トモコパラドクス・48
『友子のマッタリ渇望症・3』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
気が付くと、父でもあり弟でもある一郎がニヤニヤ笑いながら写真を見いた。
夏休みの初日と日曜が重なったので、この妙な親子三人は、まず身の回りの整理から始めた。両親の一郎と春奈は、新発売のルージュの販売が軌道に乗ったので、友子はマッタリの一環として、オカタヅケという人間的な行為にいそしんでいるのである。
ただ、友子は義体なので、身の回りは最高に機能的で、その点ではオカタヅケの必要など無かった。
で、年頃の女の子らしく、適度に散らかして(人間的には飾り付けるという)いるのだが、これが、なかなか難しい。
「なによ、気持ちわるいわねえ」
「友子もみてごらんよ」
「あ……!」
その写真を見たとたん、記憶が膨大な情報として蘇ってきた。
「これ、ディズニーランドが出来た年の連休だ!」
「そうだよ、このグズって、お袋にあやされてるのがおれで、全然構わずにビッグサンダーマウンテンの方見てるのが友子だ」
「ハハ、なんか今と関係逆過ぎるから笑えるね」
「母」の春奈が、笑った。
「懐かしい、ちょっと借りていい?」
友子は、部屋のベッドにひっくり返って、写真を見るというか、解析してしまう。
軽い気持ちで見ても、数億の情報が頭の中で演算されていく。
「ああ、だめ。もっと軽い気持ちで!」
友子は、気合いを入れてお気楽になった。
「このときのわたしって、ビッグサンダーマウンテンのことしか考えてないよ。一郎の泣き声も聞こえてこない。いいよなあ……こういうワガママな無神経は」
数秒後、頭の中で、かすかなアラームが鳴り、ガバと身を起こした。
「これ……滝川さんに似てる」
義体である友子に「気がする」は、あり得ない。写真を見れば、その人物から、すくなくとも数万の情報を得ることができるが、滝川らしきものからは、らしいという以外なにも分からなかった。
「ああ、これがいけないんだ。マッタリマッタリ!」
再びバタリと仰向けに寝転がると、ベッドのスプリングが「プツン」と、音がして折れてしまった。
「いかん、十万馬力なんだ、わたしは……ちょっと、散歩してくる!」
友子は、自分のCPUの中に「無意味」というカテゴリーを作ろうとしていた。昨日食堂で、アイスクリームとラーメンの汁を被ってしまったのは、機能不全によるバグである。人間的なマッタリとは似て非なるものである。友子はバグりかけたPCの持ち主のように必死であった。
外に出ると、数兆の情報が飛び込んでくる。人間にとっては、体にも頭にも良い刺激なのだろうが、友子にとっては、ただCPUの負荷を掛けるだけに過ぎなかった。友子は、この負荷を取捨選択し、「無意味」をカテゴライズしようと、いわば逆療法に出たわけである。
「え、あんなとこに喫茶店が……?」
再会という名前の喫茶店だった。友子のGPS機能は「確認不能」のシグナルを発していたが、しばらくすると、確認に変わった。
もう、この土地に大正時代からありました。というような面構えをした店で、友子が入ると、レトロなドアベルの音がした……。
トモコパラドクス・47
『友子のマッタリ渇望症・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
「お相席でよろしいですか……」
思わぬ声をかけられた。
駅前のパンケーキ屋はいっぱいなので、向かいの道を一筋入ったコーヒーハウスに入ったのだ。
で、空席と思った四人がけのシートに腰掛けたら、ウェイトレスの女の子に言われた。
言われて気づくと、向かいに、大人しめの学生風が、サマージャケットで座っていた。
「あ、ごめんなさい。気がつかなくって」
そう言って、立ちかけると。サマージャケットが静かに言った。
「これも、何かの縁。よかったらいっしょにどうぞ」
いつもの友子なら、断っている。そもそも、四人がけのシートに人が居ることに気づかないわけがない。
面白いと思うより、そこまでボンヤリしてしまっている自分を、そのままにしたくて座ってしまった。
「オレンジジュース」
そう、オーダーすると、向かいのサマージャケットが、店内の鏡二枚を使って友子のことを見ていることに気づいた。
「オレンジの成分分析で、産地のバーチャルトラベル。悪くはないけど、もっとリラックスしたら」
「え……」
この時点で、サマージャケットが人間でないことは分かったが、不思議に警戒心は湧いてこなかった。
「ぼく、城南大学の滝川修。君は?」
友子は、笑いを堪えて答えた。
「乃木坂学院の鈴木友子です」
「じゃ、トモちゃんでいいかな?」
「いいも、なにも、全て知ってるんでしょ?」
「知らない。トモちゃんが、あんまりくたびれてるみたいだったから、オレンジジュースについては読んじゃったけど」
「滝川さんも……義体なんでしょ?」
「そうだよ。ここじゃ、誰でもそうだし、誰も気にしないんだ」
「え……?」
ウェイトレスの女の子と、三人のお客さんが、友子の方を向いてニッコリ笑った
「ここは、義体が心を休めるための店なんだ。僕たちみたいな……義体のためのね」
「それって……」
「ハハ、難しい理屈は抜き。とりあえずトモちゃんのオレンジジュースだけどね」
「和歌山産ですね?」
「そういう味気ない解析はやらないの。和歌山産のミカンというとね……」
サマージャケットの滝川は、紀伊国屋文左衛門の故事から、前世紀のミカンの輸入自由化までいろんな話をしてくれた。それは、知識としては友子の頭の中には全て入っていることだったが、滝川の話が面白く、つい笑い転げてしまった。
「じゃ、今度は電話でもするよ」
楽しく話しているうちに、いつのまにか夕方になっていた。
店を出るとき、『乃木坂』という店の名前を確認し、表通りに出る前に振り返った。
そこは、ただの二十坪ほどの更地だった……。
トモコパラドクス・46
『友子のマッタリ渇望症・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
ごくささいな、でも、友子には思いもかけない事件から始まった。
「あ……」
声が出たときには、アイスクリームはカップを離れ、丸ごと座ったスカートの上に落ちてしまった。
「どうしたの、なんかの伏線?」
「伏線?」
「それが合図で、またどこかのスパイ退治が始まるとか……」
「もう、茶化さないでよ」
ニタニタ笑う紀香を尻目に、友子はティッシュで、スカートを拭いた。
「それとも、なんか事件の兆し? それとも……」
紀香は、しつこかった。まあ、無理もない。義体である友子が、学校の食堂でアイスクリ-ムをベッチャリとスカートに落とすような人間的な失敗をやるはずがなく、あるとすれば、紀香が嬉しそうに予想した意味や原因があるはずであった。
「いまのは、ほんとにボンヤリしてたのよ……」
「本気で言ってんの?」
くり返すようだが、友子のようなハイスペックな義体は、意図しない限り、人間的な失敗はしない。向かいの席で、友子のささやかな不幸を見ている麻衣のコーラが、あと二度傾けるとこぼれることや、上空の積乱雲が発達して、3分後には大雨になることも、それが15分で止むことなど、常に数兆の情報を観測、管理していた。その友子が自分の手に持ったアイスクリームをスカートの上に落としてしまうことなどあり得ない。
「……いま、とても新鮮な気分なの」
「なに、それ?」
「ボンヤリなんて、義体になる前の人間だったころ以来、三十年ぶりよ」
そのとき、二人の後ろを、食べ終わった食器をトレーに載っけて女子と男子が通っていく。男子は女子に気があって、少し注意力が散漫になっていた。
紀香は、二センチ背をかがめてトレーを避けた。義体なら、当たり前の予防行動だった。
ガチャーン!
牧歌的な音がして、男子のトレーが友子の頭に当たり、飲み残したラーメンのスープが友子の制服にかかってしまった。
「あ、ごめん!」
「ごめんなさい。なにボサっとしてんのよ、拭いて……あんたじゃセクハラになっちゃうよ」
女子が、ピンクのハンカチで丁寧に、水を含ませて、叩くようにしてシミをとってくれた。
「あ、ありがとう。わたしもボンヤリしてたから」
「いいえ、こいつがドンクサイから。少しファブリーズしとくわね」
親切な子だった。男子に謝らせて、やっと行った。
「いまのなに? ここらへんの情報解析したけど、あの男子が、あの女の子に振られることぐらいしか分からなかった。あの男子、このあと帰り道でコクルつもりだよ。わたしには分からない意味があるの?」
「義体になってからのわたしって、他人や組織のためだけに働いてきたように思うの……なんだかね……」
「そういうの、アンニュイとかメランコリックって言うんだろうけど……友子、ひょっとしてアレの前兆じゃない?」
ここは、本気でボケテおいた。
「アレが来るのは、まだ十日ほどある。そんなに重い方じゃないし」
この部分は、麻衣に聞こえるように言った。長い会話なので麻衣が興味を持ち始めたのだ。で、この部分を聞いた麻衣は、鼻からコーラを吹き出して咳き込んだ。
「バージョンアップじゃないの?」
「分からない。悪いけど、今日は一人で帰るわ」
それが、合図だったかのように大粒の雨が降ってきた。そして15分きっちりで止んだ。
「じゃ……」
「友子……」
「うん?」
「せめて、そのアイスクリームとラーメンの汚れは電子分解すれば。犬が付いてくるかもよ」
「ありがとう。でも、このままでいい……」
その先で、思いがけない出会いがあるとは、友子にも紀香にも分からなかった……。
トモコパラドクス・45
『東京異常気象・3』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
宋美麗は、C国大使館の機密電信室に入るまで異常には気づかなかった。
自分のあとについて入ってきたのが、メンバーの宋秀麗だったからである。
「美麗、あんた収穫があったみたいね」
「そんなふうに見える? 坊主よ、アリバイの定時報告をするだけ」
そう言って、美麗はUSBをパソコンにかけ、気乗り薄にキーをいくつか叩いた。
「暗号化して、圧縮……」
「いつもやってることでしょ」
「左手で隠したけど、F3ボタンを押したでしょ。それは最高機密専用の変数ボタン……だわよね」
「フフ、秀麗って見かけほどバカじゃないのね」
「そうよ、美麗が谷口三佐から受け取ったのは『あかぎ』のスペックとイージス艦の配置計画でしょ」
「……そんなの知らないわ」
「エンターキーは押すんじゃないわよ。それには、とんでもないウィルスが付いてる。我が国の国防、外交に関するデータが、全部オシャカになるわ」
「やっかまないでよ、自分のノルマが果たせないからって」
「親友としての忠告だったのに……あ~あ、押しちゃった」
「だから、定時連絡と、アリバイのカスみたいな情報だって」
「カスを入力して、コンピューターが、そんな反応するかしら?」
電信室の全てのモニターのスイッチが入り、大使館が、これまで営々として集めてきた機密情報が、現れては、すごい早さで消去されていった。
「こ、これは……」
「だから言ったでしょ、全部オシャカになるって。同じことが、軍や外交部のコンピューターでもおこっている。美麗は慌てて強制終了のボタンを押した。
「あ……バカだな。それ押すと消去したデータが、日本の防衛省とアメリカのペンタゴンと、世界中のプレイステーションに送られたわよ」
「こんなこと……」
「仲間の忠告を聞かないからよ」
「秀麗、あんた……」
「日本の公安なめんじゃないわよ」
秀麗は、顔のゴムマスクを取った。そこには、美麗と同じ顔があった。
「くそ!」
美麗は、ルージュ形のピストルの引き金を引き、もう一人の美麗の心臓を貫いた……が、効果は無かった。
もう一人の美麗は胸から弾をほじくり出すと、指で弾を弾いた。弾は美麗のブラジャーの右のストラップを切った。
銃声で、アラームが鳴り、武装した警備員が機密電信室に向かった。
「銃を捨てて出てこい!」
警備課長が怒鳴った。
「待って、出て行くから撃たないで」
電信室からルージュ形のピストルが放り出され、美麗が出てきた……次々と!
「ドアを閉めろ!」
警備課長が、怒鳴ったときには、美麗は300人になっていた。そして、大使館内部の部屋からも次々に美麗が飛び出し、その数は1000人ほどになり、一斉に正面ゲートに殺到した。ゲ-トは、すぐに閉じられたが、大使館のゲートは、周囲のフェンスごと倒された。
そう、1000人の美麗は友子の義体が変身しテレポートしたもので、大使館を出ると次々に姿を消した。
「オリジナル美麗さんは、どうした?」
美麗の姿のままの紀香が聞いた。
「アメリカ大使館。メイクで人相変えてるから、しばらくは分からない」
「しばらくって?」
「アメリカへの亡命が済むまでぐらい」
友子がテレビを点けると、C国大使館のパニックの映像が流れていた。
「こいつを、なんとかしなきゃね」
「じゃ、こんなもんで……」
きれいに美麗の群衆の映像が消えた。
マスコミは、ここのところの異常気象のせいにした……。
トモコパラドクス・44
『東京異常気象・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
二谷幸喜の『おれのナポレオン』をやっていたのが不幸のもとだった。
全ての芸術が、そうであるが、演劇もインプットとアウトプットが必要であった。
ようするに、たまには人の芝居も観て、肥やしにしなければならないということで、演劇部三人娘の友子・紀香・妙子の三人は、理事長先生からもらったチケットで『おれのナポレオン』を、観ての帰りであった。
帰りの地下鉄は一時的に混んだ。むろん芝居の観客はしれたものだったが、その二つ向こうの東京ドームでは、これから始まるAKRのライブがあり、そこに向かう観客で一杯だった。
地下鉄に乗ったとたん、妙子は、要領の良い友子や紀香とはぐれてしまい、車両の端のシルバーシートのところまで、押しやられてしまった。
妙子は、情けない顔をしていたが、車両中央で妙子のポニーテールの頂が見える友子と紀香は、半分意地悪な気持ちで安心していた。
なんといっても同じ車両だ、それに妙子の周りは女の子ばかりで、痴漢の心配もなさそう……が、次の駅で若い男が、緊張した顔で、乗り込んできて妙子の左斜め後ろに立った。妙子は痴漢ではないかと気になったが、友子がサーチしたところ痴漢の気配はなかった。それどころか、ガラに似合わず頭の中はAKRのヒット曲がヘビーローテーションしている。
――なんだ、ちょっとイカツイけど、ただのファンじゃないの――
――しばらく妙子にはスリル味わってもらおうか――
友子と妙子は気楽に構えた。
三つ目の駅に着いたとき、事件が起こった。
「け、警察呼んで下さい!」
妙子が震える声で叫んだ。震えていても、演劇部なんで声は良く通る。
若い男は、ビックリして車両を飛び出した。妙子は男のシャツを掴んでいる。妙子はそのまま車両のドアから出てしまう。友子と紀香は瞬時に状況を把握して、行動を起こした。
「動かないで!」
友子は口を動かさないで、男に威圧と共に注意した。
「「だめじゃない、妙子、谷口さんを痴漢と間違えちゃ」」
「え……?」
二人の口から、同じ驚きの声があがった。かわいそうだが、妙子の意思を友子は支配した。
「なんだ、痴漢じゃなかったんですか」
駆けつけた駅員も、ホッとしていた。
「すみません、知り合いのお兄さんなんです」
「谷口さんだとは思わなかった、どうもご迷惑かけました」
男は、訳が分からなかったが、ひとまず安心した。
「まあ、スタバでゆっくり話でもしましょうか。谷口三等海佐」
谷口三等海佐は、ギクリとしたが、友子がかわいく掴んだ左の人差し指が万力で挟まれたようにビクともしなかった。
直ぐ後に来た地下鉄に妙子を乗せ、友子と、谷口三等海佐はスタバに向かった。
「考えたわね、AKRの『秋色ララバイ』がアイポッドから聞こえたら女にUSBを渡すことになっていたのね」
「な、なんの話だい」
谷口は開き直った。友子はテーブルの下で、谷口の足を500キロの力で踏みつけた。
「い……!」
「これでしょ、あなたが女に渡したの」
友子は、スマホの画面を見せた。USBの外観が現れたあと、その中身がサーっと画面を流れていった。
「建造中の『あかぎ』のスペックと、イージス艦の展開予定が全部入っている。ひっかかったのよねハニートラップに。日本人として近づいてきたけどC国のスパイだった。気づいたのは体の関係ができてからね。仁科亜紀って日本名しか知らないようだけど、あいつは宋美麗ってコードネームの駆けだしスパイ」
「宋美麗……一線級じゃないか!?」
「日本の諜報って、この程度なのね、オニイサン」
「キミは、いったい何者だ……?」
「ヤダー、へんな目で見ないでよ、ただの軍事オタク少女。たまたまヒットしただけ」
そのころ、紀香は、宋美麗のあとを着けていた……。
トモコパラドクス・43
『東京異常気象・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
東京は6日連続の真夏日で、ナントカ評論家たちが、地球温暖化のせいだと騒いでいた。
温暖化がガセだというのは、未来を知っている友子にはフンってなもんだが、それを信じ込んでいる現代人には深刻だ。クールビズはダサイので下火気味だが、冷感繊維を利用した衣類は今年のヒット商品になってきた。
残念ながら、乃木坂学院の制服は、そういう繊維でできていないので、学校に着くころにはアセビチャで、朝の教室は、耐汗スプレーや、抗菌スプレー、それに汗の臭いなどものともしない男どもの匂いが混ざって一種異様な臭いがする。
友子も、紀香も義体なので、汗をかかないでおこうと思えばできるのだが、自然さを装うためにも人並みの汗はかかなければならない。先日の『ベターハーフ事件』では、うっかり汗も忘れていた友子だったが、あれから、16歳の女子高生に相応しい汗をかくようにプログラムしなおした。
しかし、それが問題だった。
汗というのは、適度なフェロモンが含まれていて、地下鉄の中などでは男どものイヤラシイ欲望を刺激してしまう。
友子は、なるべく普通にふるまっているので、地下鉄でも必要が無くてもつり革に掴まっている。当然脇の下は無防備になり、合成フェロモンをまき散らしっぱなしである。また、友子の義体は、見た目には、ごく清楚な女子高生にできており、とても10万馬力には見えない。
気づくと、お尻と右のオッパイを触られていた。
お尻は、大学生のニイチャン。オッパイは新聞で巧妙に手を隠した公務員風のオッサン。二人とも顔はあさっての方角を向いている。
大学生のニイチャンは、彼女に振られた腹いせが原因であることが分かったが、その後ろのサラリーマンのオッサンが――うまいことやりやがって――と、羨望の目で目撃しているので、放ってはおけない。
方や、公務員風のオッサンは、どうやらプロで、この混雑の中、友子の足の間に膝を割り込ませてきた。
ドサッ、グチャという音が同時にした。
「痴漢です、警察呼んでください!」
友子はカバンを床に落とし、両手でニイチャンとオッサンの手をひねりあげ、股でオッサンの膝を締め付けた。
ちょっとやりすぎた。
ニイチャンとオッサンは手首を骨折、オッサンは膝の骨にヒビが入った。
「オッサン、よく、こんな痛む脚で……よっぽどのスケベだな」
「違うよ、こいつが凄い力で、オレの脚挟みやがって、イテテテ……」
「それにしても、お嬢ちゃん偉かったねえ!」
「わ、わたし、怖くて怖くて、でも、女性の敵だと思って一生懸命で……」
友子は、顔を赤くして、涙さえうかべてみせた。
「でも、大した度胸と力だったよ!」
駆けつけたお巡りさんが、あまりに褒め称えるので、つい言ってしまった。
「はあ、合気道を少々やっていたものですから……」
「ほう、自分もやっておるのですが、どこの流派で?」
友子は、お巡りさんの心に浮かんだ流派を、そのまま口にした。
「はい……青芝流を」
「奇遇だ、自分と同じだ!」
「あ、わたしは本を読んで、ほんの真似事で……」
この遣り取りが、新聞に載り、動画サイトで流れ、テレビでも放送したので、その影響は凄かった。
絶滅寸前だった青芝流は入門者が引きも切らず。絶版になっていた『青芝流合気道入門』は大増刷になった。
乃木坂学院の女生徒は被害者も多かったので、わざわざ全校集会がひらかれ、理事長表彰を受けただけでなく、痴漢撃退の講師まで、やらされた。
「あ、その……わたしが掴まえられたのは、たまたまですが。犯人の手を掴まえること、それが無理なら『警察を呼んでください!』と叫ぶことが大事です。『助けて下さい』では、一瞬意味が分からず、取り逃がすことがあります。この乃木坂学院から、犠牲者を出さないためにも、がんばりましょう!」
みんなが拍手をする中、紀香一人が笑いを堪えていた。
そして、この「警察呼んでください!」が、とんでもない事件を引き起こすのだった……。
トモコパラドクス・42
『ベターハーフ・5』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
アズマッチを庇った杏は、トラックに5メ-トルも撥ね飛ばされた。
「杏、大丈夫か!」
「せ……先生こそ大丈夫……」
「大丈夫や、杏が、からだ張って助けてくれたから」
「361……覚えといて」
「なんや、それ?」
「うち跳ねよった車……ナンバーの下三桁」
「す、すぐ救急車呼んだるからな!」
公園に居た人たちや、通行人の人たちがワラワラと集まってきた。
「まかしとき、うち救急車呼んだるさかい!」
「あたし、今、警察電話したよってに」
「お家の人に電話せなら、あんたスマホは!?」
杏は、弱々しくスマホを取りだして、オバサンに渡した。
「あ、ボクの生徒やから、ボクが……」
「先生、そばにおって……ウ」
杏の鼻と口から、血が流れてきた。
「喋ったらあかん、おれはずっとそばにおるさかい!」
杏は、アズマッチの手を取ると、自分の胸に押しつけた。
「杏……」
「……ここ止まるまで……先生と……繋がってたい」
ゴボっと音がして、杏は大量の血を吐いた。
「杏う!」
もう、声は出せないが、杏は、口の動きだけで言った。
――ベター……ハーフ――
「うん、杏は、おれのベターハーフや。しっかりせい!」
杏は頬笑み、そのまま胸の動きが止まった……。
「今だよ、なんとかするの……」
紀香が言い終わる前に、友子は、無意識に時間を止めていた。
「こうしておけば、いいよね」
処置を終えて、友子は紀香のところへ戻ってきた。
「今だよ、なんとかするのは!」
「今、やってきた。紀香が叫んでるうちに……」
「ひょっとして、時間……止めた?」
「ちょっとだけ、無意識だったから……」
「……肝臓の破裂が半分になって、肺に刺さった肋骨も一本に減ってる」
「頭のできものは、成長を止めてきた。これで半分の確率で助かる……と、思う」
そこまで言うと、友子と紀香は一年前の東京の公園にリープした。
「見届けなくてよかったの?」
「あれが限界だった……のか、よく分からない。最後まで見届けたかったけど」
ちょっと悔しそうに、友子は唇を噛んだ。
「まあ、あれでいいよ。あの二人は、自分の力でベターハーフになっていくよ。友子が全部やったら、ただの奇跡になっちゃう。ちょうど半分でよかったのよ」
「うん……今度のは勉強になった」
「友子、なんか忘れてない?」
「え……?」
汗みずくの紀香を見ても、友子はピンと来なかった。
「汗よ、汗!」
友子は、よほど緊張していたんだろう。外気温35度の公園で汗をかくのも忘れていたのだった……。
トモコパラドクス・41
『ベターハーフ・4』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
公園に行くと、アズマッチと杏(あんず)が実体化していた……!?
「ちょっと、これ……」
アズマッチと杏が、一人分ほどの距離を空けてベンチに座っている。
「情報が実体化したかな……わたし、自分の力がよく分かってないから」
「……いや、ちがうね。あたしたちが入り込んだんだ。そこの住居表示を見てごらんよ」
紀香が目配せをした。
「大阪市東成区……」
「どうやら、あたしたちの方がリープしたみたいよ」
「そっちのベンチ死角だから、そこで様子を見よう」
「杏、人には発達段階いうものがあるんや」
「発達段階?」
「ああ、そこの子供ら観てみい、えらい無駄にからだを動かしているように見えるやろ」
アズマッチは、公園の真ん中あたりで走り回っている子どもたちを示した。
「あたしも、昔は、あんな風に鬼ごっこしてたわ……」
「子どもは、あれで体の試運転をやってるんや。杏もいっしょや」
「あたしは、もうあんな遊びはせえへんよ」
「いや、人を好きになる気持ちや」
「人を好きになる気持ち?」
「そう、杏の年齢は、本当に人を好きになる心の練習期間なんや」
「どういうことですか?」
「人間いうのは、ラノベみたいなもんでさ。慣れんと、直ぐに表紙のかっこよさや、最初の一二ページの面白さに惹かれてカスをつかむ」
「うん、ラノベは分かります。そやけど人間は……」
「いっしょやで。自分から聞くのもなんやけど、オレのどこがええねん」
「それやったら、はっきり言えます。先生、水泳部の監督すすんで引き受けてくれはった」
「ああ、あれか……でも、あれは監督なんてもんやない。ただプールサイドに椅子置いて座ってただけや」
「そやかて、顧問の水瀬のオッサンが、夏の練習に一日も付き合われへん言うて、うちらの水泳部、夏に一回もプール使われへんとこ、顧問でもないのに自分で手えあげて、先生はやってくれた。うちらでも分かる。あれはスタンドプレーで、水瀬のオッサンの顔潰すことになることぐらい」
「水瀬先生は、組合の支部長で、夏は忙しい。そやけど、それで水泳部の面倒を見いひん理由にはならへん。そう思ったから、やったまでや。オレがやらんでも、他の先生がやってたで」
「おかげで、あたしも、時々来ては泳げたし……」
「あれは感心したぞ。水泳部はみんな引退したのに、真剣に泳ぎに来た三年生は杏一人だけやったもんな。観てても後輩らが励みになってるのがよう分かったよ。杏こそエライ!」
その教師らしい誉め言葉には乗らずに杏は続けた。
「先生、一学期に中山が辞めたとき、きちんと見送ったげたでしょ。校門出て行くまで」
「あれか……」
「他の先生は、玄関で見送っただけで職員室戻ってしもて。校門で振り返ったら、先生一人ずっと見送り続けて……あれには中山も感動しとった。うちも、横で見てて……ええ先生やと思うた」
「……辞めてく奴に地元で、学校の悪口いわれたらたまらんからな。一人ぐらいは、きちんと見送ってやらんとな。そんなに尊敬することでもない、教師の手練手管のうちや」
「そんな悪ぶって言わんといてください。子どもちゃうから、百パーセントの善意があるとは思てへん。手練手管や言いながらでもやった先生はステキやと思う」
杏のステキを持て余して、アズマッチは缶コーヒーを二つ買いにいった。
「まあ、飲めよ。カフェオレがええやろ。コーヒーとミルクのベターハーフや……」
「ベターハーフ……おおきに。温いなあ……」
杏は、両手で缶をコロコロ慈しんでから、プルトップを開けた。
「この程度の温さは自販機でも買えるで」
「この状況で、この感覚で買うてこれるのは、先生のステキさです」
「そやから、この程度のステキは、学校卒業したら、いっぱい居るて。オレみたいなもんで手を打つことないて」
「ステキの棚卸しせんといてください」
「ごめん……」
「……うち、この夏クラブ行って泳いでたんは、後輩のためとちゃうんです」
「うん?」
「オレに惚れてか?」
「アハハ……」
「なんや、おっさんオチョクってたら、あかんがな」
「オチョクってません。先生のことも好きやった……せやけど、あたし、泳げるのは、この夏が最後かもしれへんから……」
杏は立ち上がり、背を向けて嗚咽した。
「杏……」
「あたし、頭の中にデキモンがあるんです。今はまだハナクソほどやけど……」
「腫瘍なんか……?」
「脳幹の近くで、手術がむつかしいとこ……ようもって、後二年。来年は入院してプールにも行かれへんかもしれへん」
「杏……!」
「見んといてください、今の杏の顔は見られたないよって。うちの人生は、あと二年。この二年がうちの人生の全て。そやから、うちは全人生かけて、好きなんです先生のことが」
「杏……」
「ええんです。先生の心には、もう住んでる人がいてる……ちゃいますか?」
「それは違う。もう住んでへん……そやけどな」
「もう、ええんです。迷惑かけました。家帰ります……」
杏は、公園の入り口に向かって歩き出した。
「あ、アパートの鍵。ちょっと待て杏!」
「……先生のアホ」
「かんにんな、アホで……」
アズマッチは杏の顔がまともに見られず、先を歩き出した。
そのとき、トラックが前からやってきた。運ちゃんはスマホ片手に対向でやってきた軽自動車に気を取られていた。
「先生、危ない!」
杏は、身を投げ出して、アズマッチを庇った……。
トモコパラドクス・40
『ベターハーフ・3』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
「え、アズマッチ、退職願出してんの!?」
ちょっと寄り道して、友子と紀香は途中の駅で降り、紅茶のおいしいお店に寄った。
「うん、却下されたけどね。この夏には、大阪の採用試験受けるみたい」
「自分から身をひくんだ……あの先生に、そんなとこが有ったなんてね……ただの口やかましい若年寄かと思ってた」
紀香は、無意識にカップの中のレモンをスプーンで四つ折りにして、ギュっと絞った。
「……う、酸っぱい選択だね」
義体でも、酸っぱい物は酸っぱい。当たり前の感性をしている。
「この夏の採用試験に合格して、アズマッチは、ある府立高校に赴任するんだ……」
友子は、アイスティーのストローをもてあそびながら、言った。
「リープしたの?」
「意識だけね。やっぱ、あとは情報送るから、自分で判断して」
「OK……」
アズマッチは、半分眠ったままで夢を見ていた。
台所で、小気味良いまな板の音がする。懐かしいオカンのみそ汁の香り、玉子の焼ける音と匂いもした。
――そうか、これは子どものころの夢やねんなあ――
大阪出身のアズマッチは、素直にそう思った。だが、おかしい、気配が妙にリアルだ。だいたい夢というのは、しだいにオボロになっていくのに、この夢は、ますますはっきりしてくる。
気づくと、枕許に人が座る気配。オカンなら、襖を開けてこう言う。
「こら、いつまで寝とんじゃ、お日さんとうに起きてはんぞ!」
で、季節に関係なく、カーテンと窓を開ける。そして、そのオカンは、乃木坂に就職した年に交通事故で死んだ。
枕許の気配は、若い女のそれであった。
「おはよう、東先生!」
アズマッチは、百万ボルトの電気にうたれたように、飛び起きた。
「お、おまえは……中村杏(あんず)!」
三年二組の中村杏が、甲斐甲斐しいエプロン姿で、枕許でニコニコしていた。今日は久々の完全オフの日曜日。悪夢なら、さっさと覚めろ! しかし、これは現実であった。
「なんで、中村がいてんねん!?」
アズマッチは、古里の大阪に戻ってすっかり、大阪弁に戻っていた。
「先生のこと愛してるからです」
「なんだ、そうか……て、説明になってないし、飛躍のしすぎやろ!?」
「ほんなら、説明は二つ」
「二つ?」
「はい、昨日、先生、相談室の前でキーホルダー落とさはったでしょ?」
「ああ、そやけど、沼田先生が見つけてすぐに届けてくれはった」
「最初に見つけたんは、あたし。連れの美由紀が進路相談終わるの待ってたんです」
「あ……相談室の前におったん、杏か!?」
「その時に、先生、相談室閉めよとして、キーホルダー落とした。で、家の鍵は直ぐ分かったよって、駅前で、直ぐに合い鍵こさえて、沼田先生がきはる前に廊下に落としといたんです。よかったですね、ネームプレート付いてなかったら、分からんとこやった」
「で、もう一つの説明は?」
「そら、朝ご飯食べてからにしましょ。先生、夕べは無精してお風呂入ってないでしょ。とにかくシャワー浴びて、着替えだけはしてくださいね。はい、パンツとシャツはサラ出しときましたから」
完全に、杏のペースに巻き込まれた。
「で、第二の説明は?」
「先生、薮心療内科に通うてるでしょ?」
「なんで知ってんねん!?」
「そやかて、あそこ杏の家やもん」
「え……そやかて、苗字が?」
「薮は、実家の苗字。お母さんは、お父さんと別居中。で、あたしはお母さんと実家に転がり込んでるいうわけです。ほんで、先生がお祖父ちゃんに診てもろてるの分かって、カルテ見たんです」
「それて、杏なあ……!」
「未来の夫の健康状態を知るのは、妻の勤めです!」
アズマッチは、みそ汁を噴き出しそうになって、むせかえった。すかさず杏は背中をさすりながら答えた。
「ピーゼットシー4mg エスタゾラム2mg プロチゾラム2.5mg アクゼパム15mg だいたいの睡眠時間は分かります」
「でも、寝た時間は分からんやろ?」
「うちの二階から、先生の部屋見えるんです。望遠鏡使わならあかんけど」
「杏なあ……」
アズマッチは、箸を置いた。
「あきませんよ。おみそ汁はちゃんと飲まなら」
「みそ汁どころとちゃうで!」
「しかたないなあ……」
杏は、飲み残しのみそ汁を、美味しそうに飲んだ。
「へへ、間接キスしてしもた」
「おい、おまえなあ……」
杏は、椅子を寄せて、アズマッチの直ぐ横に張り付いて、潤んだ目でささやいた。
「あたし、今日は安全な日なんです……」
今度は、紀香がむせかえる番だった。
「こ、これ、バーチャルなんじゃないんだよね!?」
「まだまだ、話はこれから……」
二人は、紅茶屋を出て公園に向かった……。
トモコパラドクス・39
『ベターハーフ・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
アズマッチはノッキー先生のことが好きなんだ!!!
「で、どうなのよ、二人の関係というか、可能性は?」
駅前のパンケーキをかじりながら紀香が聞いてきた。今日は期末テストで二時間でおしまいなのだ。
「ま、ノッキー先生の記憶から取った情報……見てくれる」
「やっぱ、氷川丸は外せませんね」
「ふふ、乗せてしまえば、管理もしやすいですしね。でしょ、東先生?」
「違いますよ!」
「あら、ごめんなさい」
二人は、遠足の下見に横浜の山下公園にやってきていた。去年の春のようだ。
「氷川丸は、昭和五年に造られた大型貨客船で、横浜とシアトルを何度も往復……あ、チャップリンも、この船で日本に来たんですよ」
「まあ、あのチャップリンが?」
「ええ、柔道の嘉納治五郎も東京オリンピック招致の会議のあと、この船で帰国中に肺炎で亡くなってます」
「嘉納治五郎って、東京オリンピックの前まで生きてたんですか!?」
「ハハ、昭和十六年の幻のオリンピックですよ」
「へえ、そうなんだ……」
「戦時中は、病院船になって、船体を白く塗って、緑の帯に赤十字が映えましてね。海の白鳥って呼ばれたもんです」
「へえ……この船、きっと白が似合ったでしょうね」
「戦後は、引き揚げ船やったり、もとの太平洋航路にももどって、その後は展示船になって、ユースホステルになったり、船上結婚式に使われたり……」
「え、ここで結婚式!?」
ノッキーは、思わず身を乗り出した。
「白い船体に、白いウェディングドレス……素敵だわ!」
「あ、そのころはエメラルドグリーンに塗られてました」
「エメラルドグリーン、もっと素敵。そのころの氷川丸見て見たかったわね!」
「あ、じゃ、そこ立ってみてください!」
「え、この白黒じゃイメージちがうなあ……」
「あ、パソコンで処理して、船はエメラルドグリーンにしときますよ」
「ついでに、ウェディングドレスにしてもらおうかなあ」
「あ、それいいなあ、やっときますよ!」
「ハハ、冗談よ。このままでいい」
スマホでシャメって、アズマッチは、ノッキー先生に見せた。
「あ、思い出した。このアングル!」
「ハハ、分かりました?」
「『コクリコ坂』で、海と俊がアベックで歩いたとこだ!」
「そう、お互い好きなんだけど……」
「その時は、お互い兄妹だと思いこんでいて、なんだか、とってもせつないのよね!」
「そういう、歴史的な背景を説明してやってから、生徒たちを、ここに連れてきてやりたいんですよ」
「うん、とってもいいアイデアだわ!」
「そして、帰りは、ここで集合写真撮ってやりたいんです。母港に落ち着いた氷川丸の前で!」
「うんうん!」
そのとき、いたずらなカモメが、ノッキー先生の頬をかすめた。
「きゃ!」
思わず、ノッキー先生はアズマッチの胸に飛び込んでしまった。
「柚木さんが、ボクの母港になってくれたら、どんなにいいだろ……」
ノッキー先生は、優しく顔を上げた。
「……わたしみたいな小さな港には、東先生みたいな大きな船は入りきらないわ」
そして、自然にアズマッチの胸から離れた。
「もう、入港させる船は……決まってるの?」
「……まだ、一度も入港してくれたことはないけど……さ、次ぎ行きましょうか」
「そ、そうですね、柚木先生!」
それから、アズマッチは、彼女のことを、かならず「先生」をつけて呼ぶようになった。
「いい話だけど、切ないね。アズマッチは諦めちゃったの?」
「ううん、今でも好きだよ。でも、アズマッチはエライよ」
「え、あのボクネンジンが?」
「ほんとうに人を愛することは、その人が、一番幸せになることを願うことだって……」
「アズマッチの心覗いたの?」
「うん、でね……」
そこで、地下鉄の到着を知らせる着メロがした。
「続きがあるんだね……」
「うん」
「それは、圧縮した情報のインストールじゃなくて、アナログに会話でしようか」
「うん、ちょっと応援もしてあげたいしね」
発メロがして、二人を乗せた地下鉄は、ゆっくりと走り出した……。
トモコパラドクス・38
『ベターハーフ・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された! 娘である栞との決着もすみ、久々に女子高生として、マッタリ過ごすはずであったが……。
授業中、消しゴムのカケラが飛んできて、友子の後頭部に当たりそうになったが、友子は見事に打ち返した。
「イテ!」
「「何やってんだ、亮介!」」
イケメン保険委員の亮介の叫びと、アズマッチ先生の叱責が同時に起こり、教室は軽いどよめきの後クスクスと笑いが広がった。
――へんだなあ……?――
そう感じながら、亮介は適当に返事をした。
「すみません。ニキビをさわってたら潰れてしまったんです」
なるほど、亮介のオデコには五ミリほどの赤いシミがついている。
「ニキビか……青春のシンボルだな……」
アズマッチは、それ以上叱ることもせずに、なんだか思いに耽った。みんな、少し意外だった。
「……次ぎいくぞ」
アズマッチは、板書の続きを書き始めた。
この半月余り、亮介は、友子への消しゴム投げに熱中していた。最初は授業が退屈なために消しゴムを刻んでもてあそんでいたら、大きなクシャミが出て、それが、たまたま友子の背中に当たったのが始まりだった。友子は無反応だった。友子は、そのころ娘の栞と命がけの戦いをやっていたので、こんなアホらしいことに付き合っているひまがなかった。ただ記録は自動でとっていた。
「亮介、さっきのはクシャミのまぐれだからね。今度はちゃんと狙ってごらんよ」
で、友子も了解した上で、この消しゴム投げは始まったのである。
ただし、回数は、授業一時間につき三回までと決めていた。午前中の四時間で四割を超えないと、亮介は昼ご飯を驕ることになっていた。むろん消しゴムは、休み時間に回収する。
「だめだねえ、亮介は。今日は三割二分だよ」
そう言いながら、友子は驕らせたタヌキそばをすする日々が続いた。いまでは、クラスみんなのちょっとした娯楽になっている。
それが、今日のアズマッチの時間に、友子は初めて反撃したのである。ひょいと身をかわすとシャーペンを鋭くスゥイング。消しゴムは、時速五十キロのスピードで、亮介のオデコにヒットしたのである。
「どうして、打ち返してくるんだよ」
「動かない的じゃ、つまんないでしょ」
休み時間の会話から、消しゴム投げは、打撃戦に変わっていった。
友子にとっては憩いの時間であった。栞とも和解し、不正にC国と遣り取りしていた長官は逮捕された。宇宙人アイも、何も言ってこない。幽霊の清水君も、すっかり女子高生清水結衣として生き始め、Jポップのルーキー『バニラエッセンス』としてメジャーになりかけている。
友子にとっては、またとない息抜きのキャンパスライフだ。
で、亮介とのゲームをおもしろくしてみたのである。
その日の昼休み、亮介の顔のシミは十二個に増えていた。
「まだ、続けるでしょ?」
戦利品のA定食を食べながら、友子はほくそ笑んだ。
「明日は、こんなわけには行かないからな!」
亮介は闘志満々だった。
しかし、食堂の帰り、廊下でノッキー先生に見とがめられた。
「どうしたの、徳永君、その顔の赤いブツブツ」
「あ、いえ、これは……」
そのまま、保健室に連れて行かれた。責任上、友子も付いていった。
「こりゃ、全部打撲ですわ」
保健室の先生には、あっさり見抜かれた。
「なんで、こんな打撲があるのよ!?」
「いや、実は先生……」
友子が、亮介を庇って、真実を言った。保健室の先生は笑っていたが、生真面目なノッキー先生は怒り心頭。
「授業中に、なにやってんのよ、ったく!!」
真面目なノッキー先生は、自分のところで済まさず、生徒指導部に連れていった。
「ごめん、亮介……」
「ノッキー、まっすぐだから」
「なに、しゃべってんの!?」
「こりゃ、たいした腕だ……」
生指部長は、叱る前に感心した。亮介の制球も見事だが、友子の打撃も立派だった。
「先生、叱ってやってください!」
ノッキー先生の一言で、一応叱られておしまい。
問題は、そのあとに起こった。
廊下ですれ違ったアズマッチは、ノッキー先生に普通に目礼したが、友子は気づいてしまった。
アズマッチはノッキー先生のことが好きなんだ!!!
トモコパラドクス・37
『50年後 友子の決着・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になったん…未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された!
「よし、確認できた。友子を破壊しろ」
長官が静かに命じた……。
「はい、ただちに破壊します」
栞が応えると、栞の二体の義体の瞳がブラウンから赤に変わり始めた。ショートの準備が始まったサインである。
「待て、今の指令には主語が欠けて……」
長官の秘書は、そこまで言うとフリーズしてしまった。同時にラボの動力が全て落ちてしまった。
「これは、どういうことだ……!?」
長官はうろたえて、オロオロするばかりだ。
「もうちょっと優秀な秘書を配置すべきですね、長官」
その声は、もう栞ではなかった。二体の義体も、元の友子の姿に戻っていた。そしてストレッチャーの上の友子は栞の姿に……。
「命令承伏順位は長官を優先にしてあります、長官のご指示通りです。だから、アナライズもすんなり通れました」
「じゃ、どうして……」
「この子たちは『友子』という言葉と『ラボ』という言葉を入れ替えてあります」
「じゃ……」
「お分かりいただけたようですね。わたしが指令から主語を抜いたのはフェイクです。瞬間ラボのセキュリティーはわたしに集中し、ガードが十パーセント落ちました。それでセキュリティーを突破して、ラボの動力を破壊し、ここのCPUを支配下に置きました」
「く、くそ!」
長官は、ラボの出口に向かったが、戦術核にも耐えるドアはビクともしない。
「長官とC国との不適切な関係は、ラボのCPUから、マスメディアはもちろん、一般のネットにも流れています。海外逃亡もできません。カビの生えかけた友子クライシスに火を付け、C国は内政の安泰を図り、長官は次の総裁選挙に勝利する。そういうシナリオでしたよね」
「あの、シリアルは、どうコピーした?」
「もう一万倍拡大してみましょう。むろんこのラボでは、そこまでの拡大解析はできないから、わたしのCPUを使います」
モニターが点き、一万倍のシリアルの部分が映し出された。
「オオー!?」
一目瞭然だった。本物のシリアルは一本一本のバーが、友子の顔でできており、その一つ一つが、怒ったり笑ったり、常に変化している。そしてその変化は乱数で管理されていて、この二十一世紀の技術では解析不能だった。
「これで、友子クライシスは、過去の遺物になるんだな……君たち母子を祝福するよ」
「わたしたちを、こんな義体にしておいて……友子クライシスは、まだ続くわ。C国と、日本のエライサンがまだ必要としているから。でも、あなたのように騒ぎ立てる人はいなくなる。当分は緊張を保ちつつ続くでしょう」
「お母さん、ありがとう……」
長官を乗せたパトカーが去りゆくのを見ながら、栞が友子の顔を見た。初めて母として見る目であった。
「これで、栞の任務も形式的なものになるわ。よかったね、マインドコントロールも解けて」
「この現実を見れば、自然に解けるわ……お母さん」
「ん……なに?」
栞は、夕陽に向かってそっぽを向き、不器用に言った。
「……生んでくれて、ありがとう」
「よしよし。でも、一つ注文」
「え、なに?」
「お母さんてのは止してくれないかな。お互い、見かけも感受性も十六歳なんだからさ」
「そうね……じゃトモ……」
「ん……?」
「トモさん!」
友子はカックンとして、二体の義体が笑い出し、義体と母子の笑いは、十六歳の少女らしく、止まらない爆笑になった……。
トモコパラドクス・36
『50年後 友子の決着・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された!
二トンもある隔壁の扉が開いた。一メガトンの戦術核の爆発にも耐えられる特殊部隊のラボである。
「母を捕獲しました。安全のため全ての動力をダウンし、僅かでもCPUが起動の兆しを見せたら、即破壊されるようにしてあります」
栞は無表情に答えた。このラボでは、感情を交えたコミニケーションは禁止されている。長官は、無機質に聞いた。
「この二体の君の義体は?」
「ご覧のように、母にプラグインして、万一の場合は、自分の動力とショートさせ、身をもって安全を確保するようにしてあります」
「栞らしい念の入れようだな。しかし、こいつは本当にオリジナルなんだろうな?」
「戦闘詳報は、ダイレクトで送らせていただきましたが」
「たしかに、お前と義体二体で友子を捕獲し、フリーズさせた上で動力をダウンさせるところは確認している。しかし、こいつがオリジナルであることは、状況証拠しかないからな」
「しかし、このラボに入るときに、我々も含めてアナライズされたと承知していますが」
「栞と、その義体はな。しかし友子は違う。なんせ、こいつを作ったのはミームの連中だ。詳しいスペックも、シリアルも確認できていない」
「我々のメモリーの確認だけではいけませんか?」
「君のメモリーには主観が入っている。こいつがオリジナル友子であるという」
「では、どのようにして確認を?」
「八十年前、人間だったころの友子を争奪しようとしたことがあるだろう」
「はい、ミームの工作員は始末。母は、瀕死の重傷で、それが義体化のきっかけになったと承知しております」
「そのとき、破壊された工作員のCPUから、一部だけだが、義体の情報を抜き出せた」
この情報は、栞は知らなかった。長官から得ていた情報にはダミーやフィルターがかけられていたようだ。
「これを見たまえ」
長官のガード兼秘書が、モニターにあるものを写した。
「これは……」
「友子のシリアルだ。3Dのホログラムになっている。我々の技術でもできない高度なものだ。この友子の義体に宇宙人のテクノロジーが使われているのは間違いない」
「まさか、母のシリアルと照合しようと!?」
「ああ、それが一番確実だからな」
「いけません。そのためには母のCPUの一部を起動させなくてはなりません。何が起こるか分かりません。危険すぎます!」
「多少のリスクを冒しても、確認はしなくてはな。おい」
長官は、直接栞の合成義体に命じた。
「はい、十秒お待ち下さい。安全性の確認を行った上で実施します」
「これで、君たちが本物であることも確認できた。オリジナルのお前を含め、栞の義体は、俺には反抗できないからな」
「安全性の確認ができました」
「ようし、シリアルを出せ」
モニターに資料とそっくりなシリアルが映し出され、ラボのCPUも百パーセント本物であることを証明した。
「よし、確認できた。友子を破壊しろ」
長官が静かに命じた……。
トモコパラドクス・35
『樹海戦争・2』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された!
けして、歴史には残らない樹海戦争が始まった……。
百体の栞が、四体の友子に襲いかかった。瞬時に四体の友子はテレポートしようとしたが、四体目が間に合わず、スペシウムソードで真っ二つににされた。
三体の友子は、すぐに義体を合成し、三十体に。さらに放射状にテレポート、そこで二十体の友子が倒されたが、義体は、さらに合成され、栞と同じ百体になった。
「どう、これで同じ数ね。栞の義体は合成に0・1秒、わたしより時間がかかる。これ以上義体を増やそうとしたら、その瞬間に百体のわたしに破壊されるわよ」
二回のテレポートで、友子と栞は半径二キロの円の中に散らばってしまった。
「ギネスもの、百体同士のタイマンね……」
最初の五分は、友子が有利だった。スペシウム光線、スペシウムソードが、あちこちで閃き、火花を散らし、栞は八十体に減った。
「力の差よ。このままでいくと、あと三分で、あなたは全滅するわ。もう、戦いは止めて話をしようよ。なにが、わたしたちを戦わせているか、互いが戦うことによって得をするのは誰か。こう見えても、お互い親子なんだから」
「喋りすぎたわね、お母さんの弱点が分かった」
「え……」
「お母さんの義体は自律していない。千分の一秒で、百体の義体とエンゲージし続けている。だから、お母さんの意識は、百体の義体にエンゲージするために、百分の一秒のタイムラグができる。それが弱点よ!」
一体の友子の首が飛んだ。
「そうよ、栞は、それぞれが自律しているようだけど、スペックが、わたしとは違う」
二体の栞が、蒸発した。友子はスペシウム光線を破動砲に切り替えていた。
それからは乱闘になった、あちこちで、母子の体が両断され、首が飛び、あるいは蒸発した。
「わかった、エンゲージ順の乱数!」
栞は、仲間二十体を犠牲にすることによって、友子のエンゲージ順の乱数を解析してしまった。
あとは、早かった。栞は残った義体全てで、エンゲージ順位の最後の友子を次々に倒していった。友子も死力を尽くしたが、最後は三対一で囲まれてしまった。
「チェックメイトよ、お母さん」
背後の栞は、大胆にも友子にケーブルを伸ばしプラグインしてきた。
「これで、もうお母さんは指一本動かせないわ……捕獲して、最終処分は、特務部隊に任せる」
「その仏心は、命取りになるわよ」
「命令なの、最善の場合は捕獲して連行するようにって。悪いけど、わたしのCPUの支配に従ってもらうわ」
一瞬、高圧電流が走ったような衝撃があり、意識が飛んだ。
「わたしのスペックは、まだブラックボックスがあるのよ、ごめんね、栞……」
栞はマネキンのようにフリーズしてしまった。前後の栞は、瞬間のうちに友子の義体に再合成されてしまった。栞の後ろの友子は、右手で、栞の首を掴まえダイレクトプラグインしていた。
「この状況を利用して、敵討ちしに行こう。このままじゃ、栞がかわいそう。わたしも平穏なキャンパスライフをおくれないしね」
二体の友子の義体が頷いた。
はるか後年、樹海トラブルという不明事件にカテゴライズされる母子の戦いは、朱に染まった富士の樹海で幕を閉じた……。
注意:わたしのブログを装って成人向けサイトに誘導するものがあります。URLの頭blog.goo.ne.jpを確かめて入ってください。blog.goo.ne.jpではないものはわたしのブログではありません。 閲覧の皆様へ
トモコパラドクス・34
『樹海戦争・1』
三十年前、友子が生む娘が極東戦争を起こすという説が有力になった未来。そこから来た特殊部隊によって、女子高生の友子は一度殺された。しかしこれに反対する勢力により義体として一命を取り留める。しかし、未来世界の内紛や、資材不足により、義体化できたのは三十年先の現代。やむなく友子は弟一郎の娘として社会に適応する「え、お姉ちゃんが、オレの娘!?」そう、友子は十六歳。女子高生としてのパラドクスに満ちた生活が再開された!
友子は、クレーターの真ん中に花束を置いた。義体のまま自爆した栞(しおり)のために……。
未来政府は、友子が反政府勢力ミームの手によって義体化されたことを知り、それに対抗するために、なんと、友子の娘である栞を義体化した。友子を倒すことができるのは、友子のDNAを引き継いだ栞が、一番適任であろうと判断したのだ。
――世界を救うためには、おまえの母である友子を抹殺しなければならない――
――なぜ?――
――友子の娘は、必ず極東戦争を起こすからだ。世界中のスーパーコンピューターが、そう結論づけている――
――わたし、そんなことしないわ――
――おまえでなくとも、友子の娘の誰かが、必ず戦争を起こす――
――そんな……――
――だから、戦争を起こさないためには、おまえの母、友子を抹殺するしかない――
――わたしは……どうなるの?――
――世界の平和をまもるため……人類の救世主になってくれたまえ。人類の愛と未来のために――
――愛と未来のために……――
あれから、紀香と二人で、いっそうの解析を進めた。栞の苦悩と、痛ましいマインドコントロールが読み取れた。
友子脅威論が、どうやら地球温暖化並のコンピューターや学者が出したミスと分かってからは、そのまま三十年モスボール保存され、友子と同じ運命をたどった。
しかし、友子脅威論は利権化し、義体や、各種の兵器産業などは、それなしでは成り立たなくなってきた。つまり、友子を脅威とすることで食っている組織や人間が増えてきたのだ。
そして、C国が、自国の内政安定化のために、友子脅威論を声高に叫び、未来の日本政府は抗しきれず、栞のモスボールを解除し、先日の戦闘に至ったのである。
栞は、最後に友子を道連れにするとき、やっと安堵感と母としての友子への愛情に満ちあふれた。その友子が義体であることも知らずに……。
今日の友子は、オリジナルである。せめてオリジナルで、娘の栞を弔ってやりたかった。
「栞……」
そう口にして、手を合わせたとき、前方から急速で鋭い空気の圧縮を感じ、前方三百メートルの樹海にテレポート、同時に義体を三体合成し、クレーターの周囲に立たせた。
空気の圧縮は、破動砲であったが、目標物が喪失したので、拡散し消滅した。
そして、クレーターの上空五十メートルで静止していたのは、栞だった。
カラーン……。
使い捨ての携帯破動砲が、栞の手を離れ、クレーターの底で撥ねた。
「栞、あなたの義体、分身ができたのね……」
千分の一秒のタイムラグで、四人の友子が呟いた。
「そう、お母さん以上にね」
そういうと、栞は百の義体を合成し、四人の母を取り巻いた。
けして、歴史には残らない樹海戦争が始まった……。