プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

中山実

2018-01-27 22:28:47 | 日記
1961年

名門佐高からは吉岡、森永の両主力打者が来春学窓を出るが、吉岡中堅手は早大志望、森永右翼手は東芝入りが伝えられている。森永には住金もさそいの手をのばしてきたが、一年先輩の永淵投手がいる東芝を選んだものだろう。佐商の強肩強打の好捕手中山は西鉄入りがウワサされている。二、三年前ノンプロでウデを磨いてから・・・という話も一部には出ていたようだが、思い切ってプロの世界に飛び込む決意を固めたものとみられる。竜谷のスラッガー村岡外野手は藤倉電線(東京)からさそわれているらしい。身体に恵まれ、俊足強打、内野もこなせる万能選手だけに将来が楽しめる選手の一人。城野投手とバッテリーを組んでいた鳥栖工の田中捕手は住金入り。上背が足りないのがちょっと気になるが、ガッチリとしたキャッチャーらしいタイプで、定評のある鉄砲肩。打力もなかなか鋭く、中山に劣らぬ素質の持主だけに今後の成長が期待される。
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宮崎昭二

2018-01-27 22:08:21 | 日記
1961年

夏の西九州大会県代表になった鹿島からは宮崎投手がプロにふみ切り、今シーズン水原旋風をまき起こした東映に入る。一八一㌢の長身から投げ下ろす速球、右打者のヒザもとを鋭くえぐるシュート、ブレーキのよいドロップの切れ味には二年生のときから定評のあるところで、西九州大会では海星の豪球池辺(大毎入り)と渡り合い、散発三安打におさえる出来をみせた。東映には甲子園の優勝投手尾崎(浪商)をはじめ早大のエース安藤、石川(立大)など高校、大学の一流どころが入ったので、来シーズンすぐに頭角をあらわすのは無理としても、将来がじゅうぶんに楽しめる存在だ。同じ鹿島の強打者古賀中堅手は宮添とともに八幡製鉄入り。本県高校球界の双璧といわれ強打コンビが八幡の主力打者として活躍することを夢みるのもファンにとっては楽しみの一つだろう。小野原遊撃手は先輩宮崎(司)投手のいる住金(大阪)にきまったもよう。
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村田元一

2018-01-27 21:59:54 | 日記
1962年

九回二死まできれいに三人ずつかたづけ完全試合になる寸前だったのだから国鉄ベンチの気持ちは勝敗を超えて村田を八人めの完全試合樹立者にしたがったのは当然だろう。「どたん場で西山の安打がクリーンヒットなら、むしろすっきりとあきらめがつくんだが、ジグザグのような変なゴロだからアト味が悪い」と谷田コーチがいうように1-0で国鉄が勝っても一塁ベンチは大きなタメ息のウズ。「勝ったからいいさ」飯田コーチのひと声で無念の表情の村田を迎えた。村田はベンチに座って水をいっぱい飲む。大記録を寸前に逸した無念さがあらためてこみあげてきたのだろう。肩を落としたまま「暑かったね」というのが村田の口からでた最初のことば。「西山にはスライダーを投げたんだ。(75球目のタマ)バットの先っぽに当たって変なバウンドで一塁にころがった。安打になったときの気持ちはいまはなんともいえないよ」村田の顔は水をかぶったように汗まみれ。「三回まではランナーを出さなかった。こんなことはいまのぼくにはめずらしいから早くから意識したさ。前半はあまりいいとはいえながったが、後半はしり上がりだった。タマも速かったし思うところに決まった。それに阪神打線が早いカウントから打ってくれるんで助かった。報道陣が八回藤本に0-3となったときの4球めはヒヤッとしたんじゃあないかと質問を浴びせると「くさいコースだったがスライダーを投げたし、あれはストライクですよ」と胸を張った。「ぼくが完全試合を逸したのはこれで二度め、三十三年の対大洋戦で七回にヒット1本打たれた。打数28でこれがプロ入り初の勝利。そして初の完封勝ち。残念にはちがいないが、ぼくは若いのだからまたチャンスを作るさ」ベンチを出て更衣室で下を向きながら語っていた。
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宮崎昭二

2018-01-27 21:47:06 | 日記
1962年

1㍍82というのは、東映で一番のノッポ。このノッポ・ルーキーがひどいボール・ノイローゼにかかった。練習中打球が右手に一回、左耳に一回当たっているからだ。「三度目はどこに当たるんでしょう」おとなしいと評判の宮崎が、この日、なんと三度目はこれだとばかり快投を演じたのだからオドロキである。ボール・ノイローゼはむしろ阪急打線にくれてやったようなもの。小うるさい阪急打線をわずか4安打。プロ入り初完投。初勝利をシャット・アウトでかざる初ブームの宮崎だ。ピンチといえば二回安打と失策で一、二塁に走者をおいただけ。二塁走者はこの回の関口のみの文句ないできだ。イースタンでは6勝1敗だが、とても八月九日から一軍入りしたとは思えない。「スタミナという点は心配していない。だから別に疲れもしなかった」とケロリといってのけるあたり19歳とうヶ月のハイ・ティーンらしい。「カーブがよかったでしょう。あれは決め球です。コントロール?自信があります。きょうは捕手のサイン通り投げたのです」応答はまだ慣れていないので一見ブッキラボーだが、なかなか大した心臓だ。多田コーチは「早くからチャンスを与えたいと思っていたが、前半投手陣がよかったからね。きょうはあとに南海戦がひかえているので回転が苦しい。ものにこだわらない性格からか少しも負担を感ぜずに投げてくれた」と大喜び。尾崎とはルーキー同士で大の仲よし。尾崎の分までとキラッとメガネを光らせていた。ことし鹿島高(佐賀)から入団。北九州では西鉄入りした与田と並び称された本格派。ようやく光を放ってきたわけだ。
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岩本勝

2018-01-27 21:30:48 | 日記
1962年

阪急ブレーブスではこのほど山口県豊浦高校岩本投手(18)=左投左打=を確保したもよう。同投手は今春の選抜大会に出場、屈指の左腕投手として各球団のスカウトからマークされていた。阪急は戸倉監督が同校の大先輩であることから条件的に恵まれていた。同選手を誘ったのは七球団にのぼるが、最後まで地の利を持つ西鉄と大洋がくい下がっていた。

阪急岡野代表の話 今年の補強のねらいは左投手だ。岩本君はプロへ行くなら阪急へと好感をもっていてくれる。スカウト合戦もウチをのぞいてはほとんどの球団が落ちたようだ。
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水谷実智郎

2018-01-27 21:24:13 | 日記
1969年

「拾ってくれた近藤さん(コーチ)のためにも立派に再起したい」こういって、ロッテ入りが決まって、心気一転を誓っているのが水谷実智郎投手(前中日)。水谷は中日に4年間在籍。その間、中継ぎ投手として年間十試合ほど顔を出す程度で伸び悩み、四年間で0勝1敗という成績を残して、昨年暮、自由契約になっていたもの。最初はアトムズの自主トレにもテスト生として参加していたが、ロッテ投手陣が量的に不足しているところから、中日時代、水谷をコーチした近藤ピッチングコーチの口添えもあってロッテ入りが決まった。まだ二十二歳という若さに加え、一メートル八二、七一キロと体にも恵まれており、近藤コーチも「気持を入れ換えてやれば一軍で通用する力は十分持っている」と期待をかけている。背番号82番を貰って大喜びの水谷は「指宿キャンプが勝負ですから死んだつもりでやります」と五年目の移籍にすべてを賭けている。若手の好投手が少ないロッテだけに案外、早くチャンスが巡ってくるかも知れない。
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東条文博

2018-01-27 21:12:20 | 日記
1969年

女房和子、中学時代からの幼なじみで41年に結婚した。鹿児島市の甲南会館で挙式。プロポーズはもちろんボクからでした。生後まもない一粒だね由美子を抱きながら。ずいぶん若いパパだろう。地元でボクのために後援会をつくってくれた。その人たちに恩返しのつもりでやらねば。
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森口哲夫

2018-01-26 21:32:10 | 日記
1955年

小柄な右腕森口と大柄な左腕中西の両先発はいかにも若手らしく最初からかなり力の入ったピッチングをみせた。そのスピードには差がなかったが、コントロールでは森口がはるかにまさっていた。

さる十七日の六回戦に五安打の二点にトンボを迎えた森口はこの夜も好調なすべり出し、内角低目に速球を投げおろし高目いっぱいのシュートで打ち気をさそったり、外角には小さなカーブをきめていた。レッカを食当たりで欠いたトンボ打線はその球速に押されて七回まで一人の走者も出せなかった。

森口投手談「七回を終わって一人の走者も出していないことに気がついて八回はカタくなった」

藤本監督談「森口を入団前にみたときはいいドロップを持っていたので印象に残った。キャンプ中にシュートをおぼえたが、これがきょうはよかったそうだ。投げ終わったあと身体が立ち気味のフォームだが、フォロー・スルーが十分にいけばもっと球速がますだろう」
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森口哲夫

2018-01-26 20:10:15 | 日記
1955年

新人森口は五尺六寸のあまり大きくない体ながらドロップスライダーそれにホップする球と多彩な投球で七回まで三者ずつ処理(外飛5、内飛2、内野ゴロ10三振4)する好投だった。
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スピアマン

2018-01-26 07:44:31 | 日記
1955年

フォームはオーバー・ハンドできき腕の振りは強く目は目標から離れず、腰の位置は動かず、投手としての素質は十分もっているが、踏み出しがオープンで腰のひねりがほとんどないので打者に威圧を与えない。一見きれいなまとまった投手。球質も軽く素直で打力のあまりきかない東映に伸び伸びと打たれて七回で九本の安打を許した。スクルー・ボールを投げると聞いているがこの夜はそれらしきものはなかった、シュートは相当速く大きいのをもっている。ヒット数のわりに得点を少なくくいとめたのは本場仕込のコンビネーションによるものだろう。コントロールのいいこと、これは目を目標から離さないところに起因している。この点彼をリリーフした梶本が球威がありながら目が離れがちでコントロールに難があるのと対照的だった。天候のハンデもあり、今夜の夜をみてこんごを占うのは冒険だが球威の点ではたいしたことはないというのが第一印象。
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牧野宏

2018-01-24 23:59:46 | 日記
1960年

二十六日夜、伊豆方面の新婚旅行から帰ったばかりである。そこで圭子夫人(24)といっしょの写真を注文したらちょっとテレていた。昨春(法大四年)湿性ロクマク炎で入院、春のシーズンを棒に振った牧野だが、すっかり元気になっている。学生時代より体がひとまわり大きくなった感じさえする。「体に自信が持てるようになったからこそプロ入りにふみ切った。大学を卒業したときやれる自信があれば真っすぐプロ入りしたろうが、病気をしてしまったので・・・。しかしすっかり回復したところへ、私と同じような経験をした法大の先輩である戸倉さんが親身になってすすめてくれたので気持ちがきまった」そうだ。そして「もちろん投手としてやっていきたい」といっている。夏の都市対抗予選前に肩ならし程度のピッチングをはじめ、九月にはいってからぼつぼつ本格的に投げこんできた。十一月の産業対抗では登板できるコンディションを作りあげた。「よく学生時代にくらべてどうか?ということを聞かれるが、自分ではよくわからない。ただ、球がよくのびているときは自分でもわかるものだが、そういう球がまだないからかも知れない。しかし投げられる体になったということだけでもうれしい」いまの目標はまずスピードをつけること。プロのゲームを見てなおさらそれを感じているらしい。「なんといっても速い球に威力がなければプロでは投げられない。技巧派といわれる投手でも一応速い球は持っている。変化球と速い球の割合の違いで本格派と技巧派にわかれているだけだ。自分のいままでの投手経験からいってもいちばん打たれないのはストレートに威力があったときだ。ピッチングはやはり速い球が中心になっていかなければウソだと思う」速い球と同時に研究したいのがシュートで山内(大毎)をおさえることだという。「山内さんはまったくシュート打ちがうまい。だから山内さんでも打てないようなシュートをマスターすれば、まず大丈夫だといってもいい」圭子夫人とは法大時代からのつき合いだが「野球は数回見ただけでわからない」(圭子夫人の話)そうだ。牧野は「あまり野球にくわしくて細かい神経を使ってもらうよりは、その方がありがたい」と早くも息の合ったバッテリーぶりを見せている。明春、五日に西下、ホーム・グラウンド西宮球場に近い宝塚に新居をかまえる。それまで、牧野はトレーニング、サカナ釣り、猟銃を肩に歩きまわる。ちょっと太りすぎたからだ。牧野のスタート準備は着々と進んでいる。

日本石油・水野捕手の話「法大で牧野とバッテリーを組んだのはボクが四年、牧野が二年のときである。それから四年、ことしの産業対抗で牧野の球を受けてまず感じたのはスピードが落ちたことだ。もっとも牧野のコンディションを考えればそれもムリはないと思う。学生時代にくらべて腹が出て、腰のまわりにもぜい肉がついている。そのため上体が乗らず、腰もきれない。従って腕がさがる。というより昔のように上から投げられる体ではないのでどうしてもスピードがないわけだ。スライダー、シュートなど変化球の切れはそんなに悪くなかったが、スピードがないから六分程度のピッチングというところ。しかし、これが牧野の実力ではない。自分でもやる気になっているから、これからのトレーニングで腰や、腰のまわりのぜい肉を落とせば大いに期待できる。シーズン前半はムリとしても、後半にはきっと牧野らしいピッチングをみせてくれるだろう。またいまの牧野にとってムリに仕上げを急ぐことは禁物だと思う」

出身校 成田高ー法大。 身長、体重、きき腕 1㍍74、80㌔、右投右打。
生年月日 昭和十二年十一月九日。
現住所 千葉県印旛郡栄町安食三七一一。 背番号 未定。
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幡野和男

2018-01-24 22:10:05 | 日記
1961年

高知へくる前の神戸・川重グラウンドでの練習だった。打撃練習の一番最後にきれいなフォームで打つ新人をみた金田監督が報道陣にこういった。その新人は45の背番号をつけていた。「45番の新人はだれかいな。いいバッティングしてるで。高校生にしては基礎ができとる。これはええバッターになるな」ベンチの火バチをかこんでいた報道陣が「あれが法政二高の幡野ですよ。そら、昨年の夏の甲子園で優勝した・・・」金田監督は名前をおぼえる前に幡野のバッティングに目をつけてしまった。それからの幡野は新人の中の特待生。新人の野手組で高知キャンプに参加したのは幡野だけである。キャンプでの練習は「新人だから」という区別はまったくなかった。古い選手と同じだけの打撃練習をやり、シート・ノックでも左翼を守っている。昨夏の甲子園大会で四割五分の高打率をあげたときと同じように球にさからわないきれいなスイングでいい当たりをとばしている。中肉中背でプロ選手として大きい方ではないが、脚力があるので本塁打も出る。キャンプでの首脳陣の幡野評は大変いい。「並木は三割打者になるのに四年かかった。幡野は並木より一年早く三割打者になる素質を持っている」という声が多い。その片リンを紅白試合でみせた。六回の守備から伊藤に代わって左翼を守り、七回の初打席で同じ新人の太田の二球目を三遊間の遊撃寄りに打った。そのゴロは球足が速く左前安打になって両軍を通じての初得点をたたき出した。「やっとプロの空気になれたところで、まだ余裕ができません。毎日があっという間にすぎます。高知での二週間でやっていける自信はつきましたが、プロはすべてにスピードがあるので、早くそのペースを知りたい。きょうのヒットもつまっていました。あれもスイングがシャープになればもっと当たりがいいでしょう。当分いまのままやって、つまずいたときにいろいろ考えてみようと思います」ボツリボツリという。阪神のユニホームを法政二高のタマゴ色のユニホームに着がえれば、まだまだ高校選手で通る童顔だ。幡野はオープン戦にも行く。プロ入り二ヶ月たらずでもう三十名のなかにはいってしまった幹部候補生である。1㍍75、73㌔、右投右打、十八歳。
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高井準一

2018-01-24 21:33:29 | 日記
1960年

2-0でリードした四回、二死一、二塁で高井が中堅右へ三塁打、これが法政二高が大差をつけるきっかけになった。試合前「ここ数年間でことしのチームが一番強い」と自信満々だった田丸監督の目を白黒させるような猛攻がつづいた。高井はこの日三番を打ったが的場と代わってトップを打つこともある。これがことしの法政二高打線の特徴だ。ずばぬけたバッターもいないかわりに切れ目がない。それがスタート・メンバーの全員安打という結果になってあらわれた。高井はまだ一年生だった昨年の大会ですでに三塁手、五番打者としてデビューしている。「もう基本はできているから守備ではなにもいうことはない」(田丸監督の話)だそうで、その器用さをいっそう生かすため、ことしは併殺網の中心になる二塁にコンバートされた。器用な高井はふなれなポジションをすぐこなしてしまった。しかしバッティングではムリにひっぱりすぎる欠点があるので田丸監督はこの点をうるさく注意している。そのため外角打ちの練習を相当やらされたらしい。それがこの日外角高目のストレートをうまく中堅右へ合わせる三塁打を打てた原因だろう。「高井は精神的にも大きく成長した。前の打席で二度も歩かされていたから、昨年の高井なら打ちたくてたまらず、きっと欠点をさらけだしていただろう。しかしことしの高井はゆっくり球をみる余裕がある」と田丸監督も高井のバッティングをほめた。まだ二年生だが、一年生で早くもレギュラーに抜テキされた素質は、小坂(法政二高ー法大ー広島)二世と期待されている。五人兄弟の末っ子。平塚・代洋中学出身、1㍍78、69㌔、右投右打。

高井選手の話 「昨年も出ているのでのびのびとやれた。守備の方ではただ思いきってやれといわれただけだ。しかしバッティングの方はいつもりきみすぎるんで注意されている。室山さん(法大、春の首位打者)のようなシャープなバッターになりたい」
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長幡忠夫

2018-01-24 20:28:52 | 日記
1960年

今夏の予選では4試合に16打数、3安打、2打点で一割八分八厘。昨春、甲子園で活躍した長幡としてはややモノたりなかった。ホームランを一本記録しているが、これはランニング・ホーマー。昨年は一塁を守っていたのを、脚力があるのでことしは外野に転向した長幡が足でかせいだものだった。上背も申し分ないが、そのわりにウエートがない。その長幡が昨年の夏ごろから長打をねらい出した。一発ねらうファイトは買っていいが、このため長幡のバッティングがちょっとラフになってしまった。長打をねらうのでスイングがどうしてもすくいあげ気味になり、ヒジがあがってしまうので打てるポイントが非常にせまくなる。手首が非常に強く打者としての条件にはめぐまれているのだから、もっとミートに重点を置いてどんなポイントでも打てるようなバッティングを心掛けた方がいい。手首が強いとどうしても球にさからい勝ちになるからなおさらだ。長幡ほどの強い手首をしていれば、ムリに長打をねらわなくても、ミートさえよければ自然に距離はのびる。長幡の長所を生かす意味でも水平打法をすすめたい。合田も長幡も素質はいい。しかし、プロの世界でのしていくには特徴をのばすためになおいっそうの努力を望みたい。

阪神を選んだのは?

阪神は地元のチームだし、子供のころから大のファンだった。あこがれのユニホームを着て、思い出の甲子園でプレーできるのは大きな魅力だ。

まず勉強したいことは?

何もかも身につけたいことばかりだが、とくにバッティングだ。練習に参加して塚本コーチにヒジのあがる欠点を徹底的に、注意された。まずこれを直すことだ。高校投手のスピードならどうにか打てたが、プロのスピードにはいまの打ち方では通用しないらしい。

出身校 県尼崎高。 身長、体重、きき腕 1㍍74、66㌔、右投右打。
生年月日 昭和十七年八月十八日。 現住所 兵庫県西宮市津門稲荷町四七。
背番号 未定
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合田栄蔵

2018-01-24 19:27:32 | 日記
1960年

合田は育英高戦の前日、対社高戦に完投して2-1で勝っている。そして育英高戦では先発の牛島が2点をとられ、四回からあとをうけて投げたが、3点を追加されてしまった。昨春の選抜大会で見たときにくらべるとひとまわり肉がついてウエートは増してきたけれども、野球選手としては大きい方ではない。投手としてのスタミナにもちょっと不安がある。これが合田にとって問題だ。体力の消耗する夏の連投は決してラクなものではないが、合田は昨夏の予選ではスタミナの不足から敗れている。こんご合田がプロで活躍していくにはこれなら絶対というきめ球をマスターすることだ。いまの合田でいえばシュートだろう。シュートを完全に自分のモノにすれば、コントロールのいい外角球がいっそう生きてくる。戦前、私の現役時代(巨人)に南海にちょうど合田と同じような神田という投手がいた。ドロップに威力があり、それとわかってヤマを張っていてもなかなか打てなかった。合田もシュートにこれくらいの威力と自信をつけてほしい。下半身にバネがあり、腰が安定していることでも神田を思い出せる合田に、かつての神田のようなピッチングを期待してもムリではないと思う。

①南海を選んだのは?
スピードもあり、スマートでもあるチーム・カラーにひかれた。また鶴岡さんのような監督のもとでもまれたい。

②まず勉強したいことは?
スピードをつけることだ。練習に参加してみて、いままでスタンドから見て感じていたときとは問題にならないすごさにおどろいた。杉浦さんが投げているのを捕手の後ろから見たが、軽く投げているようなのに球がぐんと伸びていた。一日も早くあんな球が投げられるようになりたい。

出身校 県尼崎高。 身長、体重、きき腕 1㍍72、68㌔、右投右打。
生年月日 昭和十七年六月三日。 現住所 兵庫県尼崎市杭瀬二ノ坪二六。
背番号 未定。
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