今年の年賀状で実はサプライズがありました。高校の陸上部仲間のF君が、結婚したという記載がありました。初婚なのか再婚なのか?今一つ不明確で、本当に友達?と言われそうですが。ところで、結婚もサプライズでしたが、お相手が、高校の同級生のM嬢。私ともF君とも中学は違う中学ですが、彼女と私は同じ塾に通っていました。もう亡くなってしまいましたが、私と同じ中学の同級生で、この塾に通っていたT君がM嬢のことが好きで、この塾でもマドンナ的存在だった彼女が、F君と結婚。しかも、60才で?!?! 令和になってから最大のサプライズになりました。
先日、私のブログで紹介した(初めての「らーめん山」)。
こちらのブログのなかで、インスパイア系と勝手に書きましたが、
ジロリアンの方に正式に認知されているお店ではありません。
そんなことも含め、
ほんの少し、
私のラーメン二郎の思い出を絡めて、
二郎ラーメンについて紹介させていただきます。
こんなブログ?HPもあるのでついでにご紹介しておきます。
さて、もしラーメン二郎について語ろうとすれば、
もの凄いデータ量と、時間と労力がかかりますが、
とても、私にはそんなパワーはないので、
私にかかわる些細なお話だけ、ちょこっと書かせていただきます。
まず、三田本店は1968年創業らしいです。
私が初めて行ったのが、多分1979年かなあ?
慶應義塾大学は、当時、1・2年は日吉で教養課程。
3・4年が三田で専門課程。
工学部は矢上キャンパス?医学部が信濃町にありました。
私は何とか留年せずに3年で三田デビューを果たし、
と言っても、2年から3年への進級時に、
英語1科目、ドイツ語2科目を取得できず。
3年生の時この3科目のために一人日吉に通い、
ドイツ語2科目は4年生まで通う羽目となりましたが・・・
それはともかく、その3年生時に、
誰かにラーメン二郎のことを紹介され、
1度訪問して見事にはまったのが二郎ラーメンとの出会いでした。
この本店自体も、当時の場所から移転したらしいです。
未確認ですが・・・・
今から書く内容はその当時のお話で、
今とは違っていると思います。
まず、よっぽど運が良くないと、間違いなく並びます。
今は知りませんが、
昔は出入り口が2か所あり、列も二手になっていました。
食券を買ってそれをカウンターに置いて、
麺が茹で上がると、順番にラーメンの種類を聞いて行きます。
私の定番は、「子豚ダブル、野菜、あぶら、からめ」でした。
店主の山田さんも、結構アバウトだったので、
カウンターの食券をざっと見て、麺を茹でるので、
時々、実際の注文より多く麺を茹でてしまったりします。
そういう時に、「大盛でも良い?」って聞かれて、
子豚ダブル、要するに麺は普通の量の食券なのですが、
子豚の食券で大豚にありつくことが出来ました。
当時の私はこれが本当に幸せでした。
今では、この子豚の量でも四苦八苦で、
先日のラーメン山さんでは、
気持ちは野菜マシにしたかったのですが、
体が全くついて行きませんでした。
当時は今より、油ギトギトで、
少なくとも三田本店ではほとんど女子を見かけることがなく、
どうも、ナントカ学部の女子が二郎ラーメンを食べていた!
というのが評判になるほどでした。
さらに、この三田本店の上が雀荘で、
その雀荘でマージャンをすると、
下のラーメン二郎からラーメンを出前できた気がします。
記憶が定かではありませんが。
古き良き時代でした。
その後、次から次へと、支店が出来、
はJRNを卒業します
これ以外にも何度か行っていますが、
時々無性に食べたくなります。
このお話はこの辺で・・・・・