プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

秋葉直樹

2021-06-19 17:09:17 | 日記

1990年

投手陣では右上手投げの秋葉が、エースとし主将として一線品の折り紙つきで、直球、フォークを決め球とする。

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伊藤浩

2021-06-19 17:05:45 | 日記

1976年

ことしこそはベスト4にーと鼻息が荒い。昨年から投げていてキャリア十分のエース伊藤。切れのいいシュートが武器だが最近はカーブも覚え、ピッチングに幅をつけた。

九回裏二死、四街道最後の打者青井の一打は、低いライナーとなって伊藤投手のグラブにおさまった。東金商の勝利。伊藤投手の両手が高々と上がった。Aシード四街道とガップリ四つに組んだ東金商。エース・伊藤投手は1安打を打たれてノーヒットノーランこそ達成できなかったが、カーブ、速球が小気味よく決まった。「ベンチのサイン通りに投げ、最高のピッチングでした」と伊藤投手はニコリ。得点には結びつかなかったが、自らも三塁打を放ち、打でも活躍。東金商にとっては初の安打、四街道のエース藤井の速球をとらえた見事な当たりだった。今大会屈指の好投手と評判の高かった四街道の小さな大投手藤井に対して「さすがに球速があります」と感心する。鈴木良司監督は「好投手とは言え同じ高校生だから大丈夫だ」と、試合前、ナインを激励した。その効あってか「硬くならず、いつものフォームで打ってくれた。厳しい戦いでした」と鈴木監督。「第一戦の君津戦では外角球を打たれたので、内角の速球で勝負をした」伊藤投手の気迫は十分。この気迫が、ナインに伝わり、藤井投手を攻略した。応援団スタンドには伊藤投手の両親が盛んな声援。「野球が好きで小学校五年からやっていた」と話す父親の静雄さんは投打ともに活躍したわが子の姿にうれしそうで、目にキラリと光るものがあった。

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高橋功一

2021-06-19 12:53:23 | 日記

1984年

58年夏の埼玉県大会では、対大宮戦で七回コールドの参考記録ながらノーヒットノーラン。大きく落差のあるカーブと、手もとで小さく変化する二種類の変化球、シュート、スライダーも器用に投げる。4回戦で強豪川口工に負けたが、打順も5番を打ち、同校の名前を県下に轟かせた。課題は「ストレートに磨きをかける」こと。

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斎藤満

2021-06-19 09:18:39 | 日記

1984年

金足農といえば相撲で全国制覇したが、野球は西武・小野和幸投手を出したぐらい。58年夏の県予選で決勝進出。だが、秋田に0対3で敗れ、甲子園初出場を阻まれた。まだ、基礎体力不足だが、大きく落ちるカーブもブレーキあり「まず、二軍で3年ほど鍛えてもらえば、地肩が強いので楽しみ」(嶋崎監督)とか。

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近藤章仁

2021-06-19 09:14:38 | 日記

1984年

高校(神奈川・桐蔭学園)時代は、宮城(ヤクルト)の横浜商、青木(大洋2位)の鶴見工を破り県大会決勝に進出。惜しくもその年、全国制覇した横浜に0対2で敗れはしたものの、愛甲(ロッテ)と互角に投げ合った。東洋大に進学したが、家庭の事情で、半年で中退、清工建設に入社。全国大会の経験はないが、重い速球とシュートを武器に「2年後には二ケタ勝利はかたい」(佐々木前スカウト)とかくれた逸材。

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栫政彦

2021-06-18 22:47:58 | 日記

1984年

星野と並ぶ期待の左腕。野球の虫といわれるほど練習熱心で、ファイトマンとして鹿児島では知られていた。ヒジの使い方がうまく、鋭いカーブは魅力のひとつ。

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北原喜久男

2021-06-17 07:27:31 | 日記

1987年

「広島からの話もありましたが、まさか3位で指名してもらるとは、思ってもいませんでした」愛知県碧南市、県立碧南工の北原喜久男投手は、十八日午後、同校でうれしそうに話した。右投げで、140㌔の切れのいい速球を武器にした本格派。身長177㌢、体重80㌔のがっちりした体格。父親の惇さん(49)は「全然予想しなかった。本人はプロ野球に行く意思が強いです」と話している。

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水沢英樹

2021-06-17 07:23:21 | 日記

1987年

4位指名の水沢英樹投手(秋田経法大付高)は「プロ志望だったのでホッとしています。セ・リーグなのでうれしいです」と目を細めた。今夏の甲子園大会に出場。初戦で敗れたものの142㌔の快速球を披露して注目を浴びた。「プロで通用する自信はある。川島君(東亜学園)は自分より何枚も上だが追いつき、追い越したい」と意欲満々、父親の清隆さん(52)=公務員=も「広島はちょっと遠いけど、あこがれのプロに入れるので家族も大賛成です」と話し、指名を感謝していた。

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中居謹蔵

2021-06-16 05:57:31 | 日記

1984年

中居はスライダーがさえ、追い込んでからのフォークボールが有効だった。

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シャーリー

2021-06-16 05:54:42 | 日記

1984年

ロッテの稲尾新監督が、ひそかに先発の切り札にしようとしているシャーリーが、六回投げて3安打1失点。自責点なしで6三振の上々のスタート。左から落差のあるカーブに、チェンジアップ、シュート、シンカーと多彩な球を繰り出して打者に的を絞らせない巧投。

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佐藤剛

2021-06-15 16:39:38 | 日記

1992年 全国的には知られていないが、スカウトの間では評判が高く、ヤクルト、横浜なども外れ1位に予定していた。川越工時代は埼玉のベスト8が最高。社会人入りしてことしが三年目。昨年秋の日本選手権でNTT北陸を完封して売り出し、今夏の都市対抗ではNTT九州に三塁を踏ませなかった。躍動感あふれるフォームからの速球とフォークが武器。球速は最高143㌔だが、初速と終速の差が少ないように、打者の手元で速球が伸びる。「最初から佐藤を1位でいこうとの案もあったように、即戦力期待」と山本監督。176㌢、72㌔。

1位指名の本田技研・佐藤は「指名されて光栄。広島入りを前向きに考えたい」と、控えめながらプロ入りに意欲をにじませた。佐藤は、勤務先の埼玉県和光市、本多技研和光工場でドラフト会議の推移をテレビで見守った。「事前に10球団からあいさつがあった」社会人の好投手。広島の1位指名には「光栄に思っています」と、素直に喜びを口にした。「正直なところ、プロ野球の知識は皆無。どんなチームなのか、まったく分からない」と、戸惑いも。「まだ(1位指名の)実感がわかない」というのが、本音のようだ。午後二時、広島の渡辺スカウトが指名あいさつに訪れた。「即戦力だ。すぐにでもローテーション入りできる」の励ましに、二十一歳の若者は目を輝かせた。プロ球界は「まったく未知の世界」と言うものの、「どこまで通用するか分からないが、入団は前向きに考えたい」と、気持ちは広島入りに傾いている。本田技研は、伊東(ヤクルト)、田村(阪神)ら好投手を輩出している。中里監督は「先輩たちに引けは取らない。立派に通用するだろう」とみる。埼玉・川越工高から入社して三年目の今季は、10勝1敗の好成績。何より「球に伸びがあり、ストレートとフォークで三振が取れる」(同監督)本格派投手である。甲子園経験もなく、五輪にも不出場。全国的な知名度はいまひとつだ。しかし今季、急速に頭角を現した。都市対抗で完封勝ちするなど、スカウト陣の評価は高い。「ピンチになるほど大胆になれる」強気な性格の持ち主。威勢のいい抱負こそ出さなかったが、「与えられた仕事をやるだけ」と、闘志を内に秘めた。

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塚本善之

2021-06-15 11:47:46 | 日記

1987年

5位指名の塚本善之投手(京都・西城陽高)は「カープは大好きな球団。とてもうれしいです」と意中のチームに指名されて声を弾ませた。長身の右の本格派で、バネのあるフォームから135㌔以上の速球を投げ込む。一年生の秋からエース。三年間の通算成績は50勝15敗。防御率1.50。1試合16奪三振の記録を持つ。「親もプロ入りに賛成。自信のある速球で勝負できるような投手になりたい」

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多田昌弘

2021-06-15 11:41:48 | 日記

1992年

拓大紅陵は甲子園でタイプの異なる四投手を使い分けて話題になったが、多田はその中の左腕で、複数の球団がマークしていた。「左の本格派として指名。楽しめる素材」(苑田スカウト)。180㌢、80㌔。

6位の多田は練習中に指名の知らせを受け「ドラフトは頭になかったので…」と驚きながらも、「いい投手がたくさんいるチームに指名されて光栄です」140㌔近い速球で押すタイプ。準優勝した夏の甲子園では8イニングの登板ながら無失点。3回戦の佐世保実戦では七回無死二、三塁のピンチでとっさにワンバウンドを投げてスクイズを外すセンスも。入団については「プロでついていけるかどうかなど、世話になった方と相談してじっくり決めたい」と慎重に話す半面、「(昨年広島に入団した)小林先輩から広島の話は聞いているけど、もっとよく知りたい」と前向きだった。

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尾山敦

2021-06-14 14:50:48 | 日記

1994年

高校時代から評判が高く、住友金属でも主力投手として活躍した。「今年プロに入った選手は自分を含めてみんなライバル。低めのコントロールが身上です。4位ですが、開幕1軍を目指して頑張ります」

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小石澤浄孝

2021-06-14 14:45:13 | 日記

1996年

140キロ台のストレートを持った、東北高校球界№1の投手。投球内容には、投手としてのセンスの良さがうかがえ、底力があるので将来性は十分。

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