第2会社に代位弁済できないか。Gは直ちに此れを信金と
保証協会に交渉させたのです。

結果は両方ともNOでした。
技術的に出来るのか出来ないのか解かりませんが、双方とも
下位の銀行に悪くそんな事は出来ないと云う返事です。
技術的には今までの分はともかく、新たの契約すれば
今の1番抵当を生かして、支払い完了時点で、払った分は
代位弁済が出来るでしょう。

何故あの時此処まで頭が回らなかったのか、Gは自分に
悔しくてなりません。臍を噛むとはこのことでしょうか。

再度の願いに文書で出してくれと云う指示にすがっています。
工場が取られると間違いなく今度は操業が止まります。
信金にも保証協会にも返済できません。又公庫と和解をしても。
其れが終わると3番抵当権者が居ます。其の都度そんなに
お金はありません。あるいは競売にして第2会社が買い取れば
よいですが、そんな纏まったお金はありません。

従業員に3か月分の未払い給料もあります。どうなるでしょうか。
絶対に操業は続けなければなりません。

GはNOの時の次の手を懸命に考えています。





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ケチ

2008-01-05 | 事例
Nはたった2万円の約束の料金を払うのが勿体無いです。

事の始まりは保証人です。Nは以前倒産した会社の同僚の
保証をしました。借りるお金は1000万です。友達は自分の
事業のつなぎ資金で直ぐ返す予定。少ないがMが保証人の間は
謝礼として月に2万円差し上げますと云う事です。
それに引かれて保証人に為ったのです。

友達はきちんと振り込んでくれます。5ヶ月ほどで保証人は
終わりました。しかし2万の味が忘れられず、Nは同じ条件ならば
何時でも保証人になるよと約束し、事実以後ずうと保証人を
続けておりました。

Nは良い儲け事を見つけたと内心大喜びです。
しかしある月から振込みはぴたりと止っ他の他のです。
訪ねると会社はありません。手抜かりは多いものです。
Nは友達の現住所も良く聞いてありませんでした。
携帯電話も繋がりません。イラついて居るNのところに
見えたのが信金でした。

信金は、金利は免除するから10年以内で返済を求めてきました。
Nは気絶しそうです。しかし信金は追及してきます。
Nが自宅なのも、職業が禰宜のことも知っています。
差押を示唆する信金に、Nは月8万の支払いを約束したのです。

しかし此れを3ヶ月も続けると嫌になりました。
馬鹿馬鹿しいし、勿体無いのです。特にNが心配したのは
自宅のことです。実はNの家は道路整理の為に、市から移転を
求められていました。大掛かりの工事でなく、Nの家の他3軒が
異常に道路にはみ出していたのです。そんな市の計画は誰も知りません。
其の件が正式に決まりそうです。今時、破格の条件でした。代わりの
自宅は買えて、尚手元に相当額残りそうです。其れを信金が知ると、
必ず、差押をやってくるのではないかと心配です。

NはコンサルタントのGに電話をしたのです。Gは言いました。
「あの信金の回収は過酷のことで有名だよ。8万円の振込みを
止めたり、自宅の売却を内緒にすることは出来ても、売却した事は
直ぐに解かりますよ。其れと給料の差押は防ぎようがありませんよ。」
「実はこの件は宮司にも話してあります。この神社とこの信金は
取引があり、万一給料の差押が有っても、銀行を説得してくれる。
出来ない場合でも守ってくれると何時も言って下さいます。
其処まで考えなくても大丈夫です。」

電話相談だけでは全て分かることは難しいから一度会いましょう。
それに手数も掛かるから、手数料5万円をいただけないか。
とGは切り出したのです。
「今家計が本当に苦しくて5万なんて払えません。2万円でお願いします。
其の支払いは引越しが完了した時にしてください。」
Gは苦笑しながら承諾したのです。

先ずリスケ交渉ですが思ったより簡単でした。
元々Nの収入で8万円は無理です。Nが債務者になり母親の保証で、
当面は月に4万円と云う事で決まりました。

続いて自宅のことです。
買うべき家は見つかりました。Gは奥さんが実家からお金を
借りて買ったという案を薦めました。Nの名義は入れるなと。
しかしNは聞きません。其れならば、GはNだけが何処かに
住民票を移して、新居には2年くらい移さないことにしよう。
と言っても此れも同意しません。仕方無いから共有です、
共有にするならばNと母親の持分比は合わせて50%以下に
して下さいと強く薦めたのですが、結果はNが70%で
母親と妻は15%づつでした。

この家はNのものだ。家族の名義も嫌だ、此れがNの気持ちです。

とにかくいろいろありましたが無事引っ越しました。
此処でGに2万円を払うのですが、Nは此れが惜しくて仕方ありません。

NはGに地元の漬物を送りました。
「此れでもう後は全て一人でやります。今までお世話になりました。
此れは私の気持ちです。お受取下さい。」
暗に払えないと言う意味があったのでしょうか。

Gは直ぐにFAXを入れました。電話ならばNが出ないと思ったからです。
「この件は今から信金の回収が始まります。それに対してNさんは
全くの無防備です。大変なことになると予測します。その時に
問題となるのが自宅と給料です。Nさんでは対応が難しいのでは
ないのでしょうか。用事がある時は、遠慮なく連絡下さい。それから
2万円は若し振り込めたら振り込んでください。」
しかしもうGからは何も返答はありませんでした。

半年くらいたった時、Nから恨みっぽい手紙がありました。
「急に信金が自宅を仮差しをしてきた。続いて訪問が有りました。
残債を払ってくれ出ないと競売します。と云う事です。Gさんは
守ってくれると言いましたが、結局守れなかったのではないですか。」

付き合う人ではないと思いつつ、Gは今まで大切なことを、
警告を無視して独断でやった事を柔らかく指摘しました。
「今からの対応でもやり方によって相当違います。アドバイスが
必要でしたら有料でしましょう。前金で2万円、前回と合わせて
2万円振り込んでください。」
手紙の住所に返答しました。

どうなって居るか気になります。暮れに年賀状を出しました。
「あて所に尋ね当たりません。」暮れのうちに賀状が戻ってきました。





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最後まで諦めるな。執念が勝つ 

2008-01-03 | 事例
銀行が競売すると騒ぎましたが、頑として守りきった
ビルのオーナーが居ります。私鉄沿線の小さな町、
そんな駅前にOさんの5階建てのビルがありました。
Oさンは張り切っております。
「駅前は町の顔である。このビルは駅前の象徴だ。
テナントも1流でなければならない。」とテナントも
厳しく選り分けております。其のテナントが不景気の為に2軒、
つまり2フロア続けて引き上げたのです。
Oさんの経営はたちまち行き詰まりました。

しかし此処からOさんの活躍が始まります。
1年くらい経つと銀行に返済できなくなりました。
「入居者を選ばず、誰でも直ぐに入居されろ。」
と銀行は五月蝿いです。
事実、消費者金融などは何軒も打診に来ました。
ゲームセンターや居酒屋もありました。Oさんは首を振りません。
ついに金利さえ銀行に払えなくなったのです。

Oさんは銀行に日参です。
「必ず1流のテナントを入れる。其れまで金利にも及ばないが
月100万は必ず返済する。入るまで待って欲しい。」
銀行の支店長が幾らOさんを説得してもOさんの意志は変わりません。

「このビルが1流のビルであれば町の格も上がります。
銀行にも其の方がよい筈です。ご協力を願いたい。」
の1点張りです。

1年以上過ぎました。さすがに銀行も我慢できなくなり、
町の名士で昔からの上得意のOさんに不良債権にする事を
告げました。暗に100万円は入金しても無駄金になることも
一緒に示唆しました。

しかしOさんの態度は変わりません。銀行は弱り果てたのです。
別段預金をつくり、そこで管理し始めました。Oさんには通知が
ありませんでしたが、行内では不良債権扱いに成っていた様子です。

Oさんも悩みました。何人とも相談して居ります。
みんな異口同音に、もう払うのは止めなさい。と進言します。
「払ってもやがてはビルは取られますよ。其れならば自分で有利な
買い手を探しましょう。」と持ちかける人も少なくありませんでした。

其の中で一人、「貴方のやって居ることは何かロマンを感じますね。
人から見ればバカといわれるでしょう。しかし男として後の生活も
考えずにひたすらそれに打ち込む。やってみたいですね。」
と言った人が居ます。この言葉には非常に勇気付けられたのです。

其れからも100万の入金とOさんの頑張りは続きました。
しかし支店長はOさんを呼び、
「もう銀行としてはこれ以上どうしようもありません。
債権を担保付でサービサーに譲渡します。しかし決して
悪い結果は出ないと思います。」

サービサーとは1時金で和解をしました。
其のお金はリース会社が用立ててくれました。
賃料内で充分に返済できます。

折も折、テナントも2軒決まったのです。

この話は単にOさんが地元の名士と云うだけではなくて、
次のような事情もありました。この銀行の債権額は、他の債権者に
比してずば抜けて多いのですが、担保は3番でした。そのために
競売をしても、無剰余にはならないでしょうが、入るお金はほんの
チョッピリです。其れと古い入居者が多く、預かり敷金も大きな額です。
其の敷金のことを考えると買い手がつくかどうかも疑問でした。
そんな内情は、Oさんは考えずにひたすら自分の道を歩いたのです。

それにしてもOさんは安心です。
1番・2番の抵当権者には返済額も僅かで済みます。
粘った甲斐があったと云うものです。

「運は転がり込んでは来ない。自分で掴み取ろう。」
Oさんの上手くも無い字ですが紙面を踊って居ます。
「いい年だが未だ若々しいな。」
私は年賀状を見ながら思い出して居ました。





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自分でやるぞ

2008-01-01 | 事例
「社長、此れで和解しましょう。」
明るく弁護士の声が電話の中で弾んでいます。
1年越しのサービサーとの和解話です。

原債権は1億6000万、此れを3000万で和解をしました。
1500万は即金、残の1500万は3ヶ月等分分割とのことです。
「社長80%以上カットだもの。物凄いですよ。」
弁護士は自我自賛ですが、社長は不満足です。

「サービサーとの和解、少し払いすぎじゃあない。私は5%と
言いたかったですがせめて1000万は切って貰いたかったね。」
独り言です。事実、社長の知人たちでサービサーと交渉した人は
何人も居ますが、平均和解の金額は3%を切っています。

会社を継続していれば和解金も高くなると聞いて居ましたが、
まさか此処までになるとは思っても居ませんでした。弁護士に
依頼するときも、何とか10%以内でまとめてくれと頼んだ筈です。
此れに弁護士費用が目が飛び出るほど請求されるでしょう。
幾ら第2会社が順調と言っても少し痛すぎます。

しかし同じ頃、同じサービサーでやはり和解がありました。
此方も極端です。1億8000万の和解ですが15万で手を打ったのです。

旧債の保証人だった社長は、破産を賭けて一人で
サービサーと交渉しました。
「会社の倒産は銀行の融資約束の反故が原因です。其れも約束を
元に工事が動き出してストップが利かなくなってから突然の中止。
あの時に約束通りの融資があれば会社は倒産しなかった筈。
此方が大きな被害者だ。本来ならば此方からだ告訴したいところだが、
其の知識も余りないし費用も無い。貴社が告訴をするならば私は
むしろ歓迎します。法定で徹底的に争います。万一負ければその時は
払えませんから破産をします。」
と争ったのです。次の日、サービサーから15万で和解の提案があり、
これで手を打ったのです。

弁護士任せの交渉とと本人自らの交渉。気迫が違います。
弁護士は妥協の人ですし、ある程度の数字で折り合います。
本人一人の交渉は、負ければ即生活が掛かっています。
そんなことが重なり、結果となった現れるでしょう。

以前は銀行やサービサーとの交渉に弁護士だけでなく、
コンサルタントや税理士も同席したり、代行は当たり前のことでした。
彼らは一緒に銀行に行き、少しくらい喋って高い報酬を得ていました。

当時は、特に中小企業の社長は銀行を恐れていました。全財産を
担保にとって何時でも競売できる銀行が何より怖かったのです。
そのために自分の代わりになる人を求めていたのです。
しかし銀行は、同行者が幾ら喋っても、たまに喋る社長の声に
耳を傾けたものです。

その結果が高いものについて居ました。
弁護士ばかりでなく、そうした債務者を食い物にしていた
コンサルタントや税理士、酷いものだったと思います。

だからこそ私は交渉は自分でやろうと呼びかけて居ました。

しかし、今では銀行やサービサーには代人や同行者を
断るところが増えました。勢い自分でやらなければならなくなって居ます。
よい傾向と思います。

しかし未だたまに居ります。
銀行やサービサーが怖くて自分で交渉できない人が。

今年こそ勇気を持って自分で交渉をしましょう。
解からない点は幾らでもアドバイスします。
其れが一番成果が上がります。
相手にも其の方がよいのです。

遠くに景気復活の兆しも見えます。
早く今のいざこざを解決して其の兆しを捕まえましょう。





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迎春

2008-01-01 | 事例


明けましておめでとうございます  


皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします  


 本年も何卒宜しくお願いいたします 

                            
 
                     平成20年 元旦