あすかのマンダラ池奮戦記・7
『あすか賢くなる!』
「で、名前は? 依代をしながら意識が醒めているなんて、ただ者じゃないわ」
意地悪そうな笑みを浮かべて、フチスミ……いや依代を見つめるイケスミであった……。
「桔梗、天児桔梗(あまがつききょう)」
「天児……!」
「アマ、アマガツ……?」
「天国の天に鹿児島の児と書くんだ。伴部村の神社の子だね?」
「社は二十年前の台風で倒れて、それっきりだけど、この子のお父さんが、映画のセットみたいな代用品を建てて細々とやっていた。でも……そのお父さんの神主さんも、今度の地震で……」
「他に家族は……?」
「天涯孤独……一人ぼっちって意味さ」
「どうして、イケスミさんにわかるの?」
「その桔梗って子、身を投げにきたんだね、フチスミさんの花ケ淵に……」
「よくわかったわね……二人だけの秘密だったのに」
「イケスミだよあたしは。意識が起きてさえいりゃあ、なんだってお見通し。依代になりながら起きているなんて、天児の子とは言え、本当は強くて賢い子なんだね」
「……繊細で賢い子。だから、新しい町や学校にもなじまず、死のうと思った」
「あの……繊細で賢い子だと、どうして、なじめずに死のうと思っちゃったりするわけ?」
「だって、あんたはなじんでるでしょ、町にも学校にも?」
「うん、あたしは バカでガサツで弱虫なわりにお調子者で……」
「でしょ。万代池が無くなるのに死のうなんて思わないしさ……」
「ちょ、ちょっと!」
「ごめん、ちょっとひがんでみただけ……」
「桔梗は、このあたりでただ一人わたしの依代になれる素質を持った子だった」
「ソフトとハードの関係だね。あたしとイカスミさんみたいに」
「イケスミだっつーの」
「その桔梗が、廃村の二日後、たった一人でわたしのところへやってきた。これは運命だと思った。この子もね……二人でそう感じた時、わたしは溺れているこの子にのり移っていた……その時……」
「その時?」
「かすかにオオガミさまの声が聞こえたような気がした……」
「はるか出雲から、オオガミさまの声が……」
「見とどけよ……とおっしゃった」
「何を見とどけよと?」
「おもどりになるまでのこと、それしかないわ」
「でも、もう十一月も末だよ」
「どういう意味だ?」
「……もう帰ってこないんじゃ……だって何もかも水の中に沈んでしまって、変な不良の神さまたちもここをねらってるみたいだし……」
バサバサっと鳥たちが怯えて飛び去ったあと、ドドーンと彼方で崩れる音。怯えるあすか。
「神さまは嘘は言わない」
「でも、もどってくるとは言ってないんでしょ。出雲に行ってくるとだけ、そしてかすかに、見とどけよと、そう言っただけでしょ?」
「神無月を過ぎて、神々がもどられなかったことなどない!」
「だって、まだもどってこないじゃないか!」
「それは……」
答えに窮するイケスミ。
「先生だって、トイレにたったきり職員会議にもどらない人がいる。生徒の大事な進路を決める職員会議にだよ!」
「学校の教師ごときと神さまをいっしょにするな! 神さまを信じろ!」
「だって、イカスミさんだって、マンダラ池を見捨てたじゃないか、二度ともどってきやしないんじゃないか!」
「勝手なことを申すな!!」
両手をつかって気をとばすイケスミ、数メートルふっとび、地面に体を打ちつけられるあすか。
「……イカスミ!」
「あたしの名はイケスミだ、二度とまちがえるな」
「この子は恐ろしいんだ、いろんなことが……もうもどしてやった方がいい。そんな顔してると禍つ神になってしまうわよ」
「……そうだ、そうだったな。ここまで連れてくるだけの約束を、ついひっぱり過ぎたな。すまんあすか……ほら、約束の成績票」
「あ、ありがとう……!?」
「どうかした?」
「オ、オール5だ……あたし、こんなには賢くないよ」
「あすかの頭も、それにあわせてよくなっているわよ」
「ほんと?」
「フチスミさん、なんか問題言ってやって」
「うーん……じゃ、微分方程式ってなーんだ?」
「未知関数の導関数を含んだ方程式。未知関数が一変数のとき、常微分方程式といい、多変数のとき偏微分方程式という……え?」
「和文英訳『日本語のおはようは、英語のグッドモーニングと同じです』くりかえそうか?」
「ううん『オハヨウ イズ ジャパニーズイクォリティー トウ ジイングリッシュグッドモーニング』……おお!?」
「古文法、推量の「ら」を用いた著名な和歌は?」
「春すぎて~夏きたるらし白妙の~衣干したり~天の香具山……万葉集巻一、持統天皇の御製。ちなみに持統天皇、名はタマノハラノヒメ、またはウノノサララ、天智天皇の第二皇女で天武天皇の皇后、草壁皇子没後即位、第四十一代の女帝。ちなみに神田うのの「うの」は、このウノノサララからきている……すっげえ!」
「な、賢くなったろう」
「ありがとう、頭の中に百万個電気がついたみたい」
「ちょっと甘すぎない?」
「同じ学校受けられる水準にはしといてやらないとな、真田ってイケメンと」
「ああ、それないしょ、ないしょ!」
「アハハハ……そうだったわね」
「え……?」
「神さまに内緒は通じないからな」
「がんばってね」
「もう……!」
「それから、その成績票、破いたり傷つけたりするなよ」
「うん!」
「元のバカにもどっちまうからな」
「元のあすかちゃんも悪くないわよ」
「もう、フチスミさんたら」
「……南東のケモノ道はまだ無事。まだ日が高いから、少し教えてあげれば一時間で轟って街につく」
「トドロキ……」
「このへんにしては大きな街だからすぐに、駅が見つかる。特急に乗れば一時間ちょっとで東京。ほれ、電車賃……バカ透かすんじゃない本物。木の葉なんかじゃないからね」
「南の方はまだ息をひそめているけど、北の禍つ神達が雑魚のように群れはじめている。その藪の中に武器が隠してある。間に合わないときは、それで始めといて。さ行こうあすか、こっちよ」
「うん、ありがとう、じゃ、イケスミさんも、どうぞ無事でね! 死んじゃやだよ……!」
あすか、フチスミにいざなわれトドロキへの道へ、強まるアヤカシの気配……。
※このお話は、もともと戯曲です。実演の動画は下記のURLをコピーして貼り付けてユーチューブでご覧ください。
http://youtu.be/b7_aVzYIZ7I
※戯曲は、下記のアドレスで、どうぞ。
前半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/.../2bd8f1bd52aa0113d74dd35562492d7d
後半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/5229ae2fb5774ee8842297c52079c1dd
『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』
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『あすか賢くなる!』
「で、名前は? 依代をしながら意識が醒めているなんて、ただ者じゃないわ」
意地悪そうな笑みを浮かべて、フチスミ……いや依代を見つめるイケスミであった……。
「桔梗、天児桔梗(あまがつききょう)」
「天児……!」
「アマ、アマガツ……?」
「天国の天に鹿児島の児と書くんだ。伴部村の神社の子だね?」
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「他に家族は……?」
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「うん、あたしは バカでガサツで弱虫なわりにお調子者で……」
「でしょ。万代池が無くなるのに死のうなんて思わないしさ……」
「ちょ、ちょっと!」
「ごめん、ちょっとひがんでみただけ……」
「桔梗は、このあたりでただ一人わたしの依代になれる素質を持った子だった」
「ソフトとハードの関係だね。あたしとイカスミさんみたいに」
「イケスミだっつーの」
「その桔梗が、廃村の二日後、たった一人でわたしのところへやってきた。これは運命だと思った。この子もね……二人でそう感じた時、わたしは溺れているこの子にのり移っていた……その時……」
「その時?」
「かすかにオオガミさまの声が聞こえたような気がした……」
「はるか出雲から、オオガミさまの声が……」
「見とどけよ……とおっしゃった」
「何を見とどけよと?」
「おもどりになるまでのこと、それしかないわ」
「でも、もう十一月も末だよ」
「どういう意味だ?」
「……もう帰ってこないんじゃ……だって何もかも水の中に沈んでしまって、変な不良の神さまたちもここをねらってるみたいだし……」
バサバサっと鳥たちが怯えて飛び去ったあと、ドドーンと彼方で崩れる音。怯えるあすか。
「神さまは嘘は言わない」
「でも、もどってくるとは言ってないんでしょ。出雲に行ってくるとだけ、そしてかすかに、見とどけよと、そう言っただけでしょ?」
「神無月を過ぎて、神々がもどられなかったことなどない!」
「だって、まだもどってこないじゃないか!」
「それは……」
答えに窮するイケスミ。
「先生だって、トイレにたったきり職員会議にもどらない人がいる。生徒の大事な進路を決める職員会議にだよ!」
「学校の教師ごときと神さまをいっしょにするな! 神さまを信じろ!」
「だって、イカスミさんだって、マンダラ池を見捨てたじゃないか、二度ともどってきやしないんじゃないか!」
「勝手なことを申すな!!」
両手をつかって気をとばすイケスミ、数メートルふっとび、地面に体を打ちつけられるあすか。
「……イカスミ!」
「あたしの名はイケスミだ、二度とまちがえるな」
「この子は恐ろしいんだ、いろんなことが……もうもどしてやった方がいい。そんな顔してると禍つ神になってしまうわよ」
「……そうだ、そうだったな。ここまで連れてくるだけの約束を、ついひっぱり過ぎたな。すまんあすか……ほら、約束の成績票」
「あ、ありがとう……!?」
「どうかした?」
「オ、オール5だ……あたし、こんなには賢くないよ」
「あすかの頭も、それにあわせてよくなっているわよ」
「ほんと?」
「フチスミさん、なんか問題言ってやって」
「うーん……じゃ、微分方程式ってなーんだ?」
「未知関数の導関数を含んだ方程式。未知関数が一変数のとき、常微分方程式といい、多変数のとき偏微分方程式という……え?」
「和文英訳『日本語のおはようは、英語のグッドモーニングと同じです』くりかえそうか?」
「ううん『オハヨウ イズ ジャパニーズイクォリティー トウ ジイングリッシュグッドモーニング』……おお!?」
「古文法、推量の「ら」を用いた著名な和歌は?」
「春すぎて~夏きたるらし白妙の~衣干したり~天の香具山……万葉集巻一、持統天皇の御製。ちなみに持統天皇、名はタマノハラノヒメ、またはウノノサララ、天智天皇の第二皇女で天武天皇の皇后、草壁皇子没後即位、第四十一代の女帝。ちなみに神田うのの「うの」は、このウノノサララからきている……すっげえ!」
「な、賢くなったろう」
「ありがとう、頭の中に百万個電気がついたみたい」
「ちょっと甘すぎない?」
「同じ学校受けられる水準にはしといてやらないとな、真田ってイケメンと」
「ああ、それないしょ、ないしょ!」
「アハハハ……そうだったわね」
「え……?」
「神さまに内緒は通じないからな」
「がんばってね」
「もう……!」
「それから、その成績票、破いたり傷つけたりするなよ」
「うん!」
「元のバカにもどっちまうからな」
「元のあすかちゃんも悪くないわよ」
「もう、フチスミさんたら」
「……南東のケモノ道はまだ無事。まだ日が高いから、少し教えてあげれば一時間で轟って街につく」
「トドロキ……」
「このへんにしては大きな街だからすぐに、駅が見つかる。特急に乗れば一時間ちょっとで東京。ほれ、電車賃……バカ透かすんじゃない本物。木の葉なんかじゃないからね」
「南の方はまだ息をひそめているけど、北の禍つ神達が雑魚のように群れはじめている。その藪の中に武器が隠してある。間に合わないときは、それで始めといて。さ行こうあすか、こっちよ」
「うん、ありがとう、じゃ、イケスミさんも、どうぞ無事でね! 死んじゃやだよ……!」
あすか、フチスミにいざなわれトドロキへの道へ、強まるアヤカシの気配……。
※このお話は、もともと戯曲です。実演の動画は下記のURLをコピーして貼り付けてユーチューブでご覧ください。
http://youtu.be/b7_aVzYIZ7I
※戯曲は、下記のアドレスで、どうぞ。
前半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/.../2bd8f1bd52aa0113d74dd35562492d7d
後半: blog.goo.ne.jp/ryonryon_001/e/5229ae2fb5774ee8842297c52079c1dd
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大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』
高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。
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大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)
門土社 横浜市南区宮元町3-44 ℡045-714-1471