1980年
投打の中心は石橋功。石橋の活躍が大きなポイントを握っている。大黒柱・石橋功が期待通りに成長してきた。冬場の走り込みの成果が出て、内外角のストレートは一段と威力を増し、安定してきた。練習試合でも1試合で平均10個の三振を奪っている。防御率は0.48。
「打ったのはインコースのカーブ。直球を待っていたのでタイミングが合わず、泳いで手打ちになった。でも飛んだコースがよかった」大田高のエースで四番打者石橋兄は、一回裏二死三塁から、三遊間を抜き、先取点をただきだした。この一打でチーム全体にやれるというムードが出たという。しかし、そのあとは3打席とも三振や凡打。5割以上打率を残している石橋兄は「肩に力が入りすぎた。さえないです」とやや不満そう。一方、投球は4安打を許し、後半しばしばピンチを迎えたが、8三振を奪いうまく要所をしめて浜田商打線を完封した。「きょうはカーブを4-5球投げただけで、あとはすべて直球。前半80点、後半50点の出来です」と投球もやや不満そう。「チームのムードが上向いており、がんばります」ときっぱり。県下屈指の好投手といわれた石橋兄も、ことしが最後の甲子園へのチャンス。精神的にも大きく成長。勝ち運がないといわれているが、まずは順調な一歩を踏み出した。
大田のエース石橋功は準々決勝の松江商の打線に9安打を打たれたが、要所は締めて2点に抑えた。長身から投げ下ろす速球、カーブに威力があり、特に走者を出してからの速球は一段と速い。
「大田・石橋投手」というアナウンスをついに甲子園で聞くことは出来なかった。一年生の時から将来の大器と話題を集め、今大会でも「県内随一の本格派投手」と評された石橋。黄色いタオルで流れ落ちる涙をふき、185㌢の長身を前かがみにして県立浜山球場から去っていった。「インコース高めにはずしたつもりの球を打たれた。くやしいです」じっとこみ上げる涙をこらえる。「まだ、まだ投げられます」という言葉がくやしさを象徴しているようでもあった。甲子園には出場出来なかったが、石橋の将来性は高く評価されている。本人も「この先の進路など決めてませんが野球は力いっぱいやります」ときっぱり。
阪神がドラフト3位に指名していた大田高の石橋功行投手(18)=185㌢、83㌔、右投げ右打ち=の入団交渉は十一日午後二時半から、大田市大田町のプラザホテル「さんべ」で行われた結果、条件面で合意に達し、入団が内定した。正式契約は二十六日、大阪市北区梅田の阪神球団事務所で行われる。 交渉には石橋投手、父親・一男さん(50)、母親・二美さん(49)と阪神の久保征弘スカウトが出席して行われた。今回は先月二十八日に次いで二回目の交渉で、久保スカウトからすでに提示のあった契約金二千万円、年棒二百四十万円(いずれも推定)などで合意した。交渉後の午後五時から、近藤明平同校野球部長、白根斉同校野球部監督らも同席して記者会見が行われ、久保スカウトは「ストレートで押す本格派の投手に育ってほしい」と大きな期待を寄せていた。仮契約を終えた石橋投手はやや緊張した顔で「好きな阪神にお世話になることが決まり、ホッとしている。入団後はまず体力をつけたい。目標はタイプは違うが、阪神の小林投手」と決意を述べた。父親の一男さんは「プロ入りは大学を卒業してからでも遅くはないと思っていたが、本人がどうしてもプロでやりたいというので、本人の意思を尊重した」といい、母親の二美さんも「いろいろと心配したが、これで安心した。これからは体に気をつけてがん張ってほしい」と話していた。近藤部長と白根監督は「プロの世界は厳しい。しかし、素質はすばらしいものを持っているので、持ち前のファイトでがんばれば、必ず立派な選手になれる。しっかりやれ」と励ましていた。大田高出身でプロ野球に入った選手は石橋投手が七人目、現在、同校出身者では一昨年ドラフト1位でロッテに入団した福間納投手がいる。