顔面神経麻痺はけっして私を不幸にしたわけではなかったが、私から健全な顔の表情を奪ったことは確かである。36歳のある日を境に、それきり私の顔はそれ以前のようにはもどらなかった。一生、目をぱっちり開いたまま笑うことはできないし、普通の顔でハンバーガーをほおばることもできない。スパゲッティーなど食べるときは口の周りにつきやすいから、一口食べるたびに口を拭く。左側の唇の動きが悪くなったからだろう。
昔は口笛もよく吹けたが、今は吹けない。昔、クラリネットを吹いていたが、これも唇に力を入れるからおそらく今は無理だろう。クラリネットを吹く形をすると目のほうが完璧に閉じてしまう。吹けたとしても、恐ろしく見苦しい顔をさらさなければならなくなってしまう。でも、どうせ吹くこともないからどうでもいいことだ。
顔面麻痺になったときは、2人の子供は小学生だった。総合病院の耳鼻科で診察を受けたら、入院しろと言われたが、子供と夫だけで家にいるのは無理だった。夫は仕事が休めないし、夜勤もある。それに、自分は顔が動かないだけで、体は元気だった。動かない顔をさらすのは恥ずかしいからマスクをして自転車で毎日病院に点滴に通った。顔が麻痺するとまぶたが動かなくなるが、閉まったままにはならない。半開きのままになる。瞬きができないからゴミが入ってしまう。そこで、眼帯をする。眼帯とマスクで顔を覆い、右目だけ出して通院した。
私の予測では、顔は2週間は完全麻痺、その後回復して一ヶ月くらいで元に戻るだろうと思っていたがそうはいかなかった。一月たっても顔はほとんど動かなかった。
顔の半分の筋肉が働かないということは、単に顔半分が動かないということではない。麻痺しているほうは、形を保つ力もないということである。普通、笑う場合は、口角が左右で引っ張って口の形を作っている。しかし、片面が麻痺している場合は、麻痺した側の口は正常な側の引っ張る力に対抗する張りもなく、不気味な形にゆがんでしまう。右が斜め上に上がれば左は斜め下に下がるのが物理の法則である。片面で笑っても顔全体は世にも恐ろしい表情になってしまう。口も動かないから飲み物などはみな隙間からこぼれてしまう。これも物理の法則で、手で唇をつまんでふさぎながら食べる。
神経は一日に0点何ミリしか成長しないとのことで、直るのには順調に行っても時間がかかる。神経は顔中に張り巡らされているものらしいが、修復する段階で、つながるべきでない神経同士がつなぎ合わさったりしてしまうので、動くようになったときに、目と口が共動運動を起こしてしまったりする。ものを食べると涙がでるというワニ目現象も起きる。
直りが悪いと悩みかけたころ、初めてペインクリニックというものの存在を知った。そのときは発症から2ヶ月近くたってしまっていた。ペインクリニックで星状神経節ブロックという治療を始めたら、徐々に顔が動くようになってきた。本当はもっと早くその治療を始めればよかったようだ。少しずつ目に見えて動くようになっていった数ヶ月は本当に嬉しかった。
女優の松居一代さんも顔面神経麻痺を患ったそうだ。発病時は私よりひどかったようだが、入院して治療を受け、今は完全に直っており、その後、船越英一郎氏と再婚して幸せに暮らしている。
「入院しないで治りが悪くても知らないぞ」と口の悪い耳鼻科医が言っていたのを後になって思い出した。治療法は入院しても点滴をするだけのように聞いたので、自宅から通っても同じことだと思ったのだが、やはり違ったのだろうか。ペインクリニックにもっと早くから通っていたら、結果はもっと良かったかもしれない。
顔面神経だから命に別条はないけれど、これが血管だったりしたらおしまいである。人はいつどうなるかわからないと思った。生き物でも物体でも、一瞬にして破損したら元どおりには戻らないことがあるのだ。
昔は口笛もよく吹けたが、今は吹けない。昔、クラリネットを吹いていたが、これも唇に力を入れるからおそらく今は無理だろう。クラリネットを吹く形をすると目のほうが完璧に閉じてしまう。吹けたとしても、恐ろしく見苦しい顔をさらさなければならなくなってしまう。でも、どうせ吹くこともないからどうでもいいことだ。
顔面麻痺になったときは、2人の子供は小学生だった。総合病院の耳鼻科で診察を受けたら、入院しろと言われたが、子供と夫だけで家にいるのは無理だった。夫は仕事が休めないし、夜勤もある。それに、自分は顔が動かないだけで、体は元気だった。動かない顔をさらすのは恥ずかしいからマスクをして自転車で毎日病院に点滴に通った。顔が麻痺するとまぶたが動かなくなるが、閉まったままにはならない。半開きのままになる。瞬きができないからゴミが入ってしまう。そこで、眼帯をする。眼帯とマスクで顔を覆い、右目だけ出して通院した。
私の予測では、顔は2週間は完全麻痺、その後回復して一ヶ月くらいで元に戻るだろうと思っていたがそうはいかなかった。一月たっても顔はほとんど動かなかった。
顔の半分の筋肉が働かないということは、単に顔半分が動かないということではない。麻痺しているほうは、形を保つ力もないということである。普通、笑う場合は、口角が左右で引っ張って口の形を作っている。しかし、片面が麻痺している場合は、麻痺した側の口は正常な側の引っ張る力に対抗する張りもなく、不気味な形にゆがんでしまう。右が斜め上に上がれば左は斜め下に下がるのが物理の法則である。片面で笑っても顔全体は世にも恐ろしい表情になってしまう。口も動かないから飲み物などはみな隙間からこぼれてしまう。これも物理の法則で、手で唇をつまんでふさぎながら食べる。
神経は一日に0点何ミリしか成長しないとのことで、直るのには順調に行っても時間がかかる。神経は顔中に張り巡らされているものらしいが、修復する段階で、つながるべきでない神経同士がつなぎ合わさったりしてしまうので、動くようになったときに、目と口が共動運動を起こしてしまったりする。ものを食べると涙がでるというワニ目現象も起きる。
直りが悪いと悩みかけたころ、初めてペインクリニックというものの存在を知った。そのときは発症から2ヶ月近くたってしまっていた。ペインクリニックで星状神経節ブロックという治療を始めたら、徐々に顔が動くようになってきた。本当はもっと早くその治療を始めればよかったようだ。少しずつ目に見えて動くようになっていった数ヶ月は本当に嬉しかった。
女優の松居一代さんも顔面神経麻痺を患ったそうだ。発病時は私よりひどかったようだが、入院して治療を受け、今は完全に直っており、その後、船越英一郎氏と再婚して幸せに暮らしている。
「入院しないで治りが悪くても知らないぞ」と口の悪い耳鼻科医が言っていたのを後になって思い出した。治療法は入院しても点滴をするだけのように聞いたので、自宅から通っても同じことだと思ったのだが、やはり違ったのだろうか。ペインクリニックにもっと早くから通っていたら、結果はもっと良かったかもしれない。
顔面神経だから命に別条はないけれど、これが血管だったりしたらおしまいである。人はいつどうなるかわからないと思った。生き物でも物体でも、一瞬にして破損したら元どおりには戻らないことがあるのだ。