大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・邪気眼少女忍者イスカの失踪①『蛍のように輝き』

2016-06-22 14:25:33 | 小説
邪気眼少女忍者イスカの失踪
   ①『蛍のように輝き』



 気配が絶えて一刻になった。

「……お頭、もう頃合いでは?」
 ムササビが唇も動かさずに呟く、忍者の会話方である闇語りである。
もう半刻
「死なせては、元も子もありません」
完璧な死域に入らせねば、あの邪気眼とて先を見通せぬ
「しかし」
おまえの声は大きすぎる
「……黙しまする」

 虫ほどの気配が消え、魍魎ヶ峰の羅刹杉は地獄のような緑に溶け込んだ。

 イスカは半ば沢の流れに沈んで、指の先も動かせずにいた。
 沢を飛び越えようとし、跳躍したところで力が尽きた。
 イスカほどの忍びになると、次第に弱まるということがない。気力体力の限界を超え、死域に入ると常の倍ほどの力が出せる。その倍ほどの力で魍魎ヶ峰を一刻あまり走り回った。常の忍びの働きならばここまでである。これを越せば十に九つ命が無い。イスカは死域の向こうに超えて、沢の真ん中で糸が切れるように尽きてしまった。いまで言う心肺停止状態である。

 イスカには生まれついての邪気眼が有る。

 その邪気眼で、戦国の世の帰趨を見通してきた。
 天下の流れが奔流のように信長という滝つぼに落ちて行くのを、イスカは見守った。そして潮目をとらえては頭に伝え、そのつど十鬼一族を滅亡の危機から救ってきた。
 大きくは、土岐頼芸→斉藤道三→斉藤義龍→織田信長の潮目を読み取り、盛衰激しい美濃国で忍びの一族を守ってきた。
 むろん、十六にしかならないイスカが、この長い戦国の世全てを読み取って来たわけではない。この邪気眼の術はイスカの母、祖母、さらにそれ以前の女たちから血縁で繋がれてきたものである。

 そして、三日前。京の本能寺で信長が討たれた。

 この先は、いつもの邪気眼では読み取ることができなくなった。
 お頭はイスカに命じた。
「先を読め」
 イスカは魍魎ヶ峰の森に入った。
 いつもなら一昼夜で死域に入り潮目が見えてくる。
 だが、今回は流れが大きすぎる。命の火を消すところまでいかないと見えてこない。
――秀吉の天下になる――
 そこまでは読めた。
 だが、そこに至る紆余曲折が読めない。そして、イスカの邪気眼は秀吉の後の騒乱まで見通しているが、朧に霞んで見えてこない。

 なんでここまで……イスカは思った。祖母は母を、母はイスカを産んで間もなく亡くなっている。邪気眼というのは、その力を持つ者の命を削ってしまう。祖母にも母にも女としての人生は無かった。死ぬまで潮目を読まされ、娘一人を産んだところで命の火を消している。一族のため……そこまではいい。しかし、イスカは跡継ぎの娘さえ産んではいない。希望の火であったタケルは長篠の戦で行方不明になってしまった。せめてタケルと……その想いをかみ殺しながらイスカは駆けてきた。

 森に入って三日、幾たびも転び木や茨に引っかけられ、イスカの衣はズタズタになっている。沢に転落して、そのズタズタの衣もあらかた流されてしまった。

「もう読めません……あとは、お頭のお力で……切り抜けて……ください……」

 きのう飛騨で降った雨が沢の水かさを増やした。
 沢は奔流となってイスカを流し始めた。

 流れに飲み込まれる刹那、イスカの体が大きな蛍のように輝き、次の瞬間……消えてしまった。
 
 
 ※ 登場人物

 イスカ       戦国時代の美濃の女忍者 その邪気眼で十鬼(とき)一族を導いてきた。
  
コメント
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