大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

巷説志忠屋繁盛記・7『再会……そして』

2020-01-15 06:38:41 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・7
『再会……そして』    

 

 タキさんが大あくびをした。

 店は、地下鉄谷町線一号出口から徒歩三十秒。ロケーションとしては悪くないのだが、天神橋筋を一筋入るだけで、人の流れがまるで違う。景気の悪さも手伝って、ディナータイムは客の入りが悪い。
 タキさんが、あくびのためにトトロのような口を開いて大量の空気を吸ったので、Kチーフはあやうく窒息しかけた。

「ぼーずかな、今夜は」

「…………」
「なんとか言えよ」
 酸欠から立ち直ったKチーフが携帯酸素ボンベで生き返って、やっと返事した。
「あくびとか、クシャミするときは、あらかじめ言うてくださいね」
 タキさんは、次ぎに放屁した。
「……あの、そういうときも」
 Kチーフは、換気扇を強にした。
「屁ぇは言わへんかったやんけ」
「マスターは何やってもトトロ並やさかい」
「ワハハ……もっかい、あくびするぞ」
 Kチーフが携帯酸素ボンベを構える。タキさんが大口開けて、空気を吸い込む……それに釣られたように店のドアが開いた。

「こんばんわ……」

「お、はるか。いま帰りか」
「うん、夕方には帰れるはずだったんですけど。収録のびちゃって……Kさん。それ、なあに?」
「あ、こうやって遊んでるんです。あんまりヒマやよって」
「よかった……タキさんたちには悪いけど、落ち着いて話ができそう」
「だれかと、待ちきってんのんか?」
 ホカホカのおしぼりとお冷やのグラスを出しながら、タキさんが聞いた。
「帰りの新幹線で、由香に電話したんです。あの子とも三ヵ月会ってないから」
「ああ、黒門市場の魚屋の子やなあ。いま、なにしとんのん?」
「B大学。えーと文学部」
「あんまり文学いう感じの子やないけどなあ」
「ああ、気持ちいい……」
 はるかは、ホカホカのおしぼりを広げ、顔を押さえた。
「オッサンみたいなことすんなよ。一応女優さんやねんさかい」
「オッサンてのは、こんなですよ……」
 はるかは、おしぼりをたたんで、顔やら首を拭き始めた。
「おいおい、ほんまにオッサンになるなよ。坂東はるかは、一応清純派やねんから」
「タキさんは、なんでも一応が付くのね」
「ワハハ、ワシの目えから見たら、まだまだ駆け出しやからな……チーフなにしてんのん?」
 Kチーフは、はるかが使ったおしぼりを丁寧にたたんで、ビニール袋に入れている。
「はるかちゃんが使うたおしぼり、ビンテージもんやさかい」
「あ、やめてくださいよ(;゚Д゚)。そんなの」
「そやな、そういうフェチには高う売れるかもなあ」
「もう、タキさんまで!」
「ワハハ、こないやって遊んでなら、あかんくらいおヒマ」
「あ、ぼく本気で……」
「もうKさん!」
 アイドル女優も、この志忠屋に来れば、いいオモチャである。
 そうやって盛り上がっていると、いつの間に入ってきたのか、由香が入り口に立っていた。

「ほんま、うち三回も『こんばんわ』言うたんですよ」
 由香がむくれた……ふりをした。
「ハハ、あんまり楽しそうやから、いつ気ぃつくか思て」
「ハハ、ほんと、一瞬雪女じゃないかと思った」
「ほんまや、えらい雪降ってきよった……」
 タキさんが、ブラインドを少しずらして、ため息をついた。
「とりあえず、はるかコースで。ホットジンジャエールできます?」
「あいよ、風邪ひき予防にもなるさかいなあ」

 由香は、はるかが高校時代に東京から転校してきて以来の付き合いだ。

 はるかがスカウトされて東京で女優業を始めてからは、あまり会うことができなかったが、こうして会うと、女子高生時代に戻って互いに解し合うことができる。
「で、吉川先輩とは、うまくいってんの?」
 吉川とは、高校時代の先輩で、最初ははるかに気を寄せていたが、歯車がかみ合わず、結果的には由香といい仲になり、サックスの勉強のためにアメリカに渡っている。
「うん、今は大阪に帰ってきてくれて、毎日ラブラブ!」
「おお、ヌケヌケと言ってくれるじゃん」

 そうやって、二人は危うくボウズになりかけた志忠屋の唯一の客になり、楽しい一時を過ごした。

 やがて、由香のスマホが鳴りだした。
「あ、ちょっと電話……はい、由香です」
 そう言いながら、由香はブルゾンを器用に着ながら、外に出た。
「客は自分らだけやから、気ぃつかわんでもええのにな」
「きっと、彼氏からとちゃいますか。照れくさいよってに」
「そうね、由香ってそういうとこあるから。ああ、ウラヤマだなあ」
「なに言うてけつかる。はるかが振ったオトコやないか」
「あ、ひどいなあ。それは違いますよ」

 と、しばらく由香抜きで盛り上がり、二十分ほどが過ぎた……。

「ちょっと寒いやろ、はるか、見にいってやり」
「はい……ちょっと、由香……」
 瞬間、はるかの声が途絶えた。
「はるか、どないかしたんか?」
 タキさんが店の外に出てきた。そこには、呆然と佇むはるかが居るだけだった。
「由香がいない……足跡もない……」
 積もり始めた雪の道路には、足跡もなかった。
「わたし、上のほう見てきますわ」
 Kチーフがビルの階段を、由香の名前を呼ばわりながら上がっていった。
「由香あ!」
 はるかも、思わず叫んで、表通りまで出た。交番の秋元巡査まで出てきた。
「どうかされ……あ、あなた、女優の坂東はるかさん!」
「あ、友だちが!」
 はるかが、半ば咎めるように言った。
「失礼しました……あ、この二十分ほどでしたら、自分はこの前の道を見ておりましたが、そちらの方からは誰も出てきてはおりません」
「ひょっとしたら、店に……」
 秋元巡査も付いてきてくれて、四人で店に入って驚いた。由香が座っていた前のテーブルには、由香が取り分けた料理が、ジンジャエールも、おしぼりさえ袋に入ったまま手つかずで残っていた。

「ちょっと由香に電話……」

 はるかはスマホを出し、由香に電話をかけた……なかなか出ない。あきらめかけたころ……。
「もしもし……あ、はい、はるかです。由香は……そんな……だって。はい、今から行きます」
「どないした、はるか」
「あとで電話します!」
 はるかは、それだけ言うと、表通りでタクシーを掴まえ、そのまま行ってしまった。

 それから一時間ほどして、はるかから志忠屋に電話があった。
――はるかです……由香は一週間前から急性肺炎で入院していて……いま危篤状態……。
 はるかの声は、それから嗚咽になった。
「はるか、大丈夫か!?」
――今夜は……付いていてやります。あ……はいすぐに! タキさん、またあとで。
 そこで、はるかの電話は切れた。タキさんは、ゆっくりとテーブルに目をやった。
「あ……」
 そこに、由香の姿がうっすら現れて、すっと消えてしまった。

 そのあと、由香がどうなったか……それは、またいずれ……。
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巷説志忠屋繁盛記・6『それからのトコ&トモ』

2020-01-14 06:43:07 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・6
『それからのトコ&トモ』      

 
 この物語に出てくる志忠屋は実在しましたが、設定や、登場人物は全てフィクションです。



 ……それからと言うのは、前章で志忠屋の南隣の新米巡査をイジった後のことである。

「自分ら、あんまり純粋なお巡りさんイジるんやないでえ」

 タキさんにじんわりオコラレても、言葉も返せないアラフォーであった。ちなみに、アラフォーというと四十歳前を想像しがちであるが、このトコ&トモは、あくまで四捨五入してのアラフォーであるとおことわりしておく……にしては、やることが子どもっぽい。

「大滝はんがパトロールから帰ってきたら出られるで。なんせ、あの秋元巡査は勉強熱心で、大滝はんが帰ってきたら、質問攻めの勉強やからな」
 その言葉通り、大滝巡査部長が帰るのを待って、交番の前を何食わぬ顔で通り過ぎ、トコ&トモは、ちょっとだけセレブなカラオケ屋に行った。

 小田和正(オフコース)、鈴木雅之、レベッカ、中森明菜、とまぁ、世代的に相応しい曲を一通り歌ってしまい、勢いづいてAKBに挑戦したところでタソガレテしまった。
「どうも『UZA』はあかんな……」
 挑戦的な歌い出しが気に入って歌いだしたのだが、「運が良ければ愛し合えるかも~♪」「相手のことは考えなくていい~♪」の、あたりでタソガレだした。
「こんな子ら……ほんまの『UZA』なんか、分からへんねやろねえ……」
「ああ、トコちゃんは、そこでひっかかったか……」
「トモちゃんは?」
 そう言って、トコは気の抜けたハイボールを飲み干した。
「トコちゃんが先だよ。なにかあったんでしょ……」
「……なんで分かるのん?」
「いちおう物書きのハシクレだから、今日のトコちゃん明るすぎ」
 
 何を思ったのか、トコは部屋の明かりを半分に落とした。

「……今日、科長をしばいてしもた」

「え、どっちで!?」
 トモちゃんは、両手でグーとパーを作って見せた……トコが反応しないので、トモはグーを少し開いて望遠鏡のようにして、トコの顔を覗き込んだ。目が潤んでいるのが分かった。
「トコ……」
「ほんまにウザかってん」
「で、どっち?」
 トモは再び、グーとパーを見せた。それにトコはチョキをもって答えた。
「あ、こっちが負けだ」
 トモは、パーの左手を下ろした。
「て、ことはグー……」
「で、ヴィクトリー……」
「勝っちゃったんだ……で、手応えなかったんでしょ?」
「なんで、そう先回りして分かるのんよ。グチ言う甲斐があれへんでしょ!」
「グサ……別れた亭主にも同じこと言われた」
「たとえ、自分に間違いがあったとしても、オンナにしばかれて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔は、ないわよ。怒るなり反論するなりしたらええねん。いや、せなあかんねん!」
 
 トモは、カラオケのモニターの音をミュートにして、真面目に答えた。

「だれでも、トコちゃんみたいに仕事に命賭けてやってるわけじゃないからね。あんた、いい加減てのができないヒトだから」
「トモちゃんも、ヒトのこと言われへんでしょうが。娘道連れにして、亭主と別れて大阪くんだりまで落ちてきてからに」
「あ、それ聞き捨てになんないなあ。あたしはね、いい加減だから、亭主と別れたの。一所懸命だったら、亭主しばきたおしてでも、印刷工場立て直したわよ。いい加減だから見切りをつけたの。それに、はるかには強制はしていない。あの子は、自分の意思で、あたしにくっついてきたんだから」
「はるかちゃんは偉い子。それは認めるわ。一見おとなしそうで、なかなか心が強い。なんで、あんたみたいなオンナから、あんなええ子が生まれたんやろ」
「悔しいけどね、はるかは、あたしと元亭主のいいとこだけとって生まれてきたような子だから」
「四十過ぎのオバハンが十八の娘に、もう白旗かいな」
「うん」
「なんか、張り合いないなあ」
「だって、ハナから負けてるやつに張り合ったってくたびれるだけだもん。まあ、そのへんのとこは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』読んでちょうだい」
「もう、三回も読んだ」
「トコはさ、人生の中途から、理学療法士なんかなっちゃったから、なんか理想主義ってとこあんじゃない?」
「そんなんとちゃう」
「ま、たとえ話だけどさ」
「ん?」
「働き蟻ってのが、いるじゃん。よく一列になって、餌だかなんだか運んでるの。あれ、よく観るとね、一割の蟻は、働いてるふりして、サボってんだって」
「ほんま?」
「うん、そいでさ。サボってる奴ばっかり集めてチーム組ませると九割の蟻がきちんと働き出すらしいよ。そいでもってさ、働いてばっかの蟻を集めてチーム組ませると、やっぱ一割のサボりが出るんだって」
「ほんまあ……?」
「ほんとだって、本書くときに、マジ調べたんだから。なんなら、休みの時にアリンコ掴まえて実験してみる?」
「ハハハ、それほどヒマやないけど、なんか元気になってきたわ」

 それから、二人はヘビーローテーションで締めくくった。

 それから二人は深夜営業のボーリングに行き、一番ピンを科長に見立てたり、タキさんに見立てたりしてボールを転がした。
「やったー!」
 トモが鍛え上げたローダウンリリースでストライクを取ったとき、タキさんは店のシャッターを閉めて、何故かバランスを崩してこけてしまった。
 トコが、それを真似して、惜しくも一番ピンをかすめたとき、件の科長は、帰宅途中、家まであと二十メートルというところで、危うくバンに轢かれそうになった。
「こ、こらあ!」
 と、叫んだ科長の目には「玉屋」と屋号が映っていた……。
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志忠屋繁盛記・5『新人お巡りさんをイジル』

2020-01-13 07:03:27 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・5
『新人お巡りさんをイジル』      



 トコ(叶豊子)は、志忠屋のカウンターで、タキさんやKチーフが手際よく料理を作っているのを見ているのが好きだ。

 タキさんが、トコの顔ほどもある手で小気味よくタマネギを刻んでいるのを見ているだけで、なんだか魔法のように思え。そうやって、調理を見ていることがトコにとって癒しなのだが、時には思い詰めたような顔になり、ハンパな馴染み客には誤解を与える。

――叶さん、なにかマスターに深刻な話があるんとちゃうやろか……?

 実のところは、ただ呆けているだけで、それで仕事の疲れを癒しているのである。
 ところが、今日のトコは少し違った。トモちゃんが復帰したこともあって、ひどく楽しげで、タキさんも、Kチーフも、そうであろうと思っていた。
 ただ、当のトモちゃんは、そればかりではないように感じていた。

 少し明るすぎる……と言っても、トコが喋りまくったり、アハハと馬鹿笑いしているわけではない。

 BGで流れているジャズに軽くスゥイングしながら、リズムをとり、ニコニコしているのだ。
 ちょうど、ナベサダの「カリフォルニアシャワー」がかかっていたので、そのノリは、ごく自然で、投げかけてくる話題も娘のはるかのことなどで、ごく普通。
 しかし、トモちゃんは、そこに微妙な違和感を感じた。さすが作家……というほど売れているわけではないが。

 店の前を、交番の大滝巡査部長がパトロールに出るのが見えた。トモちゃんは閃いた。

「ね、トコちゃん、これから二人でカラオケいこうか」
「え、いいんですか。わたしは嬉しいけど!?」
「いいでしょ、もう今日は十分働いたでしょ、わたし」
「まあ……」
 タキさんは苦笑いで応えた。
「OKね、じゃ、トコちゃん、行こうか!」
「うん!」
 遊園地へ行く子どものように、トコは喜んだ。

「ちょっと、すみません……」

 トコは、びっくりした。店を出て角を曲がったら、すぐにトモちゃんが交番に入ったからである。
「はい、なんでしょうか!?」
 まだ制服が板に付かないところが初々しい新米の若いお巡りさんだった。若い頃の米倉斉加年(ヨネクラマサカネ)に似ていると思ったのは、二人が見かけよりも歳をくっている証拠である。
「あの、この近所に志忠屋って、イタリアンのお店があるの、ご存じないかしら?」
 トモちゃんの質問に、トコは思わず吹き出しそうになった。
「シチュー屋でありますか?」
「あ、そのシチューじゃなくて、志すの志に忠犬ハチ公の忠」
「は、ハチ公で、ありますね」
 お巡りさんは、壁の地図とにらめっこを始めた。
「……南森町の一番出口から、少し行ったところだって聞いてきたんですけど……」
 トコも、調子を合わせてきた。
「一番出口というと、すぐ横ですが、イタリアンのお店となりますと……」
 お巡りさんは、見当違いの堺筋や天神橋筋を探している。

「お巡りさん、ひょっとして東北の人?」

「あ、分かりますですか?」
 分かるもなにも、アクセントが完全な東北訛りである。
「なんとなく、雰囲気が」
「いや、気を付けてはおるんですが……」
「ううん、とっても真面目なお巡りさんて感じですよ」
「はあ、恐れ入りますです。ええと、ピエッタ……ミラノ……ちがうなあ……」
「ごめんなさい、お手間とらせて」
「いいえ、お二人は東京の方でありますか?」
「ええ、わたし南千住。この子は葛飾の柴又」
「あ、それって寅さんで有名な!?」
 トコは、瞬間で柴又の出身にされてしまった。
「自分は寅さん大好きなんです。駅前に寅さんの銅像ができましたでしょう!」
「あ……ええ。カバンもって腹巻きに雪駄でね」
 トコは適当に答えたが、若いお巡りさんは、本気で嬉しくなった。
「自分は、行ったことはないんですが、寅さんの映画はDVDで全部観ました。やっぱりマドンナは、浅丘ルリ子のリリーさんですね!」
「は、はい、そうですね!」
 寅さんの映画をあまり観たことがないトコは、頭のてっぺんから声が出た。
「あ、志忠屋でしたね、志忠屋……」
「お巡りさんは、東北のどこ」
「はい、石巻です」
「石巻……じゃ、大変な被害に……」

 地図をたどっていた、お巡りさんの指が止まった。

「はい……妹が……でも、二日目に発見されました。どろんこでしたが、女性警官の方が、きれいにしてくださって……まるで眠ってるみてえに」
「そうだったの……」
「生きていたら、ちょうど高校三年です」
「うちのはるかといっしょ!?」
「は、高校生のお子さんがおいでるんですか?」
「あらいやだ、歳がばれちゃう」
「いんや、なんだか、お二人ともとてもお若くて、なんだかキャリアのオネーサンて感じですよ」
「お恥ずかしい」
 トコが、正直に照れた。
「で、大阪には?」
「はい、伯父がいましたんで、転居して、その年に警察学校に入ったです」
「そう、苦労なさったのね……」
「はい……いいえ。あれで自分は警察官になれたんです。それまで、警察官て、当たり前のように思ってました。でも、あの震災じゃ、警察も、自衛隊も、アメリカの兵隊さんもどろんこになって……妹が見つかったときは、いっしょに……こんたにめんこい子が、こんたにめんこい子がって、涙してくださって。自分は、自分の妹をめんこいなんて、言ってやったことねえもんで……あ、こんな話ばっかしてまって、志忠屋でしたね……」
 トモちゃんもトコも、とてもお巡りさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「あ、そうだ!」
 お巡りさんの顔が、パッと明るくなった。
「隣がレストランなんで、そこで聞いてみます。いや、先週の非番の日に大滝、あ、ここの先任の巡査部長なんですけど、連れていってもらって。うん、あそこのマスターならきっと……」

 その十秒後、お巡りさんは、志忠屋の自動ドアをくぐった。

「先日はどうも……あ、隣の交番の秋元と申します。いま交番に志忠屋ってイタリアレストラン探してご婦人が来られてるんですが、本官は、恥ずかしながら近辺の地理に慣れておりませんので、マスターならきっと……」
「志忠屋は、うちやけど」
 と、タキさん。
「え……あ、はあそうであったんですか。いや、失礼いたしました!」

「ごていねいに、どうもありがとうございました!」

 二人は、最敬礼でお礼を言った。
「いいえ、どういたしまして。灯台もと暗しでした。自分こそ恥ずかしいかぎりです」
 秋元巡査は、任務を成し遂げた清々しい顔で敬礼した。
「お巡りさん、よろしかったら、お名前うかがえません。お巡りさんに、こんなに親切にしていただいたの初めてなもんですから」
「は、はい、自分の名前は……」
「お名前は……?」
「……秋元康であります」

 世の中には、いろんな秋元さんがいるもんだと思いつつ、二人は志忠屋に戻った。いや、戻らざるを得なかった。
 秋元巡査は、二人が志忠屋の自動ドアに入るまで、敬礼しながら見送ってくれたのである……。
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志忠屋繁盛記・4『300グラムのステーキ』

2020-01-12 07:27:13 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・4
『300グラムのステーキ』    


 300グラムのステーキを前にして、タキさんとKチーフはため息をついた。

 ため息をつくほど旨そうなのではない。いや、旨そうなのである……見た目には。いやいや、このステーキを作るプロセスを見ずに、これを出されたら、だれだって旨そうと思うのに違いない。
 ところが、オーナーシェフのタキさんも、Kチーフも作るプロセスを見ている。
 正確には、ステーキの原料を知っているのである。

「あのなあ、トモちゃん……」
「なんか文句あんの?」
「いえ、いただきまーす!」
 タキさんとKチーフは、幼稚園児のような素直さで、お箸を構えた。

「どうよ、けっこういけるでしょ」

 トモちゃんは、カウンターに並び、いっしょに300グラムのステーキを主菜にしたマカナイの昼食を食べだした。トモちゃんが完食し、二人のオッサンが、なんとか2/3ほどを食べ終えたころ、〈準備中〉の札も構わずに女子高生が入ってきた。
「こんにちは……」
「あ、はるかちゃん……」
 Kチーフがすがるような眼差しで女子高生を見上げた。タキさんは「お……」と一瞥をくれただけである。
「あ、こんなもの二人に食べさせてるの!?」
「ここは食べ物屋のくせに、栄養管理がちっともできてないんだから」
「それにしても大根のステーキ200グラムはきついよ」
 と、はるかという女子高生は、オッサンたちに同情した。
「200ちゃう、300や」
 タキさんは、そう言うと、残った大根ステーキを口の中に放り込み、シュレッダーのように咀嚼すると、シジミのみそ汁で一気に胃袋に収めた。
「タキさんもKさんもオジサンなんだからメタボは仕方ないよ。ね、タキさん」
「はるか、それ、あんまりフォローになってへんで」
「別にメタボを非難してるわけじゃないんですよ。あ、言葉がいけないんですよね。ポッチャリてかデップリってか……あ、貫禄、貫禄!」
「おまえも、女優のハシクレやねんから、もっと言葉にデリカシー持たなあかんで」

 そう、この女子高生は、坂東はるかというれっきとした女優なのである。

 昨年の秋にひょんなことで東京の大手芸能プロである、NOZOMIプロにスカウトされ、高校生のまま女優になってしまった。詳しくは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』をお読みいただきたい。
 そして、名前からお分かりであろうが、この志忠屋の新しいパートとしてやってきた、坂東友子の娘でもある。

「はるか、四時の新幹線なんじゃないの」
「そうだよ。六時間目からは、早引きしてきた」
「まさか、その制服のまま行くんじゃないでしょうね?」
「このままの方が、目立たなくっていいんだよ」
「うん、それアイデアやと思いますわ」
 Kチーフが、こっそりと大根ステーキの残りを始末しながら、賛意を表した。
「はるか、今、あんたの顔は全国区なんだからね、おちゃらけたこと言ってたら……」
「冗談よ、ちゃんと着替える。タキさんおトイレ借りますね」
 はるかは、ものの二分あまりで着替えて出てきた。ラクーンファーコートに大きめのキャスケットを被ると、顔の2/3が隠れてしまい、よほど近くに寄らなければ、本人だとは分からない。
「ほう、そんなんが似合うようになってきたんやなあ……」
 タキさんは、感じ入った声で言った。

 タキさんの言葉は、包み込むような父性を感じさせる。はるかは、こういうタキさんの物言いが好きだ。

「ありがとう、タキさん。お母さんのことよろしく。また、変なもの食べさせられそうになったら、言ってくださいね。じゃ、お母さん、制服とかよろしく」
 はるかは、制服と学校カバンが入った袋を目の高さにあげた。
「そこ、置いとき。帰りにオカンが持って帰るわ」
 タキさんが、伝票の整理をしながら、カウンターの横をアゴで示した。
「お店は、コインロッカーじゃないし、わたしは、はるかの付き人じゃないんだからね」
「わたしはね、お母さんが他人様にご迷惑かけてないか、監督に来たんだよ。お母さんは、なんでも自己流通す人だから」 
「この店のことを思ってやってんの、ちょっとタキさん邪魔。ねえKちゃん……」
 トモちゃんは、タキさんの横の椅子に上がって、ソースの缶詰や、パスタの残量をチェックして、Kチーフに報告、Kチーフは、それをメモると、食材屋に電話をする。
「まあ、確かに並のアルバイトの倍は働いてくれるさかいなあ」
「そう言っていただければ……でも、なんかあったら言ってくださいね。このヒトは、とことんのとこで男心分かってないとこがありますから」
「グサッ……はるか、ちょっと生意気すぎ!」
「じゃあ、行ってきま~」
 はるかの語尾は、自動ドアがちょん切ってしまった。
「ええ、お嬢さんですねえ……」
 Kチーフが、感心と、ちょっぴり憧れのこもった声で言った。

 手際よく、始末と準備を済ませると、Kチーフは窓ぎわのベンチ席で横になり、タキさんとトモちゃんは、パソコンを取りだし、互いにもう一足の仕事を始めた。
 そう、タキさんは映画評論家であり、トモちゃんは、小なりと言えど作家の端くれ。互いに文筆だけでは食えないところが共通していた。

 ディナータイムになって、最初にやってきたのは、店の常連であるトコこと理学療法士の叶豊子であった。

「わあ、トモちゃん、復帰したん!?」
「うん、編集の内職って、やっぱガラじゃなくって。それにタキさんが、どうしてもって言うから」
「当分、やってはるんでしょ!」
「うん、半永久的にね」
「そんな契約はしてない!」
「タキさんは、魔女と契約したのよ」
 タキさんが、厨房で目を剥き、慌てて十字をきった。その漫才のようなやりとりを、トコは、子どものように身をよじりながら喜んで見ていた。

 その姿にトモちゃんは、何かあったな……と、女の勘が働いた……。
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巷説志忠屋繁盛記・3『志忠屋亭主驚く!』

2020-01-11 06:24:23 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・3
『志忠屋亭主驚く!』  


「え、うそ……!?」

 そう言ったなり、志忠屋亭主・滝川浩一は沈黙してしまった。

「マスター、鍋ふいてまっせ」

 Kチーフの声で、やっとタキさんは正気にもどった。
 午後三時、志忠屋のアイドルタイム(休憩と、ディナーの準備の時間)で、まかないの正体不明のパスタを食べたあと、タキさんは、FM放送から流れてくるお気に入りの曲とデュオしながらソースを煮込んでいた。
 そこで、バイトのSちゃんが、油断しきった背中に切り込んできたのである。
 と言って、Sちゃんが厨房の包丁を振りかざし、タキさんに斬りつけたわけではない。

 しかし、タキさんにしてみれば、まさに背中を切られたようなショックであった。

 Kチーフは、何事にも動じない料理人であるが、タキさんは違う。
 喜怒哀楽が、人の十倍ぐらい早く、ハッキリと出てしまう。特に驚いた時は、赤ん坊のように、行動や思考が停止してしまう。
 心理学用語ではゲシュタルト崩壊という。最前線にいる兵士が、水平線の彼方から無数の敵艦隊が現れて呆然とするようなものである。
 映画評論家でもあるタキさんの頭には『THE LONGESTDAY』の映画でノルマンディー要塞を護っていたドイツ軍兵士が、同じような状況で、連合軍の艦隊を発見したシーンが、浮かびっぱなしになった。

「……で、いつ辞めるんのん?」

 やっとタキさんが言葉を発したときには、吹きこぼれていたソースはKチーフの手によって弱火にされ、危うくおシャカになることをまぬがれた。
「……今月いっぱいで」
 Sちゃんの言葉に、タキさんは少し安心した。
 今月いっぱいなら、まだSちゃんを説得し翻意させられるかもしれない。タキさんはマッチョなわりには口が立つ。若い頃から、高校生集会や、所属していた演劇部の関係で、大阪の高校演劇連盟のコンクールなどで、言葉巧みに論じて、ある年など、審査員に審査のやり直しをさせたぐらいのオトコである。
「あの、マスター……今月いっぱいいうことは、今日でおしまいいうことでっせ」
 ソースの鍋をかき混ぜながら、Kシェフが呟いた。
「え……?」
「そやかて、今日は11月の26日。で、金曜日。Sちゃんのシフトは木金土。明日の土曜は電気工事で臨時休業……」
「……そ、そんな、ま、Sチャン座って、話しよ」
 タキさんは、厨房からカウンターに回り、Sちゃんと並んで座った。

 志忠屋のメニューは旨いものばかりである。値段も、この南森町界隈ではお値頃である。

 しかし、客というのは、必ずしも、旨さと値段だけで来るものではない。バイトのSちゃんMちゃんの魅力でもっている部分がかなりある。だから昼のランチタイムこそ、店の前に十人ぐらいの列が出ることがあるが、ディナータイムは今イチである。あきらかにSちゃん、Mちゃんの力が大きい。

 静かでおっとりしたSちゃんは、男性女性の両方から人気があった。

 彼女がオーダーを取って厨房に声をかけるときに、半身に体をひねったときに、エモ言えぬ可憐さがあった。また、彼女の「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」は、語尾をのばしたところに長閑さがあり。この声だけで癒されるという客がいるほどであった。花に例えれば、コスモスの花束のような子である。

 Mちゃんは、逆に向日葵のように明るく、その明るさも店の規模に合ったもので、例えれば、ちょうど程よい花瓶に、小ぶりの向日葵が生けてあるようであった。花あってこその花瓶。SちゃんMちゃんのいない志忠屋は、いわば、花が生けられていない花瓶のようなものである。
 それにタキさんは、Sちゃんに初恋の女性の面影を重ねている。それはKシェフでさえ気づかないことであるが、四十年近い付き合いのわたしにはよく分かった。
 初めてSちゃんを店で見かけたとき、「あ、〇子によく似てる」と、わたしは思った。その気配を敏感に感じたタキさんは――黙ってーっ!――という顔をした。

「サオリさんが、いい先生を紹介してくださったんです……」

「ほんなら、フランス行くんか……」
 タキさんは、絶望の声を絞り出した。
 サオリさんとは、本名サオリ・ミナミ。けして南沙織のデングリガエシではない。
 日系フランス人と結婚したキャリアのオネーサンで、夫の任地が長らく日本の神戸であったこともあり、この店の古くからの常連であった。外向的で好奇心の強いサオリさんは、国籍を問わず友人知人が多い。
 そのため、東日本大震災のとき関西に避難してきた関東の友人の面倒をよくみて、震災直後は、店がフランス人を中心とした外国人の情報センターのようになった。
 その中に、たまたま絵の先生がいた。
「え、フランスで絵の勉強ができるんですか!?」
 Sちゃんは、そのフランス人の絵の先生の言葉で、飛躍してしまった。

 Sちゃんは、画家志望で、夜は絵の個人レッスンを受けている。

 そのためアルバイトを水木金に集中させ、他の日は、イラストの仕事のかたわら、自分の作品制作に当てている。
 以前から、絵の先生から「フランスで勉強できたらね」と、半分夢のように言われていた。自分でも夢だと思っていた。ところが、そのフランス人の絵の先生の話で俄然現実味をおびてきた。

 問題は、フランスでの身元引受人であった。それが今回、解決したのである。

 サオリさんの夫が本国勤務になり、フランスに戻ったので、サオリさんが身元引受人になってくれることになったのである。
「そやかて、Sちゃん、フランスで暮らすいうたら大変やで、だいいち言葉が……」
 無駄とは思ったが、タキさんは最後の引き留めをした。
「あ、それなら、去年からやってますから、日常会話的には問題なしです」
 これで、たきさんは、白旗を揚げた、そして白壁を示した。
「え……ここに描いていいんですか!?」

 志忠屋の壁は名物であった。      
 
 もともと駐車場スペースに作った店舗なので、壁は、ただのブロック壁である。外側は丹念に塗装されていてブロックには見えないが、内側はブロックの壁そのままに、白い塗料を塗っただけで、ブロックの境目がよく分かり、近くのラジオ局のゲストたちなどがやってきては、ブロックごとにサインやメッセージを残していく。いつの間にか大阪の通の人間の評判になり、テレビの取材を受けたり、雑誌に取り上げられたりして、中には、この壁の写メを撮ることを目的にやってくる客がいるくらいである。
 つまり、この壁に描けるのは有名な人間だけで、一番新しいのはNOZOMIプロのチーフプロディユーサーの白羽であった。

 Sちゃんは、その白羽の横ワンブロック置いた壁面に、コスモスの花束の絵と、自分のサイン、日付を書いた。
「……お世話になりましたー」
 長閑に伸ばした語尾と、たたんだエプロンを置いてSちゃんは、店をあとにした。
「若いて、ええのう……」
 見送りがてらに店の前に出てきたたきさんは、Kチーフの肩を叩いて、ため息をついた。
 Sちゃんは、交番の角を曲がるとき、一度振り返り、もう一度ペコンとお辞儀をした。交番の角は、すぐそこなで、Sちゃんの表情が良く分かった。その目は、希望と一抹の寂しさが入り交じって潤んでいた。

「次の、アルバイト探さならあきませんなあ……」
 店に戻りながら、Kチーフが力無く言った。
「急場に間に合う言うたら、あいつしかおらへんやろ……」

 タキさんは、白羽とSちゃんの間に挟まれた空白をアゴでしゃくった。

「え……まさか、あの子が!?」
「ちゃう、あの子のオカンや」
「あ、ああ……」
 
 Kチーフは複雑な笑顔になった……。
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巷説志忠屋繁盛記・2『志忠屋亭主の正体』

2020-01-10 07:07:19 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・2
『志忠屋亭主の正体』  



 地下鉄の階段出口をぬけると、そこは雪国であった。

 突然の夕立であったことも、大雨であったことも、常夏の日差しであったことも、頬なでる風に秋を感じたこともあった。

 それくらい通っている。通い詰めるという程ではないが月に一度ぐらいは訪れる。
 大阪の人でないと分からないが、わたしは上六の日赤病院の帰りに、志忠屋に寄る。ランチタイムのピークを避けるため、上六の近鉄百貨店の書籍売り場で小一時間あまり時間をつぶしてからいく。
 地下鉄は谷町線で、近鉄百貨店の地下二階から、そのまま地下通路を三百メートルほど歩き、谷町線のホ-ムにいたる。そこから、四つ目の駅が南森町である。その間地上に出ることがない。時間にして二時間ほど、わたしは、地上の世界とは無縁で志忠屋にたどり着くのである。

 で、地下鉄の階段出口をぬけると、そこは雪国であった……ということになる。

 地下鉄の階段出口はMS銀行の一階の一部に食い込み、向かいの歩道から見ると、銀行のドテッパラに開いた口から、人が吸い込まれたり吐き出されたりするように見える。一度、このことに気づいてしまうと、上六の光景の落差もあり、なんだか自分がお伽の国の人間であるような錯覚におちいる。

 出口を出て右に折れると、直ぐ横が交番である。大きな交番ではないが、いつもお巡りさんが二人ほどのどかに収まっていらっしゃる。東京のように、交番の前に後ろ手組んで、帽子を目深に被り、四方に目を配りながら立っている威圧感はない。どうかするとお茶をすすりながら日報のようなものを書いていたり、道に迷った人に丁寧にハンナリと地図示しながら教えていたりする。
 そののどかな交番の角を曲がるとMS銀行の裏口になっていて、その北側にある四階建てビル。
「ビルというほどのもんじゃありませんよ」
 と、ビル自身が頭を掻いているように見えるほどささやかなビルの一階に、その愛すべき志忠屋がある。
 工事の途中までは、駐車場のスペースになるはずであったが、たった二台ほどの車しか入らないような、それにするよりも、堂々とビルの一階部分としてテナントとして入れたほうがニギヤカシになるとオーナーが判断し、建設途中に店舗スペースとなり、四半世紀前に志忠屋が開店した。

 その、かわいい客席十五席ほどの店の亭主が、我が悪友・滝川浩一である。
 
 高校生の頃は、アメフトのマッチョでありながら、高校生集会のウルサガタであるという、当時流行の心情左翼的な面もあり、大阪の高校演劇では、わたしとは異なり、反主流派で、コンクールにはめったに出場しないが、コンクール会場には顔を出し、ハンパな審査などには遠慮無く噛みついていたりした。で、同時に地元八尾のアンチャンたちの兄貴分的な存在でもあり、家の宗旨であるカトリックの……信者には、いまだになってはいないが、なにくれとなく教会行事の手伝いもやるという可愛げもあった。
 
 高校二年の時に恋をした。一人前に……いや、十人前ほどの。

 駆け落ちを覚悟し、学校を長欠して、万博の工事現場で目一杯働き、100万あまり稼いだ。
 しかし、その恋がゴワサン(この男の場合、破局とか、恋に破れたなどという生っちょろい言葉は似合わない)になると、大阪の北新地で三日で使い切ってしまうという豪快さであった。

 この滝川浩一(以下タキさん)について書き出すときりがない。
 
 あと一点、人並み外れた読書家であり、映画ファンであるとだけ記しておく。志忠屋の亭主のかたわら、映画評論でも、名を成している。
 下手な描写より、彼の映画評論をサンプルに挙げた方が早い。

タキさんの押しつけ映画評
『アウトレイジ・ビヨンド』

 これは、悪友の映画評論家滝川浩一が、身内仲間に個人的に送っている映画評ですが、もったいないので本人の了承を得てアップロードしたものです。


 なんだ 馬鹿やろう! 今時のヤクザが こんな単純な訳ゃねえだろが。
 
 それに いきなり出てくる外国人フィクサーってな何なんだよぉ。大友(たけし)がなんぼか自由に動ける言い訳じゃねぇか。片岡(小日向)が知らねえってのはおかしいじゃねぇか。大体が中途半端なんだ。
 何さらしとんじゃ ボケィ!
 脚本も演出も たけしが一人でやっとるんじゃ、こんなもんで上等やろがい! それより、関西の会が「花菱会」っちゅう名前なんはどないやねん! アチャコかっちゅうんじゃ ボケィ!……。
 
 と言う、まぁ、お話でござりました。役者さんは気持ち良さそうに、実にノビノビと演ってはります。特に西田敏行なんてなアドリブ連発、一番気持ちよさそうに演ってはります。
 ある意味、どうしようもない閉塞状況にある日本のガス抜きを狙ったギャグ映画とも言えそうですが、残念ながら半歩足らずです。
 ギャグとリアルのギリギリラインを狙ったんでしょうが、結局 前作と同じように役者の力で助けられてはいるものの設定が甘すぎて、ストーリーテリングもご都合主義。
 バンバン殺される割には陰惨なイメージにならないのだが、もう少し説得力が欲しい。ここまで見え見えで警察が動かないはずが無い。アイデアとしては面白い(但、使い古しやけどね)、後は発展のさせかたでもっと面白くなるはず…少々残念、原案たけしで脚本は切り離した方が絶対良かった。
 ただ、今回 大友の悲しみが表現されており、前作に比べてこの点は評価出来る。
 結局、何をどう足掻こうともヤクザの泥沼から抜けられない大友の姿を描けなければ本作の意味は無い訳で、さて それをリアルバイオレンスに仕立てたとのたまうが…それこそ悲しいかな コメディアンたけしの魂はどこかで笑いに繋げてしまう。
 問題はたけし自身にその自覚が無い事なんだと思う。それにしても、石原(加瀬亮)の処刑シーンには大笑いしそうになった。最高のブラックギャグでした。
 
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巷説志忠屋繁盛記・1『そよ風の志忠屋』

2020-01-09 06:58:32 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・1
『そよ風の志忠屋』                  

 

 オ…………
 
 マスターのアイサツである。

「いらっしゃいませ」
 普通の店なら、この一言から始まる。
「何名様ですか……タバコはお喫いになりますか……何番テーブル、何名様です」
 てな具合に続く。

 これから気まぐれで書こうとしている志忠屋は、そういう店ではない。

 店の自動ドアを入って、首を九十度も振れば、店の全体が見渡せる。
 左手の西方向には、テーブルが二つ。正面から右手の方向にはカウンターがある。
 テーブルとカウンターを合わせて十五人ほどのお客が入ると満席という、こぢんまりした店である。
 店の名前から、ご想像はつくと思うが、シチューをメインにした、イタメシ屋のようである。
 ようである。という曖昧さは、わたしの料理に対する知識の無さからきている。

 で、「オ」というマスターのあいさつである。

 マスターは、普通のお客に対しては、きちんとあいさつする。
「いらっしゃいませっ」
 本人は、ほとんどえびす顔のつもりでいるが、わたしが見ると、ビートたけしの『アウトレイジ・ビヨンド』に出てきそうなスゴミがある。大半のお客は、マスターの声のみを聞いて、あとはパートのSちゃんやMちゃんに可愛く誘導され、お冷やとおしぼりを出されメニューに集中する。
 SちゃんやMちゃんと書いたが、別にSMの店ではない。マスターのタキさんを除いて仮名にするためである。わたしは固有名詞を覚えるのが苦手なので、安直にS・Mとしているだけである。ちなみにチーフシェフはKさんである。チーフと言っても、厨房には、マスターのタキさんとKさんしかいない。チーフと呼ぶのは心意気と、Kさんの、マスターに劣らない技量からきている。
 
 この志忠屋はシチューをメインにしているが、パスタの味わいも一際で、わたしは、いつもパスタ「海の幸」をオーダーする。

 以前、パスタ料理で有名な「〇の穴」という店に行ったことがある。食べ終わると、シェフがカウンターから、顔を出し「どうですか、おいしいでしょ!」と、感想を押しつけてきた。
 わたしは極端な出不精で、近年ほとんど外出しない。従って外食することは、ほとんど無いので、パスタは、まだ「スパゲティー」と言われた頃の喫茶店などのものと、志忠屋のそれしか知らない。この「〇の穴」のパスタはひどかった。あいまいに方頬で笑って無言で伝票を掴んだことを覚えている。
 志忠屋のパスタは、わたしの少ない外食経験から言っても、最上級と言っていい。

 で、再び「オ」というマスターのあいさつ。

 マスターとは、四十年来の〇友同士である。〇の中に「親」「良」「悪」のいずれかを入れるのは、読者のご判断にお任せする。

 そういう〇友関係なので、わたしには「オ」ですまされる。この「オ」に対するわたしの返事は「オ」あるいは「ウ」で済ませてしまう。
 わたしは、月に一度の通院の帰りに、ランチタイムを少し外して志忠屋にいく。「海の幸」をオーダーして、食べ終わったころにランチタイムが終わり、「アイドルタイム」という休憩とディナータイムの仕込みの時間になる。
 この時間になって店に居座っているのはわたしぐらいのものである。店のスタッフ(マスターとKさん、Sちゃん、あるいはMちゃん)がマカナイの昼食をとっている間、わたしはコーヒーを頂いている。そして、五時近くまで居座り、タキさんと世間話や、芝居、映画、書評などを語り合う。
 語り合うなどと標準語で書くと、お上品に聞こえるが、タキさんもわたしも、河内のど真ん中の八尾市の住人である。
「オッサン、オバハン、オヤッサン、イテモタランカイ。シバくぞ。シメなあかんな。あのクソッタレが……」などと方言丸出しである。芸術的、あるいは学術的単語を抜いて文字におこせば、まさにビートたけしの『アウトレイジ・ビヨンド』のようになる。

「マスター、ここですわ」

 kさんがカウンター席の後ろでつぶやいた。

 志忠屋の店内には、そよ風が吹いているのだ。

 食い物屋なので、絶えず換気扇が回っていて、世間の店同様に空気が環流している。
 しかし、この志忠屋は、換気扇による環流の他にどこか外から壁の隙間から風が吹き込んでくるのである。チーフのKさんは、その道のプロである。換気扇の回る音は、食い物屋としてはBGのようなものであるが、どこかの隙間から入ってくる微かな風音は、とても気になるのである。そっして、やっとその原因を突き止めたのである。
「こら、配管と壁の隙間やなあ……」
 タキさんは、ポニーテールをきりりと締め直して答えた。
 誤解のないように申し上げておくが、マスターのタキさんはオネエではない。十年ほどやったサラリーマンを辞め、料理人の道に入ってから髪を伸ばし始め、日頃はチョンマゲというかポニーテールにしている。

「とりあえず……」

 ということで、紙をちぎって突っこみ、後日、本格的にコーキングで隙間を塞いだ。

 しかし、その翌月行ってみるとやはり風を感じる。

「まだ、風が吹き込んでるで」
「そうか、ちゃんと直したんやけどなあ」
「そやけど……あ、このオレ自身が、そよ風なんかもしれへんなあ」
 わたしのウィット(のつもり)にタキのオッサンはニベもなく、こう言った。
「なに、ぬかしとんねん。病院行きさらせ」

 わたしには、持病のメニエルがある。ときに、風が吹き渡るような耳鳴りがすることがある。タキさんはそれを知っていて、暖かい河内弁で忠告をしてくれたのである。

 しかし、それとは別に、耳でも聞こえず、体にも感じない風が、この志忠屋には流れている。

 わたしの駄文と言っていい作品群の中の『オレンジ色の自転車』は、親の理不尽な理由で転校を余儀なくされた「はるか」という少女の心情が、明るくサラリと書けていてアクセスも多い。その『オレンジ色の自転車』は、この、そよ風感じるカウンター席で、二十分ほどで書き上げたものである。
 他にも、いろんなアイデアが、ここのカウンターで浮かんできている。

 そよ風さまさまである……。

☆ この物語はフィクションです……が

 志忠屋は、大阪は地下鉄南森町一番出口、徒歩30秒のところに実在した店で、マスターのタキさんこと滝川浩一は、本当に四十年来の〇友であります。わたしの作品『はるか 真田山学院高校演劇部物語』『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』には実名で店ごと登場しております。
 映画評論家としても名を成しており、作品を書くときの、映画や食文化、風俗の監修などで助けてもらっております。わたしのブログの中の『押しつけ映画評』などは、彼のものを転載させてもらっております。中断していた連載ですが、タキさんの思い出をしばし留めんとの想いで、再開しました。6回までは復刻、7回から新規になります。
 
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大人ライトノベル・志忠屋繁盛記・8『気の利いた日本語講座』

2013-08-08 13:04:27 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・8
『気の利いた日本語講座』
      


 志忠屋のマスター・タキさんは日常会話において河内弁以外口にしないことを信条としている。

 その割には、交友関係が広く、亡くなった勝新太郎や中村勘三郎さんなどとも、たまたま飲み屋でいっしょになっただけで、友だちのように喋ってしまい、店の二三件は軽く梯子し、嘘か誠か、勘三郎さんからは「大阪のニイサン」とまで言われた。
 国際的にも付き合いの幅は広く、アメリカ人、フランス人をはじめ国籍不明までを含めると十数カ国の友人が居る。
 東日本大震災のおりには、東京方面から大挙して外国人の皆さんが非難してきて、ひところの志忠屋は、そういうタキさん曰く「不良外国人」のたまり場のようになった。
 外国人の方々の名誉のために申し上げておくが、彼らはけして不良ではない。正しくは、タキさんから不良のような言動を、しゃれた言葉や身のこなしと教えられ、あちこちで不良と間違われた方々である。

 大阪への疎開生活にも飽きてきたころ、ミシュランの重役をやっているジョルジュ氏が、禁断の質問をした。

「タキさん、なにか気の利いた日本語教えてくれないかい?」
 目の奥底を光らせながら、タキさんは聞いた。
「どんなシチエーションで、使う言葉やねん?」
「職場の若いスタッフが、なにか失敗したときに、カマスような……それから、パーティーなんかで、食べ物ちょっと落としただけで捨ててしまう、もったいないときとか」

 タキさんは、ニンマリ笑って二つの言葉を教えた……。

 ある日、ジョルジュ氏の会社の女の子が遅刻してきた。彼女は山手線で通っているが、この山手線のラッシュ時の混みようは、他の日本人でも理解しがたい。ドアのあたりに立っていても、開くのが反対側のドアであれば降りられないことがある。
 彼女は、会社の最寄り駅の三つ前の駅で、反対方向へ押し込まれ、最寄りの駅で降りることができず、三十分遅刻してしまった。
 彼女は、上司であるジョルジュ氏の机の前に立ち、わびと共に頭を下げた。
 ジョルジュ氏は、ここだと思った!

「※※!」

 周囲は、一瞬固まり、女の子はグッと口を一文字に結び、深々と頭を下げ、足早に自分のデスクに付いた。
 ジョルジュ氏は、クールに決まったと思うと同時に、何とも言えない違和感をスタッフが発しているのを感じた。

 なんと、明くる日彼女は辞表を出した。

 驚いたジョルジュ氏は、知りうる限りの日本語と、彼女との共通言語である英語を駆使して慰留に努めた。
 で、やっと辞表を撤回させたジョルジュ氏は、滝川に電話した。
「大変だったよ。あれ、ほんとは、なんて意味!?」
「普通やで、わしら、仲間が失敗しよったら『ボケ!』の一言で収まる」

 ジョルジュ氏は、会社で自分より日本語に堪能なドイツ人のシュルツに聞いた。
「それは、大阪の、ごく一部じゃ信愛のこもった言葉だけど、他のところじゃ、英語の『※※!』にあたる」
 そう言われて、ジョルジュ氏は卒倒しかけた。

 しかし、ジョルジュ氏は、タキさんに悪意がないことが分かったので(ジョルジュ氏は、かなりの親日家で、タキさんの毒には不慣れであった)次の言葉をパーティーで使ってみた。

 日本の自動車メーカーのエライサンたちが大勢くる気の抜けないパーティーで、なんとかソフトに、かつクールに決めてみようと思った。

 で、チャンスが巡ってきた。

 日本のエライサンがローストビーフを取りこぼし、床に落としてしまった。ジョルジュ氏は、あっさりと落ちたローストビーフをつまみ上げ口に放り込んだ。
 またしても、周囲は一瞬固まった。で、ジョルジュ氏はかました。

「な~に、死にゃあせん」

 日本人のエライサンは、そのジョルジュ氏のセンスとユーモアの感覚に思わず声を出して笑った。
「そうだ、死にゃせん! ビジネスにも、この感覚は大事ですなあ!」
 そこへ、件のドイツ人のシュルツがやってきてたしなめた。
「そんな、下品な日本語使うんじゃないよ!」
 ジョルジュ氏は、シュルツが理解できないフランス語で早口で、かつ笑顔で、こう言った。
「ケツの穴からホウキ突っこんで突っ立ってるドイツ野郎め♪」
 フランス語の分かるスタッフが真っ青になった。

 それから、数年後、ジョルジュ氏の次男が、周囲の反対を押し切って自衛隊に入ろうとした。

 日本では、お気楽な自衛隊であるが、国際感覚では立派な軍隊で、フランスの親類はもとより、日本人のお母さん、滝川のオッサンまでが、動員されて説得にまわった。

 ジョルジュ氏の次男は、ニッコリ笑ってこう言った。

「なあに、死にゃせんよ♪」


『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』        

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℡045-714-1471   
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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・6『雨上がりの奇跡』

2013-05-21 23:06:39 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・6
『雨上がりの奇跡』
       


 通り雨が過ぎた跡の香りに夏を感じるのは、もう六十になろうかという歳のせいかもしれなかった。

 今夜は晴れて、けっこう繁盛するかと思ったが、案に反してディナータイムは坊主であった。
 予想に反して、イレギュラーな土砂降りになってきた。まだ、こういう勘が当たるほどの歳でもないかと苦笑して、片方の尻をあげて放屁しても笑う相手も居ない。パートのトモちゃんは娘(坂東はるか)のテレビ出演に、若手俳優の母ということで、バラエティーに出演中である。まあ、夜の入りはしれているので、自分一人でもこなせると、トモちゃんには見栄を張ったが、正直、この土砂降りには少し感謝でもある。
 それにしても、完全な坊主ではオーナーとして業腹である。
 自分の身から出た臭いに閉口して換気扇を強にしにいくと、それがスイッチでもあったように客が入ってきた。
「いらっしゃ……」
 そこまで言って、マスターは驚いた。レインコートを脱いだその下は、新しいともクラシックとも言える青と白の大柄なギンガムチェックのワンピ。それが若いプロポーションによく似合っている。
「マスターおひさです。とりあえず、白のワイン。で、覚えてたらいつもの」

 この子は、以前悪友の大橋が、よく連れてきた、大阪の高校演劇の名門(マスターも大橋も認めないが)R高校出身の君子である。けして名前を訓読みした君子(くんし)ではなく、取り扱いの難しい娘であるが、マスターほどのオッサンには面白い子である。たしか、この春に短大を卒業して就職したはずである。ワインを出しながら、マスターは思った。
 
「今日は、二重の意味で珍しいなあ」
 マスターの意地悪な言い回しに、君子は一睨みしておいた。このマスターを睨みつけられるなんて、わたしも大人になったもんだと、君子は思った。
「へい……チーズセットとサラダ」
「嬉しい、覚えていてくれたんだ!」
「ベッピンさんの好みは忘れへん……君子なあ、ワイン一気のみするやつあるかあ」
「ハハ、つい喉ごしいいもんで」
「おかわりか?」
「とーぜん、もう二三杯」
「一杯だけにしときや、まだ若葉マークやで」
「わたし、お客なんですけど」
「……突然変な天気になりよるし、君子はブスッとしとるし」
 カエルの面になんとかで、マスターは、完全な業務用の笑顔。この肉厚な笑顔に対抗できるだけのボキャブラリーは、二十歳の君子にはない。
「彼とは、あんまりけえへんけど、どないやねん?」
「ノーコメントです!」

 実は、昼間、君子には、あいつから電話があった。仕事が早く終わりそうなので、「今夜会わないか」というのだ。君子は、二人にとって恒例になっていた週末デートを二週続けてキャンセルしていた。最初のは、都合をつけられないこともなかったが、職場の女子会があるからと断った。二度目は本当にウザかった。
 理由は、その男の距離の取り方だった。

 成人式の日、家まで送ってきたやつにキスされた……させてしまった。

 成人式のアゲアゲのムードもあったし、ほどよく……少し度を超したアルコールも入っていた。
 でも、これは、その場限りの、成人式にありがちな、君子としては限度一杯の飛躍でしかなかった。
 それを男は、勘違いしている。もう恋のカリキュラムを一つ進めて良いような気になっている。その独りよがりな距離の詰め方が、君子にはウザかった。

「まあ、男て、そんなもんやけどな……」

 気づいたら、君子は喋らされていた。どうもオッサンというのは油断がならない。
「なんやったら、試しに彼読んで、テストしたろか?」
「はあ?」
「そやかて、ここは志忠屋やで」
「うん、シチュ-とパスタのお店」
「こういう書き方もでける」
 マスターは、メモ用紙にこう書いた。
『試チュー屋』
「もう!」
「君子のそういう顔は、高校生のときのままやな」
 そう、オチョクッて、紅の豚のポルコのように豪快に笑った。
「そういや、このお店来るようになってから、足かけ四年目かな……」

 君子はマスターの毒消し笑いで、昔の思いにふけっていた。

「このごろ、大橋とは会うてないんか」
「あ……ご無沙汰してます」
「まあ、ええけどな。あいつちょっと苦戦しとるで」
「え……?」
 マスターは、店のパソコンを大阪高演連のサイトに合わせて見せてやった。あいかわらず大橋ののブログは、ヤフーでもグ-グルでもトップのあたりにあった。トップのブログを見て、君子は悲しくなった。

 どうやら、大阪は曲がり角にきているようで、この三月には臨時総会を開いている。総会の内容は、定例なら明くる日にはアップロードされるが、これについては、連盟のオフィシャルには、なにも書かれていない。それも含め、先生は、この一年の大阪の不始末を列挙し、大阪の後退をラディカルに訴えて、三月の総会についても、いろんな資料から類推し、幹部の先生にも確認をとって書いていたが、見事に外れていた……もう、大橋には、君子たちのような存在がいないようだ。
「これって、卑怯です!」
「せやろ、さんざん確認させて、答えもせんとひっくり返す。連盟も大人げないなあ」
 君子は、スマホを出して、大橋にメールを送ろうとした。
「やめとき。大橋は、そういうの一番嫌がりよる。打つんやったら、還暦祝いぐらいにしとき」
 で、デコメいっぱいつけて、ちょっと月遅れのハッピーバースデイを送った。

 その時、にわかにカミナリがして、お店の電気が一瞬消えた。

「おいおい、昭和とちゃうねんで、こんなカミナリぐらいで……」
 マスターのボヤキの途中で、灯りが戻った。

「あ………」

 マスターが魂の抜けたような顔で、テーブル席を見た。つられて、君子も、そちらの方を見る。四人がけの席にソフト帽を被った、麻生副総理に、もっとスゴミをきかせたような、オッサンともオジイサンともつかない人がが座っていた。
「久しぶりやな。自分は山本高校で、ようゴネてた……コウチャンやな」
「まさか……四天玉寺高校の藤木先生……」
「今のカミナリで、二か月ほどはよ来てしもた。ちょっとロックで一杯くれるか」
 そういうと藤木先生は、帽子を脱ぎタバコを探した。
「切らしたなあ……コウチャン、朝日あるか」
「え、朝日ですか……あった……なんでやろ?」
 マスターは、そう呟くと、オンザロックと朝日というタバコを持って行った。
「君は、どこの演劇部やったんや?」
 鬼瓦のような顔に似合わない笑顔で、君子に聞いてきた。
「はい、R高校に居ました」
「ああ、あの道具に凝る学校やな。名前忘れたけど、顧問の先生は元気か?」
「あ……しばらく行ってないもんで。でもクラブの様子、ネットとかで見ていたら元気みたいですよ」
「コウチャン、そのパソコンで、R高校の顧問出してくれるか」
 マスターが、操作するとパソコンがオモチャのように見える。
「なんや、ガキチャレと格闘家しか出てきまへん……」
「あ、頭にR高校つけると出てきます」
 わたしの、アドバイスで、うちの顧問が出てきた。
「なんじゃ、難波の高演のリーダーがこれかい。RF高校のあいつは?」
「……九州の信用組合のえらいさん……ああ、二ページ目に出てきました」
「大げさな芝居やるわりには、しょぼいなあ……大の字は?」
「四万件出てきます。見ます?」
「ええわ、あいつも数だけやのう……」
 そう言いながら、藤木先生は老眼鏡を取りだした。
「ほう……そこそこには本も出しとるようやけど、こいつも口だけやからなあ」
 この先生にかかっては、蒼々たる先生達もカタナシである。

「芝居は、おもろないとあかん」
 そう先生が言ったころには、灰皿は『朝日』という強烈な臭いの吸い殻で一杯になり、マスターは手際よく灰皿を交換した。
「わし、沖縄戦の生き残りでなあ……斥候に出たとき、敵に囲まれてしもてなあ。撤収しよ思たら、隣の分隊長が撃たれてしもて……なまじ英語がでけるもんで、すぐに捕虜になってしもた。で、一年ちょっと捕虜生活。捕虜て退屈なもんでな。アメチャンの所長と相談して、収容所の中で劇団こさえた」
「え、ほんとですか!?」
「ああ、ウケタで。馬場の忠太郎、国定忠治、金色夜叉、松竹の舞台の真似もやったな。賢弟愚兄とかな。とにかく芝居は理屈やない。分かり易うて、笑うて、泣かしてくれるやつ。おもろかったなあ……」
「その間、奥さんは毎日大阪駅行って、『○○部隊の藤木はおりませんか!?』やってはったんだっしゃろ」
 そこで、先生は激しくむせかえった。
「コウチャン、それ、誰から聞いた?」
「大の字が、先人の体験を語り継がなあかんいうて、いろんな年寄りから話し集めとります」
「『戦争を知らない子どもたち』か……もう還暦のオッサンのくせして」
「でも、奥さんとは、感激の再会やったんでしょ?」
「それが、合うなり張り倒されてな」
「え、どうしてですか!?」
「わし、収容所でえらい肥えてしもてな。カミサンは栄養失調でガリガリや、そんなんが、汽車から降りてきて『よお、元気やったか!』……そら、張り倒したあもなるわな」
 先生は、ワケありげに体を傾けると放屁された。奇しくも、マスターが放屁した同じシートである。朝日の香りと混ざって、えも言えない空気になり、君子はは思わずファブリーズを探してしまった。
「今は、ケイオンやらダンス部やらが人気あんねんやろ?」
「ええ、参加団体では、去年ケイオンに抜かれてしまいましたわ」
 マスターは、また灰皿を替えた。
「いつまでも、とろくさい芝居やってたらあかんで、お嬢ちゃん、あんたも現役のころはハッチャケとったんやろ。せめて、今の気い抜けた高演、どないかしたってえや」

 それから、藤木先生とマスターの面白い話は続いた。そうやって、ボトルが一本空になったころ……。

「ああ、やっぱりここに来てたんか!」
 男が、店に入ってきた。
「あなたのこと呼んだ覚えはないんだけど……あれ?」
「どないした、君子?」
「藤本先生は?」
「え……そんな人おらへんで。オレと君子だけやったで」
 マスターはマジな顔で言う。
 姿は見えないが、まだ気配はしている……。
「マスター、おあいそ」
「へい、千五百円」
「じゃ、また……」
「今度は、オレに付き合えよ」
「ごめん、家帰って、メール打たなきゃならないから」
 それでも、男はは店の外まで付いてきた。
「あんまりしつこくすると、そこ交番だからね!」
 そんな若い二人の会話を聞いていると、フト記憶と藤木先生が戻ってきた。
 
 ブラインドの隙間から見上げた空には、すっかり上がった雨のあとに化かされそうな満月が浮いていた……。 
 この物語はフィクションであり、登場人物、団体は実在のものではありません


『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』        

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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・7『再会……そして』

2012-12-10 20:22:04 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・7
『再会……そして』
    

 志忠屋は実在する、わたしの悪友滝川浩一君の店ですが、彼を含め、出てくる人物などは架空のものです。


 マスターのタキさんが大あくびをした。店は、地下鉄谷町線一号出口から徒歩三十秒。ロケーションとしては悪くないのだが、天神橋筋を一筋はいるだけで、人の流れがまるで違う。景気の悪さも手伝って、ディナータイムは客の入りが悪い。
 タキさんが、あくびのためにトトロのような口を開いて大量の空気を吸ったので、Kチーフはあやうく窒息しかけた。

「ぼーずかな、今夜は」
「…………」
「なんとか言えよ」
 酸欠から立ち直った、Kチーフが携帯酸素ボンベで生き返って、やっと返事した。
「あくびとか、クシャミするときは、あらかじめ言うてくださいね」
 タキさんは、次ぎに放屁した。
「……あの、そういうときも」
 Kチーフは、換気扇を強にした。
「屁ぇは言わへんかったやんけ」
「マスターは何やってもトトロ並やさかい」
「ワハハ……もっかい、あくびするぞ」
 Kチーフが携帯酸素ボンベを構える。タキさんが大口開けて、空気を吸い込む……それに釣られたように店のドアが開いた。
「こんばんわ……」
「お、はるか。いま帰りか」
「うん、夕方には帰れるはずだったんですけど。収録のびちゃって……Kさん。それ、なあに?」
「あ、こうやって遊んでるんです。あんまりヒマやよって」
「よかった……タキさんたちには悪いけど、落ち着いて話ができそう」
「だれかと、待ちきってんのんか?」
 ホカホカのおしぼりとお冷やのグラスを出しながら、タキさんが聞いた。
「帰りの新幹線で、由香に電話したんです。あの子とも三ヵ月会ってないから」
「ああ、黒門市場の魚屋の子やなあ。いま、なにしとんのん?」
「B大学。えーと文学部」
「あんまり文学いう感じの子やないけどなあ」
「ああ、気持ちいい……」
 はるかは、ホカホカのおしぼりを広げ、顔を押さえた。
「オッサンみたいなことすんなよ。一応女優さんやねんさかい」
「オッサンてのは、こんなですよ……」
 はるかは、おしぼりをたたんで、顔やら首を拭き始めた。
「おいおい、ほんまにオッサンになるなよ。坂東はるかは、一応清純派やねんから」
「タキさんは、なんでも一応が付くのね」
「ワハハ、ワシの目えから見たら、まだまだ駆け出しやからな……チーフなにしてんのん?」
 Kチーフは、はるかが使ったおしぼりを丁寧にたたんで、ビニール袋に入れている。
「はるかちゃんが使うたおしぼり、ビンテージもんやさかい」
「あ、やめてくださいよ。そんなの」
「そやな、そういうフェチには高う売れるかもなあ」
「もう、タキさんまで!」
「ワハハ、こないやって遊んでなら、あかんくらいおヒマ」
「あ、ぼく本気で……」
「もうKさん!」
 アイドル女優も、この志忠屋に来れば、いいオモチャである。そうやって盛り上がっていると、いつの間に入ってきたのか、由香が入り口に立っていた。

「ほんま、うち三回も『こんばんわ』言うたんですよ」
 由香がむくれた……ふりをした。
「ハハ、あんまり楽しそうやから、いつ気ぃつくか思て」
「ハハ、ほんと、一瞬雪女じゃないかと思った」
「ほんまや、えらい雪降ってきよった……」
 タキさんが、ブラインドを少しずらして、ため息をついた。
「とりあえず、はるかコースで。ホットジンジャエールできます?」
「あいよ、風邪ひき予防にもなるさかいなあ」

 由香は、はるかが高校時代に東京から転校してきて以来の付き合いだ。はるかがスカウトされて東京で女優業を始めてからは、あまり会うことができなかったが、こうして会うと、女子高生時代に戻って互いにホグし合うことができる。
「で、吉川先輩とは、うまくいってんの?」
 吉川とは、高校時代の先輩で、最初ははるかに気を寄せていたが、歯車がかみ合わず、結果的には由香といい仲になり、サックスの勉強のためにアメリカに渡っている。
「うん、今は大阪に帰ってきてくれて、毎日ラブラブ!」
「おお、ヌケヌケと言ってくれるじゃん」

 そうやって、二人は危うくボウズになりかけた、その夜の唯一の客になり、楽しい一時を過ごした。
 やがて、由香のスマホが鳴りだした。
「あ、ちょっと電話みたい……はい、由香です」
 そう言いながら、由香はブルゾンを器用に着ながら、外に出た。
「客は自分らだけやから、気ぃつかわんでもええのにな」
「きっと、彼氏からとちゃいますか。照れくさいよってに」
「そうね、由香ってそういうとこあるから。ああ、ウラヤマだなあ」
「なに言うてけつかる。はるかが振ったオトコやないか」
「あ、ひどいなあ。それは違いますよ」

 と、しばらく由香抜きで盛り上がり、二十分ほどが過ぎた……。
「ちょっと寒いやろ、はるか、見にいってやり」
「はい……ちょっと、由香……」
 瞬間、はるかの声が途絶えた。
「はるか、どないかしたんか?」
 タキさんが店の外に出てきた。そこには、呆然と佇むはるかが居るだけだった。
「由香がいない……足跡もない……」
 積もり始めた雪の道路には、足跡もなかった。
「わたし、上のほう見てきますわ」
 Kチーフがビルの階段を、由香の名前を呼ばわりながら上がっていった。
「由香あ!」
 はるかも、思わず叫んで、表通りまで出た。交番の秋元巡査まで出てきた。
「どうかされ……あ、あなた、女優の坂東はるかさん!」
「あ、友だちが!」
 はるかが、半ば咎めるように言った。
「失礼しました……あ、この二十分ほどでしたら、自分はこの前の道を見ておりましたが、そちらの方からは誰も出てきてはおりません」
「ひょっとしたら、店に……」
 秋元巡査も付いてきてくれて、四人で店に入って驚いた。由香が座っていた前のテーブルには、由香が取り分けた料理が、ジンジャエールも、おしぼりさえ袋に入ったまま手つかずで残っていた。

「ちょっと由香に電話……」
 はるかはスマホを出し、由香に電話をかけた……なかなか出ない。あきらめかけたころ……。
「もしもし……あ、はい、はるかです。由香は……そんな……だって。はい、今から行きます」
「どないした、はるか」
「あとで電話します!」
 はるかは、それだけ言うと、表通りでタクシーを掴まえ、そのまま行ってしまった。

 それから一時間ほどして、はるかから志忠屋に電話があった。
――はるかです……由香は一週間前から急性肺炎で入院していて……いま危篤状態……。
 はるかの声は、それから嗚咽になった。
「はるか、大丈夫か!?」
――今夜は……付いていてやります。あ……はいすぐに! タキさん、またあとで。
 そこで、はるかの電話は切れた。タキさんは、ゆっくりとテーブルに目をやった。
「あ……」
 そこに、由香の姿がうっすら現れて、すっと消えてしまった。

 そのあと、由香がどうなったか……それは、またいずれ……。



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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・6『それからのトコ&トモ』

2012-11-15 15:40:52 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・6
『それからのトコ&トモ』
    

 この物語に出てくる志忠屋は実在しますが、設定や、登場人物は全てフィクションです。



 それから……それからと言うのは、前章で志忠屋の南隣の新米巡査をイジった後のことである。

「自分ら、あんまり純粋なお巡りさんイジるんやないでえ」
 タキさんに、方頬で笑いながらオコラレても、言葉も返せないアラフォーであった。ちなみに、アラフォーというと四十歳前を想像しがちであるが、このトコ&トモは、あくまで四捨五入してのアラフォーであるとおことわりしておく……にしては、やることが子どもっぽい。

「大滝はんがパトロールから帰ってきたら出られるで。なんせ、あの秋元巡査は勉強熱心で、大滝はんが帰ってきたら、質問攻めの勉強やからな」
 その言葉通り、大滝巡査部長が帰るのを待って、交番の前を何食わぬ顔で通り過ぎ、トコ&トモは、ちょっとだけセレブなカラオケ屋に行った。

 小田和正(オフコース)、鈴木雅之、レベッカ、中森明菜、とまぁ、世代的に相応しい曲を一通り歌ってしまい、勢いづいてAKBに挑戦したところでタソガレテしまった。
「どうも『UZA』はあかんな……」
 挑戦的な歌い出しが気に入って歌いだしたのだが、「運が良ければ愛し合えるかも~♪」「相手のことは考えなくていい~♪」の、あたりでタソガレだした。
「こんな子ら……ほんまの『UZA』なんか、分からへんねやろねえ……」
「ああ、トコちゃんは、そこでひっかかったか……」
「トモちゃんは?」
 そう言って、トコは気の抜けたハイボールを飲み干した。
「それより、トコちゃんが先。なにかあったんでしょ……」
「……なんで分かるのん?」
「いちおう物書きのハシクレだから、今日のトコちゃん明るすぎ」
 
 何を思ったのか、トコは部屋の明かりを半分に落とした。

「……今日、科長をしばいてしもた」
「え、どっちで!?」
 トモちゃんは、両手でグーとパーを作って見せた……トコが反応しないので、トモはグーを少し開いて望遠鏡のようにして、トコの顔を覗き込んだ。目が潤んでいるのが分かった。
「トコ……」
「ほんまにウザかってん」
「で、どっち?」
 トモは再び、グーとパーを見せた。それにトコはチョキをもって答えた。
「あ、こっちが負けだ」
 トモは、パーの左手を下ろした。
「て、ことはグー……」
「で、ヴィクトリー……」
「勝っちゃったんだ……で、手応えなかったんでしょ?」
「なんで、そう先回りして分かるのんよ。グチ言う甲斐があれへんでしょ!」
「グサ……別れた亭主にも同じこと言われた」
「たとえ、自分に間違いがあったとしても、オンナにしばかれて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔は、ないわよ。怒るなり反論するなりしたらええねん。いや、せなあかんねん!」
 
 トモは、カラオケのモニターの音をミュートにして、真面目に答えた。

「だれでも、トコちゃんみたいに仕事に命賭けてやってるわけじゃないからね。あんた、いい加減てのができないヒトだから」
「トモちゃんも、ヒトのこと言われへんでしょうが。娘道連れにして、亭主と別れて大阪くんだりまで落ちてきてからに」
「あ、それ聞き捨てになんないなあ。あたしはね、いい加減だから、亭主と別れたの。一所懸命だったら、亭主しばきたおしてでも、印刷工場立て直したわよ。いい加減だから見切りをつけたの。それに、はるかには強制はしていない。あの子は、自分の意思で、あたしにくっついてきたんだから」
「はるかちゃんは偉い子。それは認めるわ。一見しなやかそうで、なかなか心が強い。なんで、あんたみたいなオンナから、あんなええ子が生まれたんやろ」
「悔しいけどね、はるかは、あたしと元亭主のいいとこだけとって生まれてきたような子だから」
「四十過ぎのオバハンが十八の娘に、もう白旗かいな」
「うん」
「なんか、張り合いないなあ」
「だって、ハナから負けてるやつに張り合ったってくたびれるだけだもん。まあ、そのへんのとこは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』読んでちょうだい」
「もう、三回も読んだ」
「トコはさ、人生の中途から、理学療法士なんかなっちゃったから、なんか理想主義ってとこあんじゃない?」
「そんなんとちゃう」
「ま、たとえ話だけどさ」
「ん?」
「働き蟻ってのが、いるじゃん。よく一列になって、餌だかなんだか運んでるの。あれ、よく観るとね、一割の蟻は、働いてるふりして、サボってんだって」
「ほんま?」
「うん、そいでさ。サボってる奴ばっかり集めてチーム組ませると九割の蟻がきちんと働き出すらしいよ。そいでもってさ、働いてばっかの蟻を集めてチーム組ませると、やっぱ一割のサボりが出るんだって」
「ほんまあ……?」
「ほんとだって、本書くときに、マジ調べたんだから。なんなら、休みの時にアリンコ掴まえて実験してみる?」
「ハハハ、それほどヒマやないけど、なんか元気になってきたわ」

 それから、二人はヘビーローテーションで締めくくった。

 それから二人は、深夜営業のボーリングに行き、一番ピンを科長に見立てたり、タキさんに見立てたりしてボールを転がした。
「やったー!」
 トモが鍛え上げたローダウンリリースでストライクを取ったとき、タキさんは店のシャッターを閉めて、何故かバランスを崩してこけてしまった。
 トコが、それを真似して、惜しくも一番ピンをかすめたとき、件の科長は、帰宅途中、家まであと二十メートルというところで、危うくバンに轢かれそうになった。
「こ、こらあ!」
 と、叫んだ科長の目には「玉屋」と屋号がかかれていた……。


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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・5『トコ&トモ、新人お巡りさんをイジル』

2012-10-31 11:23:55 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・5
『トコ&トモ、新人お巡りさんをイジル』
    



 トコ(叶豊子)は、志忠屋のカウンターで、タキさんや、Kチーフが手際よく料理を作っているのをみているのが好きだ。
 タキさんが、トコの顔ほどもある手で小気味よくタマネギを刻んでいるのを見ているだけで、なんだか魔法のように思え。そうやって、調理を見ていることが彼女にとって癒しであり、普段は、なんだか思い詰めたような顔になり、ときにハンパな馴染み客には誤解を与える。

――叶さん、なにかマスターに深刻な話があるんとちゃうやろか……?

 実のところは、ただ呆けているだけで、それで仕事の疲れを癒しているのである。
 ところが、今日のトコは、少し違った。トモちゃんが復帰したこともあって、ひどく楽しげで、タキさんも、Kチーフも、そうであろうと思っていた。
 ただ、当のトモちゃんは、そればかりではないように感じていた。

 少し明るすぎる……と言っても、トコが喋りまくったり、アハハと馬鹿笑いしているわけではない。
 BGで流れている、ジャズに軽くスゥイングしながら、リズムをとり、ニコニコしている。
 ちょうど、ナベサダの「カリフォルニアシャワー」がかかっていたので、そのノリは、ごく自然で、投げかけてくる話題も、トモちゃんの娘のはるかのことなどで、ごく普通。
 しかし、トモちゃんは、そこに微妙な違和感を感じた。さすが作家……というほど売れているわけではないが。

 店の前を、交番の大滝巡査部長がパトロールに出るのが、見えた。トモちゃんは閃いた。
「ね、トコちゃん、これから二人でカラオケいこうか」
「え、いいんですか。わたしは嬉しいけど!?」
「いいでしょ、もう今日は十分働いたでしょ、わたし」
「まあ……」
 タキさんは苦笑いで応えた。
「OKね、じゃ、トコちゃん、行こうか!」
「うん!」
 遊園地へ行く子どものように、トコは喜んだ。

「ちょっと、すみません……」
 トコは、びっくりした。店を出て角を曲がったら、すぐにトモちゃんが交番に入ったからである。
「はい、なんでしょうか!?」
 まだ制服が板に付かないところが初々しい新米の若いお巡りさんだった。若い頃の米倉斉加年(ヨネクラマサカネ)に似ていると思ったのは、二人が見かけよりも歳をくっている証拠である。
「あの、この近所に志忠屋って、イタリアンのお店があるの、ご存じないかしら?」
 トモちゃんの質問に、トコは思わず吹き出しそうになった。
「シチュー屋でありますか?」
「あ、そのシチューじゃなくて、志すの志に忠犬ハチ公の忠」
「は、ハチ公で、ありますね」
 お巡りさんは、壁の地図とにらめっこを始めた。
「……南森町の一番出口から、少し行ったところだって聞いてきたんですけど……」
 トコも、調子を合わせてきた。
「一番出口というと、すぐ横ですが、イタリアンのお店となりますと……」
 お巡りさんは、見当違いの堺筋や天神橋筋を探している。
「お巡りさん、ひょっとして東北の人?」
「あ、分かりますですか?」
 分かるもなにも、アクセントが完全な東北訛りである。
「なんとなく、雰囲気が」
「いや、気を付けてはおるんですが……」
「ううん、とっても真面目なお巡りさんて感じですよ」
「はあ、恐れ入りますです。ええと、ピエッタ……ミラノ……ちがうなあ……」
「ごめんなさい、お手間とらせて」
「いいえ、お二人は東京の方でありますか?」
「ええ、わたし、南千住。この子は葛飾の柴又」
「あ、それって寅さんで有名な!?」
 トコは、瞬間で柴又の出身にされてしまった。
「自分は寅さん、大好きなんです。駅前に寅さんの銅像ができましたでしょう!」
「あ……ええ。カバンもって腹巻きに雪駄でね」
 トコは適当に答えたが、若いお巡りさんは、本気で嬉しくなった。
「自分は、行ったことはないんですが、寅さんの映画はDVDで全部観ました。やっぱりマドンナは、浅丘ルリ子のリリーさんですね!」
「は、はい、そうですね!」
 寅さんの映画をあまり観たことがないトコは、頭のてっぺんから声が出た。
「あ、志忠屋でしたね、志忠屋……」
「お巡りさんは、東北のどこ」
「はい、石巻です」
「石巻……じゃ、大変な被害に……」

 地図をたどっていた、お巡りさんの指が止まった。

「はい……妹が……でも、二日目に発見されました。どろんこでしたが、女性警官の方が、きれいにしてくださって……まるで眠ってるみてえに」
「そうだったの……」
「生きていたら、ちょうど高校三年です」
「うちのはるかといっしょ!?」
「は、高校生のお子さんがおいでるんですか?」
「あらいやだ、歳がばれちゃう」
「いんや、なんだか、お二人ともとてもお若くて、なんだかキャリアのオネーサンて感じですよ」
「お恥ずかしい」
 トコが、正直に照れた。
「で、大阪には?」
「はい、伯父がいましたんで、転居して、その年に警察学校に入ったです」
「そう、苦労なさったのね……」
「はい……いいえ。あれで自分は警察官になれたんです。それまで、警察官て、当たり前のように思ってました。でも、あの震災じゃ、警察も、自衛隊も、アメリカ人の兵隊さんもどろんこになって……妹が見つかったときは、いっしょに……こんたにめんこい子が、こんたにめんこい子がって、泣いてくださって。自分は、自分の妹をめんこいなんて、言ってやったことねえもんで……あ、こんな話ばっかしてまって、志忠屋でしたね……」
 トモちゃんもトコも、とてもお巡りさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「あ、そうだ!」
 お巡りさんの顔が、パッと明るくなった。
「隣がレストランなんで、そこで聞いてみます。いや、先週の非番の日に大滝、あ、ここの先任の巡査部長なんですけど、連れていってもらって。うん、あそこのマスターならきっと……」

 その十秒後、お巡りさんは、志忠屋の自動ドアをくぐった。

「先日はどうも……あ、隣の交番の秋元と申します。いま交番に志忠屋ってイタリアレストラン探してご婦人が来られてるんですが、本官は、恥ずかしながら近辺の地理に慣れておりませんので、マスターならきっと……」
「志忠屋は、うちやけど」
 と、タキさん。
「え……あ、はあそうであったんですか。いや、失礼いたしました!」

「ごていねいに、どうもありがとうございました!」
 二人は、最敬礼でお礼を言った。
「いいえ、どういたしまして。灯台もと暗しでした。自分こそ恥ずかしいかぎりです」
 秋元巡査は、任務を成し遂げた清々しい顔で敬礼した。
「お巡りさん、よろしかったら、お名前うかがえません。お巡りさんに、こんなに親切にしていただいたの初めてなもんですから」
「は、はい、自分の名前は……」
「お名前は……?」
「……秋元康であります」

 世の中には、いろんな秋元さんがいるもんだと思いつつ、二人は志忠屋に戻った。いや、戻らざるを得なかった。
 秋元巡査は、二人が志忠屋の自動ドアに入るまで、敬礼しながら見送ってくれたのである……。


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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・4『300グラムのステーキ』

2012-10-28 18:13:05 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・4
   『300グラムのステーキ』



 300グラムのステーキを目の前にして、タキさんとKチーフはため息をついていた。

 ため息をつくほど旨そうなのではない。いや、旨そうなのである……見た目には。いやいや、このステーキを作るプロセスを見ずに、これを出されたら、だれだって旨そうと思うのに違いない。
 ところが、オーナーシェフのタキさんも、Kチーフも作るプロセスを見ている。
 正確には、ステーキの原料を知っているのである。

「あのなあ、トモちゃん……」
「なんか文句あんの?」
「いえ、いただきまーす!」
 タキさんとKチーフは、幼稚園児のような素直さで、お箸を構えた。

「どうよ、けっこういけるでしょ」
 トモちゃんは、カウンターに並び、いっしょに300グラムのステーキを主菜にしたマカナイの昼食を食べだした。トモちゃんが完食し、二人のオッサンが、なんとか2/3ほどを食べ終えたころ、〈準備中〉の札も構わずに女子高生が入ってきた。
「こんにちは……」
「あ、はるかちゃん……」
 Kチーフがすがるような眼差しで女子高生を見上げた。タキさんは「お……」と一瞥をくれただけである。
「あ、こんなもの二人に食べさせてるの!?」
「ここは食べ物屋のくせに、栄養管理がちっともできてないんだから」
「それにしても大根のステーキ200グラムはきついよ」
 と、はるかという女子高生は、オッサンたちに同情した。
「200ちゃう、300や」
 タキさんは、そう言うと、残った大根ステーキを口の中に放り込み、シュレッダーのように咀嚼すると、シジミのみそ汁で一気に胃袋に収めた。
「タキさんも、Kさんもオジサンなんだからメタボは仕方ないよ。ね、タキさん」
「はるか、それ、あんまりフォローになってへんで」
「別にメタボを非難してるわけじゃないんですよ。あ、言葉がいけないんですよね。ポッチャリてかデップリってか……あ、貫禄、貫禄!」
「おまえも、女優のハシクレやねんから、もっと言葉にデリカシー持たなあかんで」

 そう、この女子高生は、坂東はるかというれっきとした女優なのである。昨年の秋にひょんなことで東京の大手芸能プロである、NOZOMIプロにスカウトされ、高校生のまま女優になってしまった。詳しくは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』をお読みいただきたい。
 そして、名前からお分かりであろうが、この志忠屋の新しいパートとしてやってきた、坂東友子の娘でもある。
「はるか、四時の新幹線なんじゃないの」
「そうだよ。六時間目からは、早引きしてきた」
「まさか、その制服のまま行くんじゃないでしょうね?」
「このままの方が、目立たなくっていいんだよ」
「うん、それアイデアやと思いますわ」
 Kチーフが、こっそりと大根ステーキの残りを始末しながら、賛意を表した。
「はるか、今、あんたの顔は全国区なんだからね、おちゃらけたこと言ってたら……」
「冗談よ、ちゃんと着替える。タキさんおトイレ借りますね」
 はるかは、ものの二分あまりで着替えて出てきた。ラクーンファーコートに大きめのキャスケットを被ると、顔の2/3が隠れてしまい、よほど近くに寄らなければ、本人だとは分からない。
「ほう、そんなんが似合うようになってきたんやなあ……」
 タキさんは、感じ入った声で言った。タキさんの言葉は、包み込むような父性を感じさせる。はるかは、こういうタキさんの物言いが好きだ。
「ありがとう、タキさん。お母さんのことよろしく。また、変なもの食べさせられそうになったら、言ってくださいね。じゃ、お母さん、制服とかよろしく」
 はるかは、制服と学校カバンが入った袋を目の高さにあげた。
「そこ、置いとき。帰りにオカンが持って帰るわ」
 タキさんが、伝票の整理をしながら、カウンターの横をアゴで示した。
「お店は、コインロッカーじゃないし、わたしは、はるかの付き人じゃないんだからね」
「わたしはね、お母さんが、他人様にご迷惑かけてないか、見に来たんだよ。お母さんは、なんでも自己流通す人だから」
「この店のことを思ってやってんの、ちょっとタキさん邪魔。ねえKちゃん……」
 トモちゃんは、タキさんの横の椅子に上がって、ソースの缶詰や、パスタの残量をチェックして、Kチーフに報告、Kチーフは、それをメモると、食材屋に電話をする。
「まあ、確かに並のアルバイトの倍は働いてくれるさかいなあ」
「そう言っていただければ……でも、なんかあったら言ってくださいね。このヒトは、とことんのとこで男心分かってないとこがありますから」
「グサッ……はるか、ちょっと生意気すぎ!」
「じゃあ、行ってきま~す」
 はるかの語尾は、自動ドアがちょん切ってしまった。
「ええ、お嬢さんですねえ……」
 Kチーフが、感心と、ちょっぴり憧れのこもった声で言った。

 手際よく、始末と準備を済ませると、Kチーフは窓ぎわのベンチ席で横になり、タキさんと、トモちゃんは、パソコンを取りだし、互いにもう一足の仕事を始めた。
 そう、タキさんは映画評論家であり、トモちゃんは、小なりと言えど作家の端くれ。互いに文筆だけでは食えないところが共通していた。

 ディナータイムになって、最初にやってきたのは、店の常連であるトコこと、理学療法士の叶豊子であった。
「わあ、トモちゃん、復帰したん!?」
「うん、編集の内職って、やっぱガラじゃなくって。それにタキさんが、どうしてもって言うから」
「当分、やってはるんでしょ!」
「うん、半永久的にね」
「そんな契約はしてない!」
「タキさんは、魔女と契約したのよ」
 タキさんが、厨房で目を剥き、慌てて十字をきった。その漫才のようなやりとりを、トコは、子どものように身をよじりながら喜んで見ていた。

 その姿にトモちゃんは、何かあったな……と、女の勘が働いた……。

『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』 

 2012年10月25日に、青雲書房より発売。全21章ですが序章のみ立ち読み公開。
 
お申込は、最寄書店・アマゾン・楽天などへお願いします。

青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。

お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。

青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp  ℡:03-6677-4351


 
 このも物語は、顧問の退職により、大所帯の大規模伝統演劇部が、小規模演劇部として再生していくまでの半年を、ライトノベルの形式で書いたものです。演劇部のマネジメントの基本はなにかと言うことを中心に、書いてあります。姉妹作の『はるか 真田山学院高校演劇部物語』と合わせて読んでいただければ、高校演劇の基礎連など技術的な問題から、マネジメントの様々な状況における在り方がわかります。むろん学園青春のラノベとして、演劇部に関心のないかたでもおもしろく読めるようになっています。


       
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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・3『志忠屋亭主驚く!』

2012-10-26 15:04:25 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・3
     『志忠屋亭主驚く!』




「え、うそ……!?」

 そう言ったなり、志忠屋亭主・滝川浩一は沈黙してしまった。

「マスター、鍋ふいてまっせ」
 Kチーフの声で、やっとタキさんは正気にもどった。
 午後三時、志忠屋のアイドルタイム(休憩と、ディナーの準備の時間)で、まかないの正体不明のパスタを食べたあと、タキさんは、FM放送から流れてくるお気に入りの曲とデュオしながらソースを煮込んでいた。
 そこで、バイトのSちゃんが、油断しきった背中に切り込んできたのである。
 と言って、Sちゃんが厨房の包丁を振りかざし、タキさんに斬りつけたわけではない。

 しかし、タキさんにしてみれば、まさに背中を切られたようなショックであった。
 Kチーフは、何事にも動じない、料理人であるが、タキさんは違う。
 喜怒哀楽が、人の十倍ぐらい早く、ハッキリとでてしまう。特に驚いた時は、赤ん坊のように、行動や思考が停止してしまう。
 心理学用語ではゲシュタルト崩壊という。最前線にいる兵士が、水平線の彼方から無数の敵艦隊が現れて呆然とするようなものである。
 映画評論家でもあるタキさんの頭には『THE LONGESTDAY』の映画でノルマンディー要塞を護っていたドイツ軍兵士が、同じような状況で、連合軍の艦隊を発見したシーンが、浮かびっぱなしになった。

「……で、いつから辞めるんのん?」
 やっとタキさんが言葉を発したときには、吹きこぼれていたソースはKチーフの手によって弱火にされ、危うくおシャカになることをまぬがれた。
「……今月いっぱいで」
 Sちゃんの言葉に、タキさんは少し安心した。今月いっぱいなら、まだSちゃんを説得し翻意させることが、できるかもしれない。タキさんはマッチョなわりには口が立つ。若い頃から、高校生集会や、所属していた演劇部の関係で、大阪の高校演劇連盟のコンクールなどで、言葉巧みに論じて、ある年など、審査員に審査のやり直しをさせたぐらいのオトコである。
「あの、マスター……今月いっぱいいうことは、今日でおしまいいうことでっせ」
 ソースの鍋をかき混ぜながら、Kシェフが呟いた。
「え……?」
「そやかて、今日は十一月の二十六日。で、金曜日。Sちゃんのシフトは木金土。明日の土曜は電気工事で臨時休業……」
「……そ、そんな、ま、Sチャン座って、話しよ」
 タキさんは、厨房からカウンターに回り、Sちゃんと並んで座った。

 志忠屋のメニューは旨いものばかりである。値段も、この南森町界隈ではお値頃である。
 しかし、客というのは、必ずしも、美味さ値段だけで来るものではない。バイトのSちゃんMちゃんの魅力でもっている部分がかなりある。だから昼のランチタイムこそ、店の前に十人ぐらいの列が出来ることがあるが、ディナータイムは今イチである。あきらかにSちゃん、Mちゃんの力は大きい。
 静かでおっとりしたSちゃんは、男性女性の両方から人気があった。彼女がオーダーを取って、厨房に声をかけるときに、半身に体をひねったときに、エモ言えぬ可憐さがあった。また、彼女の「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」は、語尾をのばしたところに長閑さがあり。この声だけで癒されるという客がいるほどであった。花に例えれば、コスモスの花束のような子であった。
 Mちゃんは、逆に向日葵のように明るく、その明るさも店の規模に合ったもので、例えれば、ちょうど程よい花瓶に、小ぶりの向日葵が生けてあるようであった。花あってこその花瓶。SちゃんMちゃんのいない志忠屋は、いわば、花が生けられていない花瓶のようなものである。
 それにタキさんは、Sちゃんに初恋の女性の面影を重ねている。それはKシェフでさえ気づかないことであるが、四十年近い付き合いのわたしにはよく分かった。
 初めてSちゃんを店で見かけたとき、「あ、X子によく似てる」と、わたしは思った。その気配を敏感に感じたタキさんは――黙っていーっ!――という顔をした。

「サオリさんが、いい先生を紹介してくださったんです……」
「ほんなら、フランス行くんか……」
 タキさんは、絶望の声を絞り出した。
 サオリさんとは、本名サオリ・ミナミ。けして南沙織のデングリガエシではない。
 日系フランス人と結婚したキャリアのオネーサンで、夫の任地が長らく日本の神戸であったこともあり、この店の古くからの常連であった。外向的で好奇心の強いサオリさんは、国籍を問わず友人知人が多い。
 そのため、東日本大震災のとき関西に避難してきた関東の友人の面倒をよくみて、震災直後は、店がフランス人を中心とした外国人の情報センターのようになった。
 その中に、たまたま絵の先生がいた。
「え、フランスで絵の勉強ができるんですか!?」
 Sちゃんは、そのフランス人の絵の先生の言葉で、飛躍してしまった。

 Sちゃんは、画家志望で、夜は絵の個人レッスンを受けている。そのためアルバイトを水木金に集中させ、他の日は、イラストの仕事のかたわら、自分の作品制作に当てている。
 以前から、絵の先生から、「フランスで勉強できたらね」と、半分夢のように言われていた。自分でも夢だと思っていた。ところが、そのフランス人の絵の先生の話で俄然現実味をおびてきた。

 問題は、フランスでの身元引受人であった。それが今回、解決したのである。
 サオリさんの夫が本国勤務になり、フランスに戻ったので、サオリさんが身元引受人になってくれることになったのである。
「そやかて、Sちゃん、フランスで暮らすいうたら大変やで、だいいち言葉が……」
 無駄とは思ったが、タキさんは、最後の引き留めをした。
「あ、それなら、去年からやってますから、日常会話的には問題なしです」
 これで、たきさんは、白旗を揚げた、そして白壁を示した。
「え……ここに描いていいんですか!?」

 志忠屋の壁は名物であった。
 
 もともと駐車場スペースに作った店舗なので、壁は、ただのブロック壁である。外側は丹念に塗装されていてブロックには見えないが、内側はブロックの壁そのままに、白い塗料を塗っただけで、ブロックの境目がよく分かり、近くのラジオ局のゲストたちなどがやってきては、ブロックごとにサインやメッセージを残していく。いつの間にか大阪の通の人間の評判になり、テレビの取材を受けたり、雑誌に取り上げられたりして、中には、この壁の写メを撮ることを目的にやってくる客がいるくらいである。
 つまり、この壁に描けるのは有名な人間だけで、一番新しいのはNOZOMIプロのチーフプロディユーサーの白羽であった。

 Sちゃんは、その白羽の横ワンブロック置いた壁面に、コスモスの花束の絵と、自分のサイン、日付を書いた。
「……お世話になりましたー」
 長閑に伸ばした語尾と、たたんだエプロンを置いてSちゃんは、店をあとにした。
「若いて、ええのう……」
 見送りがてらに店の前に出てきたたきさんは、Kチーフの肩を叩いて、ため息をついた。
 Sちゃんは、交番の角を曲がるとき、一度振り返り、ペコンとお辞儀をした。交番の角は、すぐそこなで、Sちゃんの表情が良く分かった。その目は、希望と一抹の寂しさが入り交じって潤んでいた。

「次の、アルバイト探さならあきませんなあ……」
 店に戻りながら、Kチーフが力無く言った。
「急場に間に合う言うたら、あいつしかおらへんやろ……」

 タキさんは、白羽とSちゃんの間に挟まれた空白をアゴでしゃくった。

「え……まさか、あの子が!?」
「ちゃう、あの子のオカンや」
「あ、ああ……」
 
 Kチーフは複雑な笑顔になった……。


まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』 

 2012年10月25日に、青雲書房より発売。全21章ですが序章のみ立ち読み公開。


お申込は、最寄書店・アマゾン・楽天へお願いします。

青雲書房直接お申し込みは、定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
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お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。

青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp  ℡:03-6677-4351


 
 このも物語は、顧問の退職により、大所帯の大規模伝統演劇部が、小規模演劇部として再生していくまでの半年を、ライトノベルの形式で書いたものです。演劇部のマネジメントの基本はなにかと言うことを中心に、書いてあります。姉妹作の『はるか 真田山学院高校演劇部物語』と合わせて読んでいただければ、高校演劇の基礎連など技術的な問題から、マネジメントの様々な状況における在り方がわかります。むろん学園青春のラノベとして、演劇部に関心のないかたでもおもしろく読めるようになっています。


       

 
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高校ライトノベル・志忠屋繁盛記・2『志忠屋亭主の正体』

2012-10-24 08:21:18 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・2
『志忠屋亭主の正体』




 地下鉄の階段出口をぬけると、そこは雪国であった。

 突然の夕立であったことも、大雨であったことも、常夏の日差しであったことも、頬なでる風に秋を感じたこともあった。
 それくらい、わたしは通っている。通い詰めるという程ではない。月に一度ぐらいのものである。
 大阪の人でないと分からないが、わたしは上六の日赤病院の帰りに、志忠屋に寄る。ランチタイムのピークを避けるため、上六の近鉄百貨店の書籍売り場で小一時間あまり時間をつぶしてからいく。
 地下鉄は谷町線で、近鉄百貨店の地下二階から、そのまま地下通路を三百メートルほど歩き、谷町線のホ-ムにいたる。そこから、四つ目の駅が南森町である。その間地上に出ることがない。時間にして二時間ほど、わたしは、地上の世界とは無縁で志忠屋にたどり着くのである。

 で、地下鉄の階段出口をぬけると、そこは雪国であった……ということになる。

 地下鉄の階段出口はMS銀行の一階の一部に食い込み、向かいの歩道から見ると、銀行のドテッパラに開いた口から、人が吸い込まれたり、吐き出されたりするように見える。一度、このことに気づいてしまうと、上六の光景の落差もあり、なんだか自分がお伽の国の人間であるような錯覚におちいる。
 出口を出て右に折れると、直ぐ横が交番である。たいして大きな交番ではないが、いつもお巡りさんが二人ほどのどかに、収まっていらっしゃる。東京のように、交番の前に後ろで組んで、帽子を目深に被り、四方に目を配りながら立っている威圧感はない。どうかするとお茶をすすりながら日報のようなものを書いていたり、道に迷った人に丁寧にハンナリと地図示しながら教えていたりする。
 そののどかな交番の角を曲がるとMS銀行の裏口になっていて、その北側にある四階建てビル。
「ビルというほどのもんじゃありませんよ」
 と、ビル自身が頭を掻いているように見えるほどささやかなビルの一階に、その愛すべき志忠屋がある。
 施行途中までは、駐車場のスペースになるはずであったが、たった二台ほどの車しか入らないような、それにするよりも、堂々とビルの一階部分としてテナントとして入れたほうがニギヤカシになるとオーナーが判断し、建設途中に店舗スペースとなり、四半世紀前に志忠屋が開店した。

 その、かわいい客席十五席ほどの店の亭主が、我が悪友・滝川浩一である。
 
 高校生の頃は、アメフトのマッチョでありながら、高校生集会のウルサガタであるという、当時流行の心情左翼的な面もあり、大阪の高校演劇では、わたしとは異なり、反主流派で、コンクールにはめったに参加しないが、コンクールには顔を出し、ハンパな審査などには遠慮無く噛みついていたりした。で、同時に地元八尾のアンチャンたちの兄貴分的な存在でもあり、家の宗旨であるカトリックの……信者には、いまだになってはいないが、なにくれとなく教会行事の手伝いもやるという可愛げもあった。
 
 高校二年の時に恋をした。一人前に……いや、十人前ほどの。
 駆け落ちを覚悟し、学校を長欠して、万博の工事現場で目一杯働き、百万あまり稼いだ。
 しかし、その恋がゴワサン(この男の場合、破局とか、恋に破れてなどという生っちょろい言葉は似合わない)になると、大阪の北新地で三日で使い切ってしまうという豪快さであった。

 この滝川浩一(以下タキさん)について書き出すときりがない。
 あと一点、人並み外れた読書家であり、映画ファンであるとだけ記しておく。志忠屋の亭主のかたわら、映画評論でも、名を成している。
 下手な描写より、彼の映画評論をサンプルに挙げた方が早い。

タキさんの押しつけ映画評
『アウトレイジ・ビヨンド』


 これは、悪友の映画評論家滝川浩一が、身内仲間に個人的に送っている映画評ですが、もったいないので本人の了承を得てアップロードしたものです。


 なんだ 馬鹿やろう! 今時のヤクザが こんな単純な訳ゃねえだろが。
 
 それに いきなり出てくる外国人フィクサーってな何なんだよぉ。大友(たけし)がなんぼか自由に動ける言い訳じゃねぇか。片岡(小日向)が知らねえってのはおかしいじゃねぇか。大体が中途半端なんだ。
 何さらしとんじゃ ボケィ!
 脚本も演出も たけしが一人でやっとるんじゃ、こんなもんで上等やろがい! それより、関西の会が「花菱会」っちゅう名前なんはどないやねん! アチャコかっちゅうんじゃ ボケィ!……。
 
 と言う、まぁ、お話でござりました。役者さんは気持ち良さそうに、実にノビノビと演ってはります。特に西田敏行なんてなアドリブ連発、一番気持ちよさそうに演ってはります。
 ある意味、どうしようもない閉塞状況にある日本のガス抜きを狙ったギャグ映画とも言えそうですが、残念ながら半歩足らずです。
 ギャグとリアルのギリギリラインを狙ったんでしょうが、結局 前作と同じように役者の力で助けられてはいるものの設定が甘すぎて、ストーリーテリングもご都合主義。
 バンバン殺される割には陰惨なイメージにならないのだが、もう少し説得力が欲しい。ここまで見え見えで警察が動かないはずが無い。アイデアとしては面白い(但、使い古しやけどね)、後は発展のさせかたでもっと面白くなるはず…少々残念、原案たけしで脚本は切り離した方が絶対良かった。 ただ、今回 大友の悲しみが表現されており、前作に比べてこの点は評価出来る。
 結局、何をどう足掻こうともヤクザの泥沼から抜けられない大友の姿を描けなければ本作の意味は無い訳で、さて それをリアルバイオレンスに仕立てたとのたまうが…それこそ悲しいかな コメディアンたけしの魂はどこかで笑いに繋げてしまう。
 問題はたけし自身にその自覚が無い事なんだと思う。それにしても、石原(加瀬亮)の処刑シーンには大笑いしそうになった。最高のブラックギャグでした。

 
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