プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

巽一

2017-03-07 22:03:58 | 日記
1960年

プロ入り初完投シャットアウト。巽はうれしくて仕方がないだろうと思いながらロッカーへ。五分ほどしてからフロから出てきた巽をみたら全然笑っていない。勝っても負けても表情のかわらないのが彼の特徴。「きょうは何点ぐらいの出来?」「・・・・。」「調子はよかったろう?」「ええ、悪くはなかったんですけどね、この間(14日対阪神八回戦)勝ったときの方が直球は速かったですよ」「カーブが少なかったのはどういうわけ?」「最初のうちはたくさんほうっていたんですけど、うまくきまらないので途中から直球とシュートばかり投げました」根来捕手もいっていたが、途中からカーブの数をへらしたのは直球が速くしかものびがあって十分威力があったためではないかと思う。広島の打者が荒いバッティングで、高目のボールに手を出していたので楽だったが、いいかえれば高目の直球で打者を釣れるだけのスピードを持っていたことを意味している。おそい球は選球することはやさしいが、球が速いときはボールに手を出しがちなものである。「内角低目の球が少なかったのは?」「あれをほうると浜崎さん(巨人コーチ)にしかられるんですよ。サウスポーの一番いい球は右打者の外角低目にコントロールされたシュート・ボールだといわれましてね。内角へ投げるとげんこでゴツンなんです」浜崎コーチ、いくら後輩がかわいいといっても商売がたきである国鉄の投手にこれほど気をくばっているとはまったくおそれいりました。「一番よかった球は?」「シュート・ボールです」「完投シャット・アウトの気分は?」「ええ、なかなかいいです・・・」「相当自信をつけたんじゃないか?」「・・・・・」会心の投球をしたあとの投手にしては口がおもい。ハッタリでもいいからもっとしゃべればいいのにと思う。そばにいた宇野監督いわく。「しんぼうのしがいがあったな。自信がつくようにうんとほめて書いてやれよ」
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迫田七郎

2017-03-07 21:13:04 | 日記
1964年

「迫田ってどんなピッチャーかい?」なに、ひねくれダマだって? それで速いんかネ、おそいんかネ」メンバー表を見ながら、別所コーチがケゲンな顔をした。迫田は昨年鹿児島・照国高からはいったテスト生。イースタンでは金田二世の半沢(9勝4敗)を上回る12勝4敗の勝ち星をあげ、ナチュラルに沈むタマを武器に「ひねくれダマの迫田」の異名でその変化球には定評があった。来シーズン期待の一番手として、東京が、オープン第一戦に起用したのもうなずけよう。「フォームがだいぶラクになりましたから・・・。腰の振りを小さくしてステップを開きぎみに直したんですが、それがよかったようです。シーズン中よりずっと投げやすくなりました」とニキビづらをほころばす。今シーズンは公式戦には12試合に登板したが、いずれもリリーフばかりで0勝1敗の星。「自分としてはやっぱり先発のほうがずっと好きです。きょうの先発は二、三日前からいわれてたんで乗り切ってきました」とケロリとした顔。イースタン時代はマウンド上でニヤニヤしたり、バッターをなめたような態度をみせるため「なまいきな野郎だ」といわれていたが、もともと図太い性格らしい。ことしは八月十日すぎに過労で一週間ほど休んだのがたたって、公式戦は八月五日の西鉄戦を最後にファームにおりたり、一軍ベンチをあたためるなど不本意なシーズンだっただけに「二年目の来年こそは・・・」のファイトを人一倍持っているようだ。桑田や近藤和はどうだったと聞くと「へへへ・・・」と逃げ出した。1㍍75、70㌔、十九歳、右投げ右打ち。
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