ムッチャンのイレギュラーマガジン30
『あれで良かったのかな……』
「こら、分かっとんのか!!?」
自転車を停めると同時に罵声が酒臭い息といっしょに聞こえてきた。
二月に一度の年金をおろそうと駅前の無人銀行のATMにきたところである。
ジイサンとオッサンの間あたりのごま塩男が、硝子戸の中の中年紳士に怒鳴っている。
このATMは、近所に他の銀行やコンビニがあるので比較的利用者が少ない。わたしのなじみのATMである。
わたしは、このごま塩の次になるので、嫌な奴のあとになったと軽い後悔をした。
珍しいことに、わたしの後ろに、遠巻きにするようにオジサンとオバサンが順番を待ち始めた。
こういう事態では知らん顔を決め込むのが一番である。
しかし、ごま塩の罵声はひどくなる一方で、行き交う通行人にまで絡み始めた。
「な、ニイチャン(ごま塩から見ればニイチャンに見えるのだろう)あいつ待たせすぎやろ?」
声を掛けられてシカトすれば余計にカラマレるのは、今までの人生経験で良く分かっている。
「オッチャン、何分ぐらい待ってはりまんねん?」
「おお、もうかれこれ十分ほどや!」
酒交じりのツバキが顔にかかる。
「ちょっと長いですかな……」
適当なところで相槌を打つ。程よく相手をして、早くごま塩をATMへ行かせることである。
中の中年紳士は、複数の振込みでもあるのか、終わったと思った操作を、またやり始め、外の騒音で気が散って操作を誤ったのか、受話器をとり、銀行と話し始めた。
「オラ、ええかげんにさらせよ!!」
ごま塩は硝子戸を蹴りはじめた。
「オッチャン、蹴ったらあかんがな」
「そやかて、わしはな……の金を入金にきたんんじゃ!」
「そら、せかはる気持ちは分かりますけどね」
「分かっとるんやったら、どないかしたれよ! こら、聞こえとんねやろ!」
「あかんて、蹴ったら!」
「〇〇はん、大人しい、待ってなあかんで」
わたしの取り巻きと思っていたオッサンがたしなめた。どうやら知り合いのようである。
ようやく、用事が済み、中年紳士が硝子戸から、硬い表情で出てきた。
「おのれ、いつまで待たすねん!!」
ごま塩は、いきなり中年紳士の右肩を強く小突いた。
「どついたな、年寄りやいうても許されへんぞ!」
紳士はスマホを出して、110番の11まで押した。
「ちょっと待ってください!」
わたしと知り合いらしきオッサン二人が同時に制止し、紳士はすんでのところで0を押すことを止めた。
ここで警察に電話などしたら、確実に手が出て、他の誰かが警察に通報することは確実である。なんとかその場を収められて、その時は、それで良かったと思った。
――しかし、あのごま塩、またどこかでやりよるなあ――
このところ高齢者が近隣トラブルから、時に殺人事件になることもある。多少手が出ても警察にきてもらった方が良かったのではと、半日煩悶した。
煩悶の結果、別のところへ思考が飛んだ。
オレも、あのごま塩と同じに思われてるねんやろな……。
主に大阪の高校演劇に疑念と、それ以上の危惧を抱いて数年ブログなどで警鐘を鳴らしてきた。どうも世間の高校演劇士にはひどく疎ましくニクソイ存在という認識のようで、ごく特殊な数回を除いて、僅かなコメント諸氏から皮肉交じりで感情むき出しのコメントをいただくだけとなり、大阪の高校演劇からは撤退した……はずなのに、未だに小説の形やエッセーでかなり辛辣なことを書いている。
自戒するところである。
残り二十年を切った人生。薄情なようであるが、自分のために使おうと思う。
先日、最後までカランでくれたコメント氏から、事実上の絶縁状が来た。Twitterの字数制限でも収まる内容は「わたしは高校演劇関係者ではありません」であった。
マザーテレサが言った「愛情の反対は憎悪ではなく、無関心です」
ごま塩に、わたしは結果としては無関心に等しい対応をした。その場さえ丸く収まればいい。自分の目の前で、これ以上の荒事や愁嘆場になることを恐れた。
半日落ち込んでしまった。ごま塩やその周りの人々など、わたしと完全に無関係である。
だが、気障な言い方をすると、市民としてはほどほどの対応であったと……思い込むことにした。高校演劇も毒のない小説のネタ以外には使わないでおこう。
このブログを書くのに半日無為に過ごした。無関心というのは、それくらいには重くて痛いものなのである。
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青雲書房より発売中。大橋むつおの最新小説と戯曲集!
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