プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

鬼頭洋

2016-08-22 20:29:09 | 日記
1970年

こんなうれしいことはない。きょうはうちに帰って乾杯だ。あれだけ期待していた鬼頭がやっとその力を出してくれたんだからね。きょうの試合前にも鬼頭にいったんだ。「おまえの1勝5敗という成績をよく考えてみろ。これだけ使うということは、おまえがチームのカギを握っている証拠なんだ。もし逆に5勝1敗なら、うちはとっくの昔に首位だ。もしきょうもだめなら二軍落ちだからね」と。発奮させようなんていう意味ではなかった。ワン・ポイントならルーキーの間柴のほうがよっぽど度胸がいい。もしこの日に鬼頭がだめなら、とうぶんあきらめようと思っていたのだ。鬼頭が入団した六年前、私のバリバリの重役で問題にもしなかったが、球が速い投手だという印象がある、ただ、ブルペンでは速いが、マウンドに立つとその半分も力を出せないのが玉にキズだった。だから毎年期待されながら、いつもファームの選手でいたのだ。そこでもっと青年なら元気を出せ、というところからコーチを始めた。オドオドした内気な性格がわざわいしていると見たからだ。「ホラでもいいからしゃべりまくれ」というのだが、どうも引っ込み思案が気になった。おれの心臓をかしてやりたいと思ったこともたびたびだ。ただ感心するのはだれにも負けない努力家ということ。やれといったらどんな苦しい練習でもやってきたし、ミーティングでもせっせとメモをとるのはチームでも一番だ。その努力が実ったということを決して忘れないでほしい。そして、1勝5敗という成績なのに先発に使ってくれた監督の好章も忘れてはいけない。たしかにきょうはブルペンと同じほどのスピードがあった。でも自分でもやったと思ってはいけない。バックと好リードした大橋のおかげだということをキモにきざんでおくことだ。ファームに落とされてもそのたびに一軍に上がってくるねばりはみごとなものだが、この大記録を境にピッチングにもねばりをつけるように研究してほしい。きょうを土台におれにファームなんていうことばをいわせないでくれ。たった一人の左腕投手なんだからー。これをきっかけにどんなピッチングをするかそれがたのしみだ。
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鬼頭洋

2016-08-22 20:08:34 | 日記
1970年

鈴木コーチを先頭にベンチの一団がマウンドめがけて突進した。大橋と鬼頭はもう抱き合っていた。まるで高校野球決勝戦の幕切れのような感動的なシーンだった。大きな輪の中で鬼頭は頭をこづかれ、握手を求められ、そしてだれかれとなく飛びつかれた。「ありがとうございます」何度も繰り返した感謝のことばはうわずっていた。一生忘れられない日になるだろう。試合前は破れかぶれの心境だった。二日前の札幌円山球場で、中日・江島に代打満塁ホーマーを打たれ、ションボリしていたところに、鈴木コーチから「九日の先発はおまえだ」といわれた。ただ、そのあとにこわいただし響きがついていた。「もしこんど打たれたら、二軍行きだけは間違いないからな」チームただ一人の左腕投手として、今シーズンは平松と同じくらい使われている。しかし成績は1勝5敗。希少価値だけが取りえといわれるこのごろだった。最後のテストだった。毎年、このくらい期待されながら裏切る投手を知らない。いま相手チームの別所監督も、大洋コーチ時代に「ことしの鬼頭は20勝」と宣言し、裏切られた男の一人だった。もし、この日の登板に失敗したら、ことしもまた鬼頭はかけ声だけで終わったろう。「どんなことをしても一軍に残りたかった。無我夢中で投げはじめたんです」そのうち、といっても七回、ふと鬼頭は一本もヒットを打たれていないことに気がついたという。ベンチはだれもだまっていた。球も速く、素質は抜群なのに、まだ完封の味を知らないのはノミの心臓といわれる気の弱さだ。もし教えて、ガタガタしたらたいへんだ、という配慮だった。そのせいか、松原は九回の守備で「四球を出したら平松のリリーフだろう」とみていたくらいのベンチのだんまり作戦だった。「でもみんなソワソワしているし、スタンドの声も聞こえてきましたからね。九回は執念でやってやろうと思いました。とにかく打たれてもいいから自信のある球でいこうときめたんです。それにリードしてくれた大橋さんのおかげです」大橋には、鈴木、土井両コーチが急所をアドバイスするあわただしい九回。最後の打者の武上のライナーが中塚のおがみどりで終わったとき、鬼頭は全身の力がいっぺんに抜けていったそうだ。「ストレートが速かった。これまでは好投していてもポカがあるので、一球一球ていねいに投げたのがよかった。そのうえ適当に荒れたのもよかったのでしょうね」昨秋の渡米野球留学のワクが二人と決まったとき、おおかたの予想は山下と平松だった。しかし、アメリカに飛んだのはこの鬼頭と高橋。どれほど首脳陣が鬼頭に期待をよせていたかがわかる。六年目のプロ入り初完封がノーヒット・ノーラン。ボールを投げはじめてあじわう最高の感激だ。「今夜はとても眠れません。いまでもなにがなんだかさっぱりわかりませんからね。ぼくはどうしたらいいんでしょう」二軍落ち地獄テストから、セ・リーグで十八人目の大記録という天国にかけのぼった二時間二十分。「大それた記録にあいつの心臓が破裂するかもしれない」という声もあるくらいだ。「自分を取り戻すのはあすでしょう。そしてこの記録を忘れることにします。これからはまだ三つ負け越しているし、ばん回に全力を尽くします」ノミの心臓もこの大記録で少しは大きくなったはずだ。「この自信は大きいだろうな」と見る別所監督。鬼頭の誤算で大洋を追われた別所監督は、このまなでしの晴れの姿を複雑な思いでみていた。
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