日本とアメリカの卒業の意味のとらえ方
日本…………お別れ=おしまい、だと思っている(良くも悪くも)
アメリカ……出発=始まり、だとおもっている(良くも悪くも)
共通点………良くも悪くも(中には、よくも卒業させやがって! させなかった! も、ある)
日本…………お別れ=おしまい、だと思っている(良くも悪くも)
アメリカ……出発=始まり、だとおもっている(良くも悪くも)
共通点………良くも悪くも(中には、よくも卒業させやがって! させなかった! も、ある)
宅配便は、シカゴのTANAKAさんのオバアチャンからだった。
中味を見ると過去帳が入っていた。アリスは過去帳の意味がよく分かっている。過去帳とは浄土真宗の家なら、どこにでもあるもので、小さな、でも分厚いノートのようなもので、365日にカレンダーのようになっている。日付の下が空欄になっている。別に「何時に、彼と待ち合わせ~♪」なんてスケジュールを書くのではない。
その日に亡くなった家族の法名(戒名みたいなの)俗名、亡くなった年と享年(亡くなった時の年齢)を書く。いわば、その家のルーツのようなものだ。TANAKAさんのオバアチャンは、とっくにクリスチャンになっていたけど、田中という家のルーツの標(しるし)であることは確かだ。
手紙が添えられていた。
「わたしも、もう歳なんで、ここらで、人生の整理をします。聞くところでは、アリスちゃんのホームステイ先の渡辺さんは、お西さん(浄土真宗西本願寺派)やそうな。お寺に納めてもらえませんか。記録としてはコピーを残しました。そろそろ、遅まきながら日本を卒業して、アメリカ人として出発したい思います。田中景子のグラディエーションです。供養料に1200ドル、アリスちゃんの口座に入れときました。どうぞよろしゅうに。アリス・バレンタイン様 田中景子かしこ」
そうか、TANAKAさんのオバアチャンも卒業か……。
その過去帳は、卒業式の明くる日に千代子パパが付き添って、お寺に持っていくことになった。
中味を見ると過去帳が入っていた。アリスは過去帳の意味がよく分かっている。過去帳とは浄土真宗の家なら、どこにでもあるもので、小さな、でも分厚いノートのようなもので、365日にカレンダーのようになっている。日付の下が空欄になっている。別に「何時に、彼と待ち合わせ~♪」なんてスケジュールを書くのではない。
その日に亡くなった家族の法名(戒名みたいなの)俗名、亡くなった年と享年(亡くなった時の年齢)を書く。いわば、その家のルーツのようなものだ。TANAKAさんのオバアチャンは、とっくにクリスチャンになっていたけど、田中という家のルーツの標(しるし)であることは確かだ。
手紙が添えられていた。
「わたしも、もう歳なんで、ここらで、人生の整理をします。聞くところでは、アリスちゃんのホームステイ先の渡辺さんは、お西さん(浄土真宗西本願寺派)やそうな。お寺に納めてもらえませんか。記録としてはコピーを残しました。そろそろ、遅まきながら日本を卒業して、アメリカ人として出発したい思います。田中景子のグラディエーションです。供養料に1200ドル、アリスちゃんの口座に入れときました。どうぞよろしゅうに。アリス・バレンタイン様 田中景子かしこ」
そうか、TANAKAさんのオバアチャンも卒業か……。
その過去帳は、卒業式の明くる日に千代子パパが付き添って、お寺に持っていくことになった。
さあ、卒業式の日になった!
アリスと千代子は、前の晩にアイロンをあてた制服。その袖に最後になる手を通した。
式場に入るまでに、アリスは違和感を感じていた。まわりが、なんともオセンチなのである。卒業とは出発(たびだち)で、基本的には目出度い。先生たちも、お祝いの日らしくドレスアップし、式場も喜びの場であることを示す紅白幕で飾られている。アリスは、一人ウキウキしているのが場違いのような気がしてきた。
「令和元年度、府立真田山高等学校卒業証書授与式を始めます」
教頭先生の開式の辞から始まった。
「国歌斉唱、一同起立!」
ザザっとみんなが起立する気配がした。アリスも気合いが入った。「君が代」はTANAKAさんのオバアチャンにガキンチョのころから教えてもらい、カンペキに歌える。それに、つい最近「さざれ石」の現物にもお目にかかり、異国の国歌とはいえ畏敬の念はマックスだった。
ところが、始まってみると声を張り上げているのはアリスと、流れてくる録音の音源だけ。アリスは目だけ動かして、あたりを見た。みんな口を死にかけたアヒルのように動かしているだけで、声が出ていない。
アリスは、思いこんでいた。「君が代」は国歌なので、みんな知り尽くしている。だから式の前にも練習しなかった……んだろうと。
アメリカの卒業式も国歌で始まる。
アリスと千代子は、前の晩にアイロンをあてた制服。その袖に最後になる手を通した。
式場に入るまでに、アリスは違和感を感じていた。まわりが、なんともオセンチなのである。卒業とは出発(たびだち)で、基本的には目出度い。先生たちも、お祝いの日らしくドレスアップし、式場も喜びの場であることを示す紅白幕で飾られている。アリスは、一人ウキウキしているのが場違いのような気がしてきた。
「令和元年度、府立真田山高等学校卒業証書授与式を始めます」
教頭先生の開式の辞から始まった。
「国歌斉唱、一同起立!」
ザザっとみんなが起立する気配がした。アリスも気合いが入った。「君が代」はTANAKAさんのオバアチャンにガキンチョのころから教えてもらい、カンペキに歌える。それに、つい最近「さざれ石」の現物にもお目にかかり、異国の国歌とはいえ畏敬の念はマックスだった。
ところが、始まってみると声を張り上げているのはアリスと、流れてくる録音の音源だけ。アリスは目だけ動かして、あたりを見た。みんな口を死にかけたアヒルのように動かしているだけで、声が出ていない。
アリスは、思いこんでいた。「君が代」は国歌なので、みんな知り尽くしている。だから式の前にも練習しなかった……んだろうと。
アメリカの卒業式も国歌で始まる。
みんなガキンチョのころから知っているんで、特段レッスンなんかはしない。歌えて当たり前。そして、たいがいのヤンチャクレや、気難しいオッサンでも、この時ばかりは、朗々と歌うものである。歌の終わりのほうで口笛やキャーキャーいうこともあるが、気合いのようなものである。
今、アリスの周囲は、日本人であることが申し訳ないような感じで溢れている。
今、アリスの周囲は、日本人であることが申し訳ないような感じで溢れている。
職員席を見ると、口さえ動いていない先生が何人かいた。信じられない、公務員である先生が国歌を歌わないなんて!
しかし、「君が代」は短いので、そのショックは、あっという間に終わり、続いて校歌斉唱になった。さすがに練習もしていたので、みんな元気に歌った。「君が代」で口をつぐんでいた先生も、まるで伝説の阪神タイガース優勝のときのように胸を張っていた。
知ってはいたが、卒業証書が代表の子にだけ渡して、以下省略は馴染めなかった。やっぱ、時間がかかっても、これは一人一人に渡すべきだろう。アメリカじゃ、ここが一番盛り上がるとこなのに!
あとは、つまらないスピーチが延々続いた。
しかし、「君が代」は短いので、そのショックは、あっという間に終わり、続いて校歌斉唱になった。さすがに練習もしていたので、みんな元気に歌った。「君が代」で口をつぐんでいた先生も、まるで伝説の阪神タイガース優勝のときのように胸を張っていた。
知ってはいたが、卒業証書が代表の子にだけ渡して、以下省略は馴染めなかった。やっぱ、時間がかかっても、これは一人一人に渡すべきだろう。アメリカじゃ、ここが一番盛り上がるとこなのに!
あとは、つまらないスピーチが延々続いた。
どうして、日本人は、こうもプレゼンテーションがヘタッピーなんだろう。アリスは二学期からの留学生なので、面接の練習というのを受けてみたことがある。留学生なんで受けなくてもいいんだけど、なんでも体験しておきたいアリスは積極的に参加した。そして、絶望的に失望した。型を教えるだけで、中味がない。「好きなことはなんですか?」と聞かれ「どんな局面での好きなことです ? 友人関係? 趣味? 文学? 映画? ボーイフレンドのタイプ? 生活信条? 仕事上の得意分野?」「もう、けっこうです、次の質問。仕事をしていく上で一番大事だと思うことは?」「OH もっとコンクリートに聞いてください」「コンクリート?」「OH YES、具体的に。仕事をやるいうことは、仕事への適性、職種へのインタレスト、ヒューマンリレーション、それも、同僚、上司、お得意さんでは、心の持ちようがちゃいまっしゃろ。あとチームワークの上において、いかに個人として、チームとしてモチベーションの維持を計るかとか。なんでも聞いとくれやす!」そこでファイティングポーズをとったところで、退室を言い渡された。日本という国の外交ベタは、こういうところに原因ありす! とアリスは思った。
最後に卒業生の歌になった。AKR47の「ニホンの桜」という歌だった。日本と二本をうまく掛けた歌で、アリスも好きだった。この歌が決まったとき、アリスは「卒業ソング」を調べてみた。特徴的なことがいくつかあった。
別れ、桜、友だち、道、はるか、夢、去る、あなた、思い出、涙、頬笑み、希望、明日……というような言葉がよく出てくる。
逆に、ほとんど出てこない言葉。先生、師、恩、父、母……五つともTANAKAさんのオバアチャンがよく口にしていた言葉。アリスは日本人の精神に染みこんだ言葉だと思っていた。『仰げば尊し』を聞いたとき、ちょっとセンチメンタルだとは思ったが、いい曲だと思った。二年前に原曲がアメリカの曲であることを知って嬉しくなった。凝り性のアリスは原詩までつきとめた。
We part today to meet, perchance, Till God shall call us home;
And from this room we wander forth, Alone, alone to roam.
And friends we've known in childhood's days May live but in the past,
But in the realms of light and love May we all meet at last.
TANAKAさんのオバアチャンの感覚で来た日本は、アリスには不思議の国だった。でも、その不思議さにも少しは慣れた。でも、今日は納得がいかない。
なんで、オセンチ!? オセンチでもいいとしても、なんで感覚的にデコボコなの?
自分たちでやりたい卒業のあり方があるのなら、流行の卒業ソングなんかで満足しないで、プロムみたいに自分たちで企画して別のイベントすればいいのに。そして、やっぱり日本人としてトラディッショナルなものを大事にして……いる日本人が見たかった。
最後に卒業生の歌になった。AKR47の「ニホンの桜」という歌だった。日本と二本をうまく掛けた歌で、アリスも好きだった。この歌が決まったとき、アリスは「卒業ソング」を調べてみた。特徴的なことがいくつかあった。
別れ、桜、友だち、道、はるか、夢、去る、あなた、思い出、涙、頬笑み、希望、明日……というような言葉がよく出てくる。
逆に、ほとんど出てこない言葉。先生、師、恩、父、母……五つともTANAKAさんのオバアチャンがよく口にしていた言葉。アリスは日本人の精神に染みこんだ言葉だと思っていた。『仰げば尊し』を聞いたとき、ちょっとセンチメンタルだとは思ったが、いい曲だと思った。二年前に原曲がアメリカの曲であることを知って嬉しくなった。凝り性のアリスは原詩までつきとめた。
We part today to meet, perchance, Till God shall call us home;
And from this room we wander forth, Alone, alone to roam.
And friends we've known in childhood's days May live but in the past,
But in the realms of light and love May we all meet at last.
TANAKAさんのオバアチャンの感覚で来た日本は、アリスには不思議の国だった。でも、その不思議さにも少しは慣れた。でも、今日は納得がいかない。
なんで、オセンチ!? オセンチでもいいとしても、なんで感覚的にデコボコなの?
自分たちでやりたい卒業のあり方があるのなら、流行の卒業ソングなんかで満足しないで、プロムみたいに自分たちで企画して別のイベントすればいいのに。そして、やっぱり日本人としてトラディッショナルなものを大事にして……いる日本人が見たかった。