大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

コッペリア・1『事故物件』

2021-05-23 06:16:56 | 小説6

・1
『事故物件』
            


 

「え、ここですか!?」

 思わず声に出してしまった。

「うん、ここだよ」

 不動産屋は、こともなげに応えた。

「あのう…………オレ、月3万……て言ったんだけど」
「そう、駅から8分、築8年、環境良好、日当たり良好、ご近所良好、内装は全部新装。で、月3万ポッキリ」

 颯太は、改めて部屋を見まわした。

 1LDKとは言え、安出来のワンルームマンションではない。ちゃんとしたアパートだ。安く見積もっても月8万はする物件である。

「え……なんで、こんなに安いんですか?」

 半分隠居仕事のような不動産屋のジイサンが、外の景色を見ながら話を続けた。

「仕事柄、うちは学生さんのお客が多いんだけどね、今日日はみんな親子連れで物件を探しにくるんだ。そこが、あんたは一人でやってきた。それに、見たところ新卒の入学じゃない。時期的に少し早いし、なにより雰囲気が初心(うぶ)じゃない。わけあって学校かわりましたって感じだ。なあに、こんな仕事長くやってると、分かるもんなんだよ。どんな理由で引っ越そうとしてるか。お前さんは、そう差し迫った理由なんかない。親子喧嘩かなにか、勢いで家を飛び出してきた……だろ。悪いことは言わない、もう一度うちの人と、とっくり話すこった」

 不動産屋に飛び込んでいったときに、最初は若いニイチャンが対応してくれたが、途中からこのジイサンが割って入ってきた。どうやら事情を察してのことらしい。どんな仕事も化けるほどやっていると、奥の奥まで分かってしまうところがある。
 どうも、このジイサンは、商売を離れて颯太に説教をするつもりらしい。気のいい颯太は、そんな不動屋のジイサンの気持ちを嬉しく思ったが、基本のところで外している。それに、そんな颯太に、こんないい物件を紹介するのが分からなかった。

「まあ、わしの話から聞きな。お前さんがいぶかるように、ここの家賃は相場の半分以下だ…………事故物件だからね」

 事故物件の意味ぐらい颯太にも分かった。泥棒が入ったとか、人殺しがあったとかいうイワクつきの物件で、その部屋を含めて入居者が減って、家主が家賃を下げている物件のことだ。

「殺しでもあったんですか?」
「そんな剣呑なことじゃないけど、人が死んでる。60をいくつも出ていない人だけど、発見されたのは死後三日目だ。ほら、お前さんが立ってるフローリングの上でこと切れていたんだ。嫌がって隣は引っ越しちまうし、下の空き部屋にも客がつかない。家主もいい歳だし、いつポックリ逝くかわかんねえ。そうなりゃ遺産相続で、このアパートは売りに出される。まあ、まっとうに入っても、いつ追い立て食うかわかんねえってもんだ。どうだ、少しは考え直す気になっただろう」
「オジイサンの言うことは分かるし、半分当たってもいるけど、オレ、そういうの気にしないんです」
「無理すんなよ」
「無理は言ってません。オレんち浄土真宗の寺なんです。真宗じゃ幽霊なんかは存在しませんから」
「ほう、坊主の息子かい」

 ジイサンの目が少し和んだ。奥の和室に座り込んで、颯太は自分のワケ有を話した。

「……なるほどね。今時の若い者んにしちゃあ、殊勝な心がけだ。分かった、話しを進めておくよ。ま、なにかあったらオイラのとこに電話くれよ。ま、さっきも言ったけど事故物件だ、多少のことには目をつむっておくれや、じゃ、ここにハンコ。鍵はこれだ、よろしくな」

 颯太はリビングにペットボトルのお茶を置き、仏説阿阿弥陀経をひとくさり唱えておいた……。


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