大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・142『12月8日』

2013-12-18 20:14:12 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・142
『12月8日』



「12月8日はAKBの第一回公演の日だって言うんだよ」

 お父さんが、また言った。これで四回目だ。
 最初は、クイズ番組で、オバカタレントが答えられなかった時に、あたしが思わず答えた時。

 二度目は、職場の忘年会で。なんでお父さんの忘年会の様子を知っているかというと、家に仕事仲間の鈴木さんが電話してきたから。
「あ、香音(かのん)ちゃん。AKBの第一回公演はよかったね。そうだよね、今の子は。無理ないわよ。でも、忘年会で言わなくてもね、おもしろかったけど。あ、お父さんいるかな。携帯ずっと電源落ちてるみたいで」
 お父さんは、前世紀末のアイドルのコンサートから帰ってきても、マナーモードにしているのに気づいていなかった。

 三度目は、朝、新聞を取りに行って、挨拶のついでに向かいのオジサンに。
「そんな七十年も昔の戦争が始まった日なんて知らないよね。AKBの第一回公演知らない方がハズイよね」
 娘の麗花ちゃんが、通学電車の中でフォローしてくれた。

 で、四度目が今の。

 今日は、ひいばあちゃんのご機嫌伺いに、介護付きマンション「つどい」に来ている。で、開口一番お父さんが言ったわけ。
「ほほ、いいじゃない準ちゃん。今の子には今の歴史があるのよ」
「しかし、太平洋戦争の始まった日ぐらい常識だよ」
「じゃ、準ちゃん。5月15日は、なんの日?」
「ボクの誕生日……他になにかあったっけ?」
「上野戦争があった日」
「上野戦争」
「そう、彰義隊がお江戸の上野の山で、官軍に負けた日」
「そうなんだ……」
「まあ、準ちゃんが生まれる百年も前のことだから仕方ないけどね」
 さすが、ひいばあちゃんの貫禄。
「おときさんのお孫さんと、そのお嬢さんですか?」
「ええ、親父が順一、この子が香る音と書いて香音なんです。こちらあたしのお友だちの榊原虎夫さん」
 榊原さんは、ブルーのギンガムチェックのシャツにオーバーオールというイデタチ。なかなかのナイスガイ。
「しかし、ひ孫さんまで来られるとはうらやましい。それに香音さんは、実にキュートでいかしている。いい娘さんを持たれましたな、順一さん」
「いや、まだまだ子どもです」
「榊原さんは、お花のお世話でもなさってるんですか?」
 ポケットに無造作に突っこんだ軍手で、そうふんだ。
「あ、この軍手でばれたかな?」
「はい」
「あそこに花が見えますでしょ……」

 榊原さんは、ごく自然に、マンションの庭に案内してくれた。

「木にムシロが巻いてあるのは、どうしてですか?」
「ああ、こも巻きって言ってね。ああしとくと冬の間に虫が、あの中に集まって越冬するんですよ。それを春になったら外して焼く。害虫対策」
「そうなんだ」
「今は、クリスマスに合わせてポインセチアの世話です。ちょうど時分に鮮やかになるようにね」
 満足げに花たちを見る榊原さんは、入居者ではなく、管理人のオジサンに見えてしまう。
「失礼ですけど、おいくつなんですか?」
「ハハ、恥ずかしながら九十です。なかなかお迎えが来なくて、こんなことをやっております」
「昔は、なにをやっておられたんですか?」
「刑務官です」
「昔からですか?」
「その前は……職業軍人でした」
 ポツリというと、ポインセチアの葉っぱにハサミを入れた。より鮮やかなものにするために余分な葉っぱを切っているんだろうと見当がついた。あたしは、本物の元軍人さんを見るのは初めてだった。それを正直に言うと、少しはにかんで言われた。
「戦争で、軍隊は無くなったと思われていますが……」
 そう言いかけて、また葉っぱにハサミ。
「近衛師団の一部が残りましてね」
「コノエシダン?」
「英語で、the Imperial Guardと言います。イギリスでバッキンガム宮殿にいますでしょ。赤い詰め襟に大きなクマの毛皮の帽子」
「ああ、去年旅行に行ったとき見ました……ほら、これ!」
 あたしは、スマホのシャメを見せた。
「ハハ、衛兵の横にね……」
「ビクとも動かないんですよ」
「内心は、可愛い女の子だと思ってますよ。兵隊も男ですからね」
「榊原さんも、こんなのだったんですか?」
「日本は、もっと地味でしたよ」
 また、ポインセチアがきれいになっていく。

「戦後、近衛師団の一部が禁衛府と名前を変えて一年近く残りましてね。それをやっていました」
「へえ、軍隊が残っていたんですか?」
「装備は軍隊じゃありませんがね、組織や……志は残ったというところでしょかね。で、その後刑務官になったというわけです」
「あの、自衛隊とかは?」
「自衛隊ができるのは、もっと後です。警察官になるやつもいましたが……当時の警察官は、よく殺されましたからね。せっかく拾った命。塀の内側だと安全だと……そう思いましてね。ガタイばかりの根性無しです」
「そんなこと……」

 そのとき、一人のイケメンが庭にやってきた。
「トラサン、こんなとこに……あ、こんにちは」
「こんにちは。職員の方ですか?」
「いやいや、ボクのひ孫です。健一といいます」
「あ、よろしく」
「斉藤香音です」
「おときさんの、ひ孫さんだよ」
「ああ、あの品のいいお婆ちゃんの……そういや、なんとなく似てるなあ」
「そうですか? ひい婆ちゃん、若い頃可愛かったんです!」
「あったりい! でも偉いな、ひい婆ちゃん見に来るなんて」
「あなただって」
「おれ……ボクは、その……」
「セガレやジジイから小遣いもらって、代理ですよ。ほれ、このポインセチア、好子に」
「おお、婆ちゃんの好みに仕上がってる。斉藤さん、初めて見ますよね、ここで?」
「あたし、代理運転」
「代理運転……お父さん、酒でも飲んでいらっしゃるの?」
「いいえ、違反が積み重なって、免停なんです。一キロ百円」
「ハハ、これはしっかりしている」

 帰りに、あたしもポインセチアを一鉢もらった。

「ありがとうございます。またね、おとき婆ちゃん!」
「準ちゃん、太平洋戦争じゃなくて、大東亜戦争だからね」
「それから、香音さん。12月8日は健一の誕生日でもあります」
「そうなんだ、ちょっと遅いけど、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、たまには来ようね、ここにも」
「うん」

 今度会えたら、メアドの交換しようと思った。

 12月8日に新しい意味が付け加わちゃった……。


『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』        

 青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説! 

 ラノベとして読んでアハハと笑い、ホロリと泣いて、気が付けば演劇部のマネジメントが身に付く! 著者、大橋むつおの高校演劇45年の経験からうまれた、分類不可能な新型小説、高校演劇入門書!

 ネット通販ではアマゾンや楽天があります。青雲書房に直接ご注文頂ければ下記の定価でお求めいただけます。

 青雲書房直接お申し込みは、下記のお電話かウェブでどうぞ。定価本体1200円+税=1260円。送料無料。
送金は着荷後、同封の〒振替え用紙をご利用ください。

大橋むつお戯曲集『わたし 今日から魔女!?』
 高校演劇に適した少人数戯曲集です。神奈川など関東の高校で人気があります。
 60分劇5編入り 定価1365円(本体1300円+税)送料無料。

お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。

青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351

大橋むつお戯曲集『自由の翼』戯曲5本入り 1050円(税込み)は、完売いたしました。ありがとうございました。 
門土社 横浜市南区宮元町3-44 
℡045-714-1471   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする