昨日の記事では、役場の中の人の視点から「陳情書の形式面」について述べてみた。本日は陳情書をネタに、自由主義者の視点から、以前少し触れた「立憲主義」について改めて述べてみたいと思う。
小坪慎也氏の辞職勧告決議に関する陳情書を公開しました
小坪慎也氏の辞職勧告決議に関する陳情
=====【引用ここから】=====
1) 就職差別を逆利用し学生の抗議活動を脅迫
小坪氏は、2015年07月26日の「SEALDsの皆さんへ 就職出来なくてふるえる」(※1)と題されたタイトルその他5本のブログ記事(以下、本ブログ等)で特定の学生デモを名指し、就職差別の可能性を示唆してデモに参加しないよう呼びかけています。 2015年08月06日の参院法務委員会において、上記の論旨が憲法に反することが法務大臣により答弁されました。
=====【引用ここまで】=====
SEALDSの主張は、
「安倍内閣は立憲主義を理解していない。安保法制は違憲であり民主主義の破壊だ」
がメインであったと記憶している。そのSEALDSを擁護するために、立憲主義を理解していない安倍内閣の閣僚答弁を持ってくるという、このセンスの無さに驚きを隠せない。
SEALDSが主張するとおり、安倍内閣は立憲主義を理解していない(民主主義の破壊だ、という点には同意しないが)。そして、その閣僚である法務大臣も同様に、立憲主義を理解していない。
法務大臣の答弁を見てみよう。
有田芳生議員が「SEALDsと就職差別」について質疑。上川大臣「デモのみを理由とする就職等の差別があってはならない」
=====【引用ここから】=====
上川陽子法務大臣(以下、上川):今、委員の方からご指摘をいただきましたSEALDsという団体についてのご言及でございますけれども。事実関係につきまして、私、正確に把握しているところではございませんで、その意味ではお答えをするのが、なかなか難しいというところではございますが、一般論として申し上げますと、デモ行進と集団行動の自由ということにつきましては、表現の自由ということで、これは憲法上保障されているものでございます。
それのみを理由として、就職等の差別がされるようなことがあるとすれば、それはあってはならないことだと考えております。
=====【引用ここまで】=====
憲法は国家権力を制限するための法規範であり、表現の自由をザックリと言うならば「国家権力は個人の表現行為を禁止してはならない」ということになる。憲法は国家を縛るものであって、個人を縛るものではない。「表現の自由ということで、これは憲法上保障されているものでございます」との文章は、個人対国家の関係においてのみ妥当である。
一方、就職という個人対個人の場面について、憲法における表現の自由は射程の範囲外であるのだが、この法務大臣答弁ではここが混同されている。「就職等の差別がされることがあってはならない」と述べているが、「憲法上」あってはならないのか「道徳的に」あってはならないのかといった内容が曖昧になっている。
(おそらくこの答弁書を書いたのは、法務省人権擁護局の官僚だろう。この人権擁護局そのものが、公的な領域と私的な領域、憲法上の人権と個人の道徳とを混同して「みんなで人権を守ろう」という立憲主義の観点からは理解不能なスローガンを宣伝して回るのを日常としているため、こうなるのも無理はないが・・。)
※法務省人権擁護局については、私が書いた以前の記事もどうぞ。
「人権擁護」とは「憲法上の基本的人権の尊重」ではなく「法務省の省益確保」である - 若年寄の遺言
この点、最高裁は三菱樹脂事件において、個人対個人の関係に憲法上の自由権は直接は適用されず(直接適用説の否定)、「特定の思想、信条を有する者をそれゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とはならない」と判示している。
このように、内閣と最高裁の判断が分かれているが、ご存知のとおり憲法に関する終局的な判断権限を有するのは最高裁である。その最高裁が、実際に就職差別が問題となった事案において「当然に違法とはならない」と述べている以上、デモ参加によって就職差別を受ける可能性があるというのは、虚偽に基づくデマではなく、残念ながら判例に基づく事実なのである。
もう一度言おう。SEALDSが主張するとおり、安倍内閣は立憲主義を理解していない。そして、その閣僚である法務大臣も同様に、立憲主義を理解していない。
加えて、小坪氏を批判しSEALDSを擁護しようと陳情書にこれを盛り込んだ神田章氏は、やはり立憲主義に関する理解が足りない。陳情書の中で「上記の論旨が憲法に反することが法務大臣により答弁されました」と錦の御旗のごとく振りかざしているが、上記のとおり、この法務大臣答弁を最高裁判例と整合性を付けながら理解するのは立憲主義的でない。
以上をまとめると、次の一文に集約されよう。
○第154回国会-会議日誌・会議資料
=====【引用ここから】=====
◎阪本昌成参考人の意見陳述の要点
•憲法は、国家を名宛人とするものであり、市民に対する行為規範ではない。
=====【引用ここまで】=====
○2015.9.4追記
立憲主義に関して眺めていたら、次のような記述も。
9条を変える、変えないの議論よりも立憲主義とは何かを知ることがまず大事:田村理氏『マガジン9条』 | 晴耕雨読
=====【引用ここから】=====
僕は、授業や講演をするときに「憲法は何のための法律ですか?」といったアンケートをとっているんですね。もう4000通ぐらい回答が集まったのですが、そのなかで「憲法は公権力をコントロールして国民の人権を守るためのもの」と答えたのはたった2人です。1人は大学時代に憲法の勉強をしていた高校の政経の先生、もう1人はその先生のもとで教育実習を受けていたある大学の法学部の学生だった(笑)。
アンケートには「国民は憲法を守る義務を負いますか?」という設問もあります。立憲主義の原則からすると、憲法を守る義務を負うのは公権力の担当者である政治家や公務員などになります。だから憲法99条は憲法尊重擁護義務を負う人のリストから国民を意図的に外しています。でも、それを理解している人もほとんどいない。
=====【引用ここまで】=====
立憲主義を理解していないのは、あなただけじゃない。理解している人は少ないから、恥じ入ることはないよ、神田章さん。
小坪慎也氏の辞職勧告決議に関する陳情書を公開しました
小坪慎也氏の辞職勧告決議に関する陳情
=====【引用ここから】=====
1) 就職差別を逆利用し学生の抗議活動を脅迫
小坪氏は、2015年07月26日の「SEALDsの皆さんへ 就職出来なくてふるえる」(※1)と題されたタイトルその他5本のブログ記事(以下、本ブログ等)で特定の学生デモを名指し、就職差別の可能性を示唆してデモに参加しないよう呼びかけています。 2015年08月06日の参院法務委員会において、上記の論旨が憲法に反することが法務大臣により答弁されました。
=====【引用ここまで】=====
SEALDSの主張は、
「安倍内閣は立憲主義を理解していない。安保法制は違憲であり民主主義の破壊だ」
がメインであったと記憶している。そのSEALDSを擁護するために、立憲主義を理解していない安倍内閣の閣僚答弁を持ってくるという、このセンスの無さに驚きを隠せない。
SEALDSが主張するとおり、安倍内閣は立憲主義を理解していない(民主主義の破壊だ、という点には同意しないが)。そして、その閣僚である法務大臣も同様に、立憲主義を理解していない。
法務大臣の答弁を見てみよう。
有田芳生議員が「SEALDsと就職差別」について質疑。上川大臣「デモのみを理由とする就職等の差別があってはならない」
=====【引用ここから】=====
上川陽子法務大臣(以下、上川):今、委員の方からご指摘をいただきましたSEALDsという団体についてのご言及でございますけれども。事実関係につきまして、私、正確に把握しているところではございませんで、その意味ではお答えをするのが、なかなか難しいというところではございますが、一般論として申し上げますと、デモ行進と集団行動の自由ということにつきましては、表現の自由ということで、これは憲法上保障されているものでございます。
それのみを理由として、就職等の差別がされるようなことがあるとすれば、それはあってはならないことだと考えております。
=====【引用ここまで】=====
憲法は国家権力を制限するための法規範であり、表現の自由をザックリと言うならば「国家権力は個人の表現行為を禁止してはならない」ということになる。憲法は国家を縛るものであって、個人を縛るものではない。「表現の自由ということで、これは憲法上保障されているものでございます」との文章は、個人対国家の関係においてのみ妥当である。
一方、就職という個人対個人の場面について、憲法における表現の自由は射程の範囲外であるのだが、この法務大臣答弁ではここが混同されている。「就職等の差別がされることがあってはならない」と述べているが、「憲法上」あってはならないのか「道徳的に」あってはならないのかといった内容が曖昧になっている。
(おそらくこの答弁書を書いたのは、法務省人権擁護局の官僚だろう。この人権擁護局そのものが、公的な領域と私的な領域、憲法上の人権と個人の道徳とを混同して「みんなで人権を守ろう」という立憲主義の観点からは理解不能なスローガンを宣伝して回るのを日常としているため、こうなるのも無理はないが・・。)
※法務省人権擁護局については、私が書いた以前の記事もどうぞ。
「人権擁護」とは「憲法上の基本的人権の尊重」ではなく「法務省の省益確保」である - 若年寄の遺言
この点、最高裁は三菱樹脂事件において、個人対個人の関係に憲法上の自由権は直接は適用されず(直接適用説の否定)、「特定の思想、信条を有する者をそれゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とはならない」と判示している。
このように、内閣と最高裁の判断が分かれているが、ご存知のとおり憲法に関する終局的な判断権限を有するのは最高裁である。その最高裁が、実際に就職差別が問題となった事案において「当然に違法とはならない」と述べている以上、デモ参加によって就職差別を受ける可能性があるというのは、虚偽に基づくデマではなく、残念ながら判例に基づく事実なのである。
もう一度言おう。SEALDSが主張するとおり、安倍内閣は立憲主義を理解していない。そして、その閣僚である法務大臣も同様に、立憲主義を理解していない。
加えて、小坪氏を批判しSEALDSを擁護しようと陳情書にこれを盛り込んだ神田章氏は、やはり立憲主義に関する理解が足りない。陳情書の中で「上記の論旨が憲法に反することが法務大臣により答弁されました」と錦の御旗のごとく振りかざしているが、上記のとおり、この法務大臣答弁を最高裁判例と整合性を付けながら理解するのは立憲主義的でない。
以上をまとめると、次の一文に集約されよう。
○第154回国会-会議日誌・会議資料
=====【引用ここから】=====
◎阪本昌成参考人の意見陳述の要点
•憲法は、国家を名宛人とするものであり、市民に対する行為規範ではない。
=====【引用ここまで】=====
○2015.9.4追記
立憲主義に関して眺めていたら、次のような記述も。
9条を変える、変えないの議論よりも立憲主義とは何かを知ることがまず大事:田村理氏『マガジン9条』 | 晴耕雨読
=====【引用ここから】=====
僕は、授業や講演をするときに「憲法は何のための法律ですか?」といったアンケートをとっているんですね。もう4000通ぐらい回答が集まったのですが、そのなかで「憲法は公権力をコントロールして国民の人権を守るためのもの」と答えたのはたった2人です。1人は大学時代に憲法の勉強をしていた高校の政経の先生、もう1人はその先生のもとで教育実習を受けていたある大学の法学部の学生だった(笑)。
アンケートには「国民は憲法を守る義務を負いますか?」という設問もあります。立憲主義の原則からすると、憲法を守る義務を負うのは公権力の担当者である政治家や公務員などになります。だから憲法99条は憲法尊重擁護義務を負う人のリストから国民を意図的に外しています。でも、それを理解している人もほとんどいない。
=====【引用ここまで】=====
立憲主義を理解していないのは、あなただけじゃない。理解している人は少ないから、恥じ入ることはないよ、神田章さん。