かの世界この世界:187
二キロ足らずの鳴門海峡を全力疾走で渡った。
対岸の大毛島の砂浜に立って振り返ると、狭い海峡にはいくつも渦が巻いている。
あの有名鳴門の渦だ。
渡るどころか現物を見るのも初めてだった。
ナルトと言えばコミックだし、学食の中華そばに入っている白地にピンクの渦が巻いている鳴門巻だし、鳴門巻が鳴門の渦にあやかっていたのは懐かしい思い出と共に記憶している。
「なんで、鳴門巻って云うんだろうね?」
冴子がしみじみと言って笑ったのは、去年の四月。高校に入って初めて学食を使った時の事だ。
定食はA・B共にニ三年生の勢いに列に並ぶこともできずに、麺類の列に並んで買ったのが中華そば。
業務用粉末スープを溶いた中に、黄色い中華そば、ネギとモヤシの他には、それだけが彩の鳴門巻。
冴子は鳴門巻の由来を知らなくって、解説してやると目をへの字にして面白がってくれた。
なんだか、とても昔の事のように思い出す。
解説したわたしも、本物のなるとの渦は、渡るどころか見るのも初めてだ。
「ここを走ってきたんですね……」
歴戦の下士官であるタングニョーストも背嚢を揺すりあげて感心した。
カサリ
「背嚢のタングリスも感心してるよ」
骨と皮だけになったタングリスと、それを背負っているタングニョーストを気味悪がったケイトだけども、共に海峡を走破するという偉業をなし終えて、骨のこすれる音にも懐かしさを感じているんだ。
「タングリスがもうちょっと復活して肉が付いていたら渡れないところでした」
「タングニョースト」
「なんだい、テル?」
「わたしにも、戦友の温もりを感じさせてはくれないか」
「テルが?」
「うん、四号に乗ってムヘンの血を乗り切れたのは、いつも隣にタングリスが居たからなんだ。最初は、タングリスが操縦手で、砲手のわたしは、いつもタングリスの背中を見て戦った。ノルデン鉄橋でタングニョ-ストが転属してからは、車長席で、それこそわたしの背中に居た。それを少し偲べればと思ってね」
「そうか、それなら戦友も喜んでくれるだろう……じゃあ、少しの間頼もうか」
「テルの後は、ボクに!」
「ああ、じゃあ、高松からはケイトということで」
「おい、あれは!?」
ヒルデが岩を挟んだ隣の砂浜を指した。
イザナギが軽々と岩に登って様子を窺う。
「あれは、義経の軍勢だ。浜に乗り上げて、馬と兵を下ろしている」
「時空が錯綜している、義経がここに来るのは千年先のことだよ」
歴史オンチのわたしでも、それくらいの事は知っている。
「話題にしていたのは我々だ、呼び寄せてしまったかな」
目の前の浜で隊列を整えているのは幻だ。
幻だけれど、まんまと平家の裏をかいた義経は一の谷に次いで奇襲に成功し、平家を壇ノ浦に追い詰める。
これから、黄泉の国を目指してイザナミを取り返そうとする我々の心を大いに鼓舞してくれる。
いざ、進め!
紫裾濃(むらさきすそご)という、紫系のグラディエーションがオシャレな鎧の袖を翻して進撃の檄を飛ばす義経。
ピカッ ゴロゴロッ!!
折から起こった雷光が、兜の鍬形を煌めかせる。
オオ!!
雷鳴に和して、総勢百あまりの軍勢が北西に進路を取って駆け出した。
「威勢はいいが、100ほどの中隊規模でしかないぞ。テル、平家の軍勢は何人ほどだ?」
「ええと……」
さすがに、高校生の知識では、そこまでは分からない。
「二万近くがいるはずだ」
「分かるんですか、イザナギさん?」
「ああ、源氏も平家も、わたしの裔の者たちだからね、ああやって幻でも現れると分かるようだね」
そうだ、源氏は桓武天皇の、平家は清和天皇の子孫だ。
「さあ、我々も出発しようか」
ヒルデが拳を上げて、我々五人の黄泉遠征軍も腰を上げる。
「タングニョ-スト、高松までの前方を敬開してくれ」
「承知しました!」
身軽になったタングニョ-ストに、歴戦の下士官に相応しい役割を与える。
殿のわたしに寄り添ってきて、そっと呟くように言った。
「よく、言ってくれた。ただ、交代しようと言うだけでは背嚢を渡さんかったよ、タングニョーストは」
「あ、いや……(^_^;)」
さすがはヴァルキリアの姫騎士、全て読まれている。
我々は、義経軍の後を追うようにして高松を目指した。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神