通学道中膝栗毛・18
そう言えば朝に買ったんだ。
合格発表があって三度目の登校日、新入生の物販と制服の引き渡し。
二度目の登校で採寸した制服は、ちょっと大きかった。三年間着るものだから少し大きめなんだろうけど、中学の時とは違うんだ、ジャストフィットしたのが着たいと思うのが乙女心。
だいたい、うちの学校は厳密には私服だ。1970年ごろの学園紛争で制服を廃止したんだ。
でも旧制女学校からのセーラー服には人気があって、廃止後も女子の大半は制服を注文している。
その制服が中学一年生のようにダボダボでは凹んでしまう。
「大丈夫よ、ヒロちゃん(お母さんの妹)に補整してもらうから」
お母さんが胸を叩いた。ヒロ叔母さんはブティックに勤めていて洋服の手直しなんてお手の物なのだ。
「ま、それならいいや」
制服の次が教科書と副読本なんだけど行列がすごいので、ベンチに腰かけて一息つく。
ベンチの後ろは植え込みになっていて、梅を中心に季節の花が満開になっている。意識しなかったけど、ベンチに掛けると花の香りはむせ返るほどで、新入生のわたしをワクワクさせる。
花というのは、あけすけに言うと植物の生殖器で、その香りというのはフェロモンだ。
このフェロモンにあてられたのか、お母さんが「靴も買おう!」と言い出した。
「いいよ、ただのローファーなんだから、靴屋さんで買った方が……」
安いよ……と言おうとした時にはベンチを立ち上がったお母さん。
「はい、市販のものとは微妙に色が違います。ほとんど黒なんですが、ブラウンが入っていまして、ほら、日にかざしますと……」
上品なこげ茶になって、とてもシックで制服によくマッチしている。
そして市販品の倍ちかい価格のローファーを買って、こいつが、わたしの足を巻き爪にしたんだ。
そういうことを帰ってから思い出した。
新しいローファーは市販品。
駅一つ向こうの量販店で下駄と一緒に買った。デザインは微妙に違うんだけど色合いは元のローファーにソックリだ。
ラッキーと思ったんだけど、ブラックだけでも四種類あり「デフォルトで、大きなお店なら、たいてい置いてますよ」と店員さん。やっぱ、花のフェロモンと靴屋さんの商魂に載せられたと思い知る。
靴を新しくしても万歩計の数字は、あまり変わらない。
「うん、歩き方に問題があるからすぐにはね……下駄は履いてる?」
鈴木先生はカルテを書きながら横顔で聞く。
「あ、いちおう買ったんですけど」
買ってはみたけど、夏祭りでもなければ履く機会がないのでブツは下駄箱の中で眠っている。それを見透かしたように鈴木先生は回転いすを回して向き合った。
「浴衣でなくてもいいのよ、普段着で下駄履いてもちっともおかしくないよ。そーだ……」
先生がパソコンをチャカチャカすると、濃紺のスカートに白のブラウスの元気そうな女の子が現れた。
「ほら、イカシテルでしょ!」
その少女の名前は……じゃりン子チエとあった。