Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

実体感のある喜び

2025-03-09 | 歴史・時事
いつものことながら、直前になって追い込まれる。モンテヴェルディ作曲「マリアの夕べの祈り」である。先ず知らなかったことは、あのオペラ「オルフェオ」の三年後の作品で、世俗だけでは食べれないので、宗教曲で就職したのだろうという説がWikiに出ている。

つまり賛歌の間に四曲のモノディのコンツェルトを挟む形になっている。通奏低音若しくは楽器で演奏。つまりマグニフィカ―トにその二種類のヴァージョンがある。

六声から十声へとマリアの受胎告知に合わせて作曲というのはそうだろう。それは神学的には宇宙の創造の終結にあるとなる。そういう意味からすると四旬節にというのは必ずしも相応しくないようであるが、また別の意味合いもあるのかもしれない。

賛歌の在り方で、この曲が合唱の中で為されることで、通常の夕べの祈りの聖歌隊が存在しておらず,司教によって導かれると書かれている。要するに通常の「夕べの祈り」ではないとなる。修道師の祈りは、正式な教会の楽曲でなければ歌うことが許されなかったことから、こうした形式になっているとされる。つまりそれはピウス5世のグリゴリアン聖歌等を含む式典改革に関連している様だ。

1950年代になって初めてこれらの楽曲が大作として纏められることになったとある。実際にアーノンクール指揮の「オルフェオ」などから始めるそのオペラの受容やマドリガル、そしてこうした大作への認識は始まっているので、実際にその演奏実践はそうした環境にも依存しているとなる。

アルテオパーでは会員に向けての講演が演奏会前にあるのでバロックの専門の理事がそこでこの辺りの状況を解説してくれる筈だ。それも重要な点であって、決してこうした楽曲の演奏がただの古楽市場に向けてのものではないというのがバッハの会の基本姿勢である。

木曜日に月曜日にゲットした席の入場券が郵便桶に入っていた。送料無料なので送って貰ったのだ。恐らく主催者の企業にとっても申請してある住所氏名が正確であることを知るのは長所があるのだろう。特にこうした力の入った催しとなると企業にとってのVIPを招待しているので、オーナー共々こういう場を重要視しているのは当然だろう。そういう席だから集まる500人を超える聴衆を把握しておきたいという気もあるに違いない。

余談ながら、この公演は7分で完売したので、翌日には補助席が売りに出されて最後部のギャラリーに二列が加えられた。110ユーロで32席の増員でも569席にしかならない。小さなホールだからそれ程音響は変わらないと言っても、向きや視覚的角度だけでなく、ヘッドスペースが足りないので、あまり人数が増えると音響は悪くなる。

一等席で130ユーロ徴収するのだから、そこは郵便料ぐらいは当然ということもある。それでも仕事が早いのは、専従の従業員が確り配置されているのだろう。

こちらの最終的な興味はペトレンコ指揮で本当に「田園交響曲」が演奏されるのかどうかとはなるのだが、やはりこうして現物の入場券を受け取るだけで心躍るものはある。こうした感覚はやはりオンラインティケットにはない物の実体感である。



参照:
残券希少127席状態 2025-03-04 | 文化一般
夕べの祈りに向けて 2025-03-01 | 生活
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