1992年
ヒジの故障で選手登録から外れていた田吹昭博投手が、6月15日に支配下選手登録、29日のイースタン対大洋戦で初白星を挙げ、ようやくプロのスタートを切った。下半身の強化と試合経験を積めば、将来、とても楽しみな選手になる。田吹の持ち球は直球とスライダーの2種類だけである。直球はインコースにシュート気味にそして、スライダーのキレのいい日は左打者との相性がいい。田吹は今のところ、この二つの球で勝負している。日本ハムは、平成2年度入団の10選手がすべて投手だ。ドラフトで6名、ドラフト外で4名、田吹はドラフト外入団だった。昨年の成績は、3試合2回1/3登板で防御率23.5と決して誉められる内容でなく、マウンド上の姿を見ても、走者を出した時の投球に不安を感じないではいられなかった。しかし、秋季キャンプ終了後の近藤一軍監督のコメントで、最も伸びた新人投手の中に田吹の名前があった。高校3年の83㌔から9㌔の減量で腰にキレも出て、球威が増し、まとまりの欠けていた内容も、多少安定して来た成果であろう。同期の岩本や中山が、ベテラン柴田の行う自主トレに参加するのを横目に、合宿所で黙々と練習を続けた努力が実ってオープン戦登板のチャンスも手にするが、開幕間近、3月27日の検査でヒジに異常が見つかり、決して投げられなくはないのだが無理は禁物と支配下選手登録を抹消。しかし、この時も腐らず焦らず、ウエート、ランニング、遠投などのメニューをこなしていた。6月29日も、何回か雨でチャンスを流した末、やっと手にした先発だった。首脳陣がメドとした100球を20球オーバーの8回11安打2失点の内容に、三浦投手コーチも「もともと、センスと度胸は持ち併せていたが、投球に粘りが出て来た。何よりもフォームが安定して、ぎこちなさがなくなった」と合格点をつけている。今後の目標は完投。そのためには、もう一つ落ちるボールをマスターすることと、下半身の強化に課題を置いて、今年一年はファームでの実績を確立してほしい。小学校時代に優勝した以外、野球でトップに立った経験がない。まさか、プロに入るとは思わなかったという田吹は、幼い頃、西宮球場で観戦した阪急対ロッテ戦のナイターの美しさに胸を躍らせたそうだが、だから一番の夢は、カクテル光線の下で投げること。入団時ライバル視した高卒同期の5人が、今は全く気にならなくなったと話す彼の好きな言葉が七転び八起き。決してスムーズではなかったファームでの一勝は、間違いなく一軍への長い道のりの第一歩である。